<   2010年 01月 ( 5 )   > この月の画像一覧

写真

初めて、アートに踏み込んだ写真をみたのは、高校時代。
バイト先の富士山の山小屋でした。

7合目の日の出荘というその小屋に関わりのある人物が撮った、
壁のモノクロ写真。

ぎろっと、睨むような目をした男性の迫力を、今でも覚えいる。

被写体を説明的に撮ったのではなく、
空気まるごとを捉えた写真を見たのは、初めての経験でした。

それから、なんとなく写真に目がいくようになり、自分自身も情緒的にディープになっていったこともあって、
藤原新也さんのインドのシリーズとか、荒木経維さんのさっちんとか、
濃い目の写真が好きになりました。
マン・レイの変な光線とか、ね。

今だったら本城直季さんのミニチュアの世界とか蜷川実香さんとか、
キッチュでおもしろい感じの写真を眺めるのも好きです。
世界が違って見える。
たまたまミクシイで知り合った、カメラマンのkazesanの写真も大好き。(ブログなどでは、風景写真を見ることが多いような気がしますが、わたしは人物を撮った写真が特に好きです。kazesanは写っている人たちと、心のそこから一緒に生きているんだと思う。)

それはともかく、

写真って、ただシャッターを押した先にある対象が「たまたまそこに写る」ようなものではなく
写しだされるのは、撮り手が見ている、非常に個人的な、世界そのものの姿、なのだと思うのです。

被写体に対して、その人が持っている感情が、そのまま現われる。

わたしにはたぶん人よりも、「より深く写っているもの」がわかるのかもしれないけど、
よくわからなくても、それはみんなに伝わっているんだと思う。

先日、セバスチャン・サルガートさんという、ブラジル人ジャーナリストの写真を見ました。

世界中の労働者たちのシリーズや、アフリカの飢餓・戦場写真、現在は創世記時代を髣髴とさせる地球の写真や、大自然の生き物を撮る写真家です。

その中で、一枚の写真に目が留まりました。

エチオピアの、学校の教室に積み重なるように倒れている、
その一年前に虐殺された、何百体もの人骨の写真です。

サルガードさんが、敬虔な気持ちで撮ったからでしょう。
柔らかい光に包まれて、その光景は、とても静謐で、清らかに見えました。

折り重なった凄惨な死体の写真。
なのに、美しい、といっていい。

たくさんの人骨は、すでに皮膚も眼球も失っていたけど、そのひとたちは、
一人ひとりが立派に、人生を全うした個人として、生きているように見えました
お化けとしてではなく。
だからわたしは、彼らがそこに閉じ込められ、虐殺に至るまでのシーンをとても冷静に読むことができた。

フイルムを巻き戻すように、人々が皮膚や筋肉を取り戻し、傷口から出血し、じわじわと死に至るまで。起き上がった彼らにたくさんの銃弾が打ち込まれ、騒乱が始まった瞬間。

更にもどってたくさんの怒号と、教室に入る前の喧騒。強い日差し。情況を見守るかのような、途方にくれた小さな生き物ー蜥蜴みたいなーのまなざし。
家での時間と最後のご飯。かすかな風のそよぎ。星の瞬きと静かな夜。貧しくても、互いに支えあいながら、ささやかで尊い、たくさんの喜びに包まれて生活していた時間。誕生と死。笑顔や会話。
そういう豊かな生活まで、を、
たどっていくことができたのです。

一人ひとりが深い尊厳をもって生きていた。
最後はそこで、積み重なった骨になったけど。

写し取られたのは、ただ悲惨なだけの事件現場ではない。

助け合い、愛し合い、ぎりぎりまで生きることに奮闘して、精一杯命の限りを尽くした尊敬すべき人々がそこに存在していたのだ。という崇高な事実でした。

そこで死んでいるのは、わたしであり、あなたであった。
とても大切な、ひとびと。

「わたしたちはもっともっと、対象を尊敬しなければならない。」
と、サルガートさんは言います。

きっと、そこなんだろうな。
わたしに足りないのは、「対象を尊敬する気持ち」なんだと思う。

尊敬して、心を開いて、近づくこと。もっともっともっと。

そこに尊敬がないから、きっと苦しくなるんだ。

人間ってすごいなあ。と思います。

命そのものがすごいんだよ。って
サルガートさんなら言うのでしょう。

そこにわたしがいて、そこにあなたがいれば
天国のラッパは鳴り響き、魂は永遠の平安を得る。

いつでも。

そんなことを、この一枚の写真は教えてくれます。

一人の力って、大きいね。
by terasumonnmoku | 2010-01-29 17:19 | アート | Comments(0)

人間

みなさま、お元気ですか?
わたしは元気です(* ̄ー ̄*)

日記、書いてるけど、自分のことは書いてないなあ~。と
ゆるくろぶろいさんに指摘されました。

ははは。

実は近頃真剣に人間をやってるんですけど
これがよくわからない。。。。。

二日くらい、ちゃんと肉眼を使って大勢のひとの中に入り、
みんなが大事だと思うものを一緒に大事にしよう、
と努力した結果、どっと疲れて、三日目には廃人のようになり、今この瞬間に砂漠に行って、終日、サボテンとお話していたい。。。気持ちになってしまった。

あー。きっとどこかが、間違っているんでしょう。

やれやれ。

ギブアンドテイクの関係とか、本音と建前とか
集団の中でどう動くとか、それについて誰がどう考えるとか
駒が多すぎて難しすぎる。

なぜそこが問題なのかがわからない。

あーうー。

たぶん、みんなありとあらゆるところに、自分のプライドとか、
なにか情緒的な重大さ、のようなものをくっつけているのだと思うんだけど。

それで物Aの抱える問題と物Bの抱える問題は
本質はまったく同じなのに、全然別のようにみえちゃったりしていると思うんだけど。

それをいっても相手はフリーズするか、怒り出すことになるだろうから

いったいそこで自分はどう振舞えばいいんだろう。と思うのです。

エネルギー的な中身は詰まったから、実際動けるようにはなっているんだけど
その場その場でどう動くのが、最も調和のある解なのか。
わからないことが多い。

でもまあ、ようやく、わからないことがわかってきたので、次はそれがわかるようになるのでしょう。

情況が見え、少しずつ対応する力が生まれてくるに違いない。

今回は逃げないことにしたので、とりあえず幸福な刺激を受けていると決め(笑)
一歩一歩進んでいこう。
いろんなひとに関わらないと、おもしろい共鳴も、調和も生まれないもんね。

(後日あっちゃんに教えてもらいました。子供が関わる組織のなかでは
何が一番子供のためになるかを考えればいい。んだって。
これはわかりやすい。会社だったら、何が一番会社のためになるか。って言うのは基本だもんね。どんな場合も中心を定めるのは重要ですね。あと、問題を突き詰めないようにするには、ユーモアがいいんだろうな。答える必要も同調する必要もないことがすっごく多いから、ほんのりと、空気がそこに入るように。育て。わたし。)

お正月に家族でのだめ、を見ました。
すると姑ののんちゃんが、
「のだめさん、ってもんもくちゃんに似てるわね」とにっこり微笑んでのたまうた。
しかも二度三度と繰り返して( ̄Д ̄)ノ!

あの類まれなる音楽の才能ではなく

変な歩き方とか、変なしゃべり方とか、天然なところとか。

(ちなみにパートナーが料理がうまく、粘着で教育的指導ばかりしているところも似てます。その指導は動作の途中で対象から目を放すな、というのからーどうも途中で見るのをやめているらしいー、ピタゴラスの定理を説明できないやつに、リーマン予想について語られたくない。というのまで、多岐に渡るのですが)

率直に言ってわたしは思う。
のだめは上野樹里ちゃんだから成立するが
この年齢では痛すぎる。。。。。。

しかし誰もが自分の持っているものを最大限活かしながら生きていくしかないので
どんなに残念だろうと、どんなに痛かろうと
ここからがんばるしかない。

これを読んでくれているあなたが、どんなに深いコンプレックスを持っていたとしても
たぶん、あなたはわたしより数倍、世の中に役立つ人だと思います。
なのでめげることなく、お互いがんばりましょう。

いや、本質は誰しもすばらしさそのものだけどね(;。;)
わたしももちろん。
by terasumonnmoku | 2010-01-28 18:11 | Comments(0)

お葬式

くみちゃんのお父さんのお葬式に、参列させていただきました。

葬儀の予定がわからず、とても気になっていたのです。
だからお知らせメールが徳ちゃんからきた時、ほっとしました。

考えてみれば、すぐに徳ちゃんに聞けばよかったのです。
どうして思いつかなかったんだろう。。。。
今度そういうことがあったら、ちゃんと普通に聞いてみよう。
(でもきっと、エアメール送信、しちゃってたんでしょうが。。。。)

それはとてもすばらしいお葬式で、
部屋全体にお父さんの「やりきった感」が漂っていました。
天使がいっぱい。
もうお父さんはお骨になっていて(仙台は告別式の前に火葬してしまうのだそうです。)
壇上からみなさんを見下ろしていらっしゃいました。

くみちゃんの涙は、とても美しかった。

わたしが数々のお葬式で流した涙とは全然違う、後悔も、怒りも罪悪感もない、
純粋にあなたがここにいないことがさびしい。という涙です。
まるで星のような。

ここから、また引き継がれてゆく学びも、当然あるでしょう。
でもお父さんご自身は、重大にして困難なご自分の課題を、きちんとこなして旅立たれた。
ほんとうに大きなミッションだったと思います。

去年、くみちゃんのセミナーを聞いたとき、
世界中の全ての人を愛し、受け入れることができるのに
わたしはどうしても、父を許すことができない。といって
くみちゃんは声を震わせ、泣いていました。
こうして愛を語る場を与えられているのに、わたしはみんなに嘘をついている。

奇しくもお父さんが亡くなられたその日の午前中に開かれたくみちゃんのセミナーは、
すばらしいものだったと聞きました。
そうだと思います。
だって、何も残っていなかったもの。

くみちゃんは学びをクリアしたのだ。

そしてお父さんは安心して旅立たれたのだ。

すごい。

もし機会があれば、14日のラミュートセミナーのCD、ぜひ、聞いてみてください。
わたしの感動が、きっとあなたにも伝わることでしょう。

そして愛についてすばらしい学びの姿をみせてくださったお母さん。
ほんとうにありがとうございました。
二人よりそったお父さんとお母さんの姿の美しさは、もう、言葉には尽くせない。

お母さん、棺の中のお父さんに頬ずりしていたよ。

と、徳ちゃんはお通夜での出来事を話してくれました。

お父さん、うれしかっただろうな。

誰にもわからないのでしょうが
お母さんが優しい言葉や、スキンシップをしてくれるたびに
お父さんのハートからピンクの光が溢れていたんですよ。

そして光の粉が舞う。

でも、顔だけは仏頂面で。

人間って、器用ですね。

参列させてくださって、ほんとうにありがとうございました。
by terasumonnmoku | 2010-01-21 20:17 | Comments(0)

涙は

悼み ではなく

それは 

さよなら と 

おかえりを 飾る星

たくさんの彗星できみを照らして

ほんのり明るく、軽やかになった からだを、
そっと 抱きしめる。

わたしたちが愛した 深く あたたかな心が、

また かがやきにもどるまで

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by terasumonnmoku | 2010-01-16 23:20 | Comments(0)

初ブログです。
みなさま、お正月は楽しかったですか?

わたしは現在工事中です(* ̄ー ̄*)


というわけでいただいたメールの返事ほかもろもろ、
の対応を、一時中断させていただいております。

ごめんねΣ( ̄◇ ̄*)


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お正月休みに、とうもろこし一号と鬼怒川温泉から野岩線に乗ってきました。

トンネルを抜けるとそこは雪国。
そのあたりは、知る人ぞ知るパワースポットだということですが、
ほんとだろうか。

でも確かに好きな感じ。

ものすごく静かで、人がいません。







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その静けさの質が、美しい。


というわけで(?)、どうぞ皆様今年もよろしく お願いします!
by terasumonnmoku | 2010-01-12 17:38 | Comments(0)

生きる意味が見つからないなら、自分で創って育てちゃおう!というブログです。やっていることはさまざまですが、常に生きることに向かっています。

by terasumonnmoku
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