如来三人分の悟り。

唐突ですが、ロゴを変えました。

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実はこれ、仙厓義梵(せんがいぎぼん 1750~1837)さんという、
江戸中期に生きた有名な禅のお坊さんの描いた禅画です。
三人の如来の悟りを、一口で飲み込んで悟ってしまったカエルだそうな。

かの有名なドラッガーの所蔵品で
一目ぼれして、
日曜美術館のテレビの画面を、勝手にスマホで写してしまいました。

珍奇な石を収集することとお祭りが大好きで、
強烈な政治批判の狂歌を残した
ユーモラスなひとだったらしい♪゜・*:

そんな有名な人の絵をロゴにしてはいけないような気がするので、期間限定です。
そのうち自分で描いてみよう( ^ω^ )

そういえば、わたしの高校生の頃の夢は
「悟りを開きたい」というものでした。
ヘッセの「シッタールダ」を読んでそう思ったのですが、
自分で言いながら
「無理無理、絶対無理!」とも思っていたし、そもそも悟りがどんなものなのか、さっぱりわからなかった(笑)

なのに、将来の希望を聞かれ、暗い顔で父にそう言ったとき、

父はなぜか自分の両腕を急にじっくり眺め出し
それから、キッチンテーブルの上の空間に、
おもしろそうに見えないハテナマークを

❓ ❓ ❓

と、次々に飛ばして見せてくれたのでした。

それを無理だと思わなかったのが
師匠の大津先生。
先生は、ひとは誰でも本来愛そのもの、
幸せそのものの存在であり、

しあわせそのものの自分に目覚めていくことを
「悟り」と言うのだ。
と教えてくださいました。

悟りって、ものすごい修行を積んだ人の至る、超越的に高い境地のような気がしていたけど、
そういうひとの境地は、想像するに平板で、退屈そうです。
極楽浄土というには、余りにも魅力に欠けるように思える。

なんというか、ひとつの方法論で解決しないのが、ほんとうにふかい「悟り」なんじゃないか。

先生の語る「しあわせ」が、その鍵を握っているように思えました。
その幸せは、エネルギーであり、波動であり、
言葉のうちに、変化をもたらす力を持っています。

般若心経に語られる、色即是空。空即是色の「空」のように。

以前読んだ般若心経の解説本では(すごく面白い本だったのに、どうしてもタイトルが思い出せない(T ^ T))
確かパーリ語(釈迦の故郷ので話されていたマガタ語の要素を残す言葉)では
たとえば「傘」ということばは
直訳すると「傘という表れを持つもの」の意味になるのだそうです。

ダイレクトに物象そのものを指すのではなく、「たまたま傘であるようなもの」という感じになる。

直接的な表れを持たないものを「空」といい
でも「空」は現象化していないだけで、すべてになりうるものと言ってもいいのだと思う。

中沢新一さんの雪片曲線論ふうに行くと「空」は渦を巻く、ダイナミックな創造のエネルギーの場、となります。
すべてがそこから生み出され、
そこに還って行く。
空においては、善も悪も意味を成しません。

悟った人とは、矛盾に満ち、変化に満ち満ちたこの世界を覆い尽くす二元論のベールから
自分を遥かに解き放った人のことをいうのでしょう。

それができたひとは、きっと、
このカエルのようにユーモラスな表情をしているに違いない。

如来三人分の悟り、なんていうともっと厳粛な顔でもよさそうなのに、
してやったり、という楽しげなこの表情がたまらない!!!

とりあえず、気分だけでもこんなふうに勇壮でありたいものです^_^




















by terasumonnmoku | 2015-07-03 21:08 | Comments(0)

宇宙真理哲学講師、らくがきすと、即興ピアニストぷらす社会活動家(過労自死遺族当事者)働くことから世界を変えるをモットーに、さまざまな活動をしています。合言葉はREBORN.大事なのは、生きることだ!


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