愛について学んだ一日。

きょうもいちにち、たくさん話し
「愛」についてよく学びました。

ひとつだけわかったのは
ひとは
相手の肉体があろうとなかろうと関係なく、
自分自身がたいせつだと思う誰かによって
確かに支えられているのだ。

ということです。

生きているときは
その生命や言動や日々の振る舞いによって。
別れたり、亡くなったあとは
その不在によって、わたしたちは支えられる。

愛おしさなら愛おしさで
悲しみは悲しみで
たとえ葛藤があったとしても
その葛藤が
自分自身の生命を支えている。
(ただし、ネガティブな感情をもつことは
それが必要だったとしても
快適なものではありませんが!)


それは、愛する。

愛される。

の関係にとてもよく似ていて、

愛されるより
愛するほうが
ずっとずっとわたしたちに
豊かなものを与えてくれる。

相手が生きていても死んでいても
どんなに理不尽であろうと
何が起きようと

愛する。

ことには限界がない。

人間をやっているということは
地球環境や人類愛から何かを学ぶというより、
ごく身近な家族や、パートナーの姿を通して
愛を学んでいくことのほうが圧倒的に多く

そのひとが好きで、関心があればあるほど
自分のエゴを投影しやすく
不満や、問題がでやすく
ただ「愛する」ということができにくい。

でも、「できにくい」だけで
できない、ワケでは決してない。

実のところ、なにがあっても
どんなふうに見えても
ただ「愛する」ことをすればいいだけで、
それって実は、とっても簡単なことなのかも知れない。

ただ愛すること。
安心し、信頼してそれをすること。
力を込めず
効果や期待を抱かず
<愛する>ことの喜びを大切にしていけば

愛はどこまでも増幅して
「愛される」という受身的なありようから期待されるよりも、
もっともっとすごいことがおこる。

なにがおこるかというと
それは自分の、そして相手の、そしてまわりの、そして遥か彼方へ広がりながら
「生きる力を増幅する」

単純に元気になる。
やる気が出て
幸せを感じやすくなる。

そんなことを考えながら
最近地元仙台で始まった、光のペイジェントの下を歩いてきました(๑'ᴗ'๑)

この中に一個だけ混ざっている「ピンクの電球」をみつけたら
幸せになれるそうだけど
そんなものを見つけなくても
ほんとはそこらじゅうピンク色だったり・笑。

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by terasumonnmoku | 2015-12-13 23:50 | Comments(0)

生きる意味が見つからないなら、自分で創って育てちゃおう!というブログです。やっていることはさまざまですが、常に生きることに向かっています。

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