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16.マルクス 資本論・1   エンゲルス編 向坂逸郎訳(岩波文庫)

「お金の謎」に興味をもって読み始めたこの本。たぶん今まで読んだ本の中で、一番手こずりました。
使われている語彙とその概念が、今までの自分の世界にない。というのが大きい。
「ある科学の新たなる見解は、すべて、この科学の専門用語における革命を内包している」
とエンゲルスも書いていました。

ものすごくざっくりいうと
資本主義経済における問題は、労働者が、同時に消費者でもあるということ。
剰余価値は労働者の労働によってしか生まれないので、
企業が生産の効率化や資本の集中など、経営努力を行えば行うほど、
商品の価値と、働く人の賃金は下がり、市場もやせ細る。
いずれ恐慌か、戦争か、いつかの時点では必ず限界が来る。

ここを逃れるためにグローバル経済の発達、ということが起ったのですが
これは単に規模を大きくしただけで、抜本的な解決ではありません。

わたしは別に社会主義が良いと思っているわけではなく(すでに破たんしてるし)、
経済原理が知りたいから、資本論を読んでみる。と詳しい人に話してみると、
「資本論を読む必要はない。マルクスは自然環境のことを頭に入れていなかったんだよね」
と言われ、別の本を進められました。

読んでみると、確かにそうです。
企業経営においては、経営する側が「市場を育成する」ことを怠り
目先の利益のみを追うことで、様々な矛盾が起きている。
(この辺を調整するのが国家の役割だと思うのですが
それはそれでなかなか難しいようです)

同様に商品を作るにあたっては、化石燃料の使用が
将来的にどういう影響をもたらすかなどなど、地球環境の負荷のことも当然考慮に入れなければならないのに
そこがごっそり抜けている。

そのあたりは、森の木を切ったら、その分を次の世代のために植樹する。
ようなことをしていた、日本の古い伝統や
ネイティブアメリカンのひとたちのプリミティブな感覚のほうが
より全体性を意識していた気がします。

3ページごとに気絶しながら読んだこの本。全9巻中マルクスの書いた三巻目まで読むつもりなのですが、
かなり不安です~

17.マルクスる?世界一簡単なマルクス経済学の本        木暮太一(マトマ出版)


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18.大変化 経済学が教える2020年の日本と世界           竹中平蔵(PHP新書)

著者は、過労死遺族やその関係の専門家の間では悪名高い、産業協力会議・国家戦略特別区域諮問会議メンバー。
残業代ゼロ法案や、解雇の自由化などに取り組んでいる方です。
きちんと、マルクス経済学を研究された方で、
グローバル社会がこの先どのように展開していくか。
日本が今後どのように変化していくかについて、大変爽やかに書かれています。

個人的に特に反応するのは、大学教育についての部分で、
教員の流動性を高め、変化に対応できる組織作りをしよう。という記述があります。
そこで働く教員全員が、任期5年の契約の大学もアメリカにはあるそうで
研究を何だと思っているのだ。と読んでいてむかむかするのですが
ただ、個々の現実的な問題を見るのではなく
社会全体の問題として高所からざっくり切り分けてしまうと
(ものすごく残念ですが)それもありなのかもしれない。

書かれていることに腹は立つけど
わたしの知識では歯が立たない。
経済原則にしたがった、ちゃんとした意見です。


よく、本社から地方の現場に管理職が派遣され、
事情を知らず、勝手な裁量で次々にものごとを判断するために
現場に大変な負荷がかかる。
ような話を過労死の世界でも聞きますが
日本全体においても、それと同じことが起きているのかもしれません。

ただ、過労死や、ブラック企業問題の専門家の方の反論を読んでいると
例えば残業代ゼロ法案や、解雇規制の撤廃など、個々の問題についての批判には
ほんとうに頷けるのですが、
それではどう考えれば、国、企業、働く人全体がこの経済環境の変化の中で
なりたっていけるのかについての考察はなく、
竹中氏のような、日本の今後のありようから発せられる提言に比べると、弱い。

変な法案も、ちゃんと理由と背景があって出てきているので
その背景と議論できないと、解決には向かいにくい。

いずれにせよ、日本も企業も大学も個人も、変わらざるを得ない時代が来ています。
変えられるのは自分だけ。
ひとりひとりが、どう生きるか、何によって生きていくかを
改めて決めていくときなのでしょう。

19.呼び覚まされる霊性の震災学 311生と死のはざまで    東北学院震災の記録プロジェクト 金菱清(ゼミナール編)

本書のテーマは「震災における死」。
災害社会学の分野で、フィールドワークを足掛かりに学生たちが記述した論考をまとめたものです。

「震災における死」(とその受容)を取り扱うにあたって、
「霊性」ー英語のスピリチュアリティを翻訳したものですが、ここでは生者と死者が呼び合い、
現世と他界が共存する両義性の世界を指すー
という概念を打ち出したところがあたらしく、
そこがまた、わたしの知る震災遺族の、猛烈なバッシングを受ける由縁でもあります。

生と死のはざまの世界を扱うことで
人々が震災の痛みにどう向き合ってきたかを考察する。というのは
社会学というより、どちらかというと民俗学的なアプローチで
手法としてはありだと思うのですが、

愛する人が幽霊になってさ迷い歩いている。
という記述が、それがいかに慎重な配慮のもとになされようと
遺族にとって、耐えがたいことには変わりない。

問題は、東日本大震災という出来事が、
遺族にとっては極めて個人的で、なまなましい、深刻な痛みであると同時に
社会全体から見ると「歴史」でもあるということ。

「歴史」であるからには、学問的な考察は必要です。
しかし、被災から5年という歳月は、
それをするのに、十分な時間とは言えない。
だからといって、忘れることもしてはいけないわけで
そこにジレンマを感じます。

遺族にとっては、自身の当事者性をいかに超えてゆくか、
が重要になってくるだろうし、
一般社会にとっては、「他人事」を超えて
一人一人の被災者の、個別の痛みにいかに寄り添っていくか
を考えることが、カギになるでしょう。

そのように、ひたすら対話を続けていくということしか
ないのかもしれません。



20.君の膵臓を食べたい    住野よる(双葉社)

主人公の高校生の、きみとぼくの関係性がとてもよく
自分が彼女のように余命幾ばくもない状態なら、
やっぱり「ぼく」のような人と一緒に遊んでいたい。
と強く思った一冊。

「君の膵臓が食べたい」というキイワードがすべてのテーマになっていて
ここを読み取れるかどうかで、受け取るものが変わってくる。

生きるということは、ともにあるということ。
このことの意味を知っている人が
どのくらいいるだろう。

いくらでもお涙頂戴式に書けそうなものなのに
彼女の死に方が、不思議に雑な感じなのは、
肉体的にこの世に生きている、というより
限りある生を、きみと響きあいながら精一杯生きた。
という部分に
焦点を当てているからなのかもしれない。

小説っていいですね!
生きてるって素晴らしい。
亡くなってしまったひとも、
そのひとが存在してくれていたことが
ほんとうにありがたいと素直に思える。

わたしが彼の素晴らしさに感動して
いつも心を震わせていたら
彼はやっぱり、生きているということになるのかもしれない。

そんなことを考えました。


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by terasumonnmoku | 2016-04-03 21:07 | 読書 | Comments(0)

11.ルーズヴェルト・ゲーム

「下町ロケット」と同じ作者の作品。
展開も下町ロケットと似た感じだけど
ぎりぎりが楽しい。そして敗れても何かは引き継がれる。
というテーマが秀逸でした。
ルーズヴェルト・ゲームとは、スコア8対7の接戦の野球の試合のことで
野球はこのスコアが一番面白いらしい。
確かに興奮するけれども、個人的にはそろそろもっと平和な世界に
生きていこうと思います・笑。

12.下町ロケット

あまりにもおもしろくて、読み出したら止まらなくなりました。
そして滂沱の涙を流しながら読み終わり
その後何度も読み返しました。
銀行の立ち居振る舞いにあまりにリアリティがあると思ったら
著者が銀行出身だったんですね。
こういう物語が書きたくなる気持ちが
身につまされるほどよく分かるなあ!
あまりにも有名ですが、誰が読んでも面白い本。

13.神さまとのおしゃべり

この本の中で一番おもしろかったのは
嫌いな人=価値観の違う人
だという部分。

わたしは(そして友人の徳ちゃんも)自分と価値観の違う人が基本的に好きで
違えばちがうほど、その違いを知りたくなる。
だから「嫌いな人」というのが、そもそも周りにいたことがないんだけど
世の中的には、それはとても珍しいことらしい。

ただ、自分に関しては、自分と違う価値観を人が持っていることは受け入れるけど
それと、その<価値観そのもの>を自分が受け入れるかどうかはまったく異なった問題です。
すてきだなあ!と思えば受け入れ、視野が広がってとても勉強になるし
価値観そのものに魅力を感じなければ、興味を失う。

もしかしたら、いきなり「嫌う」という感情を持つ人は
人の異なった価値観を感じるたびに
それを「押し付けられている」ように無意識に感じてしまうのかも
ということを考えました。

14.聞き方の極意

営業の HOW TO本。著者のビリーさんは、この方法で劇的な効果を出し
その後もカリスマ・コンサルタントとして
講演活動に飛び回っています。
コンサルタントとしての業績もすばらしく
彼の指導を受けた人は着々と成果を出しているらしい。
放って置かれるとひとは結構孤独なものなので
確かに営業の人がここまで自分に関心を持ってもらえたら
そりゃなんだって、買いたくなってしまうに違いない。
という内容です。

そこはすばらしいのですが、ただ読んでいて著者は、自分のことが、あんまり好きじゃないのかな。
という印象を持ちました。
「すべてが一つ」ということが腑に落ちていなくて
対象(顧客)が自分自身と分離してると、
世俗的成功がイコール自分への本当の評価につながる。
ということになりにくい。

お金を稼ぐだけでなく、もっと大きなもの。
自分を含めた世界の平和みたいなものに思いを馳せられるようになると、
人生が劇的に幸せになるのに、もったいないなあ!と思いました。
余計なお世話です〜(*ΦωΦ*)

営業でなるべく短期間に成果を上げたい人には、絶賛おすすめ(๑'ᴗ'๑)

15.幸せの心得

ビジョン心理学とは、心理学にスピリチュアルを統合した考え方です。
スピリチュアルなので学問的にはかなり怪しいです。
でも効果はあると思います。
この学問を開いたチャック・スペザーノ博士の「傷つくならそれは愛ではない」という本を
ものすごく昔読んだことがありますが
これはかなりおもしろかった。
たまたま出会った人に、この冊子をもらったので、読んでみました。
チャック・スペザーノ博士が、こんなふうに日本で頑張っていたとは
びっくり。
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by terasumonnmoku | 2016-02-28 22:04 | 読書 | Comments(0)

一月中旬から下旬にかけて読んだ本。
重症の中二病が再発していたので、痛ロマンチックな辻村深月さんの小説には、
ずいぶんお世話になりました( *˘ᵌ˘)♪



6.DADA フランス発こどもアートシリーズ。朝日学生新聞社というところから出ている
子供向けの本ですが、これ、色がきれい。
絵が好きなのですが、画集ってとにかく色が残念なことが多い。
このシリーズははおすすめです。

7.「レヴィナスと愛の現象学」
レヴィナスー1905年生まれのフランスの哲学者。ホロコーストサヴァイヴァー。
フッサール・ハイデッガーに師事し、独自の現象学、倫理学を展開した。

本書は、レヴィナスが好きだけど、全然わからない人向けに書かれた、まさにわたしのようなひとにうってつけの本です。
哲学の素養がないので、レヴィナスに限らず、フッサールもドゥールズも、メルロ・ポンティも分からないのですが
わからないけど、なぜか<ものすごく好き>なのはレヴィナスくらい・笑。

レヴィナスのエロス論を読んで
ボーヴォアール(サルトルのパートナーで「第二の性」を書いた思想家)
をはじめとしたフェミニストたちが猛反発した。
という部分が、なんともほろ苦かった(´;ω;`)

内田さんが言うように、レヴィナスがエロス論の中で語っているのは
<自我の超越>という一般的で、大変重要な主題だったと思うのです。

<今ここにある通俗的な出来事を素材にして人間性についての根源的考察を試み>る。
その手法として、<エロス>を用い、ひとは、自らの自我を
いかにして超越していくのか、というテーマを扱った。

具体的には、ユングの「アニマ(男性の中の女性性)とアニムス(女性の中の男性性)」
という考え方を
その人の内面における本来の性的要素との絡みの中で、
さらに動的に展開したと思うのですが
(人の内面の中で男性性と女性性が相互作用を起こして新たな子をなし、それが魂の進化につながるというのは
古いキリスト教の三位一体論にも似て、読んでいてぞくぞく(๑'ᴗ'๑))
それを、ただの<女性差別>的言説と表層的に切り取り、
批判しているところに(ボーヴォアールが好きだっただけに)げっそりでした。

著者内田さんによると、レヴィナスの「全体性と無限」を読んで、一夫一婦制はよいものだ。
というひともいるらしいので
めずらしいことではないらしい(´;ω;`)

レヴィナスはこの「愛」の物語で
国家の成立まで語ってしまう。
そのスケール感というかパースペクティブの大きさが、最大の魅力なだけに
皮相な部分での批判が残念でなりません。

*「国家は、慈愛と慈悲の過剰から生まれた」
(暴力と聖性 レヴィナス&ポワリエ)
愛の過剰が正義を呼び寄せ、正義の過剰が愛を呼び寄せる。
人間の世界は愛の秩序と、正義の秩序の終わりなき循環のうちに展開する。
(レヴィナス 愛の現象学 内田樹)

あの呪文のような「全体性と無限」。
また読んでみたくなりました♪゜・*:.。. .。.:*・♪

8.未来が見えなくなったとき僕たちは何を語ればいいのだろう。
著者ボブにあったとき、また最初の方しか読んでいなくて
英語力がないこともあって、さわかふぇの魅力を伝えるのに四苦八苦しました。
ちゃんと最後まで読んでいたら、
「一本の枝はすぐ折れるけど、さわかふぇは、みんなが美しい庭を作れる場所だ」と説明するだけで良かった、と歯噛みしました。
英語、勉強しようと反省中。(ほんとか!)

9.10.
三冊の辻村深月さんの本は、重症の中二病患者に最適です。
なぜかこの年齢になってもたまに中二病がぶり返すので、そういうときにぴったり・笑。
ハードなのに心洗われるので、同病の方におすすめ(๑'ᴗ'๑)


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by terasumonnmoku | 2016-02-06 12:25 | 読書 | Comments(0)

ラグビーの五郎丸選手推薦(๑'ᴗ'๑)

わたしの学んでいる「真理」でいうと
エゴで作られた思い込み=<枠>というワードで語らられる「小さな箱」。

それがどのように作られ、
人間関係をややこしくし、ひいては会社の生産性を下げているのか。
を、たいへんわかりやすく解説した本です。

いかにしてひとは「被害者」になるのか。
どのようなしくみで、わたしたちは人を責めるようになるのか。
について、うんざりするほどよくわかるように書いてあります。

特に図解説明がいい。
生まれて間もない赤ちゃんの夜泣きに気づき
妻が起きないうちにあやさなくちゃ。
と思った時の、夫の反応として語られるそれ。

まず「妻が起きないうちに、子供をあやさなきゃ」という反応が起き、
それをせず、夫が自分の感情を裏切った場合、
夫の中で自己正当化が起こります。
対自分↓
・あすの仕事が大変
・その仕事は大変重要   ・・被害者
・自分は良い父

また妻に対しては
・なまけもの
・自分を評価していない    ・・加害者化
・ひどい母親

結論)人は自分の感情に背いたとき、箱にはいる。

これは単純な例ですが、この「箱」は持ち運び可能で
ある人には箱の外に出て対応できるのに
ほかのひとには箱の中にいたまま、相手を責めはじめるようなことがおこる。

箱の中からひとを見ているとき
ひとは、人間ではなく「もの」化している。
という解説に納得。

自分が箱に入っているときは、自分を正当化しなくてはいけないので
とにかく相手が、「ひどい人間」であることが必要。
だから実際以上に、問題がどんどん大きくなる。

箱から出るのは簡単で、
それは相手を尊重すべきひとりの人間としてみる。
というもの。

相手を無理やり箱から出すことはできないけれども
自分も箱に入ってしまっている状態では
コミュニケーションをとることが、できない。

人間関係で問題が起こる場合は、
たいがい自分と相手の双方が
箱に入っています。
(宇宙の法則的に言うと、自分側だけでも解決すると
問題そのものがなくなるか、気にならなくなります)

とにもかくにも、まず、自分が、問題を持っていることを知ること。
まず自分自身が、箱の外に出ることが
鉄則ですね(๑'ᴗ'๑)

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by terasumonnmoku | 2016-01-26 20:29 | 読書 | Comments(0)

イン・ザ・プール

何もする気持ちにならないので、本を読んでいます。

でも、4年くらい深刻な問題でいつも頭がいっぱいで、
新しい小説を読むことも、新しいドラマや映画を見ることもほぼなかった事を思うと
ずいぶん元気になったし、楽になりました。

というわけでこの「イン・ザ・プール」
マザコンで注射フェチで下劣で、それでいて憎めない精神科医伊良部と
性格の暗い、露出狂の看護師のいる伊良部総合病院の神経科にやってくる
パニック障害、被害妄想、その他神経症の患者たちのショートストーリをまとめたものです。

著者の奥田英朗さんは、この伊良部を主人公にした二作目の「空中ブランコ」で直木賞受賞。

とんでも医師の伊良部は、患者に神経症が気になるなら
ヤクザの車に当て逃げして逃げるといい。
など、とんでもないアドバイスをするのですが
それがあまりにばかばかしくて、笑ってしまう。

でも、確かに生命の危機のなかで
神経症的こだわりを発揮するのは難しく、
そういう意味で、伊良部が患者に勧める
とんでも行動療法は
意味があるのかもしれません・笑。

ほとんどの精神病が、病院ではめったに治らない事を思うと
こういう医師が存在してもいいような気さえしてきます。
一種のホメオスタシスとして。

患者がある程度快方に向かっていくのは
伊良部が、恥ずかしげもなく、そして自分を守ろうともせず
無防備に自分をさらけ出しているせいなのかもしれない。
そういう人がもし存在したら、それこそ貴重です。
なぜって、思い切りばかにできるし、自分を見せられるから。

みんなほんとうは、伊良部のように、あたかも5歳児のこどものように
振舞っていたいのではないのかな。
まあ男性としては好かれないと思うけど、人としてはそれはそれで魅力的だし
じゅうぶんありだと私は思うのですが。

それにしても、この強迫神経症(火の元を点検し続ける)とか
怒りを押さえつけて別のところに症状が出る。
などはいかにも誰にでも?起こりそうで
日常と非日常は紙一重ですね。

自分がそうなりそうになったら
伊良部医師をお手本に、なるべくくだらない毎日を送りたいと思います。


それにしてもおもしろかった!
あまりにもおもしろかったので、さっそく続編を注文してしまいました(๑'ᴗ'๑)
届くのが楽しみです♪゜・*:.。. .。.:*・♪

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by terasumonnmoku | 2016-01-14 22:39 | 読書 | Comments(0)

最近、読んだ本。
中沢新一さんも、この「はじまりのレーニン」も結構評判が悪いようですが、わたしは好きです(^_^)

政治と言うより哲学の話。
ヘーゲルの観念論が、マルクス、レーニンの中で唯物論に進化していく様子にドキドキ💕

資本主義という言葉そのものができたのは、19世紀のイギリスでのことで
この本にも、マルクス主義の源泉のひとつとして、イギリス経済学が挙げられています。

でも、経済活動そのものを生命と同じ「生きて変化するもの」とみなし、考察を進めたのはマルクスが初めてだったらしい。
その基盤にはヘーゲルの観念論があるのですが、ヘーゲルのその思想の源には
1575年に生まれた、ドイツ観念論の父と言われたヤコブ・ベーメの独特なプロテスタント思想に基づく「三位一体論」があります。

それはどういうものかというと、①無限で底なしの父が、あこがれによって結晶化する。
②それが、子である「底」となる。
③その子である底は意志(精霊・またはガイスト)を発生させる。
と、同時に子は無限である父を映し出す鏡となり、意志はよりはっきりとした意志となり、中心ができる。
その中心が心臓であり、ロゴスとなる。

「生命」とは、この父と子と精霊とが、対等の立場で相互陥入を起こす、ダイナミックで動的な運動である。
というもので、これはもうほとんどスピリチュアルな世界なのです・笑。
・精霊は父である神のペルソナを貫いて流れ、また子を通して感覚や愛となって存在の世界に流れ出る。(始まりのレーニン)



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この三位一体の運動をヘーゲルは「普遍ー特殊ー個別」三位一体の相互媒介(互いに影響し合い常に動的である)として概念を捉える、「概念論」として展開しましたが、マルクスはそこから、さらにこの三位一体論を経済活動に持っていきます。
ここから生まれたのがマルクスの「価値形態論」で
どうやら、「商品」のなかで、概念が自己変態と展開を遂げ、ついにたどり着いたところが「貨幣」だと言っているようなのです。
お金って奥深い。そしておもしろすぎます(´;ω;`)

宗教が哲学になり、観念論が唯物論になり、哲学が経済学になっていくさまに、ゾクゾク(๑'ᴗ'๑)

それにしても、仏教もキリスト教も「二元論をどうやって超越するか」というのが永遠のテーマのようです。
わたしたちが学んでいる真理は、ここに魔法のキーワード「多次元」を持ち込み
独自の一元論の世界感を成立させているところが、
すごい。と、改めて思いました。
この魔法ワードによって、「疎外」が愛によって超越される。
ということが起こる。

「多次元」って、わからないひとにはトンデモワードなのでしょうが、
実感としてあるのだから仕方がない。
ちなみに、このような、なんとかだから、なんとかだ。
という証明のつかない論法を
佐藤優さんは確か「トートロジー」と言っていたような・笑。







●二冊目の「アクティブ・ホープ」はsawa's cafe おすすめ本。持続可能な社会を、どう作っていくか。と言う物語。
個人的には、イギリスの医師が、あまりの過重労働に命の危険を感じ、意を決して立ち上がり、
裁判に勝って、見事労働環境の改善を勝ち取ったと言うストーリーに涙。
持続可能である必要があるのは、環境だけでなく、そこで生きる人間も同じです。


●三冊目の「火花」は、友人のおすすめで読みました。
確かにおもしろいです。
そして、内容は書きませんが、ラストがなんとも言えずほろ苦く、よかった。
フェリーニの「道」みたいだと思いました(^_^)


by terasumonnmoku | 2016-01-10 22:42 | 読書 | Comments(0)

事情があって、うつのことを調べなくてはいけなくなったので
今日は、こんな本を読んでいました。

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著者さわとんさんは、年度は違いますが
ドリプラの、プレゼンター仲間です。
ドリメンさんという、ドリプラサポーターの方に紹介していただき
お目にかかったことはないのですが、
FBでも、お友達になっていただきました(๑'ᴗ'๑)ありがとうございます!

仕事による過労とストレスから重度のうつを発症し、
マンションから飛び降り、幸い一命を取り留め
現在はカウンセラー、兼、日本セルフパートナーズ協会代表として活躍中のさわとんさん。
(セルフパートナーズ協会という名前には、「自分をまず一番のパートナー(味方)」にするという意味が込められているそうです)

さすがにご本人だけあって
内容に大変な説得力があります。

わたし自身は、人生において、死にたいと思いながら生きてきた時間の方が
元気に生きると決めて生き始めた時間よりも、未だに長いのです。
だから、そもそも暗くない人生を送っていた人が、
突然うつになったときにどうなるか。
という辛さの程度が、よくわからない。

想像するに、突然不幸になった人の方が
ずうっと不幸で生きてきた人よりもろいのかもしれない。
そして、そういう人には
あまり前向きな言葉は届かないんだろうなあ。
ということを思いました。

そんななかで、さわとんさんの、
<ものすごく元気がない状況の時も、
自分を見捨てずに済む方法>
は、ポテンシャルがかなり落ちている時でも
すっと受け止められる感じで、とても有効に思えます。

元気のないとき用の、愚痴っぽい友達を作る。
とか!

特に気に入ったのは、さわとんさんが、93歳の義理のお父さんに聞いた
「ひとはなぜ、生きるのか?」
についての答え。
「それだけはわからない」と、93歳のおじいちゃんは言ったそうです。

わからない。っていいな(๑'ᴗ'๑)

この件については、さんざん考えたことがあって、
生きる理由を獲得するために人は生きる。
という結論を、10代の頃に得たのです。

でもそれだと、理由が失われたら、生きる根拠も同時に失うことになる。
大変危険です。

いまは(本職のスピリチュアル系のセラピストらしく)、
「おそらく高次元にある、ほんとうのすんばらしい自分自身に同化するため」
だと思っているけど、
いずれ果てしがないので、
理性を持った大人としては、
やっぱり、「わからない」っていうのが正解なのだと思う・笑。

わからない。っていいな。
何でもかんでも簡単に説明が付いたら、
息が詰まります。
そもそも生命そのものがミラクルなので
生きることや、存在に対する畏敬の念は
必要なのではないでしょうか?

人の死亡率は100パーセント。
これを書いているわたしも
読んでくださっているあなたも
100年後には間違いなく死人です。

その日は明日来るかもしれないし、
30年後かもしれませんが
誰もが、終わりに向かって時を刻んでいることには違いない。

わたしの目標は、寿命を全うした暁に、満足感いっぱいで死ぬことで
たぶん、それはちゃんと達成できることでしょう・笑!











by terasumonnmoku | 2015-12-17 21:00 | 読書 | Comments(0)

「舟を編む」

「舟を編む」 三浦しをん


高校生の息子、とうもろこしの、
おすすめ本を読んでみました♪

辞書は、茫漠たる言葉の海を渡る船。

言葉はあまりに不完全で
粗雑な伝達手段で
だからこそ
この世界で、誰かと何かが通じ合うたびに
闇鍋で、運良く美味しい食べ物に
ぶちあたったような、得がたい幸福感を感じます(笑)


辞書編集者が主人公の地味〜なお話なのに、
辞書や仕事に対する愛がみっしりと詰まり、...
それでいてユーモラスで、
ほんとにおもしろい(T_T)


著者から取材を受けた辞典編集部の方は、
これを読んでどれほどうれしかったことでしょう!


わたしの中では、ワイシャツに黒い腕カバーをつけた、
しぶい辞典編集部の方が、

もともとこの物語が掲載されていた、
CLASSYという女性月間誌が発売されるたびに、
それをいそいそと買いに走るシーンを想像して、
胸が熱くなりました(^-^)

最後に収録されている
主人公「まじめくん」のラブレターは、必見。

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by terasumonnmoku | 2015-05-15 21:00 | 読書 | Comments(0)

中沢新一さんの「雪辺曲線論」読んでます。

この本買ったの、20年以上前。
読み始めては挫折し、読み始めては挫折し
でも処分することなく持ちつづけた。

そんな本を、最近一冊読み終えたので
調子に乗って、超ロング積んどく本、読破に再々挑戦!

買ったのはそんなに昔なのに
情けないことにタイミングは「今」みたい。
例えば始めの頃に引用されている
スピノザ「エティカ」からの、この文章。

「心の強い人は、あらゆるものが神の本性の必然性から
導き出されることに特に注意する。

そのために彼が不快で、しかも邪悪であると認識するもの、
またこのために彼にとって汚れた戦慄すべきものであり、
不正で、卑しいと見えるものは全て、
そのものの理解が無秩序で、断片的で、しかも混乱しているから
生ずるということに気づいている。」

これなんて、昔は読んでも全然わからなかった。
いまはわかる。

「あらゆるものに神の本性の必然性がある。

そのため、心の強い人は、不快さが、
不快さに対する、秩序だった理解の欠如、
混乱によって、起こることを知っている。」

ほとんどのひとは、怒りが外からやってくると思っている。


でも、データーがあるからスクリーンに映像が映るのであって
逆ではない。
わたしたちの中に<怒り>があるのであって
外部に「私たちを怒らせるものや人」がいるわけではない。

それを自分でちゃんと理解しているのが、心の強いひとだ。と
スピノザは言い、
かつ、すべてのできごとには神の理が備わっており
それが理解できないのは、その出来事のせいではなく
自らの不明によるのだ。ということが書いてある。

そりゃそうだ。

でもこれ理解している人は、少ない。
真理の学びも、アドラー心理学も
実はここから始まる。
避けて通れない。

無秩序と混乱に、新たな秩序を見出していくことを、
俗に「学び」と言う。。
とかね。
むむん~。

なんてことは置いておくとして、
今度は最後まで読めるだろうか。

この本を進めてくれた友達は
「密教の本だ」
と思って読んだと言っていた。
知らないことが多すぎる。。。。

読み終わってもいない本の感想を(ないけど)
試しに書いてみました(笑)

ちなみに雪片曲線論の前に読んでいたのは、
朝日新聞出版から出ている
吉田猫次郎さんというひとの

「借金なんかで死ぬな!」という本。

振り幅大きいけど、借金の世界もある意味フラクタル。
諦めないで交渉することで、劇的に状況を改善できます。
見た目とは違うことが世の中にはたくさんある。


























by terasumonnmoku | 2015-04-17 21:54 | 読書 | Comments(0)

先日読んだ泉谷閑示先生の「普通がいい」という病は本当に面白い本で、
わたしの泣きたいくらい好きなテネシー・ウィリアムズの「ガラスの動物園」からはじまり、
同じくらい好きな、十牛図で終わる。という、たまらない作りだった。

十牛図とは、禅の悟りに至る過程を10枚の絵で表したもの。

なぜ十牛図が好きになったかというとたまたまこの著者の知人の方から
↓この本をもらったから。
http://www.idotservices.info/page.cgi?kouitsu+ext3

ある日少年が。牛として象徴される<本当の自分>をなくしていることに気づき
牛を探す旅にでる。
本当の自分を見つけ、本当の自分と一体化し
さらには「自分」の輪郭も溶けて、宇宙そのものとなる。
そして里に下り、童子のような好々爺になってまた、牛をなくした少年にであう。
という一連の流れにぐっとくる。

でもほんとはね。
誰も牛を無くしてなんていないのだ。
命というのは永遠で、今私たちがここに生きているということは
牛が、常に我が胸の内のともにあるということ。
そしてその牛は、あることを表面意識の自分が認めることによって
はじめてここに、その姿を現す。

十牛図は、スピリチュアル的に言うと、次元の話と同じ。
バラバラに分かれているように見えて本当はひとつ。
ただ話をわかりやすくしているだけ。

「普通がいい」という病。に話を戻すと
自信がない。とみんな言うけど
自分という限りあるものを信じろって言ったって無理がある。
信じるなら、自分の中にある無限を、信じるほうが自然なんじゃないか。
と泉谷先生は言っていて
それはほんとにそうだと思った。
そして自分のなかの、一番弱い、壊れやすいものを大切にすることが、
実はその無限に至る最短の道なんだよ。っていうしくみに、涙する。




by terasumonnmoku | 2015-02-08 21:00 | 読書 | Comments(0)

生きる意味が見つからないなら、自分で創って育てちゃおう!というブログです。やっていることはさまざまですが、常に生きることに向かっています。

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