2015年 10月 04日
恐怖と不安への処方箋。
相談を受けることがよくある。
一番穏当なのがカウンセリングで、
同じ話を何十回、何千回もするなかで
少しずつ客観性を取り戻し
楽になっていくんだよ。という説明をすることが多いけど、
とにかく時間がかかります。
実際わたしがやってみて一番有効だったのは、
1.症状が比較的軽い時
「幸せそのもの。愛そのもの。喜びそのもの」
という、師匠に教えてもらったマントラを
何度も何度も頭でリピートする。大体三日~一週間くらいで復調。
2.若干重い時
自分をだましだまし、やらなければならない当面の課題の解決に向かう。
頭が暇にならないようにする。
具体的には、昔好きだった結末が分かっている同じドラマを絶え間なく見て
頭の中で繰り広げられる、エンドレスネガティブキャンペーンから逃れる。
その隙に気の重い問題解決・仕事などの任務を、出来る範囲で遂行。←動き続けることが大事。
徐々に回復。
(眠れない。食べられない。胃が痛いなどの各種症状は無視。ストレスがかかればそんなものだろうと諦める)
3.さらに重篤なとき
家族に事情を説明した上で
すべてを放棄し、感情の波に抵抗せず
やられるままになる。徹底的に絶望する。徹底的に苦しむ。のたうちまわる。泣く。
こうしたことを、とことんするのには案外体力が要るので
意外な程、長くは続かない。
わたしの場合でも、最長3日しかもたなかった。
ここで一番していけないのは、逃避する。
たとえば精神薬を飲む。酒を飲む。恋愛やギャンブルに走る。
人に当たる。など。
と、自分が感じている絶望自体を否定する。ということ。
経験があるので、逃避する気持ちも理解できますが、
これをやると、苦しむ時間が長くなります。
たぶん、風邪をひいて発熱しそうな時に
薬で抑えたことで、かえって症状が長引き、重くなる。
ような事が起こるのだと思う。
逃避行動に走った場合、やっている間中大事な人を傷つけつづけることになるので
さらに状況は悪化します。
これはわたしの、まったく個人的な意見ですが、鬱などの精神的な病は
自分の否定的な感情を、さらに否定することから始まるのではないかと思う。
否定に否定を重ねることで、苦しみが凝固してしまう。
そこまで行ってしまった方の場合は、絶対にマネしないでください。
鬱の発作を徹底的に極めるのは、危険です。
本来の恐怖や不安は、発作的な津波のようなものですが
現実の津波とは異なり
実際飲み込まれても、<自分>は壊れることも発狂することもありません。
ざあーっと感情の大きな波が流れたあと
突然、気分が切り替わり、生きている地平がワープする。
それまで苦しんでいたことは、いったい、なんだったんだろう?という
新しい自分が残るのです。
何度体験しても、これは、本当に不思議。
恐怖とか不安とかいうものには、実態がない。
それは自分が作り出した
幻想でしかないのだということが、過ぎてみるとよくわかる。
この方法のいい点は、一度通り過ぎれば、確実に終わる。
もうぶり返すことがない。ということ。
たぶん、過去の体験を現在の痛みと錯覚した脳が
あれ?何も起こらないぞ?ということに気づき
正気を取り戻すんだと思う。
先日、あるひとに、この説明をしていて
そういえば、この痛みに抵抗せず、徹底的に苦しむ。ということを
誰かに言うのは初めて。ということに気づきました。
まず自分の弱さに向き合う。ということが絶対条件だし、
ひとりでやることなので
誰にでもできるわけでは、ないのかな。
寸止めで耐え、長く苦しむ方がよっぽど大変な気もしますが
その辺は、好みの問題なのかもしれない。
そういう場合は
絶望すること自体は悪いことじゃない。
と、まず、自分の恐怖や不安という負の感情の存在を
肯定することから、はじめてね。
前向きなあきらめは、とっても大事です(๑'ᴗ'๑)
だってどんな人もそのひとの存在そのものに
かけがえのない価値が有る。
がっかりなことが、すべてじゃないんだから!