旅立ちの絵。

去年長い闘病生活の末に、若くして亡くなった友人がいる。

訃報を知って、旅立つ彼女のビジョンを絵に描いたものを
東京での葬儀に出席する友達に届けてもらった。
その彼女のご両親から、転居はがきが送られてきた。

「いただいた絵を、いつも身につけています。本当にありがとうございます」。
と、そのはがきには書かれていた。

ありがたく、涙が出た。

この絵は、きっと彼女が描かせてくれたのだろう。

いつも、不思議な消耗の仕方をしながら、絵を描いている。
でも、どの絵にも、自分で描いたという実感がほとんどない。
だから褒められると、ありがたいな。とは思っても
リアリティを感じないし、調子に乗ることもない。

よく見せよう!というような自我がまったく入っていないということだけは確かで、
(できないし・笑)
もしかしたらそういうのが、「ほんとうの仕事」なのかもしれない。と、ふと思う。

旅立つ瞬間の彼女は、ほんとにかわいくて、かっこよかった。

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ここからは、友人のひろみんのために描いたエネルギーの絵が見られます( ^ω^ )
データーを売っているので、
本人がアップするか、名刺やロゴなどのように
オフィシャルに使われているものしか出せないのが玉に瑕(笑)
http://ameblo.jp/fashion-healing/entry-12032058968.html

とくちゃんの太鼓の絵は終わりかけだけど、
ひろみんのほうはまだ、2、3年は行けそう。
ということは、いつも、だいたい5、6年先くらいを見ているということになる。
遠いなあ~。

人間も社会も似たようなもので、
わたしにはもうユートピアが見えているのに、
現実はなんだかすさまじく、結構疲れる。

これ、どっちか片方しか見えてない方が楽なんだろうなあ。
でもそういうのは今回の人生では選ばなかったので
そこは自力でなんとかするしかない。
へんなものを感受するのはやめよう。
てか、たぶん善悪の善に対する執着を、
手放す時期が来たってことなんだろう。
ハードな問題にも情緒を絡めず、クールに自分の意見を言えるようになるぞ。

あまりにぐったりしたので、整体に行ったら
蓄積した疲労のために、胃腸が普通の半分しか動いていません、
と言われた。

なのにあんなすごいワッフルを食べちゃって
ごめんよ。わたしのからだ。
ああ。こういうのを楽しむのもほどほどにしよ。



by terasumonnmoku | 2015-06-06 21:00 | アート | Comments(0)