2012年 12月 17日
悲嘆のプロセス。
夫が亡くなった日だ。
最終の新幹線を逃し呆然としているところに、ひろみんを連れたくみちゃんがスーパーマンのように現れ、
とうもろこしとわたしを車に乗せ、東京まで連れて行ってくれた。
遺体が安置された品川警察署でnahoちゃんと合流。
変わり果てた彼に会い、息子を義弟に預けたあと、長い長い夜が明けるまで、何も言わず三人がずっとそばにいてくれた。
大変だったと思う。
あの時、もし、くみちゃんやnahoちゃんやひろみんがいてくれなかったら、わたしは彼の遺体から離れることができなかっただろう。
寒い夜の警察署で、一人じりじりとする思いを抱いて、過ごしていたに違いない。
どこかで、精神の限界を超えてしまったかもしれない。
命綱のように、友達が支えてくれたのだ。
その存在によって。
それから眠れない夜が続いた。
毎日睡眠薬をどっさり飲んでも、2時間おきに目が覚めた。
3か月間朝が来るたびに、そういえば、夫は死んだのだ。と自分に言い聞かせた。
1月の終りに彼が亡くなり、お葬式が終わって間もなく、特に彼の勤務先からは何の説明も挨拶もなかったので、自分で彼のおかれた状況に対する疑問点を整理し始めた。
3月に整理した問題について、ひとりで大学に質問に行き、そこから労災申請の作業が始まった。
自分が実際に動き始めて、大変さは観念的なものではなく、徐々に目に見える、処理可能なものになっていった。
作業したり、しなきゃと思っている日中は辛いのに、不思議と眠れるようになり、
大変な時と元気な時にモードがわかれるようになっていった。
元気な時は本当に元気だし、ぐったりしているときは本当にぐったりしている。
怒っているときは誰も手が付けられないほど怒っているし、今も泣きながら歩いていることがある。
この間はダイエーのグンゼの肌着を見て、泣いた。
どこに泣きのスイッチがあるか予測できなくて、困る。
だからわたしはいつも怪しい黒のサングラスをかけている。
不思議に思うのは、「みうらじゅん」のように怪しい風体をして歩いていても、周りの人は意に介さないということだ。
みんな平気で道を聞いたり、レジで気軽に話しかけてくれたりする。
案外ひとは見た目より、受ける感じを重視しているのかな。
そんな毎日の中で悲嘆のバリエーションも豊富になり、これを、人は「慟哭」というんですね。と言う泣きも体験した。
悲しみや苦しみというのは、どうしようもない発作的なものを除いて、
本来それぞれが一人でやるものだと思っている。
(でも、孤独ではない。みんながそばにいてくれることがわかっているから。)
だから普通の人より、普段は明るい。
無理して明るくしているんじゃないんですか?とよく言われるが、
自分で自分の感情に蓋をして気づかずにいる。ということはあっても、そういう意味での無理はしていない気がする。
大体どんな人間でも、何日も連続で24時間怒リ続けたり、悲しみ続けるのは物理的に不可能だ。
激情を味わい続けるのにはそれはそれは体力が、必要だからだ。
その個人的な大事件から少し時間がたって思うのは、感情が盛り上がっているときは、何が苦しいのか、まったく訳が分からない状態になる。
ということだ。
いろんなことが、団子のようにこんがらがってしまうのだ。
わたしの場合は、純粋に彼の不在を悼む気持ちと、
平凡だがかけがえのない家族としての日常と、
自分がこの上もなく大切に思い、必死で支えてきた彼の世界が、
無造作に破壊されたことへの怒りが、ぐっちゃぐちゃになって押し寄せる。ということが起こった。
自分が大事に思っていたものを手放すのは、誰のせいでもなく基本、自分の問題だが、感情に振り回されている間はそこが見えない。
いまでもそれができているか。というわれると、今一つ自信がないが、
かつて夫の中に確かにあって、おそらく誰の中にも存在するであろうすばらしい世界を、
着実に受け継いで、生かしてゆくため、
わたしたち親子が、これからも彼と一緒に生きていくために
なんとしてもそこをちゃんとやっていこうと思っている。
自民党が圧勝してしまった今、政党とか主義を超えて、
ひとりひとりと、温かいものをシェアしてゆくことが本当に必要だ。
と改めて思うようになった。
人が分離感から自由になり、自分も他人も大切にして、幸せな毎日をひたすらに選択実現してゆく社会を、
一人でも多くの人と作っていきたい。
久美ちゃんの朗読劇、江國香織さん原作の「つめたいよるに」は、死の匂いのする不思議な短編集だった。
特に最初に読んでもらった「スウィートラバーズ」は孫に憑依した妻を連れて死んでゆくおじさんの話で
なんともいえず、ぐっときてしまった。
そして、誰かに憑依するなんて失礼なことは、絶対にしないようにと、そばにいたエア・ダーリンに説教した。
しんと冷えた小ぶりの美しい店内が、プールになったり、美術館になったり、落語の小屋になったりすることがおもしろかった。
くみちゃんの創るスウィートラバーズを聞きながら泣く私の背中を、一緒にいたゆかぽんが静かに撫で、隣でみほさんがもらい泣きしていた。
その空間はとっても暖かかった。
ひとりでいるから、みんなと一緒に居られるし、
みんなと本当は一緒にいるから、ひとりでがんばることができる。
そんなふうにわたしたちは生きていて、そのなかに悲嘆を癒すプロセスがあるのだと思う。