おかげさまで、息子とうもろこしが無事、富士山から戻ってきました!
ものすごく、いい顔で(´;ω;`)
よかった(´;ω;`)
感無量です。
「富士山夢祭り」というこのイベント。
旧暦の七夕の日に、熊本西原村や北海道をはじめ全国のみんなの夢を
おみこしに入れて、山頂で叶うよう祈る。
というロマンチックな企画を
粘り強く、とうもろこしに勧めたのにはわけがあります。
それはお父さんの自死で彼が一度失った、「夢」の物語だったから。
<夢>と軽く言いますが、
富士山におみこしを担いで登ることだって、
北海道からリヤカーを引きながら歩いて富士山までたどり着くことだって、
生半可なことではありません。
現実の夢も、たとえば事業をやるなら一本の営業の電話、
演劇なら生活のための仕事からチケットを売るという、本筋とは関係のない地道な努力がなければ、ぜったいに叶わない。
その努力があって、初めて「前向きな思考癖」とか「真理」が力を現してくるのです。
でも一度シニカルな思考が身についてしまうと
ただ綿あめのように語られる<夢>と
身体を張った本気の思いの違いが、わからなくなる。
最悪なのは、批評ばかり、愚痴をこぼすことばかりで何もしないこと。
誰かに悩み事相談をして
その場だけすっきりして、同じことを繰り返すこと。
この激動の時代、同じ場所に居続ける、何もしないーということのリスクはめちゃめちゃおおきい。
動けない人が動くためには
日常とは全く関係のない、お神輿を担いで富士山をの登るーような自分の限界を超えることをするのがおすすめです。
一度極端なことをすると自分の限界が広がる。
それにしても、わたしが富士山に行ったときは
感慨も、装備もなく、一人とことこ電車に乗ってでかけたものですが、
同じ10代でとうもろこしが登るときは、おおごとでびっくりしました・笑。
山グッズのお店の人の言われるままに
あれもない。これもいる。と大騒ぎ!
そんなに準備しなくても、一緒に上るバティは、
サルの恰好とかで登るんだよ。
と説得して、ようやく収まった次第・笑。
(バティは、ほんとに全身サルで、登っていました・笑)
自分が行くときはかっこよく飄々と行ったわたしは
団体行動にもかわらず、息子とうもろこしの動静が気になって気になって
四六時中SNSをチェックするありさま・笑。
ナサケナイ・・・・
かつての両親の心境をおもんばかり、深く反省しました。
当時は、まだ携帯もネットもなかったので、
到着連絡もせず、一か月の山小屋泊まり込みバイト中音信普通。
しびれを切らして母が当時幼稚園の妹を連れて、
バイト先の富士山7合目の山小屋まで顔を見に来てくれたのです。
自分たちの行ったこともない場所に
16歳の娘をよく送り出してくれたなあ。
親が寄せてくれた「信頼」に胸が熱くなります。
それに比べてもナサケナイ~
いやあ、ちゃんと自立しなくっちゃなあと改めて反省しました(とほほ~)
でも、こんなふうに今か今かと思える人がいるって
ほんとうに、ありがたいことです~ଘ(੭´ ꒫`)੭
家族っていいな。
とうもろこしが撮った、富士山山頂の写真(^_^)
本人はいま、お風呂の中で元気に歌をうたっています^_^