4次元的な分離感とか、
否定的な思いが作り出す意識の汚れとかがなくなってきて、

ようやくようやく、

定期的に大津さんに会わず、普通に街中で日常生活を送っていても、
いきなり、どーんと波動が落ちて、がっくりする(∥ ̄■ ̄∥) 、
ことが、なくなりました(笑・やったー!ガソリンスタンドのような大津さん(;。;) 今までありがとうございました(;。;) だからといってお別れするわけではありませんが(;。;) )

でも人なかにいると、まだ微妙に波があり
一人になると、また体内で自動的にハッピーが盛り上がる。

もうちっとだのう。

わたしがハッピーだと
一緒にいる人もあっという間にハッピーになりますが
揺れていると一緒に三倍くらい揺らしてしまうようなので

責任重大です。

ようは自分に振り回されているだけんなんです(  ̄ o ̄)_旦~~

絵のほうではここのところしばらく、何を描いていいかわからない。
という状態が続いていましたが、
そばでわたしをサポートしてくれている足立幸子さんが

「必要なことは絵が全部教えてくれるから、心配しなくても大丈夫」

と言ってくれたので

それができることに素直に感謝して、描きたいものを、描きたいように、描く事にしました。

みんながいいと思ってくれるようなものを作りたい・・・のは山々なんだけど
そうすると、わたしはちっとも、楽しくないんです。

占いみたいに人に合わせるのはしんどすぎるし、
ほんとのところ、誰もわたしにそれは求めてはいないに違いない。

それが箸にも棒にも掛からなければ、それはそれだけのもの。
さあ行こう。
旅をしよう。
誰かに評価してもらうより、わたしは自分の、果てが見たいのです。
だからもうしょうがないや。

そんなある日
大好きな日曜美術館と言う番組に

ピカソの愛した女たちの中で
唯一彼を捨てた女である、画家のフランソワーズ・ジローが登場しました。

もう90歳にもなろうとする彼女の、なんと美しかったことか!
それはもう信じられないほど!

ピカソは数多くの女性遍歴を送りましたが、深く関わったほとんどの女性は彼の死後、後を追ったり、精神を病んだりして、晩年は決して幸福とはいえませんでした。

唯一の例外がジローで、彼女は画家としても女性としても母としても、大成し、豊かな人生を送ってきたのです。
ピカソは、彼女をモデルに「花の女」という美しい肖像画を描いています。

他の人と違い、たぶんフランソワーズ・ジローは、彼を変えようとしなかったんだろうなあ。
彼のそばで自分が成長し、学びが終わったから静かに離れたんだろうなあ。
十分すぎるくらい濃い思いをたくさんしたはずなのに、ダメージがなかったのはそのせいだと思います。

最晩年、ピカソは彼女に一本の電話をかけました。

「ぼくはきみから、どれほどたくさんのものを得ていたのかが、ようやくわかった。
そのかわりきみに、ぼくの寿命を10年あげるよ。」

冗談のようなこの言葉は、ピカソがいかに迷信深く子供じみていて、どれほど死を恐れていたのかを知ってはじめて大きな意味を成します。

「意味はわからないけど、時々考えるの。わたしがこんなに元気で長生きなのは、ピカソから寿命をもらったせいねって」
ジローはそういって、華やかに笑いました。

ピカソがジローと暮らした年月は、ピカソの人生の中では、もっとも穏やかで温かみに満ちていたそうです。

人を変えず、ありのままに愛すること。
植物のように。
ようやくわたしにも、それがわかるようになりました(笑)
家の中も平和になったよ~\(^o^)/!!!

その彼女が、仕事は、寝起きの朦朧とした意識状態でするのが一番いいのよ。と言っていました。

朦朧としていると言う点では、誰にも引けをとらない自信のあるわたしは
俄然張り切って、いろんなことにチャレンジする気持ちになりました。

間違っていたら絵が教えてくれるから、安心して喜んで、ただ描くだけでいいのです。

良かった☆♪
by terasumonnmoku | 2010-05-25 18:39 | Comments(2)

まるごと大好き。

う~ん。気持ちのいい土曜日ですね。

幸せだなあ~と思う今日この頃。

友だちから大好きな「(岡本)太郎のテレビがやってるよ!」と電話をもらったり、
まわりのみんなが、いい感じだったり。

やりたい!と思ったことが続々とかなっていったり、
知りたい、と思ったらすぐに答えが来たり。

便利だなあ~。世の中すっごい便利だ。

大切な人に対して、ぜひこうしてもらいたいという切なる思いが、どこから来ているのかが急にわかったり(!)

そんなことをぼんやりと考えていたら、
理由があって距離を置いてしまった人のことをふと思い出しました、

そのこと自体は、確かに、とても残念であるけれども、

自分がその人がほんとうに好きだったら、

その理由に対して何かしようとする必要はなく、

ただ大好き!って思ってるだけで、いいのかもしれない。    

付帯条項なんていらないのです。

ただ大好き♪って思うだけで。

だってわたしがその人が好きなのは、
そのひとと付き合うのがなにかの目的にかなっているからではなく、
ただ単純にその個性が好きで、
どうしようもなく個人的に気に入っちゃっているから、・・・だから。

自由であるその人を、自分の中で大切にしよう。

まるごとの豊かさを。

それでもってわたしはその丸ごとが好きなわけだから、
そのひとがどんなにひねくれちゃっても気にしない(笑)

これは強いよ(* ̄ー ̄*)
by terasumonnmoku | 2010-05-22 17:26 | Comments(0)

いま

こんばんはー!
ご機嫌いかがですかー???

ここは雨です。

そして今はちょうど、変化の前の静けさ、って感じです。

台風の目の中にいるような。
そんな感じ。
晴れているのに、気圧の感じが妙で
カラスがいっせいに同じ方向に飛んでいくとか。

このもやもやは、見飽きたぞ。みたいなところを
やっている人が多いんじゃないかしらんと思う今日この頃。

みなさん、それはそれでがんばってください。
わたしもがんばります。

しかしあくまで、爽やかに、かつ気楽にね☆
せっかくおもしろいところだし( ̄Д ̄)ノ!

意味不明ですが
とりあえず

adieu(はーと).
by terasumonnmoku | 2010-05-19 21:19 | Comments(2)

脳の偉大さについて

みなさん

自分の肉体の中に

骨があって
筋肉があって
神経繊維があって
血液があって
内蔵があって

内臓と内臓の間には
用途のわからない不思議な空間があって

というのを

身体を動かしながら考えると、すごく不思議じゃないですか?

部分も全体も、もれなく全員が本人なのに、大本の人間を形成するために、用途別に少しずつ形を違えているのです。

肉体にもそれぞれの意志というものがあり、
わたしには部分は、みんな自らそれになろうと力強く志向してなった、気がします。

例えば胃袋は

「この人の胃袋だけにはなりたくなかった!」

とかはきっと絶対思わないに違いない。

(病気になってもです。
きっとどんな苦難に見舞われても、身体はいつも、生きて自らの職務を全うしようとすると思います。
幸福の絶頂にいるときも、どん底的絶望のさなかでも、身体は同じように忠実に呼吸を繰り返し、心臓は鼓動を打ち、血液も循環しているわけで。今日は気分が乗らないからいつもの半分だけ脈ってみることにしよ。なんて話は聞いたことがありませんから。)

世の中に存在するほとんどのものは
そうなりたいからそうなっているのであって

そうなりたいを巧妙に隠すことができるのは
頭脳をもってして、はじめてできることに違いありません。

生まれてこなければ良かった。
なあんて思えるのは
きっと脳だけなんだろうなあ~。

そう考えると、脳は偉大だ。

だから自分が脳フェチなのだというつもりはないんですけど(笑・フェチです。中学生の夏の自由研究のテーマに選んでから、ずっと大好き!どなたか、脳関係でこの本はおもしろかったよ、というのがありましたらぜひ教えてください。)

嘘つきだから、脳はおもしろい☆♪
by terasumonnmoku | 2010-05-12 21:30 | Comments(0)

GW

ゴールデンウィークが終わりました!
ぱんぱかぱあ~ん!!!!!\(^o^)/!!!!!!!

今年の連休は、毎朝超早起きで(4時とか)、とうもろこしの野球のお付きあい。
終わったときはとうもろこし父と、ガッツポーズをしてしまった。

連休が終わって、こんなにうれしかったことはありません(;。;)

小学生のチームだから、なんとなく練習して、健康で楽しければいいと思ってたけど
とうもろしがたまたまそのチームを選んで入ったということは、中途半端ではなく、真剣にがんばるということなんだ。
ということがわかってしまいました(ToT)/~~~

なにかを思い切りやって、先に進むというのが重要だと思う。
思い切りやるということが大切で、結果は関係ないんだと思う。

今週末は東京から、とうもろこしの父方の祖父母、きんちゃんのんちゃんが来てくれるのです。
週末も5時集合だけど、おばあちゃんたちも体育会系なので、
一緒に4時起きで野球に行くそうなのです。
のんちゃん、きんちゃん。恐るべし。(しかもとうもろこしは補欠。)

わたしの両親は文系だから、絶対そんなことはしない。
両方とも同じ系だったら、さぞかしボリューミイなのだろうけど、
片方がひんやりクールなところが、またいい(笑)
今度また一緒に温泉行こうね☆♪まあちゃん!
(でも直接話さないで、ブログ読むって変じゃない?)

今回は三日に特別エナジーがあり、いつものみんな、
そして遠方のイギリスのさとりちゃんや、まきろん、ろぶちゃんに会いました!
それぞれに胸がいっぱい(* ̄ー ̄*)
大津さんはまたエネルギー変わってるし。
終わった後、ハートがほかほかと暖かくて、幸せで。

例えば人間が光とまったく同じものだったり、
光が意志をもっていたり(持っているって言い方も三次元っぽいなあ!)、
学ぶということは光合成に似ていたり、
そういうのはわたしにとっては当たり前のことだけど、
形を持って、普通に生活することは当たり前じゃない。

汚れを作ることと、物事を識別することが、HOW TO としては同じであって
そこに善悪の価値判断を入れるか入れないかの違いに過ぎない。
というところはわかった。

それでも、識別するつもりで汚れ(それが間違っているという意味づけをすることによって対象についてネガティブなエネルギーを自分の中に)作っていたり、というのは、まだある気がするなー。

形のある世界は、ある意味ない世界よりずっと豊かだから、
識別も(こつがわかるまでは)いっぱい必要みたい。

ところで、昨日、ユーチューブでかねてより、わたくしのお気に入りの2ちゃんねる元管理人ひろゆき氏と、勝間和代さんの討論番組というのを見てしまいました!

議題はネットに匿名性は必要か!

ということらしかったけれども、最初から書き込みには実名の記入が必要とういう勝間さんと、必要な場合はアドレスを警察などに開示しているので、ネットには表面に見られるほどの匿名性はない。と主張するひろゆき氏との議論は全然かみ合わず、その様子がとてもおもしろかった。

ひろゆきさんは、勝間さんの質問にちゃんと答えているのに、その場では勝間さんの耳にまったく入らない。

なぜかというと、そこに勝間さんが見出しているほどの重要性を感じていない(というか、その問題に対して感情的な粘着性ーこだわりーがない)からだと思う。

(しかし2ちゃんねるの管理人として、ひろゆきさんは、匿名性をめぐる情報開示を含むいろいろな案件についての裁判をたくさん抱えており、いずれも出廷せずぞくぞくと敗訴することを選択し、賠償金の支払い命令を受けているが、基本払わないというスタンスを貫いている。
情報開示の問題については、更に問題が増大する可能性があるため、相当程度つっこんで考えた経緯があり、すでに自分の中で結論が出ているということだろう。)

同じ言葉で同じテーマについて話しているのに、その言葉が欲しい側の人間が、
なぜか目の前にある答えを拾えない。というのは、この場面に限らずよくあることだ。

ひろゆきさんはすでにその問いには答えて、先に行っているけど
勝間さんは彼が段階を踏んで話を進めていることがわからず、
議論が誠意なく摩り替えられているように感じている。

(勝間さんは後日自分のブログで、ひろゆきさんの回答を拾いなおし、自分の印象が誤りであって、期待していた効果を得るためには、自分がそこで回答を反復再開示する必要があったという反省と、今後の抱負を述べていたので、さすがと思いました。映像を見たのかもしれないね。今回は映像という復習の手段があるから、良かったけれども、みんながみんなちゃんとそれを認められるかというとなかなか難しいと思うので、勝間さんはやっぱりすばらしいと思う。)

更なる幸福の獲得に邁進する勝間さんに対し、水と安全があればもう十分的な発言をするひろゆきさん。
幸福度を聞かれ、10段階で9と答える勝間さんと、10といっちゃうひろゆきさん。

脱資本主義というものがあるとしたら、激しくそこを希求している勝間さんより、どちらかというとひろゆきさんの感覚のほうにその萌芽はあるんだろうなあ。
本人はそういうのは求めていない気がするけど。

かみ合わない議論がはじまったら、説得は意味を成さないので、
これが答えだ。というものであり続けるのが一番いい方法なのでしょう。と思う今日この頃です。

学べるようにそんなふうになっているんだろうね。きっと。
by terasumonnmoku | 2010-05-06 17:51 | Comments(0)

生きる意味が見つからないなら、自分で創って育てちゃおう!というブログです。やっていることはさまざまですが、常に生きることに向かっています。

by terasumonnmoku
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