恐怖と不安への処方箋。

虐待とか、過去の壮絶な体験のフラッシュバックに苦しむ人からの
相談を受けることがよくある。

一番穏当なのがカウンセリングで、
同じ話を何十回、何千回もするなかで
少しずつ客観性を取り戻し
楽になっていくんだよ。という説明をすることが多いけど、
とにかく時間がかかります。

実際わたしがやってみて一番有効だったのは、

1.症状が比較的軽い時
「幸せそのもの。愛そのもの。喜びそのもの」
という、師匠に教えてもらったマントラを
何度も何度も頭でリピートする。大体三日~一週間くらいで復調。

2.若干重い時
自分をだましだまし、やらなければならない当面の課題の解決に向かう。
頭が暇にならないようにする。

具体的には、昔好きだった結末が分かっている同じドラマを絶え間なく見て
頭の中で繰り広げられる、エンドレスネガティブキャンペーンから逃れる。
その隙に気の重い問題解決・仕事などの任務を、出来る範囲で遂行。←動き続けることが大事。
徐々に回復。
(眠れない。食べられない。胃が痛いなどの各種症状は無視。ストレスがかかればそんなものだろうと諦める)


3.さらに重篤なとき
家族に事情を説明した上で
すべてを放棄し、感情の波に抵抗せず
やられるままになる。徹底的に絶望する。徹底的に苦しむ。のたうちまわる。泣く。
こうしたことを、とことんするのには案外体力が要るので
意外な程、長くは続かない。
わたしの場合でも、最長3日しかもたなかった。

ここで一番していけないのは、逃避する。
たとえば精神薬を飲む。酒を飲む。恋愛やギャンブルに走る。
人に当たる。など。
と、自分が感じている絶望自体を否定する。ということ。

経験があるので、逃避する気持ちも理解できますが、
これをやると、苦しむ時間が長くなります。

たぶん、風邪をひいて発熱しそうな時に
薬で抑えたことで、かえって症状が長引き、重くなる。
ような事が起こるのだと思う。
逃避行動に走った場合、やっている間中大事な人を傷つけつづけることになるので
さらに状況は悪化します。

これはわたしの、まったく個人的な意見ですが、鬱などの精神的な病は
自分の否定的な感情を、さらに否定することから始まるのではないかと思う。
否定に否定を重ねることで、苦しみが凝固してしまう。
そこまで行ってしまった方の場合は、絶対にマネしないでください。
鬱の発作を徹底的に極めるのは、危険です。

本来の恐怖や不安は、発作的な津波のようなものですが
現実の津波とは異なり
実際飲み込まれても、<自分>は壊れることも発狂することもありません。

ざあーっと感情の大きな波が流れたあと
突然、気分が切り替わり、生きている地平がワープする。
それまで苦しんでいたことは、いったい、なんだったんだろう?という
新しい自分が残るのです。
何度体験しても、これは、本当に不思議。

恐怖とか不安とかいうものには、実態がない。
それは自分が作り出した
幻想でしかないのだということが、過ぎてみるとよくわかる。

この方法のいい点は、一度通り過ぎれば、確実に終わる。
もうぶり返すことがない。ということ。
たぶん、過去の体験を現在の痛みと錯覚した脳が
あれ?何も起こらないぞ?ということに気づき
正気を取り戻すんだと思う。

先日、あるひとに、この説明をしていて
そういえば、この痛みに抵抗せず、徹底的に苦しむ。ということを
誰かに言うのは初めて。ということに気づきました。

まず自分の弱さに向き合う。ということが絶対条件だし、
ひとりでやることなので
誰にでもできるわけでは、ないのかな。

寸止めで耐え、長く苦しむ方がよっぽど大変な気もしますが
その辺は、好みの問題なのかもしれない。

そういう場合は
絶望すること自体は悪いことじゃない。
と、まず、自分の恐怖や不安という負の感情の存在を
肯定することから、はじめてね。

前向きなあきらめは、とっても大事です(๑'ᴗ'๑)
だってどんな人もそのひとの存在そのものに
かけがえのない価値が有る。
がっかりなことが、すべてじゃないんだから!





by terasumonnmoku | 2015-10-04 21:15 | Comments(0)

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