十牛図。(「普通がいい」という病)

先日読んだ泉谷閑示先生の「普通がいい」という病は本当に面白い本で、
わたしの泣きたいくらい好きなテネシー・ウィリアムズの「ガラスの動物園」からはじまり、
同じくらい好きな、十牛図で終わる。という、たまらない作りだった。

十牛図とは、禅の悟りに至る過程を10枚の絵で表したもの。

なぜ十牛図が好きになったかというとたまたまこの著者の知人の方から
↓この本をもらったから。
http://www.idotservices.info/page.cgi?kouitsu+ext3

ある日少年が。牛として象徴される<本当の自分>をなくしていることに気づき
牛を探す旅にでる。
本当の自分を見つけ、本当の自分と一体化し
さらには「自分」の輪郭も溶けて、宇宙そのものとなる。
そして里に下り、童子のような好々爺になってまた、牛をなくした少年にであう。
という一連の流れにぐっとくる。

でもほんとはね。
誰も牛を無くしてなんていないのだ。
命というのは永遠で、今私たちがここに生きているということは
牛が、常に我が胸の内のともにあるということ。
そしてその牛は、あることを表面意識の自分が認めることによって
はじめてここに、その姿を現す。

十牛図は、スピリチュアル的に言うと、次元の話と同じ。
バラバラに分かれているように見えて本当はひとつ。
ただ話をわかりやすくしているだけ。

「普通がいい」という病。に話を戻すと
自信がない。とみんな言うけど
自分という限りあるものを信じろって言ったって無理がある。
信じるなら、自分の中にある無限を、信じるほうが自然なんじゃないか。
と泉谷先生は言っていて
それはほんとにそうだと思った。
そして自分のなかの、一番弱い、壊れやすいものを大切にすることが、
実はその無限に至る最短の道なんだよ。っていうしくみに、涙する。




by terasumonnmoku | 2015-02-08 21:00 | 読書 | Comments(0)

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