自死遺族として生きる

夏ごろより、自死をテーマにしている社会学の研究者の方から
夫の件に関して何度かインタビューを受けていたが、
それをテープ起こししたものが原稿になり、
先日それを校正する機会があった。
(自死遺族として生きる。というのは、その冊子のタイトル)

まったく事情が分からない方からのインタビューということで
説明不足な部分については、捕捉のため何度も同じことを聞かれている。
そのたびに、回答のトーンが変わり
自分が、段々冷静になっていくさまが、そのまま表れている。

同じ話でも、外部に情報をアウトプットするときと、自分にインプットするときとでは、
刺戟される脳の部位が違うらしい。
自分が話した自分の体験で、
話しをすることの精神的負担は、さほどでもなかったのに、
最初にその原稿を読んだときは
衝撃のあまり、立ち直ることができなかった。

めげずに何度も読み返しているうちにだんだん平気になり、
7回読み返したくらいで校正をしたところ
おもしろいことに気づいた。

わたしは、どちらかというと、
公の場ではさほど無駄なく意味の通ることを言うほうだと思うが
感情の整理がついてない部分に来ると
論理が見事に破綻する。
混乱し、言っていることがよくわからない。
(もちろん本人なので、その時言った内容は覚えているし、言った時はおかしいとは思っていなかった。なのに、字面で読むと、まったくわからない)
全部ではなく、整理のついてないところだけ、そういうふうになる。

夫のことがあっても、変わらないペースで継続的にこのブログは書いているが、
書いた文章では、こういうことは起こらない。

インタビューを、ちょっと距離を置いて読んでみると、
ここでこのくらいこの人(自分だけど)
は怒っているとか
感情が混乱しているとか、拒絶しているとか、ひとのせいにしているとか、
ちょっとした言いよどみや、無意味な前置きの中にいろんなものが読み取れて、
いやになるほど考えていることや、出ているエネルギーの質がよくわかる。
ピアノでフレーズが弾けるくらいに。

インタビューしてくれた研究者の方に
ここでむかついている、というような感情の動きが、
一見意味のない「あのう」など言葉のなかに、
よく出てますよね。
とその個所を指さして説明すると、そうなんですか?といって、
(ここで怒っている)と言うメモを書かれたので
どうやらほかのひとには、わからないらしい。

内容的には、いい人そうなことを言っているので
わからないほうが普通なのかもしれない。
自分以外の人に、わざわざ説明するのも、
さほど気持ちのいいものではないので
その話はそこで終わった。
が、実のところ今回のことだけでなく
どうでもいい些細な部分の詳細にわたって意地悪く、残酷に、
常日頃ほかの人のことも見ている自分に改めて気づき、
うんざりした。

その「混乱」について考えてみた。

23日のフォーラムで、自死についての差別と偏見というタイトルで講演してくださった
弁護士の先生が当日のお話の中で、
自死行為の最終段階では、その人の人格に「解離状態」が発生している。
解離がひどいほど、自傷が深刻である。と言う説を教えてくださったが、

なにか受け入れ難い感情の混乱が発生している時
ひとの頭の中では、自死を決行する人と同じような
「解離」(大津スクールふうにいうと「分離」)現象が
おきているのではないだろうか。

想像するに、それは自然な防衛本能で
大きすぎる葛藤を一度自分から引き離し、他者に投影することによって、
日常のもめごとや学びの中で、ゆっくりと自己の再統合を図る。

その葛藤を引き起こすきっかけとなったダメージによって、
損傷を受けたアイデンティティを
再構成するために必要な、
時間稼ぎのようなものなのかもしれない。

ただ、わたくしごとに限らず、統合されてない問題に関する本人の発言は、
ほかの人にはほとんど伝わらない。
自分に明確な意見や意志があるときならいざ知らず、
こんな風に自らが混乱している状況にあると、
場合によっては人に大きく迷惑をかけてしまう。

今回、メディアの報道の内容が、
取材する人の先入観によって、壮絶にまちまちな感じになってしまったのは
自死と言うテーマの微妙さもあるとしても、
わたしのその辺のいけてなさに原因があったのではないかと思う。

なんだか、火打ち石で研磨されているような気持ちのする今日この頃。
日本刀になったみたい。疲れるなあ。とほほ(T_T)



Commented by くにちゃん at 2014-10-05 02:20 x
日本刀、研磨した暁には見た目は美しくて切れ味も鋭く、切った後には他の方の為になる道ができるんじゃないかな^_^

ちょっとした言いよどみ、無意味な前置き
のくだり・・

気をつけよ(=◇=;) ギクッ

多少なり書いてる時にわかりながらやってる時あるから。
そう大きく意味は込めてなくても、はっきりとは残る感じだもんね。

まだまだと一回認めて、そこを掴まず前進しよっと、自分とみんなの本質の素晴らしさをしっかり見ながら。











by terasumonnmoku | 2014-10-04 18:39 | Comments(1)

宇宙真理哲学講師、らくがきすと、即興ピアニストぷらす社会活動家(過労自死遺族当事者)働くことから世界を変えるをモットーに、さまざまな活動をしています。合言葉はREBORN.大事なのは、生きることだ!


by terasumonnmoku