怒り尽くすと、希望が見えてくる。

暑いですねえ。

先日の徳ちゃんの、「むかつく」日記が大反響だったようで
笑ってしまいました・笑。
随分長いあいだ、わたしは徳ちゃんを怒らせようとしてきたので
彼女の中で「むかつき」が発動したことを
大変喜ばしく思っています。

なんといっても徳ちゃんの昔の肩書き、
ファイティング・パーソナリティーだからな・笑
何と戦っていたかというと
社会悪と戦っていたのであって
いまもそうだけど、別に個人的なことじゃないのだ。

怒りって、すごいエネルギーだよね。

わたしといえば、三年間マックスで怒り続け
行動し続けた結果、さすがに燃料、使い果たしました。
あの怒りはいったいなんだったんだろう。

いまも、周りの方々との学びはありますが
ほとんどエネルギー的なことで終わり
現象化にはいたらない。
おかげさまでずいぶん、いろいろなことが楽になりました。

でもまあ、変なものをキャッチし
自分の葛藤と勘違いして、というのはたまにあり
その度に修正します。

キャッチするということは
自分の中に同じような汚れがあるということなので
そのたびに、きこきこ心を磨いている( ̄ー ̄)

先日ネットで、20代の男の子と森鴎外についてのやり取りをしました。

森鴎外は「やってしまった」ところから、事実を事実として書き、
あえてまとまりをつけない。
いわゆる自然主義の作家です。

暗いなら暗いなりの結論を持った
三島由紀夫とか芥川とかに見られるような、予定調和というものがない。
それはあまりにも現実に似ていて、
そのリアリティを自分の中で昇華できず、
なんだかなあと思っている。
という内容のコメントを出すと、

「鴎外は人生なんて意味ないやい、って思ってるようで、作品に困難にも泰然としているヒーローみたいな人を出してくる。
結構希望を持った人だったんじゃないかなー、と。その辺が掴みどころない作家でした。
興味深いです」

と言う返信が返ってきました。
泰然としているっていうより
ぼーっとしてるように思う。
実際、強烈な困難に出会ってしまったひとは
鴎外の小説の登場人物のように、ぼーっとしてしまうことが多いようです。

ひととしてバグっちゃう。
それまでの自分では、情報を解析できなくなるというか。
そういうのをみるたびに
なにかしなきゃ、と焦ることばかり。
そして、自分の無力さを思い知る。
ということを、今まで、ずっと繰り返してきました。
一生懸命さがエゴになり、
逆に当事者を追い詰めてしまったことも。

すぐ動けない方が当たり前で、それはそれでありなんだな。
と、このコメントを読んで思いました。

傍から見ると、泰然としているようにも、見えるしね。

フリーズすることで一時的に困難が増しても
助かる手段さえ提示できていれば、
いつかは本人がどうにかするのだろうし、
どうにもならなくても、その痛みはその人が引き受けるしかない。

なんとしても助けたかった。
でもできなかった。
自分に対する怒り、人に対する怒りを燃やし尽くすと、なぜかその後には
厳粛であり滑稽であり、希望に満ちてある人生が、ひろがっていくようです。

どんな人生も、さいこうだ。
そう思って、一緒に歩いて行ける。
かもしれない・笑。

















by terasumonnmoku | 2015-07-13 23:47 | Comments(0)

宇宙真理哲学講師、らくがきすと、即興ピアニストぷらす社会活動家(過労自死遺族当事者)働くことから世界を変えるをモットーに、さまざまな活動をしています。合言葉はREBORN.大事なのは、生きることだ!


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