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草間弥生の水玉LOVE。

こんにちは!みなさまお元気ですか?

てらすもんもくです~(^○^) 

今日も気持ちの良いお天気ですねえ。

きのう、藤崎で草間弥生とルイ・ヴィトンのコラボのショーウィンドをみかけ、びっくりして写真を撮り、FBにアップしたら、今年のヴィトンは水玉ですか!というコメントをいただきました。

水玉、かわいいかも!って。

その言葉に、すんごい感銘を受けてしまったw( ̄o ̄)w

あまりにも彼女の著書の
「第三章 淋病星雲精液拒否宣言」
とかの印象が強烈だったので。
(しかも本質的には今もどこも変わってないと思う)

そうかー

性的なメタファーって、普段はそこに特化した部分以外はないことになってるけど、考えてみればシヴァ神のご神体もリンガだしなー

そういえば、仙台のアーケードにもリンガが祭られていた気もするしなあー

ダイナミックな生命の流れというか、そういうものが欲望を刺激するって
考えてみればあたりまえのことなのかもしれません。

なんでびっくりしたんだろう。

むむーん。

だからどうということはありませんが、唐突にわたしはこれでいこう。と思ってしまった(笑)

キッチュな呪術の世界で生きてこう。

生命の流れをとりもどそう。

ああ。みんなでいるってすばらしい。
ものすごくたくさんの扉が、どこにでも開かれているようだよ。

ところで、わたしが別の意味で敬愛する岡本太郎さんは
天然の草間氏とは異なり、実は大変理性的な方で、かなり意識的に「いろもの」をやっていたような気がします。

そういうのも楽しいかも。

ちなみにアップした写真はこれ
c0195362_11493943.jpg


ちょっと、すごくないすか?
by terasumonnmoku | 2012-09-08 11:48 | アート | Comments(4)

お知らせ

このたび


〒981-3212
仙台市泉区長命ケ丘2丁目21-1ロイヤルメゾン泉101号
(宮城学院向いのショッピングセンター街の中にあります。)
tel 022-777-5201

楓屋カフェ&ギャラリーにて

3月4日12時から3月17日17時くらいまで


    Monika Kurokawa  & tamaco 2人展

を行います。

Monika さんは仙台在住のドイツ人で、シュタイナー学校卒業の生粋のシュタイナーガールであり、ルソー風の独特の世界観を持つ絵を描いています。

今回は私がかかわっている星空プロジェクトに参加する形で、その関係の絵を見ていただくとともに、彼女が震災直後に描いたすばらしい絵本「Hope」を皆様とシェアしたくて、企画しました。

だからテーマは 「Hopeー星空プロジェクトに寄せて」  です。

わたしたちの記憶に残るあの日の星空に祈りを込めて

本当に大切なものをきちんと大切にしてゆく決意を新たに

希望を、子供たちに残したい未来を

まずわたしたちの心の中に、

絵を通して、一緒に、つくる作業をしていただけたら
これに勝るしあわせはありません。

わたし自身まだ希望というには程遠い感覚をもっていますが、でもそんなわたしでも、はじめることくらいはできると思うのです。
今のわたしにはじめられるなら、たぶん誰にでも、できるはずです。

みんなでみる夢は、きっと現実になる。

仕事の都合上、わたし自身は4日と17日の限られた時間しかいませんが
よかったらぜひいらしてください。

なお、お店は12時から夜8時まで。

月曜定休。

充実したカフェメニューが魅力です(*  ̄▽) 
by terasumonnmoku | 2012-02-28 21:59 | アート | Comments(2)

写真

初めて、アートに踏み込んだ写真をみたのは、高校時代。
バイト先の富士山の山小屋でした。

7合目の日の出荘というその小屋に関わりのある人物が撮った、
壁のモノクロ写真。

ぎろっと、睨むような目をした男性の迫力を、今でも覚えいる。

被写体を説明的に撮ったのではなく、
空気まるごとを捉えた写真を見たのは、初めての経験でした。

それから、なんとなく写真に目がいくようになり、自分自身も情緒的にディープになっていったこともあって、
藤原新也さんのインドのシリーズとか、荒木経維さんのさっちんとか、
濃い目の写真が好きになりました。
マン・レイの変な光線とか、ね。

今だったら本城直季さんのミニチュアの世界とか蜷川実香さんとか、
キッチュでおもしろい感じの写真を眺めるのも好きです。
世界が違って見える。
たまたまミクシイで知り合った、カメラマンのkazesanの写真も大好き。(ブログなどでは、風景写真を見ることが多いような気がしますが、わたしは人物を撮った写真が特に好きです。kazesanは写っている人たちと、心のそこから一緒に生きているんだと思う。)

それはともかく、

写真って、ただシャッターを押した先にある対象が「たまたまそこに写る」ようなものではなく
写しだされるのは、撮り手が見ている、非常に個人的な、世界そのものの姿、なのだと思うのです。

被写体に対して、その人が持っている感情が、そのまま現われる。

わたしにはたぶん人よりも、「より深く写っているもの」がわかるのかもしれないけど、
よくわからなくても、それはみんなに伝わっているんだと思う。

先日、セバスチャン・サルガートさんという、ブラジル人ジャーナリストの写真を見ました。

世界中の労働者たちのシリーズや、アフリカの飢餓・戦場写真、現在は創世記時代を髣髴とさせる地球の写真や、大自然の生き物を撮る写真家です。

その中で、一枚の写真に目が留まりました。

エチオピアの、学校の教室に積み重なるように倒れている、
その一年前に虐殺された、何百体もの人骨の写真です。

サルガードさんが、敬虔な気持ちで撮ったからでしょう。
柔らかい光に包まれて、その光景は、とても静謐で、清らかに見えました。

折り重なった凄惨な死体の写真。
なのに、美しい、といっていい。

たくさんの人骨は、すでに皮膚も眼球も失っていたけど、そのひとたちは、
一人ひとりが立派に、人生を全うした個人として、生きているように見えました
お化けとしてではなく。
だからわたしは、彼らがそこに閉じ込められ、虐殺に至るまでのシーンをとても冷静に読むことができた。

フイルムを巻き戻すように、人々が皮膚や筋肉を取り戻し、傷口から出血し、じわじわと死に至るまで。起き上がった彼らにたくさんの銃弾が打ち込まれ、騒乱が始まった瞬間。

更にもどってたくさんの怒号と、教室に入る前の喧騒。強い日差し。情況を見守るかのような、途方にくれた小さな生き物ー蜥蜴みたいなーのまなざし。
家での時間と最後のご飯。かすかな風のそよぎ。星の瞬きと静かな夜。貧しくても、互いに支えあいながら、ささやかで尊い、たくさんの喜びに包まれて生活していた時間。誕生と死。笑顔や会話。
そういう豊かな生活まで、を、
たどっていくことができたのです。

一人ひとりが深い尊厳をもって生きていた。
最後はそこで、積み重なった骨になったけど。

写し取られたのは、ただ悲惨なだけの事件現場ではない。

助け合い、愛し合い、ぎりぎりまで生きることに奮闘して、精一杯命の限りを尽くした尊敬すべき人々がそこに存在していたのだ。という崇高な事実でした。

そこで死んでいるのは、わたしであり、あなたであった。
とても大切な、ひとびと。

「わたしたちはもっともっと、対象を尊敬しなければならない。」
と、サルガートさんは言います。

きっと、そこなんだろうな。
わたしに足りないのは、「対象を尊敬する気持ち」なんだと思う。

尊敬して、心を開いて、近づくこと。もっともっともっと。

そこに尊敬がないから、きっと苦しくなるんだ。

人間ってすごいなあ。と思います。

命そのものがすごいんだよ。って
サルガートさんなら言うのでしょう。

そこにわたしがいて、そこにあなたがいれば
天国のラッパは鳴り響き、魂は永遠の平安を得る。

いつでも。

そんなことを、この一枚の写真は教えてくれます。

一人の力って、大きいね。
by terasumonnmoku | 2010-01-29 17:19 | アート | Comments(0)

OBEYと近況

最近、学びが進んで家が平和です(笑)

10歳の息子とうもろこしは、近年、ぐっと少年らしくなり
着替えをしているところに通りかかろうものなら
「見ないでよ~」と、目を三角にして怒るようになりましたが

家を裸で歩き回るのは平気です。

脱いでいる作業が恥ずかしいんだろうか。

途中が?

「恥ずかしさ」の感覚も、まだらに成長するのかしら?

そんな息子が思春期になったらどうしよう!
という話をダーリンとしていたら
いつのまにか

「それよりも、うちには万年思春期で反抗期の嫁がいるから大変だ」
という話になっており
それはお気の毒に!と、思ってよく考えると

わたしΣ( ̄□ ̄)!でした!

そうこうするうちに
ずーっとまえのできごとをなぜ彼が怒ったか。
についての説明が始まり

聞いていると確かにそれは
わたしの視野が狭くて全体に配慮することができなかった~
ために周囲に多大な迷惑をかけた~

ことが明らかな出来事であり


しかしその時のわたしには、
そういう風にしか動けなかった(今は違う)というのも厳然とあるので
しょうがない。



気持ちよく心から、平に、謝りました<(_ _*)> 

怒られても、まったくその通りだからストレスもないし、
できなかったわたしは、もう存在しないので
臨場感もなく

まるで、前世の出来事のよう。

成長するってすばらしい・・・・のか?(〟-_・)ン? ? ?

あるいはこういうところが自由すぎるのか。

どっちなんだろう?

わたしが終わって次に行っているとき
みんなはまだ納得の小道を歩いている最中なので

タイミングが合いません。

でもそうして逐一説明してもらえるようになったのは
聞けるだけわたしが育ったからということもいえるので

成長するってすばらしいΣ( ̄◇ ̄*)

だんだん少しずつわけがわかるようになってくるって

いいなあ~\(^o^)/!♪

たぶん、ちょっと前までは
全体の情況を把握するより、周囲のエネルギー状態に対応するのに忙しくて
手が回らなかったから

そういう段階だと
例え説明してもらっても
本当のところ、良くわからなかったと思う。

最近車を運転していて思うのですが
世の中、わたしが思っていたより

ずっと安全。なの。

エネルギーの世界には境界がなくて
自由自在に相手の領域に侵入しあったりするので
自分の波動が低いときは常に戦争の真っ最中にいるみたい。
ぼくらのこの平坦な戦場で
いつもいつも、攻撃を受けているみたい。

だったから。

ものが固くて輪郭があって、個々に分離して名前がついていて
勝手に流入しあえないというのは、実に実にすばらしいことだ。

としみじみ思います。

わたしはほんとうに、いろんなことが怖かったのですよ。
なぜって、みんなの心配や恐れを
常に自分のものにしていたから。

ああ。三次元万歳~\(^o^)/!!!!!!!

というわけで表題のOBEYです。

先日、ピッツバーグで画集を仕入れたダーリンに、
はじめてOBEYのシリーズの絵を見せてもらいました。http://www.ukadapta.com/contents/Art/Art_Obey.html

OBEYはグラフィック・アーティストだったシェパード・フェイリーが、
アンドレ・ザ・ジャイアントをモチーフにして作った絵のポスターを街中に貼ったのが始まりで、
基本的には赤とクリームと黒をベースにさまざまなバリエーションで展開しています。

最近有名なのではオバマ大統領の顔にHOPEの文字の入った、勝手に応援ポスター。
(この人は貼ってはいけないところにポスターを貼った罪で、逮捕もされている。オバマ大統領には、後に活躍を認められて、公認選挙ポスターになった。)

アンドレ・ザ・ジャイアントの大きな顔の下にOBEY。
ロマンチックな少女が手にした手榴弾に咲くバラの花の下にも、OBEY。

すごいな。

MAKE ART NOT WAR

このエネルギーは
わたしがいま手放そうとしているものにすごく良く似ている。ので、ちょっとびっくり。

(ToT)/ほよ~~~(;。;)

OBEYというのはー従え、という意味。

ダーリンいわく、体制はいろいろな形でわたしたちに「OBEY」と迫ってくるので
油断なく、従わないように、そして自分自身をちゃんと生きるようにしよう。
というメッセージだそう。

より大きなものに、自我をゆだねる。という意味もあるのかもしれないけど
絵の感じから行くと、従えーとか従うなーとか、そういうせめぎあう力が漲っている。

せめぎ合うというのは、要するに戦っているわけで
愛とは別物みたいな、二元論の局地的表れな感じがするけど

ただ、強さ、というのはやはり必要だと、このごろ思うのです。

甘くて柔らかくて優しいだけでは成り立たない。

優しさや柔らかさの中にも、何か大切なものを生み出し、
自らの足で立っていく力というか、そういうものが必要と。

平和とか愛って、たぶんすごくすごく強いものなんだろうと思う。

母のように。

だからこのOBEYの絵でも、美しい少女は手榴弾から花を咲かせているのかもしれないけど

もう時代は手榴弾ではなくて

ただ美しく強い花。だけを要求しているような気がするな☆
by terasumonnmoku | 2009-11-09 16:56 | アート | Comments(0)

生きる意味が見つからないなら、自分で創って育てちゃおう!というブログです。やっていることはさまざまですが、常に生きることに向かっています。

by terasumonnmoku