パンダのゆみちゃん。

パンダのゆみちゃんのフルネームでこのブログにたどり着いた人がいたので
サービス。ゆみちゃんの事故報告です(๑'ᴗ'๑)
ばりばりの仲間内投稿ですが、
もしかしたら、希望の会の土井先生以外にも
ゆみちゃんの熱狂的なファンがいるのかもしれない・笑。

車は大破しましたが
本人は無事でした(´;ω;`)よかった(´;ω;`)
打撲と、骨の歪みがあるようですが、治療もうけているし、
食欲もでてきたようでなので、もうだいじょうぶ。
いま、ヒツジのりえちゃんが献身的にフォローしてくれてます(๑'ᴗ'๑)

事故直後、電話で連絡がついたのが無冥さんで
無冥さんがすぐに現場に駆けつけ
事故処理や警察との対応をしてくれたそうです。
ゆみちゃん、ご主人は単身赴任だし、自分はショックで動けなかっただろうから
無冥さんがいてくれて、ほんとうによかった(´;ω;`)

ありがたくてありがたくて翌日無冥さんにお礼のメッセージを送りました。
無冥さんからかえってきた、あったかいお返事を見て安心したのか、突然事故の実感がわいて、
泣いてしまった。

ほんとうにあぶなかったんだな。というのと
ほんとうによかった。という気持ち。
ひとが傷つくのも亡くなるのも、嫌です。
どうしようもないことなんだけどね。

過労死の相談を受ける場合は、いつも、もう手の施しようがないところから話が始まるので
どこかで、心が凍りはじめていたのかもしれない。

そんなわけで、ゆみちゃんは元気です。
これでまた、写真が変わるかも。とか言ってます・笑。
きっとそうだと思う。
ますます、すてきに、ますますすばらしく♪゜・*:.。. .。.:*・♪
なので見知らぬあなた、どうか、安心してくださいね( *˘ᵌ˘)♪

一人で写っている写真を出すのは嫌だと思うので、
懐かしの2014年、ドリプラ世界大会の写真をアップ。
パンダとヒツジはプレゼンに使う写真の撮影班をやってくれました。
あれからずいぶん遠くまで来たね(^_^)

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by terasumonnmoku | 2016-01-30 20:04 | 最新情報 | Comments(0)

感情を大切にする。

前回の日記を書いて反省し、
自分の感情を無視してはいけない。
ここはひとつ、悲しむ自分を、素直に受け入れようと
チャレンジ?してみました。

すると、

いままで停滞気味であったものごとが、
急にさくさく進むように!

ただそう思い、悲しんでみただけで、他のことはなにもしていないのに、
どうしてなんだろう。
事の成り行きが不思議です。

続々と今後の予定が決まりつつあるのです。

絵の仕事とか、講演とか(大仰だけど次回のは謝礼の出るやつなので、講演と言っていいんだと思う・笑)そのほかのもろもろの計画とか。

悲しんでみようと思うだけで、すぐさま夫の気配が濃厚になるのも不思議(笑)
速攻で、走ってくるように。

決まりつつあることの規模が、どんどん大きくなってゆくのも不思議。

どこまでいっちゃうんだろう。自分。

やりたいことは極めて明確。だから、迷いはない。
でも個々の事象が、パズル全体のどこにはまるかは、やってみないとわからない。

とりあえず行くところまで行ってみよう。

ところで、過労死関係のことで凹んでいたとき、ネパールで出会った元日本赤軍のRさんから激励の電話をいただきました!
これはうれしかったなああ~。
難病で一度は余命宣告を受けたRさん。
わたしととうもろこしが、またネパールに行くまで、絶対元気でいてほしい。
そして楽しく暮らしていてほしいです。

懐かしい声を聴いて、昔も、一人暮らしで死にたくなるたびに、なぜか必ず元ロッキング・オンの橘川さんが飲みにつれ出してくれて、そのたびにめっちゃ元気になっていたことを思い出しました。
(ちなみに誘っておきながら橘川さんはアルコールにめっぽう弱く、大概最後は無理やりタクシーに押し込んでいた・笑)

いつも、そういう人が周り(でもないけど・笑)にいてくれるって、幸せだなあ。

そうそう。日曜日、友人の及川徳子さんのところに、ひさびさにお見舞いに行ってきました(^○^) 
なぜか朝の8時半集合で!
(わたしには、常にさまざまな事情があるのですw( ̄o ̄)w)

彼女の回復にぴったりな絵
(タイトルは調和です。肉体に現れた不調和を揺らぎに還元して、波動をなだらかに整えるイメージです。希望者には3000円で販売中。←もちろん営業だよ。・笑)
を持って行ったので、これからお見舞いに行く人はぜひみてみてね。

徳ちゃん、すごい元気です。
のしのし歩いています。
まだ退院の予定は決まっていませんが、経過は極めて順調~\(^o^)/
ほんとにうれしい~(T_T)泣ける~(T_T)
この広い世界で、たまたま出会い一緒にいろんな出来事を共有できるって、
すごいことだと思うのです(T_T)
元気でいてほしい。
そしてまた、一緒にたくさん遊びたい~!!!!

今これを読んでくれている、徳子さんを知っているあなたも、そう思いませんか??
わたしたちは目をぎらぎらさせて、彼女ががんばりすぎないように見張っていましょう!
まあ、今回のことで、さすがの徳ちゃんも懲りたと思いますが(笑)

でもいずれにせよわたしは力尽きました。
ここから先は皆さんにおまかせします~(^○^)
もう全然大丈夫! 
by terasumonnmoku | 2013-07-15 18:51 | 最新情報 | Comments(0)

ひさびさに、考え中。
悶々としています。

もんもんもん。

どうしたものか。
傷について、どうしていいかわからない。

自分になにができるのか。
なにかしたいと思うこと自体が、違うかもと思ったり。

日頃大変お世話になっている自死遺族の会の会長さんは、
「あたしに関わった人は、みんなどんどん元気になるって決めてるの。洗脳しちゃうのよ!そうするとほんとにそうなるから。」

というけど、
全然自信はない。
というより、元気よく無理!といいたい。

でも、なにかはやるんだろうな。
やって、だめだったら潔くあきらめよう。

傷そのものは、それぞれの問題なので、そこをどうにかする必要もないんだろうし。

このところやる気を失っていて
いまでも頭の上に「やだやだまん」が載ってる感じ。
このまましばらく、やだやだまんと一緒にいるのも、いいかもね。

わたしは自分自身の「悲しい」とか、「辛い」とかいう感情に、ほとんど関心がなく、
いままでなるべくそういうゾーンに立ち入らないようにしていたけど
それってやっぱり、自分がきつかったからなんだろうな。

人の悲しみを見るだけで、力が失われていく感じがする。
だからやる気も減退しているんだろうな。

これではいけない。
次回からは、あのひとは、わたしにかわって泣いたり、
怒ったりしてくれているんだ。と思うことにしよう。

というか、その悲しみが逃げようもなく、
まさに自分自身の感情そのものであることを認めよう。

認めるって、すごく難しい。
きっと怖いんだと思う。

かつて自分が問題を抱えた当事者なのに、
そのために存在する国分町駆け込み寺にダイレクトに相談に行けず
たまたま参加したボランティアミーティングで、
どさくさに紛れて玄代表に悩みを聞いてもらった
ような情けない経緯を思い出しても、
向き合うことに大きな抵抗がある。のは、ぼんやりわかる。

最近になってようやく、自死遺族であることが、わたしのすべてではない。
と思えるようにもなってきたけれども、
自分=夫に自死された妻=人間失格的な感覚でしか、
自身を捉えられなかった時期が、ものすごく長かった。

虐待されて育ったこどもとか、DVを受けた妻とか、あるいはパワハラを受けた当事者もそうだとおもうが、ある限度を超えた時、受けた損傷の大きさに客観性を失い、問題と自分を分けて考えることができなくなる段階が、誰にでもあるのだろう。

現実を受け入れ、自らが当事者であるという意識を持って、初めて立ち直りが始まる気がするけど
その過程は人にも状況にもよるし、一気には進まない。
もどかしいけれども、省略することもできない。
これが普通で、健康で自然な成り行きなのだろう。

自分の悲しみを恐怖する、なんておかしいけど、
ほんとに怖いんだからしょうがない。

それでいい。それがいい。
そんなふうでいながら、自分をやっていけばいい。

泣きながら怒りながら、笑える時に笑っていればいい。
なんかー、うまくいえませんが。

昔、上司と喧嘩して、住むところも職も一気になくして
積み上げた段ボールの下で、わんわん泣きわめいていたとき、

「おまえ、泣いてるけど、なんか平気そうだ。
大変なことになったのに全然だいじょうぶそうだ。」
と、結婚する前の夫に妙に感心されたのを思い出します。

そういうの、意外と好きだったんだろうな。
そのときのわたしは、めっちゃかっこ悪かっただろうに、
そこを責めずに肯定することで、励ましてくれたんだろうな。

自分のことはゆるさなかったのに、
他者に関しては、不思議な許容の仕方をする人でした。






















 
by terasumonnmoku | 2013-07-12 22:08 | 最新情報 | Comments(0)

生きる。ってなんて、かっこ悪いことなんだろう。

と、思った。

そして、

かっこ悪いことは、なんて、かっこいいんだろう。

とも思った。

たくさんの感情が、揺り動かされる。

ないことになっていた絶望や、せせら笑い。
せき止められた涙。

失われた世界に対する激しい執着

行き場を失った思いが、出口を探して怒涛のように押し寄せる。

リアルに体験される感情には、名前がないし、単純に一つのレッテルで呼べるようなものでもない。

それは、ただの情動の盛り上がりとして感じられる、もやもやしたある種の「感覚」にすぎないが
舞台の上で、役者さんたちが演じてくれる「感情」には
「怒り」とか、「悲しみ」や「恐怖」のような、わかりやすい商標がついている。

だからわたしたちはお芝居を見ながら、もう一度人生を整理することができるのかもしれない。

それでも、題材が題材だけに、あの震災を、自分の体験と二重写しに読み込んでゆくような辛さがあった。

まだ痛みがあまりに生々しくて
この芝居を見られない人も、たくさんいると思う。

津波が去った後の、海とヘドロのにおいのする空気の中で
日常を紡ぐ大切な場所が、突如異次元に変わり

どこかお祭りのような時が過ぎ、ふと我に返って
徐々にほんとうの困難がやってくるところを、巻き戻して見るような

そういう鈍い苦痛の中で、
役者さんたちの、残酷なセリフの合間にほの見える優しさが、辛かった。

傷つけたくない。

よりそっていたい。というあたたかい気持ちが、痛い。

でもそれが、きっと今なのだろう。

わたしたちは同じ痛みを共有している。

だからこそ、今ここで、中途半端な心と体のままで、言うことがある。

みんなで。

お芝居を見ながら、人生で自分が本物の苦痛を感じた時と同じように、胸が痛かったし
自分の悲しみは、客観的にみるとこういう風に感じられるんだろうなあ。
という不思議なおもしろさや距離感も感じた。

悲劇は客観性を持つと、喜劇に変わる。

ジェットコースターに乗ったような感情体験の終わりは
びっくりするほどのカタルシスだった。

悶々と芝居を見ていた私は、最後に驚くほど大泣きし、そんな自分がすごくおかしかった。

ここで昇華されても、結局海には放射能で汚染された魚しかいないし、
大切な人は帰ってこない。

残念なことに、それが人生なんだろう。

生きる。ということは、何かを保証されて予定された毎日を過ごすことではなく
本来そういうぎりぎりのところで体験される、スリルとサスペンスに満ち満ちた行為であるに違いない。

最終的には誰かが生き残ればいいのだ。
できれば、その誰かが、心ある人であってほしい。
だからなにかを伝え続けたい。

この「方丈の海」というタイトルは、三島由紀夫の「豊饒の海」とかぶっているのだろうか。

だとしたら「豊饒」が、「方丈」になってしまった理由はなんだろう。と、ぼんやり考える。

圧倒的な海の力と瓦礫の山と、破壊された生活。それらが醸し出す生活感を。

切り取られた「方丈の海」は、滑稽で親しみ深く、
壁となって襲来した海のそばのこの土地で
失われたたくさんの命や時間とともに、わたしたちは生きていく。

という、アイロニーに満ちた決意を、鮮やかに浮かび上がらせる。

故郷というものは、あるように見えて実在しない。
人も場所も、刻々と変化して、川の流れのように常に動いている。
ただその変化が、通常はゆっくりで気づかず、普遍的な何かがそこにあるような気がするだけで。

本来わたしたちは瞬間と瞬間の間を移動する旅人であり、そういう意味では誰もがデラシネにすぎない。

だから約束の地とは、具体的な場所ではなく、

わたしたちが踏みしめた大地と、そこでぎゅっと胸の奥に握りしめた拳の中にある。
ようなもの、なのかもしれない。

失ったものを、たぶん何度でも、わたしたちは作り出すことができるし、作り続ける。
魂、という、その幻影だけでも。

怒り、憎み、悶え、苦しみ、のたうちまわりながら
胸の奥に握りしめた拳に隠した、乳と蜜をそっと味わうような

わたしにとって「方丈の海」は
そんなお芝居でした。

心臓が鼓動を打つたびに、この血管を流れてゆく、
甘く切なく、微妙に塩辛い乳と蜜こそが
実在するわたしたちのカナンなのかもしれない。


このお芝居を作ってくださった皆さんの勇気を、心から讃え感謝します。

「方丈の海」を体験できてよかった。

なにもわからずに見続けてきた演劇を、はじめて、すごい。と思いました(泣)
by terasumonnmoku | 2012-09-03 20:31 | 最新情報 | Comments(0)

ついに見ました(笑)

楽しかった~\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/

映画も、監督のお話も、助監督と音楽監修を担当した小向サダムさんの演奏も
ただただ感動!でした(T_T)

実行委員の皆さん。ほんとうにお疲れ様でした。

そして、勝手に思い切り楽しんでしまって、ごめんなさい m(__)m

会場の中で、わたしが一番盛り上がっていたような気が(いや。ほんとに。。。)します。

飛び入りで、打ち上げにまで参加させていただいて
ありがとうございました!!!!!

みなさんと同じ時間を共有させていただいて、うれしかったです。

さて、実際に見た感想ですが(笑)、興奮しすぎて、客観的に書けません。
なので、これがどんな映画か知りたい方は
この日記ではなく7月23日付の宣伝記事を読んでください(笑)

音楽も映像も、語られる言葉も、どうしようもなくすばらしかった!

アレックスの音楽にはエゴ的なものがなく
彼は、有名になることも、評価されることも求めていない。

ただ、人生を受け入れ、喜びを表現する方法として、音楽を心から愛し子供たちと楽しんでいるように見えるのです。

だからこそ、その響きに、例えようもないほどの感動があった。

でもCanta!Timorの音楽や映像や言葉が、あんなに輝いて見えたのは、
創る側のみなさんに、アレックスと同じ感覚ー音楽や生命に対する深い尊敬の念があったからじゃないかと思いました。

と、打ち上げで音楽監修をされた小向サダムさんに話してみたら

サダムさんご自身も、日々の音楽活動の中で、「自分」が目立つのではなく、「音楽」そのもの、を表現することを常に心がけていると、おっしゃっていました。

人はエゴに満ちた生き物で、それは口で言うほど簡単なことではないはずです。
なのにその息苦しくなるようなところに、ちゃんと向き合っているのがすごい。

映像についても同じことを私は感じました。

東ティモールには苦難に満ちた歴史があり、映像の中にたくさんの方々が、ご自身の「残酷な経験」を物語るシーンがあるのですが
その画面が、見たことがないほど静かな尊厳に満ちていて、何ともいえず美しいのです。

どうしてあんなふうに撮れるんだろう。と不思議に思い

東ティモールの元兵士が、何人もの仲間を目の前で殺され、自身拷問された過去を語った後で

「これは怒りではない。わたしは怒っているのではないんだ。」
と言った時、

「嘘だろ?」
とは思いませんでしたか?

と、これも多くの場面で実際にカメラを回していたサダムさんに聞いてみると

「言葉がわからないので、そういうことは考えなかった。ただいつも、その人が、最高にかっこよく撮れるように、ということだけを考えていた。」

と話してくださいました。

言葉を解する監督ご自身の受け止め方がまずそこにあった。ということはもちろんですが
言葉はわからなくても、感情はニュアンスで伝わるものだと思うのです。

そのニュアンスが、事実怒りではなかったということを、映像を撮る方が察知したからこそ、あのように透明な映像になったのかもしれない。

言葉がわからないから、真実が伝わった。言葉の影に隠れ、命を失っていきがちな「ほんとうの感情」だけが、形になって残ったと。

結果として、残酷な物語の語られる場面には、透明な悲しみと、それさえも突き抜けてゆく、存在に対する深い信仰ー信頼ー祈りーのようなものが映っていたような気がします。

まるで、奇跡のように。

(T_T)

映画の後で監督が、東ティモールで使われるティトゥン語には
「敵」という言葉がない。と、教えてくださいました。

「敵」にあたる言葉はあるにはあるのですが、それを直訳すると「違う方向を向いている人」という意味になるのだそうです。

もう一つ、驚くべきことにこのティトゥン語の「あなた」ということを意味する「イタ」という言葉には
同時に「わたしたち」という意味も含まれているのだそうです。

「この鉛筆は誰の?」
ときくと「イタ(わたしたち)の!」という答えが返ってくる。
だから使ってもいいよ!

他者のいない世界って、すごすぎませんか(泣)

映画に写し取られた東ティモールの人々のすばらしさは、ティトゥン語の構造に組み込まれた「すべてはひとつ」をダイレクトに現出させる仕組みに基づいた、深い哲学的な思想背景が支えているものなんだろうな。

また、この映画にはたびたび、「ルリック」という精霊のような魔法の力についての言及があるのですが、その「ルリックの守り人」を探す旅の途中で、道を教えてくれたおじいさんが最高に素晴らしかった!

満面の笑みで日本から来た監督に

日本軍から何度も殴られた話をし
それはもう終わった話だ。というのです。

大事なのはわたしたちが解放された。ということだ。
それができればほかのことはどうでもいいのさ。(T_T)

その次のシーンでは「このままいくと、世界はどうなりますか?」
という広田監督の問いに

ルリックの守り人がマルスの葉の噛み跡を読んで、こう答えます。

「近い人が減り、遠い人が増えるだろう。

お前が暮らす大地を敬い、そこで神々とともに暮らしなさい。そうすれば絆が生まれる。」

ゲームに熱中して現実を忘れても、わたしたちは大地から離れられない。

私たちは大地を支配しているのではなく、大地に間違いを犯すことを、ただ許されているだけなのでしょう。

テベ(大地を踏みしめる踊り)を踏み、絆を育てよう。

希望はそこから生まれる。

Canta!Timorは、東ティモールのみなさんの美しさと作り手の純粋さから、奇跡のように生まれた映画だと思いました。

映画そのものが最高に素晴らしい。

でも、そこに共鳴して上映会を開いてくださった皆さんや、
実際に映像を見て涙するわたしたちのなかに

画面の中で輝いていた光と同じものがあるからこそ、この感動が連鎖してきたのだ、

とも思うのです。

それが、わたしたちのこれからにつながる、なによりの、希望だなあ、

と、見終わった後でしみじみ感じたのでした。

あたたかな感謝の気持ちが胸いっぱいにひろがって
時間がたっても感動が薄れない。

素晴らしいひとときを、ほんとうにありがとうございました!!!!
by terasumonnmoku | 2012-08-26 17:12 | 最新情報 | Comments(0)

カンタ!ティモール

知る人ぞ知る、映画のタイトルです。

これを読んでくれている皆様は、きっと徳ちゃんのブログでもこの映画の自主上映のことを知っているはず!

実は私はこの映画をまだ見ていないのですが

今、個人的にもっともホットな「過労死防止基本法の成立を目指す運動」に共通するものを感じて
勝手に宣伝し、チラシを配り、お店においてもらって歩いています(笑・いいのか、そんなことで!)

宣伝するために、デンジャラスゆかちゃんの個人授業もうけました。

おかげさまで、被害者続出中です(*  ̄▽) 

この映画はすごいです!

監督の視点もいいし、生きている人もいい。

ティモールは、長年にわたる(それこそ大航海時代からの)植民地支配とインドネシアによって意図的に引き起こされた、あたかも内戦のごとき状況に見舞われ、
油田を持っているがゆえに、現在に至るまで悲惨な状況が続いているのですが

この映画は、悲劇の歴史だけに焦点を合わせるのではなく、そのなかでいかに人は充実した生を生きられるか、ということころを大切に扱っていて、

それを悲劇の歴史と美しい映像と、暖かな歌声を交互に繰り返すことで綴っている(らしい)。

心に傷を負った時、それをどうやって乗り越えるか。

というのがわたしたちの永遠のテーマだと思うのですが、明らかな加害者がいたとして
そのひとを、身内がされたように拷問する。

というのも一つの方法だと思うのです。

多少すっきりはするかもしれない。

でも、そうしたところで、奪われた命は帰ってこない。

返って、嘆き悲しむ人を増やすだけでしかない。

この映画に出てくる、東ティモールの独立派抵抗組織フレテリンの軍事部門ファンリンテルのひとびとは、自分たちを根絶やしにしようとした相手と戦い、捕まえはしても、人権を蹂躙するようなことはせず、無傷で開放する。ということを繰り返すことによって

地道に歴史を変える方法を選びました。

捕まえた捕虜を、人間として扱って、無傷で開放する。

ということが肝です。

わたしたちは自分たちが害を受けたら、ちゃんとそれが不本意である旨伝えなければならないと思うのです。

かつていじめっ子をやっていた時に実感したのですが、
人をいじめているとき、いじめている人は、それが悪いとは思っていない(か、悪いと思わないように自分を偽っている)。

相手が自分と同じ痛みを持った人間だとは思わないからできる。

だから人間じゃないと思った相手が、痛い、といったり、そのひとに逆に窮地を救われたりすることに、
大変衝撃を受けるのです。

衝撃を受けた上に解放されたら、そのひとは心にものすごい重荷を負った状態になります。

敵意には敵意が相当しますが、寛容と愛には、愛しか返せないから。

そのようにしてティモールの歴史は変わりはじめました。

この監督は、ティモールの悲惨な現状より、その中で奇跡のように営まれる人の暮らし、カンタ-に代表される生きる喜びや愛に感動して映画を作り、

その愛はまたここで上映されて、収益が出たらまたティモールに帰ってゆくのです。

すごい。


なのでわたしはこの映画を応援します。(どうだっ!まるで見てきたように語っているでしょう!爆)

ただいまチケット絶賛発売中。上映は8月25日。時間は13時~場所はメディアテークで、チケットは2000円。桜井薬局セントラルホールなどで購入できます。詳しくはホームページを見てね。

もしよかったら、当日メディアテークでお会いしましょう☆彡

ぜひ!
by terasumonnmoku | 2012-07-23 20:53 | 最新情報 | Comments(0)

あーてぃすと活動

フェイスブックを見ていたら、星空プロジェクト関係で、あの星の絵がテレビに映っているのを見つけました(^○^) 

星プロに使っていただいたおかげで、新聞や、天文台のホームページや、今度はテレビにまで出していただくことができて、ほんとにうれしいです!

自分の絵が大きな場所で使われるのは、自分自身がテレビに登場するよりずっとうれしい(笑)

名前が入っているとかいないとかは全然問題ではないのです。

わたしの描くものは、なんだかわからないけど見ることによってなにがしかの(多くの場合説明のつかない)感情が呼び起され、一度見たら絶対忘れない。というタイプの絵なので、ロゴとか、ああいうシンボルマークにされるのが一番正しい使い方なのかもしれない(*  ̄▽) 

うふふ。

プライベートでバタバタしていた間も、絵は働いていたなんて、

感動だなあ!

使ってくださって、ほんとうにありがとうございます m(__)m

今、らぶりぶで知る人ぞ知る、あのロゴ入りのTシャツも作っているのです。

可愛くできたらいいなあ~☆彡

いや、きっと可愛くできるでしょう。

だってあの絵だもん!

最近、痛んでいたせいか、自分の絵が好きになりました。

元気が出る(笑)自分で描いたのに(笑)

陶芸家の先生とお友達になって、秘かに習いながら作っていた、妙なかたちのお地蔵さんたちも、土が乾いていよいよ第一陣が焼きに入りました。

うう。仕上がりが楽しみだなあ~。

第二陣用の土がたくさんあるので、もっと変な形のをいっぱい作ろう!

と、来週は様々な意味でさらに佳境を迎えそうです。

あ、労災の面談については、第二回の予定が決まっているので、また改めて!
by terasumonnmoku | 2012-07-05 23:53 | 最新情報 | Comments(0)

新事務所!

やっほ~い!!!!

おそくなりましたが、新しい事務所がスタートしましたっ♪

今日はくみちゃんの、からだごとわくわくする、素敵セミナー!

北海道からやってきてくれた大事な仲間のるなちゃんも、体ごとはーとごと、魂ごと、感情ごと、ぜんぶぜんぶでよろこぶ練習をがっつりして、元気いっぱいで帰ってゆきましたよ★

いろんなセミナーや、イベントが目白押しです!
ヨガも、いい感じだよ~♡

みんな、遊びに来てねっ♪

あとそれにね!
今日は、超大感動もののできごとがあったんです!

でもそれはわたくしごとではないので、知りたい人はあっちゃんに直接聞いてください

特に子供を持ったお母さんに、聞いてほしいなあ

まるでものすごく長い時間をかけて届いた、息子さんからのラブレター。。。みたいな出来事だったんですよ。

宝石のように、はーとがきらめいてくるの。

わたしたち、なあんてすてきな毎日を送っているんだろう。

この地球はまさに、愛のワンダーランド、なんちゃって(笑)

(内容を書いていないから、気になるでしょう????????
ライブで本人に聞いてください・笑。
みんなと真理を学んで自分に心を開くことができるようになると、悩みそのものが、あなただけのかけがえのない美しい輝きに変化する!というこの世界の仕組みが、経験するたびにすごいなあ~と思うのです。
あなたにも、そんなことがおこると、ほんとにいいなあ~。)

そうそう。

一回目の珠セミナーも、楽しく終わりました。

遠くから来てくれたみんな!
ほんとにありがとう!!!!!!!

パソコンが壊れたりいろいろで、すっかり逃避気味だったわたしにも、おかげさまでどどどっと、すてきに活が入りました(!!!!)
全知全能はほんとにゆるぎない。

もっといっぱい書きたいような気もしますが、やることが実はいっぱいで今日はここまで。

ちゃお
by terasumonnmoku | 2010-09-16 20:22 | 最新情報 | Comments(4)

そろそろパソコンでちゃんと絵を描いてみよう。と思い、イラストレーターで練習をはじめました。
インストールするだけで一日がかり。うーむ。むむむむ。
パソコンも苦手だし、絵にもコンプレックスがあって、異様にお尻が重いです。

自分にとって大切なものだからこそ、迷いもでるものということを、今回はじめて知りました。
できなかったどうしよう、とか、冷静に考えると割とどうでもいいことで、躊躇する。

わたしは結構自由な人なのに、なぜか大好きなアートに関してだけは、社会通念上の評価をやたら意識してみたり、これはnahoちゃんに指摘されたのですが「正しさ」のようなものを振り回してみたり(ほんとに!)、なかんずく(漢字では就中とかきます・就中っていったい・笑)他の人に嫉妬してみたり。

いままで子供を産む以外のことについては特別な執着を持ったことがなく、
場当たり的に適当に生きてきたので、フットワークは軽かった。
こんなにいいわけがましい、鬱陶しい自分が新鮮です。
長く生きても日々新ただわ。

やれやれ。

でも絵を描くのは好きなのだ。
アート自体もすっごく好き。
見るのも作るのも。

大津さんが言いました。
たまちゃん、二本の腕があるから大丈夫!できるよ!
手のない人だって描いている。

まあそうだよな。

きのうは知ちゃんの伝授を一緒に見ていて、そのあとで金澤のまさこさんにも会いました。
ちょうど「決める」話をまさこさんがしてくれて、そっかー!と思っちゃった!

こういう感じで、みんな「決める」ということをしているんですねえ!
まさこさんは仙台に来るのが初めて躊躇したことだったのだそうです。
決めると本当にスムーズに行くのよ、と目をきらきらさせて教えてくれました。

出会うタイミングって、ほんとに完璧なんだなー。

知ちゃんのマスター伝授も、ほんとにきれいでした。

大津さんがエネルギーを入れてゆくにしたがって、白い光の中から、知ちゃん自身の輝きであるピンクがかったシャンパンゴールドの光が立ち上がってくる。(その彩度のエネルギーは、今までは密かに知ちゃんの奥で、鳴りを潜めていたらしい)
十分シャンパンゴールドの光が表に出てきたことを見計らって、最後に強烈なブドラーエネルギーの、金の光が注入され、光のカクテルが構成され、新しいライトボディがつくられてゆく。

うーん。美しい~とはこのことでしょう!

でも今気づいたんだけど、あれですね。
ちゃんと本人(自身の輝き)が立ち上がってこないと、金色のブドラーの高いエネルギーは入れることができないんだろうなあ。

アイデンティティがある程度確立されて、学びが進み、
受け皿となる自分の輝きが立ち上がるところまできて初めて、高い波動とのブレンドに耐えることができるようになる。

おもしろいなあ~。

そしてわたしは、最近第3の目ではなく、自分のハートの宇宙でいろんなことを体感できるようになってきたので、更に幸せです。

なんだろうなあ。ハートで感じるのと、第3の目で見るのとは、情報の質も量も全然違うのよね。
表面意識が解析している、というところは変わらないんだけど。
このへんは、結構重要な気がするので、どう違うか、もうちょっと考えて説明します。

たらたらと着実に、楽しんで、お絵かきしよー。
それがいまのわたしのいちばんです。
みんなもみんなの一番を楽しんじゃってね♪
by terasumonnmoku | 2009-03-12 18:02 | 最新情報 | Comments(0)

3月になりました。

なんとアップした日記が飛んで行ってしまいました!!
きっといらなかったんだな。

激動の三月を迎えています。
いろいろなことが起きていますね。
みなさまいかがお過ごしですか?

先日日記を書いてから、続々とマスター伝授は続き、やっちゃんが7の8の02.くみちゃんが7の3、シェルティさんが6の8と、みんな大変革しています!
(三人だけじゃなくすまきちゃんやひーこちゃん、あきちゃん、東京のnahoちゃんMieちゃん、そのほかのみんなもそれぞれの最大限を認め、ぐぐっと大きく成長しています。もちろん大津さん自身も!!!!おめでとうございます!!\(^o^)/!!!!!!! )

これからもマスター伝授は続くので、更にすごいことになるのでしょう。
わたしはほんとに、生きてるだけで大変です。
エネルギーを見ていると、それだけで宿酔いしてしまいそうです。

すっごく残念だけどもうトレースできないや、これ以上やると自分が誰だかわからなくなってしまいそう!!!
うわー!!!

というところで、我に返り、ました。

うーん。しまった。こりゃあまずい。

こういうきらびやかな時にこそ、ついよそに目が向き、愛を外に求めてしまう過去の癖を引きずらないように、
よりいっそうの注意が、わたしには必要です。

より深いわたしを認め、常にあらわしていくのだぞよ。
と、更にきりりとふんどし(締めてないけど)を締め、気持ちも新たにしてみました。

わたしや

一見わたしじゃないように見える世界の全てが

ぜんぶ愛でできているって、

あたりまえだけど、とってもすてきなこと♪

そんな普通で当たり前なことに、あらためて帰ってゆこう☆

だからこそ、世界にはあなたのための場所があり

わたしのための場所がある。

いつも帰る家があるって

幸せだね。

ところで昨日は、るーしーちゃんにオステオパシーの治療をお願いしました。
調律の乱れていた楽器が、整ってとてもいい気持ちです!
るーしーちゃん、ありがとう!

るーしーちゃんのハートフルセラピーは、出張治療もしてくれるそうです。
特に東京近郊の方、どうぞよろしくお願いしますね☆
by terasumonnmoku | 2009-03-04 18:19 | 最新情報 | Comments(0)

本名・前川珠子 らくがきすと・即興ピアニスト・セラピスト&震災復興途上の過労自死で夫を亡くしたひとりの遺族として、さまざまな活動をしています。東北希望の会代表、全国過労死防止センター幹事。高校生の息子<とうもろこし>と二人暮らし。なお、このブログは完全にプライベートな立場からの発信であり、東北希望の会のオフィシャルな活動とは基本的に関係ありません。

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