TheatreGroup“OCT/PASS” Vol.34 「方丈の海」感想

生きる。ってなんて、かっこ悪いことなんだろう。

と、思った。

そして、

かっこ悪いことは、なんて、かっこいいんだろう。

とも思った。

たくさんの感情が、揺り動かされる。

ないことになっていた絶望や、せせら笑い。
せき止められた涙。

失われた世界に対する激しい執着

行き場を失った思いが、出口を探して怒涛のように押し寄せる。

リアルに体験される感情には、名前がないし、単純に一つのレッテルで呼べるようなものでもない。

それは、ただの情動の盛り上がりとして感じられる、もやもやしたある種の「感覚」にすぎないが
舞台の上で、役者さんたちが演じてくれる「感情」には
「怒り」とか、「悲しみ」や「恐怖」のような、わかりやすい商標がついている。

だからわたしたちはお芝居を見ながら、もう一度人生を整理することができるのかもしれない。

それでも、題材が題材だけに、あの震災を、自分の体験と二重写しに読み込んでゆくような辛さがあった。

まだ痛みがあまりに生々しくて
この芝居を見られない人も、たくさんいると思う。

津波が去った後の、海とヘドロのにおいのする空気の中で
日常を紡ぐ大切な場所が、突如異次元に変わり

どこかお祭りのような時が過ぎ、ふと我に返って
徐々にほんとうの困難がやってくるところを、巻き戻して見るような

そういう鈍い苦痛の中で、
役者さんたちの、残酷なセリフの合間にほの見える優しさが、辛かった。

傷つけたくない。

よりそっていたい。というあたたかい気持ちが、痛い。

でもそれが、きっと今なのだろう。

わたしたちは同じ痛みを共有している。

だからこそ、今ここで、中途半端な心と体のままで、言うことがある。

みんなで。

お芝居を見ながら、人生で自分が本物の苦痛を感じた時と同じように、胸が痛かったし
自分の悲しみは、客観的にみるとこういう風に感じられるんだろうなあ。
という不思議なおもしろさや距離感も感じた。

悲劇は客観性を持つと、喜劇に変わる。

ジェットコースターに乗ったような感情体験の終わりは
びっくりするほどのカタルシスだった。

悶々と芝居を見ていた私は、最後に驚くほど大泣きし、そんな自分がすごくおかしかった。

ここで昇華されても、結局海には放射能で汚染された魚しかいないし、
大切な人は帰ってこない。

残念なことに、それが人生なんだろう。

生きる。ということは、何かを保証されて予定された毎日を過ごすことではなく
本来そういうぎりぎりのところで体験される、スリルとサスペンスに満ち満ちた行為であるに違いない。

最終的には誰かが生き残ればいいのだ。
できれば、その誰かが、心ある人であってほしい。
だからなにかを伝え続けたい。

この「方丈の海」というタイトルは、三島由紀夫の「豊饒の海」とかぶっているのだろうか。

だとしたら「豊饒」が、「方丈」になってしまった理由はなんだろう。と、ぼんやり考える。

圧倒的な海の力と瓦礫の山と、破壊された生活。それらが醸し出す生活感を。

切り取られた「方丈の海」は、滑稽で親しみ深く、
壁となって襲来した海のそばのこの土地で
失われたたくさんの命や時間とともに、わたしたちは生きていく。

という、アイロニーに満ちた決意を、鮮やかに浮かび上がらせる。

故郷というものは、あるように見えて実在しない。
人も場所も、刻々と変化して、川の流れのように常に動いている。
ただその変化が、通常はゆっくりで気づかず、普遍的な何かがそこにあるような気がするだけで。

本来わたしたちは瞬間と瞬間の間を移動する旅人であり、そういう意味では誰もがデラシネにすぎない。

だから約束の地とは、具体的な場所ではなく、

わたしたちが踏みしめた大地と、そこでぎゅっと胸の奥に握りしめた拳の中にある。
ようなもの、なのかもしれない。

失ったものを、たぶん何度でも、わたしたちは作り出すことができるし、作り続ける。
魂、という、その幻影だけでも。

怒り、憎み、悶え、苦しみ、のたうちまわりながら
胸の奥に握りしめた拳に隠した、乳と蜜をそっと味わうような

わたしにとって「方丈の海」は
そんなお芝居でした。

心臓が鼓動を打つたびに、この血管を流れてゆく、
甘く切なく、微妙に塩辛い乳と蜜こそが
実在するわたしたちのカナンなのかもしれない。


このお芝居を作ってくださった皆さんの勇気を、心から讃え感謝します。

「方丈の海」を体験できてよかった。

なにもわからずに見続けてきた演劇を、はじめて、すごい。と思いました(泣)
by terasumonnmoku | 2012-09-03 20:31 | 最新情報 | Comments(0)

生きる意味が見つからないなら、自分で創って育てちゃおう!というブログです。やっていることはさまざまですが、常に生きることに向かっています。

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