<   2009年 12月 ( 6 )   > この月の画像一覧

衝撃

みなさま!
ミクシイの、12月23日のくみちゃんの「誕生」という日記はごらんになりましたか?

とてもすばらしい日記なので、ぜひ読ませてもらってくださいね。

その日記を読んで、わたしは衝撃を受けました。

なぜかというと、くみちゃんの癒しと愛のエネルギーにこたえる、
お父さんのエネルギーの規模が、

あまりにも大きく、

荘厳であり

鮮やかに美しかったから。

日記を読みながら、くみちゃんの放射する愛を追体験したその瞬間、
そのエネルギーに答えるように、お父さんからの愛、エネルギー的な
お返事がきているのがわかりました。

日記を読むと同時に、宇宙全体が、愛と感謝にうち震えるように、輝かしく閃いたのです。

精妙で軽やかな、宇宙の叡智的深い喜びの波動。

それがくみちゃんのお父さんだということには、自分の中で、
どうすることもできない確信がありました。

でもそれは、今まで世界中の「個人」に対して感じていた波動、
それをもとにしてわたしが想像した波動とは、まったく違ったものでした。

どうしてなんだろう。

あまりにも大きいのです。

その美しさ、神々しさに、涙が出ます。

くみちゃんのお父さんはどこかで、
もはや肉体(そして幽体)に縛られた個としての部分を、
逸脱してしまっているのかもしれない。

でも、個を離れただけで、そんなふうになるなんてありうるんだろうか。

次元があるのに。

5次元だって6次元だって、ことによると7次元でさえ、
この世界ではそんなふうには
(精妙で、ただただ美しい、というだけには)見えないんです。

肉体を脱いだ方に関しても、それは変わりませんでした。
少なくとも今までは、そうだったのです。
(単純に第3の目の感覚からいうと、肉体の生死は、その人のありように大きな違いをもたらすものではありませんー学びの進行速度という面では全然違いますが。生きていても死んでいても、人はみな、ほぼ同じように見えます。)

でも、違う。
何かが違う。

そんな制限されたものじゃない。
もっと大規模で、もっとふかく色鮮やかで。

くみちゃんの愛が、お父さんの真我を、文字通り召還したのかもしれない。
そしてわたしも、それを素直に感知できるほど成長したっていうことなのかもしれない。

率直に言って、わたしは人のありようと言うものに
今までほとんど驚いたことがなかった。

だから、これはまさに、青天の霹靂的な衝撃でした。

がーん。

自分の感覚に、これほどまでに、制限を受けていたとは。

。。。。。。。。

たぶん、最初からそうだったのだ。
はじめから、苦しみなどはなく、すべては美しかったのだ。。。。。

。。。。。。。

いずれにせよ、体験しちゃったものはしょうがない。

日ごろほとんど肉眼を活用していないので、
わたしは、目の前を走る車が右に曲がったか、左に曲がったか、については
まったく確信が持てません。

が、感じた波動には、ゆるぎない確信がある。

波動は一度記憶してしまうと、何度でも追体験できる。
だから否定しようがないのです。

ああ。

なにをやっていたんだ。

沈思黙考し、その結果、わかりました。

地球上の感知しうる次元の全てを、
苦しみ、悩み、痛み、善悪の価値判断の全てを、

わたしは自分で創ったのだということを。

ショック。

次元というのは人の形にくっついたものだったのね。

この苦しみは、ぬくもりいっぱいのホームメイドで

わたしの手作りだったのだ。

うう。どうしよう。
by terasumonnmoku | 2009-12-28 01:03 | Comments(2)

もんもく、人間化作戦。

今年の目標は、もんもく、人間化計画の実行でした。

熱心に運動し、運転し、やりたいことだけではなく、人にいわれたこともやり、
意識して人に混ざる(関わる)ということをやってみて
だいぶ、人間化は進んだもようです。

たくさんの人に、いろんな意味でお世話になって
(かなり迷惑だったに違いありません(;。;)みなさまどうもありがとう!
ひたすらに感謝なのです<(_ _*)>  )、
おかげさまでエネルギーの感じ方も、だいぶ人間的になってきたみたい。

以前は体内に直接後光が指す、様な、ただしびれる感じであった高次元のサポートが、
その後の段階、個別の色彩にわかれ、必要に応じて各チャクラに分配され、個々の細胞に吸収されていくようすまで、把握できるようになって来ました。

(宇宙からのサポートー高い波動の光線状のものー自体は地球上の全ての人に平等に照射されるのでしょうが、どの程度それを受け入れるのかは、ひとりひとりが、自分で選んでいる気がします。
それぞれのフィールドに、プリズム様の仕組みがあって、必要に応じて、必要な色だけが入るようになっているんじゃないかな。そうじゃないと、波動が合わない場合、かなり危険だし。

ちなみにチャクラへの、エネルギーの通りのよしあしは、そのひとの覚醒度合い、または肉体感覚の持ちようによって明確に違いがでてくるみたいです。ひとの場合、肉体が世界を把握する尺度になっているようなので、意識体としての身体を見ると、それぞれの考え方もわかりやすい。
ちなみに伝授など受けている場合は、その伝授の質によって、伝授に応じたレベルの、波動体ーエネルギーーとのつながりやすさが増す、様な形で影響するのではないかと、あくまで個人的には思います。)

金色・とか銀色、とかのざっくりした区分けしか感じられなかった光も、
第3の目に青い光、とか左目に緑が指してから白とか、細かく探知できるまでになってきました。

ヒーリングしてても、必要に応じて自分から流れる光の色や、波動の緻密さの違いが、
わかるので、前より、効いているような気がします。
おもしろいなあ~。

人間になるって、おもしろい。

肉体的には、筋力がついて、身体がある程度は思い通りに動くようになり(使い方がなっていなかっただけで、身体自体は、性能がいいみたい♪)、マイケル・ジャクソンの言う
「踊っているときに自分が音楽になる」感じ!がなんとなくつかめてきました。

すっごい自由なのです。
マイケル・ジャクソンはすごさ、じゃなくて、究極の自由、
この開放感を求めて、あんなすごい場所までいっちゃったのかな。

音の作るバイブレーションに、自分の身体の振動が、調和を持って混ざってゆくと、
ちょうど全速力で自転車を漕ぎながら、両手を放して、
大好きな歌を熱唱しているときのような、
自由に空を飛んでいる時のような、
完全に振り切った感じが味わえます。

あはは。

肉体を使って学ぶってこういうことかな!(ちょっと違うような気もしますが・笑)

しかし、絵を描いていると煮詰まります。
描きたいものははっきりしているのに
ふさわしい形がみつからない。
うう。

形よ。

きみはどうしてこんなに、物事を限定してしまうの?

ところでレゾナンスのみなさんは、
大津さんのヨーガ学会での講演会の曼荼羅もようのオーブの写真はごらんになりましたか?

あれは大日如来のサポートだったそうですが、肉眼的(なのか?)には、ちょうど大き目のカメラのフラッシュとか稲光とか、そんなように見えました。

ばばばばばばばばっ!!!!

どどどどどどどどっ!!!!!

ってな感じです(ってどんな感じなんだ?)

すごかったです。
大日如来。おそるべし。

そんなものまで見分けられるようになったらどうしよう。

あ。絵が描ける(笑)!
by terasumonnmoku | 2009-12-20 15:08 | Comments(0)

再び熱心に、お絵かきをしている。

お絵かきをして思うのは、
わたしの使命的なものが、なんで絵なのお~?
ってこと(笑)

例えば文章とか、音楽とか、ほかにいくらでも方法はあるのに
(文章だって音楽だって、そこそこできるのに!)
よりにもよって
どうしたって傲慢になりようもない、

絵。
を描くことになるなんて!

でも絵を描くと、その絵によって、見てくれた人が和んでくれたり、
癒されたり、元気が出たり、笑っちゃったり、浄化されたりするようなので
やっぱり描くんだろうなあ。。。。

うーん。(; ̄Д ̄)

浄化される絵って、すごくない?

??

笑顔はうれしい。

でも本来美術が好きで
形を熱心に見る人の評価は低い。

そらそうだ。

この間、画家のお嬢さんに絵を頼まれて売ったときは
心労のあまり倒れそうだった。(この形容は5割増しです)

一生懸命描いたけど
やっぱり形は、もやっている。

てんでなってなくて、説明されないと
描いてあるものもよくわからないような
その人のための絵が、自分的にはすごく好き。

ハリー・ポッターの通う、ホグワーツの人物画のように、生きて動いているから。

生きて動いている絵は
自分が描いたもの以外見たことがない。
(あ、一枚だけ見たことがある。内容については強いて語りたくないけど・笑)

他の人には、事物が生きて動いているようには
きっと見えていないんだろうな。

生物も無生物も、今ここに、一緒に存在するものたちはみんな
常に喜びに満ち、声高らかに、
力いっぱい愛の歌を叫んでいる。

生きる。とは、そういうこと。

しょうがないから心を決めて、下手な自分をしぶしぶと受け入れて
ただ素直に、なんのてらいもなく、愛のうたを描こう(* ̄ο ̄)b~♪

いつかあなたに届くように。
by terasumonnmoku | 2009-12-18 19:27 | Comments(2)

最近、少し汚れが取れてきれいになったせいか、自分に似たタイプのひと。
サイキックとか、念が強くてお化けをいっぱいつけているようなひとが、
なんと!可愛く見えるようになってきた。

(実は大の苦手だった。とんでもなく波動が荒いから!
ネット上で気配を感じるだけで苦痛だった(ToT)/~~~
だってぎらぎらして痛いんだもん(;。;) その手の汚れは、自分ひとりで精一杯)

それがどうしたことだろう。
なんともいえないくらい可愛いと思うのだ♪
自分の能力に振り回されてわけがわからなくなったり、
威張ったりしている人が、愛しい。

ほんとは弱々の癖に、いきがっちゃって!はは~ん☆

変われば変わるものだ。
成長するって、すばらしい\(^o^)/!!!

でも強烈なキャラをやってるひとも、別にハッピーなわけではなく、
何かを一生懸命求めるがゆえにそうなっちゃうんだよね。

だからいくらぎらぎらして、光度をあげていっても、おかしいぞ。なんだか寒いぞ冷たいぞ。
って感じになってしまう。

コワモテの人は別に強いわけではなく、自分の弱さがすごく怖いだけなのだ。
弱い自分を感じるだけで、もうだめになっちゃうような気がするのだと思う。
(少なくともわたしはそうだった)

「恐れ」がないふりをして、楽しく暮らしている人もいるし、

「恐れ」がない振りをして、ひとを脅かしている人もいる。

「恐れ」があることにおびえて、素直に怖がっている人もいるし

恐れが幻であることに気づいて、手放して、覚醒し、愛そのものに還ったひともいる。

顕れはさまざまだけど、覚醒した人を除けば、やっていることに違いはない。

自分はものすごく変な人なのではないかと密かにおびえていたが、
感覚器官とそれに付随する思考回路の動き方の違いを除けば、
みんなとあんまり変わらないような気がしてきた。

どっちみち真我は一個しかないので、
わたしがどんな人間であろうと大した問題ではないのだ。
そのわたしをどう使うかが問題なのであって。

愛されているからすばらしい学びができるし、
愛しているから進んでいける。

それだけ。

宇宙はシンプルだ。
by terasumonnmoku | 2009-12-11 18:59 | Comments(0)

いつも、

書こうと思って忘れるのですが

夏に怪我したわたしの小指は

無事復活しました\(^o^)/!

感覚ももどり、爪も生えて、元気です♪

信じられないことに、ピアノも弾けるようになりました!

でも小指自体の形は、もとより若干太くなりました。
一番ひどいときの自分の指を見てはいないんですけど、
(見たら、再起不能が意識の中に確定されちゃう気がしたのです。いやほんとに。)
指自体が潰れた感じ。

潰れた部分の細胞がそのまま再生したのではなく、
増殖して(損傷がひどくて再生はできなかったんだと思う)、
指が再構成された感じ。

指先の半分ちょっとが傷跡として盛り上がってるから。
実際そうだったんでしょう。

ヒーリングって、すごいわ。

(たまに聞かれることがあるので、一応書いておきます・笑)
by terasumonnmoku | 2009-12-07 10:30 | Comments(0)

特別セミナーとお悟り会

に行ってきました!

当日のやすりんさんのお話、
すばらしかったです!

わかりやすかったし、おもしろかった。

信じたことが自信になる。って、本当にそうだなあと思いました。
自我は本来の自分とは違うものに執着することによって、自信がない状態を、
作り出すことができるけど、
それは真我にはありえない。

たとえばわたしは、絵がへたでディテールの描写ができないけれど、
にもかかわらず、その絵は買ってくれた人をシフトさせることのできる、高い波動を放っているそうで。

真我はもちろん知っていて、絵ができあがると耳元で爽やかに鐘が鳴り、
完成の喜びを知らせてくれるんだけど、

自我では、もっと、形がちゃんとかけたらいいのに。
そうしたら、自信を持って売ることができるのに。と思ったりする。

でも、実人生でも、現象のディテールは全く見えていないわけで、
描いているものは、ただへたなだけではなく、わたしにとって現実なのです。

いくら形をちゃんと描きたいと思ったところで、実際見えていないものを描くって、無理でしょう。。
それができるひとは、別にたくさんいるはずだし。
自我が、本来の自分じゃないものに執着しているという、まさにそういう状態だったんだなあ~。
(って大津さんに何度もちゃんといってもらっていたのに、受取れませんでした。ようやくわけがわかったので、もうぐずぐずするのはやめ!)

あと、肉まんを食べながら、徳ちゃんが補足してくれた、ハート脳、という感覚はためになりました。
頭がハートを使うのではなく、脳がハートにしたがっている。
ほんとにそうだなあ。。。
いやいや、これも何度も言われていたんだけど。
ばらばらすぎて、わからなかったんだわ。ぐっすん(;。;)

ということで「お悟り会」に突入。

徳ちゃんは終始かる~い感じで、るるん♪とエナジーっぽいワークに突入しており、
おお!悟ってるよ!ということに\(^o^)/!!!!!!! !

(しかもびっくりするほど、波動が変わらないΣ( ̄□ ̄)!
わたしのはーとの奥では、宇宙は確かに喜びにさざめいているんだけど!)

ポイントはそれだな!

でもとりあえず、もんもく的には善悪の学びが完全に終わった。
ことと、罪穢れが完全になくなったこと。
そしてハート脳の感覚を、自分のものにする、という部分に、集中しようと思います。
(集中するとかえって執着しちゃうという人もいるので、やりかたは人それぞれです)

今までは汚れに対する執着が強すぎて、中途半端にしかできていないから。

ここをクリアしたら終わり。今がそのとき。

いろんなひとがそれを教えてくれる。

ありがたいなあ~Σ( ̄◇ ̄*)♪

徳ちゃんの本、すっごくいいものになりそうです。
感動的。

「読み返してみて、結構いいことかいてるな~と自分で思った」とかいってたし(笑)

それにしても大津さんの誘導エナジーワークはすごかった!

わたしの8の3の部分も、ぐぐっと増えたそうですが、
その増えた瞬間の感覚が実にビビットで、愉快でした(* ̄ー ̄*) !

ドラエモンのタイムマシンに乗ったみたいだった☆

誘導が終わった後でも、次々にいろんな光が入り、
いままで、自分には縁がない、と思っていた癒系の緑のエネルギーをわたしはゲットしました。
それは懐かしい、自分自身の波動だった。

(徳ちゃんの赤いエネルギーのように、ある程度成長するまで、
統合しないようにセットしてあったみたいです。そういう仕組みって、ほんとにおもしろいなあ~♪)

しかし若干疲れました。
上がるのも疲れるけど、汚れを取るのにも疲れました。

どっちかというと、汚れを取るほうが疲れたかも。

年末の大掃除ももうすぐ終わりそうです☆
by terasumonnmoku | 2009-12-02 19:43 | Comments(2)

生きる意味が見つからないなら、自分で創って育てちゃおう!というブログです。やっていることはさまざまですが、常に生きることに向かっています。

by terasumonnmoku
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31