被害者意識を手放す。

4月になりました!春ですねえ~。
陽射しも新しい。

希望の会の土井先生推奨、
水島弘子著「身近な人の<攻撃>がなくなる本」を読みました。

攻撃する人は「困っている人」。

ひとはもともと「自信がない」存在なのではなく、
だれもが自己肯定にあふれた自信のある状態からスタートし、
「被害者意識」を持つことによって
「自信のない状態」を創り出していく。

という考え方が、大変参考になりました。
(何もできない赤ん坊が、なぜ全能感にあふれているのか、というなぞが解けます)

相手の土俵にあがって被害者役を引き受けるのではなく
「攻撃」を、困っている人の問題表明と捉え
それに対してどういう行動をとるかを
改めて自分が選ぶ。
という立ち位置は、快適です。

態度を自分で決められる。
そこに反応してもいいし、しなくてもいい。

自由だ。

いざ「攻撃」を受けた時のショックは
転んだ時の「痛み」のようなもので
それに対して何かする必要はない。
というところもよかったし、
話しには直接関係ないけど、
著者の水島先生の顔写真がすばらしい(笑)

気持のよい考え方をする人は、見た目も気持ちいい。
見るだけで爽やかです。
爽やかで、かつ社会的にも成功している人が増えているのは、うれしい。

なぜこういう本を読んでいるかと言うと
意外とわたしは繊細なので(笑・いやまじ)
というか、今まさに人生の総括のようなことをしているため
自分の中から出てくる、変なもの(たぶん被害者意識)
に向き合わざるを得ない、やむに已まれぬ事情があるのです。

だいぶ前から、普通にしているときはいいのですが、
真顔で写真にとられたりすると
自分の顔に必ず「不満」と書いてあるのが見え
秘かにやだなーと思っていた。

先週熱を出して、ネガティブな感情が出てきた後は
大分薄くなったのでよかったです。
(そんなこともあって、泣き顔や、怒った顔がきれいなひとに、無条件で憧れます。)

「不満」と書いてあるのが見えたって
中身がわからなければ手放せない。
なかなか面倒です。
鏡を見るたびに、いちいち「ああ。不満、って書いてある」と思うのも
更に面倒です。

被害妄想のなかで、わたしって特別だわ。
と、うっとり思っていた時期が長かったけど
別に特別でも何でもなく、極めてよくある葛藤の持ち方だった。
と、最近思う。

ところで、夫がサポートしている研究者の方が
大変なことになってしまいました。
こういうのを見ると
「死ぬ」って、結局、何の解決にもならないんだなぁ。と
改めて思います。
夫は真面目な人だったし、亡くなる直前に、
自分が研究において力が及ばなかった部分を
すごく反省していた。
だから、亡くなった後もその続きをしていて
彼女を支えながら、いろいろなことを考えているに違いない。
生きるのも死ぬのも、シビアです。
逃れられない。

この本の中で
「攻撃」に対する考え方を変えることで
「<攻撃>そのものが実は存在しなかった」
というような解決のしかたが記述されていました。
そういうものかもしれません。

個々の人生におけるさまざまな課題も
煎じ詰めれば最終的に「課題そのものが、存在しなかった」
と、いう解決の仕方を見せるのかもしれないと思う。

でもどうなんだろう。
それで実際解決すると、
ぽか~ん。という感じになってしまいそう。

どうも荘厳さに欠けるような気も、するなぁ~。




















by terasumonnmoku | 2014-04-01 14:16 | 読書 | Comments(0)

宇宙真理哲学講師、らくがきすと、即興ピアニストぷらす社会活動家(過労自死遺族当事者)働くことから世界を変えるをモットーに、さまざまな活動をしています。合言葉はREBORN.大事なのは、生きることだ!


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