100日法要。

100日法要に行ってきました。

100日法要はやってもやらなくてもよい。
と、ものの本には書いてあったし

心の準備もないままの夫の急逝。という強烈な出来事の影響で
わたしと嫁ぎ先との関係が、難しくなっていたのです。

それは誰が悪い。という単純な問題ではなく、たぶん、
それぞれが互いに、自分の痛みをどこに持っていけばいいか、わからなくなっていた。
ということだったんだろうと思います。

人には、あまりにも悲しみや苦しみの量が多すぎて、自分を支えることができなくて、
どうしようもなく、その感情の置き所を、他の人の中に必要としてしまうような、
そんな時もあるのだと、今回はじめて、自分の体験として知りました。

直接顔を合わせるのは、間をおいたほうがいいというわけで、(とうもろこしと、お参りにはいくつもりだったのですが)一緒に法要をする予定はなかったのです。

ありがたいことに、100日直前になって気にかけてくれた婚家の方から連絡をいただき

とりあえず今回は子どもたちのためにも、みんなで顔を合わせて、なごやかに彼を送ってあげよう。

と、一緒に法要を行うことができたのです。

しかし、決心してはみたものの、千々に感情が入り乱れ
複雑な気持ちです。

たぶん嫁ぎ先の方々も同じだったことでしょう。

それはどうすることもできないけど、自分の気持ちは自分でかたをつけないと。

東京の友人のNAHOちゃんにトリートメントしてもらいながら、
二人でお互いの抱える問題を整理しあった翌日(法要当日)、

夢を見ました。

わたしは、今とは別の人生を生きているらしく、高校生くらい。

朝、出がけに、その日遊ぶ友人のことを考えていたら、
つき合っているらしい彼氏(だれだかわかりませんが)から突然に

「最上川下りに行くから(笑・なぜ?)厚着してこい」
と言う連絡が来て焦っているところに

更に夫から電話が入ったのです。

「もしもし?」

「はい?」

「米がないよ」

「え?」

「こめびつに、米がないよ」

とっさにわたしは今の意識に戻り、

「どこどこにあるけど、あんまりいいお米じゃないから、おいしいご飯が食べたかったら買ったほうがいいかもしれないよ。」というと

「そっか。じゃあね。」と少し笑ったような感じで彼は答え、

耳にまざまざと声や呼吸が残っているまま
目を覚ましました。

驚きました。

ぼんやりとした、夢の中の出来事ではなく、ほんとに、受話器越しに話したみたいだったからです。

自宅からの電話でした。
久々に聞いた震災前の
なつかしい、ちょっと照れたような
あったかい光を含んだ声。

「米がないよ」

ひとしきり喜んだ後で、

どうせ夢に出てくるなら、もっと、なにか感動的なことを言ってくれればよかったのに。
と思ったのですが

あの人は遠距離大恋愛中に、自分のいる図書館の手書きの平面図に、
ぼくのいる場所はココです→●と表示したものを送ってきた人なので
(意味不明なそれが、唯一のラブレター・笑)

そんなものかもしれない。

それでどうにも気になって、法要に、彼の好きだったイクラおにぎりを持って行ってしまった。

不思議な気持ちがしました。

この先わたしがどのような人生を歩んでも、

例え生まれ変わって、すべての記憶がなくなっても、

彼と過ごした生活と時間は、なくならないのだと。

それは過去ではなく、今ここにあるのだ。

ことばで説明するのはなんなのですが、そういう実感があったのです。

そこではわたしは永遠に彼のために米びつをいっぱいにし、

日曜のたびに山盛りのスパゲッティを作り、

とうもろこしと三人で、誰が一番くだらないダジャレを言えるか練習をし、
(20年言われ続けてまだ治らない・笑)内またをなおされ続けている。

あたたかい春の日差しの中で、その瞬間は永遠に在り続ける。

スピリチュアル的な啓示が一番先に来て
段階を踏んで三次元的に納得してゆく、というふうにことが進行しているようなので
これからそれをするのかな。

わたしの抱えるもののすべてを、見て、受け止めて、手放すところまでいくのに
あとどのくらいかかるだろう。

夫からの電話のおかげで、法要は穏やかにつつがなく終わり、
ほっとしてそんなことを思いながら、とうもろこしと家に帰りました。
by terasumonnmoku | 2012-05-13 17:05 | 家族 | Comments(0)

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