「ほっ」と。キャンペーン

過労死防止基本法の、今臨時国会での成立を目指す機運が高まってきた!
ということで全国過労死を考える家族の会の寺西代表からお声掛けいただき、
ちょうど秋休みだったとうもろこしと、ふたたび永田町に出かけてきました。

一日だけ参加したロビー活動は(ほかの皆さんは前日からのローラー作戦(T_T))、
台風26号が上陸した日で、実家もよりの駅の電車は全線がストップ。
駅にはどっさりと通勤の皆さんが詰めかけ、改札の中にも入れません。

バスと徒歩で隣の駅に移動し
大変複雑な経路で永田町に向かうことに。

久々のすし詰め、ノロノロ運転の電車の中で、
隣の男性の携帯のニュースをチェックしたり
(覗き込んだわけではありません!動けないので見えちゃったのです。)、
満員電車の中で、恋人と思しき女性をしきりにかばう男性に、
がんばれ~!
と心の中でエールを送ったり、
周りのひとのあくびに、点数を付けたりしながら、
通常の3倍以上の時間をかけて、衆議院議員会館に到着。

入口で出会った、同じ過労死遺族の方が
「こんな日に、わたしたちなにやってるんだろうね」
と腰をさすりながらおっしゃったので
「歴史を変えようとしているんです」
と、ぼろっとすごいことを言ってみたり。(ま、気持ちだけは・笑)

とうもろこしともども、過労死家族の会の全国の代表の皆さんと、
過労死弁護団の先生たちと、力になってくださっている議員さんに会いに行きます。

今回はほかに、新しく自民党から議連の世話人になった丸川珠代議員と、みんなの党宮城の林議員、にお会いし、事前準備が間に合わなくてご本人にはお目にかかれませんでしたが自民党の土井議員、同じく自民党の野田聖子議員のそれぞれの事務所に、書類を持ってご挨拶に伺いました。

前回、前々回の活動では、家族の会の皆様の後を、金魚の糞の様について歩いていただけでしたが、
今回は自分でアポを取って、少しは行動できたので
じゃっかんは進歩したかもしれない。

最近周りに、豪傑のような女性(素手で銃撃戦を止めた逸話をお持ちだったり!!)が、
たくさんいらっしゃるのですが、
一緒にいるだけで、わたしにもちょっと豪傑成分が、注入されてきたかもしれない。

と、細い糸をたどって、野田聖子議員の事務所に
電話で突撃アポを取っているときに思いました。

それを見ていた母に、「政治家にはなるんじゃないよ」
とくぎを刺されましたが、どうしてみんなそういうことを言うんだろう。

元来わたしは、何の役にも立たないことを、一生懸命にやるのが好きなのです。
向いてもいないし、夫のことがなければ、こういうことは絶対していない(断言)。

ところで、この豪傑のような皆さんの共通点は、
全員がご自身の利害のためには行動していない。ということです。

利害関係があると、思い切ったことはしにくいということなのか
もともと女性のほうが、命の尊厳を守るというような、抽象的でありかつ本質的な問題に対する実行力があるのか。

その辺は謎ですが、みなさんにくらべると、わたしなんて、
まだ卵の中にいるようなもの。というのは間違いなく、
そういう方々に出逢えたことが、ほんとうにうれしいのです。
世界は広く、まだまだ知らないことばかり。

翌日は過労死防止基本法の今国会での制定を目指す緊急臨時院内集会で、
46名定員の会議室には、130名もの関係者が集まり
それはそれは大変な熱気でした。

長い会議用のテーブルに、共産党、自民党、民主党、社民党、みんなの党、公明党、そして山本太郎さんがずらっと並んでいるのを見るだけで壮観で、例え思いの熱さは違ったにせよ、そこにいる全員が同じ問題を共有していると思うだけで、感動です。

その政治家の方々に、25年の長きにわたって働きかけ続けてくださった過労死を考える家族の会や
過労死弁護団のみなさん。過労死防止基本法制定実行委員会委員長の森岡先生(関西大学教授)のたゆまぬ思いや努力を想像するだけで、胸が熱くなります。

過労死防止基本法は、これから各党に持ち帰られ、党ごとに案が検討され、
議連内部で再度摺合せが行われ
更にそれが国会に提出されたのちには、経済系の議員さんに叩かれ、
厚労系の議員さんにまるめられと、
数々の試練を潜り抜けてゆくのだそうです。

まるで障害物競走の様に。

どうか、この基本法が、骨子案を損なわれることなく、最後まで走り抜けて行けますように。

労働規制緩和が粛々と行われようとしている今だからこそ、この法律は必要なのだと本当に思います。

集会の後、委員長の森岡先生と衆議院議員会館の地下にあるタリーズで
遅いお昼を食べました。

風邪をこじらせ、ようやく復活したばかりの先生は
疲れたお顔で、クロワッサンをカフェラテで流し込みながら、
これからテレビ局にコメントをしに行くんです。とおっしゃっていました。
この日は、講義を休講にして、参加されたのだそうです(T_T)

家族の会の東京代表の中原さんは、議員さんや秘書さんに配る
珍しい黒豆の枝豆(数キロはありそうな)を
議員さんに猛烈な勢いで働きかけ、資料を作成する合間を縫って二日がかりでゆで、
持参されていました。
「こういうものがよろこばれるのよ」
その説明の合間にも、次々にかかってくる電話や、連絡に追われながら(T_T)

どんな大きな組織も、動かしているのは一人一人の人間で、
ひとがひとに働きかけていくこと、それを生まずたゆまず続けてゆくことで
少しづつでも状況を変えることができるんだ。
ということを
わたしは皆さんと活動を共にさせていただくことで
教えていただきました。

ほんとうに感謝しています。

この法律が一日も早く、成立しますように。

過労死や労働問題が、日本のなかから一件もなくなりますように。

これからは、わたしたちひとりひとりが、今いる場所で、
自分たちの手で、わたしたちの望む社会を、つくってゆく時代なのだと思います。 

一度にひとりができるのは、ほんのちょっとだけだけど
それできっとじゅうぶんなのだと、思います(^○^) 

なにができるか、わからないけど、がんばろー!
by terasumonnmoku | 2013-10-21 21:41 | 労災申請関連 | Comments(0)

院内集会。

翌日はストップ過労死実行委員会主催の、
過労死防止基本法の制定を求める院内集会(議員会館内で行われる集会)
に参加しました。

全国過労死家族の会、過労死弁護団、NPO法人POSSE(労働相談を中心に活動する若者中心のNPOだそうです)のみなさん、マスコミ関係者、一般参加者などなど、総主席者数270名。
うち全党からの議員さん秘書さん等50名の参加で開かれました。

「過労死110番」ができてから25年。
院内集会は、7回目になるそうですが、
議員さんの参加は、今回が一番多い。とのことでした。

最初の頃は、院内開催であるにもかかわらず議員さんの参加そのものが少なく、
特に自民党の議員さんには会ってもらうことすらできなかった。
ということを、関係者の方に聞きました。

そこから積み上げて今日まで。
ほんとうに頭が下がります。

社会というのは、黙っていれば誰かがいいようにしてくれるものではなくて、
不備や大変なことが起こるたびに、そこで困った個人や支援者が、
より良い状態に向けて起こしたアクションを受けることによって、はじめて変わってゆく。

という当たり前のことが、この展開を近くで見せていただくことによって
ようやく感じられるようになりました。

ひとりの力は小さくても、
ひとは決して無力ではない。

そういうことを教えていただいたような気がします。

社会は人が作ってゆくものなんだなあ(T_T)

また、この会では、未来工業という日本で一番休みが多い会社の81歳の創業者、
山田昭男さんの講演があり、大変な感銘を受けました。
(稼ぎたければ働くな。などたくさんの著書があります)

この方は「よそと同じことをしたらばかになる」という考え方の持ち主で
「社員が働くはずがないんだよ。働くはずがないから、餌をやらなきゃいけない」
なぜ残業させないかというと
「社員は恐らく豚じゃないと思うよ。社員はたぶん人間だと思う。人間なら寝る時間食う時間働く時間を除けば、毎日4時間くらいは人間らしく過ごす必要があると思うよ」だからなのだそうです。

それで、社員が実際に余暇に何をしているかを調べ
「ある社員は毎日6時に家に帰って、奥さんとご飯を作って、家族四人で夕食を食べておった。つまらん人生だね」

この方は大変に口が悪く、衆議院議員会館で
「カタカナ英語は敵の言葉だ。鬼畜米兵だよ。」とかいうのです。
「おれは上海生まれだ。誰が連れて来たのかしらないけど、
こんなところに連れてきて、話をさせるやつが悪い」

なのに、ものすごくオーラが大きくてきれいなのです。
今まであった、大津先生以外のどんな指導者より、ずっとすごい。
びっくりしました。
口が悪くても、いいのか!

「人間を人間扱いすると、誠意が返ってくる。当たり前のことなんだよ。」

当たり前のことが、当たり前に通る社会。
そう遠い未来ではなく、今から何十年か先には、未来工業のような会社だけが
生き残っていくに違いない。

全体の流れはそうでも、いま何を選ぶかで自分のことは決まってゆくから、
いまここでどうするか。をそれぞれに考えなければいけない気がするな。

もう一人の講演者POSSE代表の今野晴貴さんは、
先日NHKのハートネットで活動の模様が放映され、
ファンになってしまったばかり。

テレビで見て、ああ!と思っていた人が(議員さんもそうですが)
当たり前のようにそこにいる様子を見るのは、なんとも不思議な感覚です。

お話の中、大企業に使い捨てられてゆく若年層の事例を聞いているうちに、
暗澹たる気持ちになり、少なくとも好きな仕事を目いっぱいして死んでいった夫は、
まだ幸せだったのかもしれない。と思ってしまいました。
(だからといって、いいと言っているわけではありませんが。)

20代なんて、人生始まってもいないのに。

個々の人間関係は個人の問題だけど、
個人の問題が複合化して集団の問題になってしまう時には
既存システムがうまく機能していないということを認め、正すことが必要だと思う。

今回院内集会に出席して一番大きな収穫は、
不完全な個人が寄り集まって作り出す組織に、
そもそも完全なものはない。
ということ。

システムは、堅牢さを誇る―類のものではなく
人間と同じようにある種の有機体のようなもの。
と思ったほうがいいのかもしれない。

重要なのは個人も組織も、既存利益に固着せず、
全体の幸福や公共の福祉にとって、よりよいあり方に向かって変化していけるかどうか。

変化できなければ国家であろうと、大学であろうと、会社であろうと、個人であろうと、
残酷な言い方をすると、ゆくゆくは淘汰されてゆくことになる。ということなんだろうな。

何を守り、何を捨て、どこに向かって、どのように変化してゆくか。
個人であれ、集団であれ、常にそこが問われている。
ということを、改めて考えました。
by terasumonnmoku | 2013-06-16 23:42 | 労災申請関連 | Comments(0)

ロビー活動。

先日、過労死防止基本法の制定を求めて、
全国過労死を考える家族の会のみなさま、
過労死弁護団の皆様と、永田町参議院議員会館、
衆議院議員会館第一、第二を訪ね
一連の活動を行いました。

「ロビー活動(ロビーかつどう、lobbying)とは、
特定の主張を有する個人または団体が政府の政策に影響を及ぼすことを目的として行う
私的な政治活動である。
議会の議員、政府の構成員、公務員などが対象となる。」(ばいウィキぺディア)

ところでみなさんは、「ロビー活動」ってどんなふうにするのか、ご存知ですか?
わたしは実際に自分が行ってみる前、
ロビー活動とは本当にロビーでやるものだ。と信じていました。
ホール前のフロアで、行きかう議員さんを突撃して、
主張を聞いてもらうものだと思っていたのですw( ̄o ̄)w

行ってみると全然そんなことはなく、議員会館は入るだけでも大変で
(居並ぶ警官に物々しく警備されており、フロアの入り口に金属探知機がある!)、
東京の遺族会の代表があらかじめアポを取ってくださった議員さんの会館内の個室
(2部屋からなり、新しくきれい!)を訪ねてゆくのです。

今回はわたしの関わっている「過労死防止基本法の制定を求める」請願活動で、
総勢10名ほどで行いました。

遺族と弁護士さんが組になり、怒涛のローラー作戦を行います。

わたしは、みなさんと公明党の労働政策委員会に参加した後、
自民党の牧島かれん衆議院議員、公明党の石井啓一政調会長、
公明党の大口善徳議員政策秘書(この秘書さんのおはなしがすっごくおもしろかった!)
自民党の浜田靖一幹事長代理(浜幸さんの息子さんです!)にお会いしました。

(このロビー活動は全政党の議員さん対象に4日間展開されており、
一日だけ参加できたわたしの担当に、たまたま公明党の方が多かったみたいです。)

考えてやっているわけではないのですが、
どうもわたしはひとをみて情熱の込め具合を自動的にコントロールするらしく、
一番熱が入ったのが公明党の労働政策委員会での意見陳述?なのです。
あとでお会いした石井政調会長によると、
この会の委員長 谷合正明参議院議員は「国境なき医師団」の出身だそうで
(医学部出身ではないのでスタッフだったのでしょうけれども)、
こうした問題に興味があるだろうとのことでした。

この委員会で出た議員さんからの質問が、
「厚労省(労災関係は厚労省の管轄)はこの件についてどんな意見を持っていますか?」と、
「自民党と厚労省の中で、話ができているひとはいますか?」というものだったのが、
興味深かったです。
何事もひとのつながりからなんだなあ。とよく考えると当たり前のようなことを思いました。

大口善徳議員の政策秘書さんは、しきりに「過労死」の定義について質問されました。
なぜかというと、実際に法案が審議に上がった際に問題になるのが、この「定義」だからなのだそうです。
ここがはっきりしていないと、法案が俎上に載せられた段階で、この場合は厚労省が、自分の息のかかった議員さんを使って横やりを入れてくることが考えられる、とのことでした。

「いじめ法案」もこの定義の点でもめていて、秘書さんは憤りを隠せない!という感じで、いろいろ教えてくださいましたが、それがすっかり翌日の新聞に出ていて、びっくりしました。
まさにリアルタイムですね!

自民党の浜田靖一幹事長代理は、お父さんの浜幸さんそっくりです(笑)
部屋の壁に大きな日章旗が貼られており、
最後になぜかみんなで、その旗の前で写真を撮りました。

自民党からは、ブラック企業として遺族の間では名高い「ワタミ」の社長さんが
今度の参院選に立候補するということで、大きな話題になっているのですが、
浜田さんにお会いした時、関西の遺族の方が、
ワタミ過労死事件の入ったDVDを渡すのを見て、大変すっきりしました!

しかし浜田議員は
「だからこそ、ワタミの社長には政治の世界でがんばってもらわなきゃいけないんですよ。」
と笑いながらそれを受け取って、
そのシーンはあたかも時代劇の真剣と真剣を切り結んでいるところなのか
「そちも悪よのお」という感じなのか、自分の言っていることがよくわかりませんが
一筋縄ではいかないですね。
見ないだろうなあ、あのDVD。というのが率直な感想です。

最近個人的に、内に秘めたロマンをひとがどう現実化していっているのか?
ということに興味があるのですが、
ひとによってロマンと現実の成分比率は、ずいぶん違うような気がします。

ものすごく現実的で、がっかりなことを爆発的に話す人がすごくロマンチックだったり、
口当たりのいいことをきれいにいうひとが、意外と表面的だったりという
ありようの乖離が、おもしろい(^○^) 

一気にたくさんの政治家の方にお会いして、
だいぶ朦朧とし、景気づけに「国会ボールペン」!を買って実家に帰りました。

国会ボールペン。一本100円。晋三さんまんじゅうも売っていたよ。

つづく。
by terasumonnmoku | 2013-06-10 21:22 | 労災申請関連 | Comments(2)

国連の勧告!

こんにちは!満月ですねえ~
みなさま、いかがお過ごしですか?

わたしは元気です(^○^) 
国連から日本政府へ、過労死問題に対する勧告が出ました!
http://sankei.jp.msn.com/west/west_economy/news/130523/wec13052313100003-n1.htm

あまりにうれしくて眠れなくなってしまった\(^o^)/!

過労死過労自殺は世界中にありますが、
日本の様に先進国で労働基準法が整備された中、
しかもホワイトカラーに起こることはめずらしい。

設立総会にも出席してくださった遺族会の代表の方や、
過労死弁護団の方が、実際にジュネーブに行って
懸命にロビー活動をした結果こういう結果がでた。
ということが、ほんとうにありがたく、うれしいです(T_T)

それにしても会をたちあげて最近思うことは、夫の死からほどなくして
直接上司の方やその上の方に、一対一でお話を伺うことができて
ほんとうによかったな。ということです。

相手方の人となりを知らなければ、
その後どのような展開をしたとしても、ゆるすことはできなかったと思うし
そうしていなければ、いまでも悶々としていたと思うのです。

対象のないネガティブな気持ちは、時間とともに熟成して、
相手方がモンスターの様に育っていったような気がする。

自殺した夫の妻です。と大学に電話をかけて、
一人で乗り込んでくる妻であるわたしを見るのは、
みなさんにとって恐怖映画みたいだったと思いますが(笑)
やっている本人も怖かったです。

そんななか、感情で突っ走るのではなく
その場その場で精いっぱいのことができたのは、
ほんとうによかった。

その時点では気持ちは全然ついてこなくて
怒りすぎて血管が切れそうになったり、
ご飯が食べられなくなったり、まあ大変でしたが

自分の(気持ちとは裏腹な・笑)行動に関する矛盾や葛藤は時間が解決してくれたらしく
今頃になって、かつて自分が言ったことややったことに、
ようやく気持ちがついてきた気がします(^○^)

何事も形から、というのは本当ですね(笑) 

今回、事前にマスコミに露出することもあって、
筋を通すために希望の会の設立総会のお知らせを手紙と一緒に、
関係者の方に一通りお送りしました。

あの文章は、読む人によって印象が全然違う、踏み絵的な要素があるらしく
反応もさまざまで、中にはびっくりするようなことを言われたりもしましたが
そんな中、大学の再犯防止委員会の委員長さんが、大変誠実なお返事をくださいました。

組織の中のことなので、
一人に誠意があっても、すべてが変わるわけではないと思うのですが、
わたしはとてもうれしかったです!

ダメージを受けた時に、直接その相手に、
可能な限りそのひとが受け取れる形で意見を言う。
というのは、案外難しいことらしく
これができるのはわたしに与えられた数少ない才能のうちのひとつなのかもしれない(笑)

一通り形を付けてどうやら少し頭が整理できて来たものと見えて、
この頃やっと、普通に本が読めるようになりました。

大きな問題を抱えていると、新しい知的刺激が入らなくなってしまうのです。
そのことしか考えられないのに、そのことについてもまともに考えられない。
とうもろこしもそうだったそうなので、なのに勉強しろというなんて、
ほんとに可哀想なことをしました(T_T)

それでも過労死や自殺や会の関係のことについては、
やる気がある割にブレーキがかかったように動けない状況が続いています。
それは人間だから、しょうがないですね。
できる範囲でぼちぼちやっていこう(^○^) 

なんだか大きなことが、終わったような気がします。
そしてまた、何かが始まるのでしょう。

どんなふうに何をはじめるのかな。
これからが、楽しみです!
by terasumonnmoku | 2013-05-25 23:01 | 労災申請関連 | Comments(0)

応援ありがとう!

みんなが、設立総会のことをブログに書いてくれました。

そのほかに記事をシェアしてくださった方、引用してくださった方、

ほんとにほんとにありがとうございました(T_T)

心から感謝しています。

(しかしどうやって飛ばせばいいかわからないので、無理やり↓貼り付けてみました。面倒ですみません。)

やっちゃん

http://ameblo.jp/myhappylife-1011/entry-11510651235.html

徳ちゃん


http://ameblo.jp/golden-universe/entry-11512228226.html

くみちゃん(貼り付けられないので引用)

以下本文~~~~~


お友達の珠ちゃんから、お手紙が届きました。
珠ちゃんは、「らくがきすと」という肩書きを持つ、アーティストです。
絵を描いたり、ピアノを弾いたり、「珠セミ」という素敵なセミナーをしたり、文章を書いたり、自由な風のような人。
art and love てらすもんもく日記2
というブログも書いてます。

封筒には、まるで小学生が書いたような宛名の字( ^ω^ )
開けてみると、
「東北希望の会を設立します」
というお手紙と、設立総会のご案内がはいっていました。

珠ちゃんのご主人は、昨年1月31日に、突然亡くなりました。
過労死でした。
珠ちゃんには、中学2年生の息子さんがいます。
珠ちゃんが彼と2人で過ごしたこの1年と2ヶ月、その月日を思うとき、私はいつも自分のあまりの非力と無力に思わず絶望しそうになります。
でも、珠ちゃんはただものではない!!
天性のハッピーを生み出す才能で、決して光を失わず、明るい方へ明るい方へと、その強い意思で自らを導き続けました。

ご主人の労災申請の手続きの過程で、過労死防止基本法を目指す署名活動があることを知り、たった1人で署名を集めはじめ、この2月にはなんと!!
1000名を超えました。
そして、遺族の集いで知り合ったお二人の方と一緒に、
「東北希望の会」を設立することになったのです!!

今日届いた珠ちゃんのお手紙に、こう書いてあります。

「できれば、過労死・過労自死していった故人が、不本意にも最後に残した痛みではなく、彼らが生前わたしたちに注いでくれた愛情こそに目を向けて、そこを大切にして生きていきたい。
そのようにして、わたしたちの胸の内で消えそうになっている希望を、みんなで大きくしていくようなことができたら、無念の中で死んでいった夫も、遺族の皆さんの大切なご家族も、きっと喜んでくれるのではないかと信じています。

ものはわけあえばなくなりますが、希望はわけ合えば分け合うほど大きくなります。
その、はじめは小さな希望を土台に、支えてくださる支援者の方や、対立関係にあることが多い企業側のみなさん
ー総体としての組織ではなく、そのなかにいるひとりひとりの< 人 > とー
再び新たに、つながっていきたい。
そんな祈るような思いを込めて、この会の名称を
希望の会
としました。
ここから生まれる新しいつながりが、いつか社会全体を変えてくれることを、心から願っています。」

珠ちゃんは、私の進むべき道を照らす希望の光。
そして、自慢のお友達、私の誇りです。
どんな時でも、道を切り開き、自分の望む道、自分の望む人生を創り出すことができるということを、彼女の生き方で示してくれる。

署名は、次の1000人に向けて、再スタートを切っています。
署名してくださる方、「東北希望の会」を支援してくださる方、募金をしてくださる方を募集しています!
コメントか、メッセージでお知らせくださいませ。
どうぞよろしくお願いします☆
by terasumonnmoku | 2013-04-17 09:26 | 労災申請関連 | Comments(0)

東北希望の会(過労死、過労自死遺族、本人、家族の会)
設立総会のご案内

       




日時)4月21日午後1時30分~
場所)仙台弁護士会館仙台市青葉区一番町2丁目9-18
あおば通駅より青葉通りを直進し、晩翠通り左折してすぐ。徒歩約13分               
                       TEL022-223-1001
内容)過労自死遺族、当事者報告や今後の活動計画などの話し合いをする予定です。


                            
    東北希望の会では、遺族、支援者の皆様のご参加を心よりお待ちしております。
    過労死のない、人が幸せに生きるために働くことのできる社会を
    ともにつくってゆきましょう!

                                   
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by terasumonnmoku | 2013-04-12 22:23 | 労災申請関連 | Comments(0)

再発防止委員会

T大学工学部で組織された「再発防止委員会」に呼んでいただき
今回のことがあってはじめて 、

夫の過労自死の直接の原因が、震災復興に伴う過重労働と、
大学において重要な意志決定を行う場に権力のみがあり、
管理責任が含まれていないというシステム上の問題が起こした
パワーハラスメントが重なったことによるものだ。

との遺族としての見解を伝えることができました。

労災認定がおりたことで、ようやくこういう機会が得られたこと。

そして、恐らく受け入れがたいであろう遺族としての見解を、申し上げられる場を設けていただいた、大学側の皆さんの度量の深さに、深く感謝しています。

今回のことですごく悩んだのは、どこまでが「普通のこと」で、どこから先が「人道上許しがたいこと」であるのか。ことの判断が、とても難しい。ということでした。

震災復興のために、無理に無理を重ねて研究室を研究再開可能にしたタイミングで、
そこでの研究存続の希望を絶つ。というのは、誰が考えてもやってはいけないことだったとは思いますが、

大学においてどんな研究を重要視し、どんな研究を切り捨ててゆくか、は、組織の存亡にかかわる重要な問題で、当然選ばれるものもあれば、そうでないものもある。

事の背景には、自大学出身で既存の伝統的な研究を行う研究者が重用され、
他大学出身で分野をまたがる野心的な研究を行う、学内よりも、対外的に評価の高い若手の研究者が、ひどい扱いをされる。
という保守的な風潮があり、恐らく夫の件も、それだったのだと思いますが、

例えそのことが大学全体の利益を損ない、ゆくゆくはその組織体の存亡に関わるようなことになったとしても、
それは組織自体の問題で、遺族として異を唱えることができるのかどうかがわからない。

夫に死ぬ自由があったように、大学にも死ぬ自由はあるのだと思うのです。
(これは個人的感情とは別の問題だし、その選択が全体性という観点からみて不調和であることに変わりありません)

もしそれを望ましくないと思うなら、組織の中の人が自分で、別の方向性をみつけてゆくしかない。

大事なものを守りたい。
失いたくない。

という原初的自己保存欲求に起因した、ある意味正当な感覚が、
自他を傷つけ、時に生命そのものを奪う現実を見るたび、慄然とします。

存在理由の基盤となるようなものを失った時、わたしたちはどう生きたらいいのか。
何によってひとは支えられるのか。

もしかしたらそれは、基盤でも何でもないのかもしれない。
という恐ろしい可能性を、忘れてはいけない。

生々流転する変化の中で、どんな夢を見て、誰と何を分かち合ったか。

わたしたちが死んで形を失ったあと、残された人や、本人の心の中に残るのは、地位や名誉や、財産では更になく、結局それだけのような気がする。

「難しい状況に陥った時、互いに厳しさを責めあうのではなく、あえて認め合い、支え合う<希望に満ちたつながり>を持とうとすることで、ひとははじめて生きる、という選択をすることができる。

そのようにして得られた生は、それまでのものとは違っているような気がします。

希望というつながりから得られた新しい生命が、
厳しい現実を別な形の発展に変える、母胎となるのではないかと思うのです。

わたしたちはこの希望をシェアし、すべての立場の皆さんとともに、よりよい未来に向かって歩んでいきたい。
そう願って今回この過労死遺族の会に<希望の会>という通称をつけました。」

会への支援をお願いする有力者の方への手紙に、わたしはこのような文章を書き

この日の再発防止委員会でも趣旨を説明して、賛同と協力をお願いして帰ってきました。

その翌々日の14日、河北新報に「希望の会」の記事が大きくのって、大変びっくりしました。

記者の方に取材依頼はしていたものの、準備段階のこのタイミングで記事が掲載されることは想定外で、
もう時期が来ているんだなあとの実感を、強く持ちました。
(このブログに会のことを書いていなかったのは、まだ設立していなかったからです)

時代の変わり目ですね。
みなさんにもいろいろなことが起こっていると思います。

できればそれぞれがそれぞれに自らの限界を超えて(こだわりを手放して)、周りの方と
「希望に満ちたつながり」を創っていっていただけたらいいなあ、と切に思います。

そのようにして、新しい未来がつくられていくのだと、わたしは信じているのです。
by terasumonnmoku | 2013-02-18 11:06 | 労災申請関連 | Comments(0)

憎しみの終り。

寒いですね!

こちらでは今日も雪が降っていました。

昨日、夫の勤めていた大学の工学部を代表して、部長さんがはじめて家にご挨拶に来てくださいました。

昨年末に事務手続きに伺った際、事務長さんから何か要望はないかとお尋ねがあったので、いままで、諸先生方には個人的に大変よくしていただいたが、大学(工学部)を代表したかたちのご挨拶が、一切なかった。

前部長さんには、こちらからコンタクトを取ってはじめて面会できたが、
事件からひと月以上たった時点の面談だったにもかかわらず、
事情をご存じなかったことが、納得できない。

謝罪してほしいわけではなく、
いままで一緒に働いた仲間として、大学(工学部)を代表して
餞の言葉のようなものがいただければ嬉しいし、
ひととして、わたしたちにはそれを要求する権利があるのではないかと思う。

もしそういう思いを感じることが出来れば、わたしたちも救われるし、遺族としてみなさんの発展を心から祈ることができる気持がします。

と申し上げたことがきっかけで、今回の運びになったのです。

部長さんは心のこもった丁寧な追悼の言葉を、夫の位牌に向かって読んでくださり、そのなかの

研究室で大学院に進学したすべての学生が、博士後期課程の道を歩んでいることは、先生が教育者として、またひととして学生に慕われていたなによりの証左だと思います。



永遠に先生を我々大学の仲間として忘れることのないよう、ここにお誓い申し上げます。

の「仲間」という部分に

号泣しました。

彼は知を愛し、科学することの喜びを学生さんに伝えることのできる稀有な才能のある人でした。
だから、単に教育賞をとったということだけではなく、そのことの意味まで言葉で掬い取っていただけたことに、感動しました。

研究上の業績はデーターとして残りますが、彼がなしてきた最大の業績は、かたちにならない。
それは生きているひとの中で、彼にかかわった皆さんが前に進むたびに、花として咲き続けるような種類のものなのでしょう。

わたしは、夫を研究者、教育者として大変尊敬し、誇りに思っていたし、
震災さえなければ、ほかにどんなことがあったとしても、どこででも
立派に評価され得る人だったと今でも信じています。

だからそんな彼が追い詰められ、自分の業績を否定しながら死んでいったことが、本当に悔しかった。

先生たちが帰られた後、堰を切ったように涙が流れ
わたしは、労災が下りた時以来ひさびさに、頭が痛くなるまで泣き続けました。

それはこのことがあって初めての、夾雑物のない、純粋な悲しみでできた涙だった気がします。

いままで、どれだけ怒っていたんだろうか。

怒りを手放さないと、思い切り泣くこともできないなんて、皮肉なものですね。

でも、もしかしたら大学(工学部)のほうにも一年という時間が必要だったのかもしれない。

工学部では独自の試みとして、今年から、夏休みを長くとれるように調整をしたのだそうです。

創造的な研究には時間が必要だから、とニュートンの主要な歴史的発見が、偶然手にした18か月の休暇の間に生まれたたことを引き合いにして、他の方を説得しました。と、部長さんがおっしゃっていました。

うれしかったです。

すこしでもみなさんが楽になり、よりよい環境で安心して研究ができるようになるといいなあと、心から思います。

そして夫の夢が、どうか皆さんの中で続いてゆきますように。

ところで、わたしはこの話を誰にでもしているのですが
昨年からよりにもよってわたしが佳境にいるときに、なぜかいつも連絡をくれることになっている元勤め先の保険会社の営業員さんにこの顛末をお話したところ、なんと一緒に泣いてくれました(笑)

彼女が連絡をくれるとき、わたしは大層機嫌が悪く
(なにしろマックス状態の時にばかりコンタクトがある人だったので・笑ーこれぞ学びなんだろうなあ)、
基本的に大体いい人なわたしが、彼女にだけは特別に厭なひとであったので
それでもなお、一緒に泣いてくれる気持ちがとてもうれしかった(^○^) 

ちなみに、過労死防止基本法の署名活動にも協力してもらっちゃっているのです。
なのでこれを読んでくださっている方の中にわたしに協力していただけるお気持ちのある方がいらっしゃいましたら、ぜひ、署名を集めてたくさんください!
どんなプレゼントをいただくより、ずっとうれしいです♪
by terasumonnmoku | 2013-01-17 21:29 | 労災申請関連 | Comments(0)

7月から集め始めた過労死防止基本法の制定を求める請願書の署名。

第一陣を、主宰の過労死弁護団に提出しました!

僅かに、正味3カ月。

一人で勝手に始めた活動なのに、みなさまからのたくさんのご協力とご援助のおかげで、
775名の方からのご署名をいただくことができました(^-^)

心から感謝しています!

宮城県はあと12000人で、目標の100万人署名に到達するそうです。

本当に、ありがとうございましたヽ(^0^)ノ

わたしの活動も第二ステージへ!
みんなが幸せに生きるために働くことのできる社会を目指し、
これからも頑張りますので、
今後ともどうぞよろしくお願いしますm(_ _)m(^○^)
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by terasumonnmoku | 2012-10-25 09:08 | 労災申請関連 | Comments(0)

母が倒れて一週間になりました。

心不全で、一時は危ないところだったのですが、幸い命を取り留め、現在入院中です。

それでとうもろこしともども動揺し、徳ちゃんとくみちゃんに遠隔ヒーリングをお願いし、
大津先生にまで電話してしまった。
(大変な時にばかり連絡しちゃって、ほんとにすみません(T_T))

チューブだらけの母は重病人であるにもかかわらず、その自覚がないようで、
息は切れているものの普通に会話もでき、
どこか途方に暮れたような困ったような顔をして、

それでもうれしそうに、わたしたちを迎えてくれました。

(不思議なことに、母が倒れる2日前から
わたしはうまく呼吸ができない状態が続いていて、
母のことも気になっていたのですが、
自分が病気になったんじゃないかと思って連絡できなかった。

彼女が入院した瞬間に楽になり、リハビリその他で母の心拍数が上がると
また自分が呼吸困難になるので、しばらくは参りました。
ダイレクトにシンクロしてしまっていたのでしょう。親子っておもしろい。)

実は夏休み前、労災申請の資料作りが佳境に入っていた頃から、
とうもろこしがクラスで切れて暴力をふるい、学校から呼び出しを受ける。
という事態が続いていましたが、

ついに、それまで彼を支えてくれていた野球部で、問題を起こしてしまった時、
わたしは絶体絶命的な気持ちになり、婚家に相談したのです。

すると、

「それは基本的にもんもくさんの責任だ。
こちらとしては警察沙汰になることも覚悟しているし、
彼にはそれだけのことが起きたと思う。
だから実際にことが起きたら、対応する」といわれたので

そうか。そこまで考えられるんだったら、もう、なんでもやってみよう。

と、ママ友のミンジェルパールちゃんのお誘いを受け、ネパール行を決めたのでした。

ネパールでとうもろこしは、世界を回る自転車旅人の西川さんに
一日行程のプチ自転車の旅に連れて行ってもらい、

辺境でボランティア活動をするドラ君に生まれて初めて胸襟を開き、
ディープで過激な話をするという体験をし
(ものすごいわくわくしたんだよ。と、あとでとうもろこしは言っていました。
誰かと話してそういう気持ちになったのは、初めてだった。と。)、

元赤軍派のRさんと、ポカラ上空遊覧の旅をして、
その飛行機がいかにハイジャックしやすいかというレクチャーを受けるなど

大変にショッキングな経験を積み重ねて、結果的に落ち着いたのですが
(その後、学校からの呼び出しは受けていません。
「ぼくは普通に生きるよ」と言っていた・笑。)

黙って二週間もいなくなったことを知った婚家の両親が、
心配のあまり私の実家に電話をかけたために、
両家の間で大変なことになっていたのです。

(夫の死後間もないのに、観光旅行にでかけた。と思われたらしい。
本人の意志にはかかわりなく、親の一存で拉致られるように出国し、異国で、見知らぬ人の間にほぼ放置されたとうもろこしには、大変気の毒なような気もしますが、
まあ、一般的には、そういうものなのかもしれないな。)

しかしその義母の怒りの電話の直後から、母の心拍数が上りはじめ、
今回病に倒れたことで、
もし、ここで母に万一のことがあったら、自分の責任であるにもかかわらず、
わたしは生涯婚家をゆるすことができなくなるかもしれない。

それはとうもろこしにとって、恐ろしく不幸なことであるに違いない。

なんとしても、早いうちに関係を修復しなくっちゃ。

と、母の状態を確認して安堵した直後に婚家を突撃し、

夫の死後、はじめて、義母と二人で話をする機会を作っていただきました。

何を言われても、わたしは聞こう。

と決めて二人で会いましたが、事前に覚悟したほど責められることもなく

(わたしがじかに話を聞くことで、義母の気持ちがすこしでも楽になればいいと思ったのですが、
実際会って考えたら、それでどうにかなるようなものではないことが、
よくわかりました。
誰かを責めても、楽にはならないのです。
楽になればほんとにいいのに。)

今までは義母には過酷すぎて話をすることもできなかった、労災申請について、
直接説明することができ、

事の次第を知って、婚家にものすごく腹を立てていたとうもろこしが、

ーそもそも関係が薄くなっていた婚家に不在がばれたのは、
彼が、送ってもらった「鉄道FAN」のお礼のメールを送るのを忘れたからなので、

いわゆる逆切れ?なのだと思いますが・笑ー

帰国後はじめて一瞬でもおじいちゃん、おばあちゃんに会うことができたので、

本当に、よかったと思います。

自分のとった行動に間違いはないという確信もあるし、
肉体があるので、やろうと思えばなんでもできる。とはいうものの、

まあしかし、自分自身の感情やその他の全部を、
立ちどころにすっきりさわやか思い通りに動かせるわけでもなく、

いろんなところに負荷がかかったらしく、わたしは大変疲れました。

そんなことがあって東京から帰ってきた翌々日、
友達と「スウィッチ」の講演会を聞いている最中に
労働基準監督署から連絡がありました。

なんと、労災認定が下りたのです。

パワハラではなく、過重労働の恣意的強要による認定とのことでした。

一生懸命資料は作ったものの、具体的な根拠には乏しく、
実際に認定をとるのは難しい、と言われていたこともあって、

その速さと結果に、驚きました。

労基署に説明を聞きにゆき、自宅に書類が届き、
一律の大変微妙な金額の保険金が下りたのを目にして、
何とも複雑な感慨にとらわれ

その日は一日中、発作を起こしたように泣いていました。

なんで泣いているのかよくわからない。

嬉しいと空しい、悲しいとありがたいの、
両方の感情を同時に持つことによって、その効果が相殺され、
ただ情緒的な高まりだけが置き去りにされたような、
宙ぶらりんの気持ち。

何かを目指して一生懸命梯子を上っていたら、
本人の知らないうちに到達地に着いていて
気が付くと梯子は外され、
あたりには全然別の風景が広がっている。みたいな。

もっと時間がかかるとも、少しは達成感があるとも思っていたので、

自分がそんな反応をおこすとは、思いもしませんでした。

あるいは、いみじくもとうもろこしが言ったように、
悲しみに向き合わないようにするために、
敢えて大変なことをしていたののかもしれない。

いずれにせよ感情は感情なので、とっぷりと味わい、納得して次に進みたいと思います。

自分でやっててなんですが、人間って、奥深いなあ。(なんのこっちゃ)
夫が亡くなったときもそうだったのかな。
抑えていた感情が爆発した時、誰より本人が、一番驚いたのかも。

学校から帰ってきたとうもろこしに

「どうも気が抜けちゃったらしく、今日の母さんは、変なんだよ。泣いてばかりいる。」
と話すと

「ふーん。なら、泣きたいだけ泣けばいいじゃん。」
とうもろこしは、かすかに首をかしげながら

「でもリビングで泣かれると、若干引くから、自分の部屋で泣いて」

といい、その間のとり方が、何ともおかしくて、笑ってしまった。

それで婚家に、結果を伝える参考にするために
担当弁護士さんのHPを読んでいたら

わたしたちのような遺族は、自身が痛みを背負っているにもかかわらず、
周囲の人たちの心無い言動に傷つく場合が多い。
ということが書かれていました。

義母の、人から、いろんなことを言われた。
という言葉を、それで思い出しました。

わたしには、そもそも人にどう見られるかを気にする。
というメンタリティがないうえに、家族、親戚はもちろんのこと、
いろんな形で支えてくれる仲間がたくさんいて

かつ、夫の周囲も同じ研究者のみなさんばかりであり、
常に状況に理解のある方々に囲まれていたために、
自身が直接、誰かから厳しい言動を受けるということはなかったのですが、

ほかの人たちは、大変だったのかもしれない。

自分も辛いのに、その上また責任を問われ、批難されるのは、どんなにかきついことだろう。
というところに、初めて思い至りました。

同じことがあっても、その後の経過が違ってくるのは、本人の受け取り方の問題もあるけど、
そのひとがどんなコミュニティに属しているかにも、よるんだろうなあ。

そういう意味で、夫の死、という一つの出来事でも、
それが引き起こす波紋の大きさや衝撃は、
同じ家族の中でもそれぞれ、異なったものであるはずで、

人生は、結構シビアです。

だからこそ、どんなふうに他者にコミットしてゆくか。ということが、
本当に大事なのかもしれない。

労働基準監督署に対する申し立ての際に

「大学が独立法人化されてから、夫や、大学関係者の方々の業務がさらに厳しくなったように思うので、
もしかしたらこれは、個々人の責任というより、
むしろ政治の問題なのかもしれない、と思うようになりました。

結果的にはパワハラでの労災申請になりましたが、
それは単に組織のひずみが引き起こした現象の一つにすぎなくて、

それが中間管理職的な最も負担のかかる場所に集中し、
更に震災の影響で、個人のレベルでは、もうどうしようもないほどに
大きくなってしまったのかもしれない。

今回は夫が大きな重荷を背負うことになったけれども、組織のあり方に問題がある以上、
立場が違えば、夫も上の人たちと同じような対応をし、
別の人が犠牲になったような気がして、そこがなんともやりきれないのです。」

というお話をさせていただいたのですが

結果説明の際、担当官の方は
立場上政治の問題には踏み込めないのですが、と断ったうえで、

「労災の仕組みは普通の会社員を想定したものなので、
そのすべてを研究者の方に当てはめることはできませんでした。

大学の先生は、労働者というより、個人事業主に近い存在なのかもしれません。

それでも、雇用者と被雇用者という関係はあるわけで、
裁量制の職域であっても、組織としてどこまで仕事をさせるかという
最低の枠組みは必要だと思いました。

そういう意味で、この事例は、ご主人だけの個人的な問題には留まらない。
と判断しました。」

という回答を、くださいました。

どうやら、わたしの、過労死防止基本法の制定を目指す署名運動の記事も読んでくださっているらしく

「労働法の趣旨は、働く人の権利を守る。ということなので、
奥さんの主張に近いものがあると思いました。
まだそれが社会的にきちんと浸透していないようなので、
もっといろいろな方に、知っていただきたいと思います。」
と。

法律は全能ではないけど、それを運用するなかにはまぎれもなく人間がいて
冷たい仕組みも、向かい方によっては血の通ったものになりうる。
ということが、

すごくうれしかった。

システムには限界があるけど、人間には、たぶん限界はない。

なにがあっても、どんなふうにでも、きっとわたしたちは、変わっていくことができるのでしょう。

すごい。

みなさんとのかかわりや、過労死防止基本法の署名運動も、
ネパール行きや、母の病気に関連した出来事も、

見えないところで全部つながっていて、

一見相互には全然関係ないように見えて、
実はどれが欠けても、今には至らなかったように思えるのです。

バタフライ効果っていうのかなあ。

よくわからないけど、そんなふうに、
わたしたちは現実を作っているような気がする。

それはいいのですが、さて。

これからどうしよう?

しばらくトホホな感じが続きそうです(笑)

なによりもわが愛する母に、元気になってもらわなくっちゃ♪
by terasumonnmoku | 2012-10-07 13:50 | 労災申請関連 | Comments(0)

本名・前川珠子 らくがきすと・即興ピアニスト・セラピスト&震災復興途上の過労自死で夫を亡くしたひとりの遺族として、さまざまな活動をしています。東北希望の会代表、全国過労死防止センター幹事。高校生の息子<とうもろこし>と二人暮らし。なお、このブログは完全にプライベートな立場からの発信であり、東北希望の会のオフィシャルな活動とは基本的に関係ありません。

by terasumonnmoku