アクセス数トップの記事を、削除しました。

ながらくこのブログの
アクセス数NO.1だった


「子を残して自死した友人のこと」

という記事を削除しました。

息子とうもろこしのように
親に自死されたこどもに向けて
書いた記事に、

検索してたどり着く
ほとんどのひとが、

「子供を残して死にたい」

と考える
まだ生きている親でした。

そういうこともあってだいぶ前から
もう消しなさいという声が、
自分の奥から聞こえていたのです。

でも、それでなくてもマニア向けのこのブログの中で
ドル箱的存在を失うのが惜しいという、
下世話な気持ちもあったし、

なにより、これを読んで

「救われた」

というコメントをいくつかいただいて
いたこともあって

行動に移すまで
躊躇がありました。


でも、自分の中の違和感が
半端なくなってしまった。

きっかけは、
お子さんを自死で亡くして
まだ日が浅い
ある若いお母さんとの
やりとりでした。

同じ自死遺族から見ても
想像するだに壮絶な状況の中で
彼女は言ったのです。

「苦しくても、
わたしは生きなくてはいけない。
ほかのひとに
これ以上の苦しみを
与えるわけではいかないから」

その愛の深さと
崇高さを思うと
泣けてくる。

その彼女とのやり取りを通して

わたしは「子を残して」
の記事の中で

一見そういう風には見えなくても
実は、自分は

「苦しみを美化する」

ということをしていたのだ。

ということに、気づきました。

正当化していたし、
だからしょうがなかったんだと
言いたかった。

状況のせいにしたかったし
ある意味そうすることで
自分自身の責任から
逃れたかった。

でも少なくともわたしは
もうそんなことをしている段階ではない。

どんな状況にあっても
必死で生きようとしている人と
ともに生きていきたい。

その人の愛を信じ
ともに愛に力を与えあい、
可能であれば
あたたかい時間を紡いでいきたい。

自分にとって、それがほんとうの
責任の取り方だろうなと
思うようになりました。

たかが一本の記事で
得られる救いなんて
大したものではない。

そこにあるのは自己正当化と
単なる慰めに過ぎず
そんなものは誰にとっても
ほんとうの力にはなりえない。

万に近い単位の方が読んでくださった記事を
削除するのは勇気がいりますが

過去の自分に
そんなかたちで、
さよならを言おう。

さよなら。

言い訳が必要だった自分に。
今まで自分を守ってくれた言い訳に。

必要だからこそ
やってきた不調和のすべてに。

感謝を込めて。

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by terasumonnmoku | 2016-12-16 18:58 | Comments(0)

生きる意味が見つからないなら、自分で創って育てちゃおう!というブログです。やっていることはさまざまですが、常に生きることに向かっています。

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