いわて自死遺族フォーラム ㏌ 一関 に参加しました。

一関保健所主催の<いわて自死遺族フォーラム ㏌ 一関>に、パネリストとして参加しました。

地域住民、民生・児童委員。精神保健福祉ボランティア、保険・福祉・医療・教育・労働・消防等各関係機関員を対象としたこの企画。
会場の一関市川崎市民センターホールは、約160名の人でいっぱい。

ずいぶん前に決まっていた企画ですが、いつも参加している過労死問題の催しとは勝手が違って
何を話していいのかわからない。

過労死の場合、わたしの立ち位置は当事者、とは言え本人の家族。
あくまで夫の代理です。
でも、自死遺族問題は違う。
それは自分の課題であり、自分の責任というところに向き合わなければならない。

今回も併設されている「自死遺族のパネル展」を、最初に見に行ったのは
夫が亡くなった翌年の2013年でした。

過労死防止は訴えていても、自死という現実に向き合うのがつらくて
会場にたどり着くだけで息も絶え絶え。
今も希望の会を手伝ってくれている友人の加奈ちゃんが盛岡の駅まで迎えに来てくれて
帰るときまでずっと一緒にいてくれた。

最初に展示されていた、自死で亡くなった20代の看護師さんの花が咲くような笑顔の写真を見た時
怒涛のように涙が流れ、何とも言えない気持ちになったことを昨日のことのように覚えています。

何の因果か必然か、その翌年、自死遺族フォーラムを仙台で、しかも希望の会主催で開くことになり
その時は、初のぶらさがり取材を受けました。
ほんとうにきつくて、死ぬかと思った。

三回目の今回は、だいぶ落ち着いて臨めましたが
相当いやだったらしく、
せっかく一関まで行ったのに、資料は読まないし、携帯は忘れるし、
なにか芳しくないものがわたしから飛び出していたらしく、
直前に、息子とうもろこしとバトルしちゃうし
さんざんでした(涙目)。

でも、できてよかった。
準備できなかった割には、一番言いたかった

「いのちのたいせつさ」
「亡くなった人の尊厳」
「自死遺族の悲しみは、愛であること」

をちゃんといえたし、
11月の過労死防止シンポジウムの宣伝もできたし、
若年層の過労死が増えていて、しかも、調子を崩してからわずか3,4か月で命を絶つところまで行ってしまうケースが増えていること
だからみんなで気をつけあって、つながっていきたい。
ということも伝えられたので
ほんとうによかったです。

岩手は、秋田の次に自死が多い県だそうで
保健所のみなさんも熱心で、後で読んだ大量に寄せられたアンケートにも、
「自分のこととして考えて行きたい」
という真剣な内容が多く、
参加者みんなでよろこびあいました。
ものすごくハードな内容だったのに、この関心はすごい。

今回の基調講演は、佃さんという、裁判官のご主人を自死で亡くされてから
4人のお子さんを育てながら司法試験に合格。
現在は自死遺族弁護団の弁護士として活躍中の素敵な方で
そういう方に会えたのもうれしかった。

自死遺族のパネル展会場が、遺族が折ったたくさんの折鶴で飾られていて
亡くなった大切な家族への思いが
切々と伝わってくるところもよかった。
わたしたち遺族は、ほんとうに亡くなった家族を愛していて
愛しているから傷つくのです。

わたしたちは身をもっていのちの大切さを知りましたが、
そんなかたちでいのちの重さを知らなくていい。
あまりにも、残酷です。

だからみんなに生きてほしい。
ひとりひとりが、本当にかけがえのない存在なのだから。
いまここで、これを読んでくださっている
あなたも。

今日わたしに関わってくださった皆様に、心から感謝します。
そして、自分もほめてあげよう。
今日はよくがんばりました。

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by terasumonnmoku | 2016-09-03 20:06 | 自死遺族 | Comments(0)

真理セラピスト・らくがきすと・即興ピアニスト+社会活動家(過労自死遺族/東北希望の会代表)幼少時より、生と様々な死から多くのことを学んできました。11年のセラピスト経験があり、仕事ではいのちのすばらしさについての、エナジーーワーク的なセッションやワークをしています。頭を現実的に使いながらメルヘンな世界を実現させていきたい。社会問題、スピリチュアルな仕事や宇宙のこと、日常について書いています。


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