カテゴリ:アート( 54 )

今日は納品でした(๑'ᴗ'๑)

注文いただいてから4年!
完成までにかかった時間としては
いままでで最長です(ノ゚ο゚)ノ オオォォォ-

二枚組。
というところも、今までとは違っています。

もともとライトグリーンがベースのエネルギーの方で
向かって左手の感じの絵はすぐに描けていたのですが
なんともピンと来ない。

生き物のように、波動が立ち上がる感じが必要なのに
なかなか着火剤が手に入らない感じのまま、4年。

次の段階に向かう絵を描いているので
その進捗はご本人様の魂の成長にかかっています。
いくら透視能力があっても
ないものは描けない。

発芽を待つ時間が続きました。
そして、「今なら描けるかも!」というタイミングでの今。

ようやくハートの内側から
いままでなかった、「発展する秩序の中の自由とよろこび」のエネルギーが立ち上がり
ついにそれを捕まえることができました(´;ω;`)

でも、そのエネルギーはまだ生まれたばかりで
発芽を描いただけでは反応が薄いのです。
その前の段階、ライトグリーンのきらめきの中に
自由とよろこびが光を放ち始めたところが必要だったようで
結果、二枚組での販売となりました。

現在のところライトグリーンの絵のほうが反応が強いですが
やがて右側にバトンタッチしていくもよう。

ご本人様に伺ったところ、やはりかなりな混迷が続いていたようで、
ご自身でもタイミング的に今だと思いました。とのことで、
ばっちりだったようです( *˘ᵌ˘)♪
一緒に次を見つけていたのかもしれませんね。


あなたの魂の扉を開けるKey Art。
波動共鳴装置としての絵です。

不思議なことに、注文を受けて書いた絵は
写真ではほとんどパワーが伝わらない・笑。
そして、完全オーダーメイドなので
ご本人様以外の方には
本当の意味での効力は持ちません。

というわけで、ご注文はいつでも、どなたからでも受付しておりますが
実際に出来上がるまでの時間のお約束はできないのです。
また、魂の成長・発展進化を加速させるという意味で
大津先生、またはその系列のどなたかのもとでの真理の学習を
同時に受けられることをおすすめしております。

価格帯は現在のところ2~10万くらいです。

どうぞよろしくお願いします!

こちらは、及川徳子さんのブログ
絵の感想が書いていただきました(๑'ᴗ'๑)
http://ameblo.jp/golden-universe/entry-12109909390.html


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背景を消そうとして挫折しました・笑。
こっちもゆっくり成長を目指します。





by terasumonnmoku | 2016-02-20 20:43 | アート | Comments(0)

お絵描き中。

お絵描き中です(๑'ᴗ'๑)

マンダラを描いていたら
燃えてしまった(ノ゚ο゚)ノ オオォォォ-

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角度によって色も表情も違うように写ります。
絵の具、楽しい♪゜・*:.。. .。.:*・♪

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by terasumonnmoku | 2016-01-27 21:00 | アート | Comments(0)

きみにわかってもらえるだろうか?
もし、<冠を戴いた>を描けば、わたしはもうおしまいだ。
そしてもし、ほんとうにわたしが食器セットとパンを、
あたかも自然に即したように平衡させ
色合いの差をつけるとすれば、必ずやそこには王冠と雪と、
すべての震動があるに違いない。
                       BY セザンヌ

これが、今日最高に感動した言葉。

現象学の発展に尽くした、メルロー・ポンティの「意味と無意味」のなかにあったものです。

メルロー・ポンティは1908年生まれの哲学者で、
世界をおもに人間の体から柔軟に考察することを唱えました。
その哲学は「身体性の哲学」とも呼ばれ、
従来は対立するものと考えられてきた<自己の概念>と<対象の概念>を、
知覚における認識の生成まで掘り下げました。

例)アイスクリーム  
アイスクリームの概念のない人ー対象を、触ると冷たい。暖かい場所に置いておくと溶ける。
などの、単なる<現象>としてしか見ることができない。
アイスクリームをアイスクリームとして認知するためには、アイスクリームという言葉(記号)を知る必要がある。

こういう考え方を「現象学」といい、ここからさらに、構造主義に発展していくのですが、
それはともかく、最近、哲学にはまっています(๑'ᴗ'๑)

なぜなら、<現象>に興味があるから。
正確に言うと、<現象>が教えてくれることに、大変興味があるのです。

高校時代に哲学にはまっていたときにも、
フッサールの「現象学」でつまづいて
先に進めなくなってしまいましたが

ものすごおく大人になって、師匠に出会い、真理を学び始めた時も
結局<現象>にひっかかりました。

なにか悩みができて、相談するたびに
「現象に振り回されている」と師匠はいうだけなので
ほんとうに困りました。

そもそも自分には、<現象>というものがなんなのか
まったくわかっていなかったのだ。
ということに気づくまで、
ずいぶん時間がかかりました。

<現象>を事実、もしくは本質と混同していたのです。

<現象>というのは、WIKI先生によると
人にとって)見えるもの、つまり(外面的な)<<現れ>>のこと。
出来事を、それが存在するかどうか、本当かどうか、といった、
その見える<<現れ>>の背後にあるものは問題にせずに、
その観察された<<現れ>>として扱うとき、それを「現象」と呼ぶ。対義語は<本質>

どこからどこまでが現象で、どこから先が存在そのものなのか。
存在の本質とは何か。
または、仮象とは?
という問題は、科学や、哲学や、認識論などの分野でも意見が分かれ
取る立場によって、定義が変わります。

そらあ、いきなり言われたって、わからないよなあ!

個人的には、カントの、現象は物自体と対比され、
物自体と主観との共同作業によって構成されるものと考えた。
別の言い方をすると、現象というのは物自体に主観の構成が加わった結果のものであるとし、
人は現象が構成される以前の物自体を認識することはできない、というのや、

ヘーゲルの、「本質は現出する」と言われ、“「本質」は「現象」となることによってのみ存在する”。
という考え方が、結構しっくりします。
ちなみに、もんもく語訳によると、ヘーゲルの<本質>は、プラトンの言う<イデアー真に存在するもの>と同義です。

カントとヘーゲルの違いは、<存在>に対する、それぞれの認識の深さの違いなんじゃないかと
勝手に考えています。
言葉の定義が、著者によって、そして翻訳者によって異なっているので
言葉につめこまれた中身を読みこみながら考える必要があり、
ほんとはドイツ語読めたほうがいいんだろうなあとしみじみ思う。

で、冒頭に書いたセザンヌは
物自体の形を超え、そこに自分が無意識に付加している枠組みや意味付を超えて
<食器セットとパン>の本質の現出そのものを描き出せたら、
それは現存する美の深淵、震えに満ちたその本質そのものにたどり着けるはずだ。

ということをいっているわけで、
なんだかそれはすごいなあ。と思ってしまったのです。

セザンヌのりんごがあんなに美味しくなさそうなのに
妙にわたしたちの心を打つのは
たぶん、そこにりんごや、りんごを描こうとするときに画家が持つ当時の前提を
軽々とぶち壊すものがあったからなのでしょう。

これはたぶん、固く、すっぱく、一つ一つが重く、でも皮をむいた時に
鮮烈な香りが匂いたつ、実に美しいりんごで
しかも遠近法を無視し、並び方が物理的に成立不可能な形で描かれている。
なのに、りんご部分だけでなく、絵全体のすみずみまでもが、りんごの存在感に充満しているのです。
りんごが、りんごであることさえ超えるほどに、りんごをやっている。

ここに、王冠があるかどうかはわかりませんが
雪と震動は、なんだか見える気がする(๑'ᴗ'๑)

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http://www.salvastyle.com/menu_impressionism/cezanne_pommes.html 
さまから、画像お借りしました。



by terasumonnmoku | 2015-12-26 21:06 | アート | Comments(0)

光を下ろす。

ここしばらく、ずっと徳ちゃん、こと及川徳子さんの
あたらしいエネルギーの絵を描いていて
ようやくそれが完成しました(๑'ᴗ'๑)

現時点では、これ以上は行けない。
というところまで
追い込んで描いた絵。

落書きをしているときはいいのですが
本気で描くと
変なところが疲れるらしく
いまは虚脱状態です。

本体はいずれ見られると思うので
楽しみにしていてね( *˘ᵌ˘)♪

描いていて思ったのは
ああ。わたしはこうやって
「光を下ろす」ということを
これからしていきたいのだな。
ということ。

あれが悪い。これが悪い。ということに
心の底から嫌気がさしてしまった。

良い職場環境を作る。
と、大切な家族の過労死から必死に立ち直ろうとしている
皆様とともに歩む希望の会の活動はするけど
それ以外のことはもう、いい。

自分自身が罪悪感に苦しんだり
何かが悪いと責め立てることは
不条理を無くすことにも
いのちを大切にすることにもつながらない。

「光を下ろす」
の「光」は
一般に言う、単にきらきら光っているものではなく、
いのちであり、愛であり、新しい秩序の体系であり
「法」であり、
それ自体が「生きている知恵」そのものでもあります。

単なる輝きではなく、
それを手にした人の
生命の力を増殖し
新しいなにかを生み出すもとになるものです。

客観的に形を捉えることが難しいので
いままでまるで自信がなかったのですが、
今回やってみて、それを見て、人がどう思うかは関係ないのだということを知りました。

わたしは、誰も見たことのない、生きている絵を描くことができる。
それは文章を書くより
人前で話をするより
ずっと影響力が大きい。

徳ちゃんの絵を描き終わったとき
徳ちゃんの存在に対する感謝の思いで
胸がいっぱいになりました。

ひとがこれほど深く、ありがたく、ダイナミックに美しいとは
驚き以外のなにものでもない。

そして徳ちゃんは真理を学んでその場所に向かいつつあり、
それは決して特別なことではなく、
きちんと真理を学び、自分の人生に向き合いさえすれば
誰もが、そのようであることができるのです。

どれだけたくさんのひとが
自分の真の美しさや、可能性に気づかず
不幸なままに人生を生きていることだろう。

わたしたちは、どこにでも好きなところにいくことができるし
どのように<ある>こともできる。
そういうことを、わたしは自分の描いた絵に教えてもらいました。










by terasumonnmoku | 2015-12-22 21:36 | アート | Comments(0)

絵との再会。

先日でかけた台湾で
ひさびさの再会がありました!

かよちゃんの新居に飾っていただいていた
6年前くらいに描いた、当時のかよちゃんの数年先の絵です↓

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なつかしい~!!!!

この絵を描いた時、かよちゃんはまだ今のご主人に出逢っておらず
当然、台湾に来ることも決まっておらず
今とは全く違う生活と、人生を歩いていました(๑'ᴗ'๑)
どちらかというと、八方塞がりだったんじゃないかしらん。

当時二人とも時間がなくて
朝7時に品川のカフェで待ち合わせして
絵を渡したことをよく覚えています・笑。

くもりが晴れるかのように、しあわせいっぱい夢いっぱいで、
いま、まさにこの絵の感じを、楽しそうに生きているかよちゃん。

たまたま、クリスタライズ・アーティストのるなちゃんに
昨年、作ってもらったという
サンキャッチャーを見せてもらったら、
驚いたことに、色の感じがそっくり~( *˘ᵌ˘)♪


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わたしの絵って、ほんとにタイムマシンみたい・笑。
当時奥底に隠されていたものが、
ちゃんと姿を現し、ピカピカと輝いているのを見るのは
ほんとうにうれしい。

雨の日も晴れの日も、あの絵はかよちゃんのそばで
一生懸命働いていたんだな!

それって、なんてすばらしいことだろう。

あんまり忙しくしないで
まじめにそろそろ絵を描こう。
とちょっと反省しました(๑•̀ㅂ•́)و✧

忙しいと何かやったつもりにはなるけど
意外と大事なことはできていないのかもしれない。

ほんとうにわたしのしたいことは
いまここにあるけど
時間のベールに隠されていて見えない美や、愛や、よろこびを
かなりな距離から描き出すことなのです。

ずっと以前から
「世界ハッピー化計画」というのをひとりで勝手にやっていたのですが
先日、夢ハンカチに自分の夢を書く企画があって
それを書いたとき、

あ・これはもう終わったな。
ということが、わかりました。

いちいち<ハッピー化>しているような場合ではない。

わたしは、
もう世界はHAPPYだ。
ということを、認めるだけでいい。

どんなあらわれを目にしても
それだからこそ。さらに。

ここに、しあわせを見ていこう。
WITH LOVE

by terasumonnmoku | 2015-12-10 21:46 | アート | Comments(0)

「日の名残り」「わたしを離さないで」などで知られる
日系イギリス人作家カズオ・イシグロの白熱教室を見る。

その中で彼は、小説を書く理由について
「認識の層」にアクセスできるから。
というような事を語っていて、

それはどういうことかというと
表面的な意味だけではなく
幾重にも仕掛けられた暗喩などを通し
読む人に
様々なイメージを喚起することによって
多様な意味をもたらす。

というようなことだった。

得られるイメージは
その人の人生経験や、思考の枠組みや
あるいは人種や環境などによっても
いかようにも変容するだろう。

それでなお、どこかに普遍的なものがある小説が
きっといい小説なのだ。

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よく小説って、人間みたい。
と思う事がある。
ひともやっぱりそうで、
わたしの体験によると、自分の経験が浅く
見える世界が狭い、たとえば子ども時代に観る人は
いま目に映る人々の像より、ずっと薄っぺらかった。

目立つのは、どちらかというと嘘や欺瞞などネガティブなものだし
すてきなものは、意外と目に止まらない。

一つの嘘の影に、どれだけの真実が隠されているのか
子どもにはわからない。
だから簡単に人を裁いてしまう。

認識の層の深さは、人間的な成長によってのみ深まる。

たとえば天使的な人間がいて
全ての人を美しく見ていたとしても、

ひとりのひとの影が作り出す強さや
そこから受け取ろうとしている愛は
見ることができないに違いない。

「日の名残り」はイギリス人執事の物語で
「わたしをはなさないで」は臓器提供のために育てられた子供たちの話だが
どちらも、テーマとしては
ごく当たり前の、わたしたちの問題を扱っている。

主人公はそれぞれ
感情を表すことができず、職務の中で仮面をかぶって生きている男と
いずれ必ず死すべき人間で
どちらも、わたしたち自身。

それを小説として読むと
不思議と現在の自分を俯瞰で見ているような感覚にとらわれ
自分で自分を拘束している状態も
目的のない生も
どちらも、かけがえのない、なんとも不器用で、すばらしいものに見えてくる。

職務やあるいは、臓器提供のために死ぬなら
そんな人生もいいかも。と思えてくる。

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現代の社会には、文学的な視点が必要なんじゃないかと思う事がある。
どうにもならないことを、どうにもならないままに受け止める力は
科学ではなく、文学によって養われると思うのだ。

イギリスやフランスの政治家に文学者が多いのも
なんとなく頷ける。
答えの出ない問題が
この世界にはたくさんある。

全体に目を配り
より規模の大きな大勢にとって好ましい結論を出し続けるのが政治だと
わたしは思っているのだけど、
近頃は、みんな細部にばかり目がいって
全体としては、ひどくおかしなことになってしまっている気がする。

最近、余りにも人に会いすぎ小説が読めなくなった。
一人の人は、わたしにとって一冊の本のようなもので
人に会いすぎると情報の処理が追いつかなくなる。

そのひとのぶんだけ、物質に、社会に、あるいは宇宙に開いた窓がある。
ひとは、本よりずっと深く
興味が尽きない。



by terasumonnmoku | 2015-11-28 21:23 | アート | Comments(0)

「絶望をすることが悪いことではなく、必ずみんなに絶望は訪れる。
あなたにも、わたしにも。」

今日見かけた強烈な言葉。
わたしが大好きな
彫刻家 佐野美里さんの、お友達の言葉なのだそうです。


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この作品は佐野さんの絶望と、
葛藤の中から生まれました。
この作品に出逢えて、わたしはうれしい。

彼女が彫刻を続けてくださっていることを、
心からありがたく思います。

絶望はあっても、そこでどんなふうに生きるかを、
わたしたちは選択することができる。

人生を投げることも、そこで笑うことも。
わたしは、たくさん笑って生きていきたい。

ひとりでも、多くのひとと(๑'ᴗ'๑)

↓佐野さんの記事はこちら。
https://www.facebook.com/tosaminosa/posts/744244352364898?comment_id=744525172336816&notif_t=share_reply

そうそう、今日の「いばや通信」のテーマが
「百の慰めより、一回死ね」だったんだけど
http://ibaya.hatenablog.com/entry/2015/09/24/131739

わたしにも、
自分は一度死んだ。

と言い聞かせた時期があります。

感情に過度に溺れなくなるので
これは確かに、有効だった・笑。

前に進むために、安全な場所で、自分の感情を解放するのは大切なことだけど
開放しすぎて感情を暴走させ、そこに溺れてしまっては、いけないんだよね。
なぜなら、苦しむ時間が長くなるから〜(*ΦωΦ*)
死んだと思えば、案外耐えられるものです 。



by terasumonnmoku | 2015-09-24 20:31 | アート | Comments(0)

空はひとつのはずなのに、見上げるたびに違っています。まるで無限のバリエーションを持つように。暖かい空。孤独な空。子どもの頃に見た夏休みの空。甘く切ない、色鮮やかな空。8人の作家の写真等による、空をテーマにした作品展を開きます。あなただけの空を見つけにいらっしゃいませんか?



来たる9月8日より、塩釜市松村惇美術館にて、<空の作品展vol.2>を開催します。


http://sugimurajun.shiomo.jp/access





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その後14日から、多賀城cafe jugemuへ。15になってますが14が正解です(๑'ᴗ'๑)



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「いろんなひとの空の作品を集めて見てみたい!」という、
10年ほど前から温めていたこの企画を実現するきっかけになった、ゆみちゃんの今回の作品を、
先日ついにちら見させてもらいました。
もう、たまらん!という感じ。ちっちゃくても泣きそうなのに、しつこく熱望した結果、今回はついに大きく引き伸ばしてくれるそうで、
もうそれを見に来るだけでもじゅうぶん遠くまで、足を運ぶ価値があると断言します!
ほかのみんなの作品もとってもすてき(まだぜんぶは見てないけど・笑)。
いろんな空が並ぶしあわせな空間で、お待ちしています。♥。・゚♡゚・。♥。・゚♡゚・。♥。


ぜひいらしてくださいね!

(とはいえ、いつもいるわけではないので、ご来場の際は、ご連絡ください〜(=^ェ^=))




by terasumonnmoku | 2015-08-16 21:00 | アート | Comments(0)

美術館でWORKSHOP!

ヒツジの理恵ちゃんと、塩釜市杉村惇美術館
http://sugimurajun.shiomo.jp/about
へ行ってきました!

若手アーティスト支援プログラムの一環として
<SAY HELLO ! 展>を開催中の塩釜在住の彫刻家 佐野美里さんの作品を堪能。
おどろくほどかわいく、あたたかい木彫の作品群です。

こんなに近いところに、こんなにいかした作品を作るアーティストがいたなんて
すてきすぎる〜(*ΦωΦ*)

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この犬は、一本の大きな木からできているんですって!


子どもたちに混ざって、塩釜市の文化財にも指定されている美術館講堂で行われた、
木っ端WORKSHOPにも、参加してきました(๑'ᴗ'๑)

美里さんが彫刻を彫る時に出た木の欠片に彩色したものを、
木の箱に詰めてボンドでベタベタ貼っていきます。
1時間が驚く程の速さで過ぎてゆく~

あっという間にこんなにゴージャスな作品が!

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子どもの夏の工作にもいいですね♪゜・*:.。. .。.:*・♪
それにしても、なにかを創るって本当に楽しい( *˘ᵌ˘)♪
美里さんの作品展は、8月いっぱい開催中です。
ぜひ遊びに行ってみてね!

8月8日には、「言語を使わないコミュニケーション」をテーマに
美里さんと、言語聴覚士の方の対談も予定されているそうです。
あまりのかわいさに、思わず作品に抱きついて写真を撮ってしまった・笑。
(写真撮っていいものとダメなものがあるので、ご注意ください)

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ちなみに、このWORKSHOPで使った木の箱や
講堂のオブジェを作ったのは
希望の会のクリスマス企画でもお世話になっている建築家の大林先生!
作品のみならずどこもかしこも、あたたかい空間になっているのには、
きっとそういうこともあるんだろうな。
塩釜市杉村美術館。
企画もいいし、ひともいいし、手作り感満載であったかい。



実は来月8日から一週間、ここのギャラリーで
<空の作品展VOL2>をやります。
フライヤーができたらお知らせするので、そちらも是非よろしくお願いいたしますm(_ _)m
今回は総勢12名!
お尻に火が付いた感じで作品作り~
 

by terasumonnmoku | 2015-08-01 22:11 | アート | Comments(0)


「吉祥天女が舞い降りた!」にすっかり感化され
にわか仏教美術ファンになりました。


超ミーハーなわたしは、セブンイレブンで初心者向けのこんな本を見つけて
早速購入~(*ΦωΦ*)

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後ろから読みはじめ、あっという間に全部読み終わりました。

たまに、わたしは後ろから本を読みます。
簡単なやつ。ビジネス本とかスピ系の本を読むときに多い。

情報の詳細が欲しいとき。
著者の使う語彙の深さや重さを測りながら読んでいくのが面倒なので
先に結論を読んじゃう・笑。

<好き>という気持ちだけが入っているこの本は
シンプルでとってもすてき!

仏像を見ているだけでいい気分です♪*゚

薬師寺の聖観世音菩薩立像を見たことで、どこかの回路がつながっちゃったらしく、

聖観世音菩薩立像と、鎌倉の大仏。
そして、本にのっている仏像のなかで、エネルギーがはいっているの
(作った人が高次元につながって作ったもの・降りてきたといってもいい)を眺めているうちに、
びっくりするようなことに気づきました。

それはまるで、インドのサルナートで感じた
ブッダの残存エネルギーを砕いた(細分化した)時に現れる、
一つ一つのかけらのようだったのです。

それぞれに異なった輝きを持つ
でも、ベースは同じ波長帯のエネルギー。
あわせると、とんでもなく巨大になる。
仏陀意識につながる、無限の宇宙。

(ブッダはキリストとも日本の神様とも違います。
とんでもなくざっくり言うと、あったかい金色のお餅的な!
キリストはほのかな桃味のシャーベット展開。
神道はしんとしたさやかな森の朝の空気的ラインナップ。頭の中から目覚めていく。
ああ、石井ゆかりさんの朝の占いのようになってしまった)

わたしは以前から、もう泣きたくなるほどに鎌倉の大仏が好きでした。
でも、波動に限らず
バラバラに現れたものを無作為に並べて比較するのは難しい。
そっくりな大家族でも、そうとわかるのは、
一緒に登場した場合だけ、というのと同じです(๑و•̀Δ•́)و☆
ああ。それにしても感動だ~(꒦ິ⌑꒦ີ)・・

仏陀意識も、キリスト意識と同じようにわたしたちを構成する光のエネルギーの一つ。
だから見ていると、自然と元気になります。
自分を閉じず、
感じる心を大切にし、人の目ではなく、天に従い自分の価値観で人生を生きている限り、
そのパワーは誰でも受け取ることができる。
信仰ってそもそもは、そのためのものだったのでしょう。

仏像が、ますます魅力的に見えてきました~
あなたも身近な仏像に、ぜひ出会ってみてね♪*゚
わたしもすこしづつ、いろんな仏像に会いに行きたいと思います!

(今日の顔文字は、羊のりえちゃんからお借りしましたー!
りえちゃん、ありがとう☆)





by terasumonnmoku | 2015-06-19 21:01 | アート | Comments(0)

生きる意味が見つからないなら、自分で創って育てちゃおう!というブログです。やっていることはさまざまですが、常に生きることに向かっています。

by terasumonnmoku