被害者意識から自分を解放する。

わたしは大津先生に学んで
真理というのを勉強?しているのだけど
これは、考え方というか
物事の捉え方、生き方に関する哲学のようなもので
とても実用的なものだ。

その根本は、宇宙を創造したエネルギーとしての愛を学ぶことに有り、
その巨大な愛を学ぶ方法の一つとして、

すべてはひとつであると認識する。

人は本来愛そのものであり、

自分に起きることの全ては
愛を学ぶために自らが協力者を頼み、選択した結果であって、
すべて自分自身に責任があるのだと認める。

というのがある。

病気や、事故。生まれついての障がい。
わたしのような場合でも
その責任は、自分にある。
と認めることから始める。


これはひとによっては、とても厳しいだろう。
いくら愛を学ぶためとは言え、
自分が自分の病気を作った、とか
自分が自分自身や、家族の不幸に関与した。と思って
いい気持ちになる人はいないからだ。

このブログに、「被害者意識を解放する」というワードでたどり着く人がいるのだが
被害者意識から自分を解放するためには、
残念ながら、自分のぶんの責任を認め、背負う以外の方法はない。
言わば、当事者になる。ということ。

わたしの場合も、夫の問題を様々な人のせいにしていたけど
時代背景や震災影響下における特殊な組織の状況などをのぞいて
本人以外の特定の誰かに彼の死の責任があるとしたら

それは、30年近く連れ添った妻であり、
しかも5歳の時からの幼馴染のわたししかいない。

それを背負った上で、思う。
家族であっても、その全ての行動の責任を
果たして取ることが出来るんだろうか。

それは無理だろう。
結局、彼の人生は彼だけのものなのだ。

ただそういう事実を受け入れるのは、きつい。
そもそも向き合う自体大変辛いことなので、
真理を学んでいなければ、とても無理だったろう。

向き合わない間、わたしが内面で何をしたかというと、
夫の死に関するすべての責任を無意識のうちに背負い込み
表面上はほかの人を責めながら
彼を支えられず、死なせてしまったからには、
自分はどれほどひどい目に遭おうと仕方がないのだ。
と考え、深いところで自分自身を痛めつける。
ということをしていた。

だけど、そんなことはしなくてよかったのだ。
自分の分の責任だけを、負っていけば十分。
それは長い人生をかけて、これからの生き方を変えていくことで
はじめてできてゆくこと。

ところで、自分の問題を自分で引き受けられるようになると、
なんというか、自由になる。
楽しくなるし、楽になる。
そして、なぜか人を責める気持ちがなくなっていく。

すべてがひとつだから当然なのだが、
わかりやすく説明すると、自分の限界を知ることで
ほかの人の限界をも、素直に受け入れられるようになるんだと思う。
(でも、まちがったことは、まちがっていると
これからもちゃんと言っていくけど!)

人って、不完全だからすてきなのに、
無意識のうちに自分にも人にも完全を求め、
重すぎる責任を、つい課してしまうものなのかもしれないね。






by terasumonnmoku | 2015-09-28 22:00 | Comments(0)

生きる意味が見つからないなら、自分で創って育てちゃおう!というブログです。やっていることはさまざまですが、常に生きることに向かっています。

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