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なんとっ!

先日実家に遊びに行った折、
最近、見るたびに人相が良くなっているわが父、星王子

の顔つきが、
更にあまりにもすばらしくなっていたので

(ちょっと前には、スポーツクラブの受付の女の子に、星王子さんに会うと癒されます。といわれ、がっくりしていました・笑。癒されるって男性としては微妙なのかしらん。)
自分で波動チェックしてみた。

マニアなわたしであるけれども、わたしは父には、真理の話はほんのちょっぴりしかしたことがない。

真理の話はおろか、話をすること自体珍しく
(仲が悪いわけではないのだが、何をどう話せばいいのか、よくわからない)

まだまだ、一言でもいいから数多くの言葉を交わす努力をしはじめた段階で、
ほとんどの場合、父自身の生活の様子をうれしく聞いているだけなのである。

(ヒーリングは3回くらいした。いつも、めちゃくちゃエネルギーが入り、父はすぐに前後不覚に眠ってしまう)

そして父は、いろんなところでいろんなひとと、熱く喧嘩したり、文句をいったり、
いつ死んでもいいといったり。
なかなか死なないといったり、もうぼけるといったり、認知症予防の会を自分で見つけてきて、そこであった人たちといろんなプランにチャレンジしたりしながら、常に全身全霊で生きている。

言っていることは結構否定的なので自分チェックのその結果(5の7だった)にびっくりして、
今日大津さんに確認してみたところ

なんとっー!!!!、7ではないが、すでに天国意識の5の6といわれました\(^o^)/!!!!!!!

家族って不思議だなあ~。

それに波動が上がると、明らかに人相はよくなる(笑)

「否定的なことは言っても、思いは乗っていないし、もんもくのことも受け入れてくださっているんだよ」
と、大津さんは教えてくださいました。

受け入れるか入れないかを決めるのは本人なので

真理の話ができるできないはそれほど重要ではなく、
それよりそのひとの存在そのものを素直にすばらしいと思うということが
大切なんだろうなあ。

と、思いました。

家族には思い入れが強いので、
そういう意味でも絶え間なく自分のなかのデーターを、
今にあわせて更新しておく必要があるのかもしれないね。

子どものころはわけのわからないまま、いろんなことを考えちゃったりしていたし、

その考えちゃったことで、いらないものを自分の中で積み上げちゃったりしていたし。

それでも結局、そうしようと決めさえすれば、その積み上げたものをいつでもチャラにできて

いつもここからはじまっていけるって、いいな♪

それは、無意識に自動操縦で人やものごとにくっつけていた、
自分の、善悪、好き嫌い、などの価値判断をはずし、
本来あるべき最初の場所に還すこと。

常にありがとうの場所に立ち戻って、スタートを切る。

ということだ。
by terasumonnmoku | 2010-06-21 21:24 | Comments(4)

祈り

世界は毎日どんどん美しく発展し

わたしは毎日どんどん、美しく成長する。

光と愛が輝きを増しながら、世界を形創り

光と愛が輝きを増しながら、わたしを創造する。

ひとつである上に  

またひとつであるものよ

全ての存在の内にある全ての真髄に深くこうべを垂れ

その恩寵を

そのものが本来あるがままに顕したまえ
by terasumonnmoku | 2010-06-20 22:56 | Comments(0)

サッカー

こんばんは!本田選手の<気>に魅入られて、カメルーン戦を最後まで見てしまいました。
てらすもんもくでございます。

みなさまも月曜日は寝不足だったのではないですか?

それにしてもあの試合は、はらはらしましたね!
得点以外でも、いろんな場所で、すかさずファールを取る本田選手が印象的でした。

彼の気は、個人的にはスポーツ選手というよりも、合気道の先生に似ているんです。
乳白色で、密度が濃くて。
ああいう気を持った選手は、見たことがありません。
肉弾戦でも、たぶん負けないだろうなあ。あれだけ気が充実していれば。

ちなみにスポーツ選手は、サイキックな人のエネルギーに似た、
おれはすごいんだ的なぎらぎら系の気を持っているひとが多いような気がします。
天狗とか仙人とか、魔術師とかの、いわゆる裏系の力です。
(オーラと言ってしまってもいいのでしょうが、どちらかというと、肉体にごく近い部分なので、一応ここでは気で統一します。)
光は強いけど波動は荒く、密度は薄い。すかすかです。
だからたぶん、普通のスポーツマンは、一方向にしか強くないんじゃないかな。

マルチな人は(いろんな分野で金メダルを取ってしまうような人は)違うのでしょうが。

本田選手は、マルチなんだろうか?
わからないなあ。

でもあれだけ濃かった気が、試合後のインタビューでは、普通の人になってました。
気はぎらぎらしておらず、クリーンな感じに。
消耗するんだろうか。気も。使っちゃうんだろうか。

そして彼には普通の日常生活が送れるのだろうか。
大きすぎるパワーは人を不安にさせます。
余計なお世話ですが。

今度の行方に注目しよう。

ところで、何か気になると、がーっと新聞などを読み漁る癖があるのですが
サンスポに、「メッシより早かった長友」という感動的な記事が載っていました。

その速さを時速換算して動物と比較すると、
アフリカゾウと、ワニの間、時速30キロと図入りで出ていました。
ワニより足が速いといわれて、うれしいだろうか。

微妙です。
by terasumonnmoku | 2010-06-16 22:44 | Comments(0)

天地明察・ほか

天地明察     沖方 丁(角川書店)

2010年の本屋大賞受賞作品。時代小説。渋川春海(1639-1715年)という、実在のお城の碁打ち衆の家に生まれた若者が、
算術に興味を持ち、時代の優秀な人々の力を借りながらその延長線上の天文学ー暦の作成。および改暦の実現にいそしむという物語。

出てくる人物が良い。へこんだり、やる気を見せたりする春海。算術の天才、一瞥即解の士、関孝和。北極出地観測隊を率い、後に改暦と渾天儀製作(地球儀の宇宙版)を春海に託し死んでいった建部昌明、伊藤重孝、改暦を春海に密かに命じた会津藩主保科正之、神道の師山崎闇斎、水戸光圀。登場人物のキャラが立っていて、ぐっとひきつけられるのだ。

魚屋の息子に生まれ京都に出て、吉田神社に仕える卜部吉田家の神道を継承し更に発展させた、神道研究家、吉川惟足の思想がいい。

「天照大神は世を治めた要領は、次の三つの他はない。

まず己を治めて正しくし、私をなくすこと。

仁恵を重んじて民に施し、民を安んじること。

多くを好んで問い、下情(世情)を詳しく知ること。」

神の働きを意味する<誠>、その働きに達するための<敬・つつしみと読みます>、実践の方法たる<祓い>。天地万物の本源たる神は、人間一人ひとりのうちにも在る、という思想。
ちなみに会津若松の藩主保科正之は、神道上の称号を取って、土津(はにつ)公と呼ばれるが、その土(はに)とは、宇宙を構成する万物の根源であり、その最終的な姿を意味しているのだそうだ。
神と霊と人の心を結ぶもので、神も霊も心も、結局は同じものが別の形をとっている。

沖方 丁氏によると「神道はゆるやかに、かつ絶対的に人生を肯定している」という。

禊の本意たる「身を殺ぐ」という言葉にさえ、穢れをそぎ落として清めるー意味はあるが、穢れを消滅させる。かがれたものを滅ぼすという意味合いはないらしい。

左手は火足すなわち陽にして霊。
右手は水極すなわち陰にして身。
拍手とは、陰陽の調和、太陽と月の交錯、霊と肉体の一体化を意味し、火と水が交わり、火水(かみ)となる。

拍手は身たる右手を下げ、霊たる左手へと打つ。
己の根本原理を霊主にさだめ、身、従う。

このとき、神は火水に通じ、神性開顕となって神意が下りる。
手を激しく打ち鳴らす音は、天地開闢の音霊、無に宇宙が生まれる音である。
それはアマテラス大御神の再臨たる天岩戸開きの音に通じる。

光明とは、いわば種々に矛盾した一つとなって発する輝きである。

恐れや迷いを祓い、真に求めるものを自らに知らしめ、清廉潔白となる。

・・・・・・・・・・なるほど。
俄然、神道に興味がわいてきました。

・松下幸之助に学ぶ人生論         飯田史彦(PHP研究所)

松下幸之助が、飯田先生の枕元にたたれ、この本を出すように依頼した、らしい。

といういきさつは別として、わりと普通な幸之助さんの本です。
すでに出版されている資料をまとめつつ編集したものである。

「願望の達成とは、願望の程度によって成り立つ」とか「やらねばならないと信じて行ったときに本当の勇気がわく」とか

「100人までは命令で動く。1000人になるとしてください、という心の柔らか味がないと人はついてこない。10000人になるとくださいでなく、頼みます。になり、更に数が増えると拝みます。という気持ちがないと動かないのやないかな」

「宇宙根源の力は、善人悪人の区別なく、全ての人間に平等にその恵みを与えているのである。」

「学問や体験によって認識した真理を、信じあう心の上にあてはめてなければならない。この信ずると言う心の働きを、正確な理解のうえにのせて生かしていくことが、信解両全」

「繁栄をもたらすものを、真理だと考えていいと思います。」

「完全な成功とは、恵まれない地位にあっても、貧乏な境遇にあっても、人に誹謗されても、心からほんとうにその逆境を愉しみ、笑いうることをいうのではないだろうか。」

という部分が、とても良かったです
by terasumonnmoku | 2010-06-10 23:58 | 読書 | Comments(0)

近況です

みなさま。おひさしぶりぶりです。
お元気ですか~?
わたしは元気です!

無事にセミナーも終わりましたがΣ( ̄◇ ̄*)
その節はお世話になりましてまことにありがとうございました!

CDを買ってくださった方、
「そんなふうに思います」と100万回くらい言ってしまってごめんなさい<(_ _*)> 

前進前進また前進、で、がんばります(* ̄ー ̄*)

ジムで身体を鍛え始めて一年半くらいたつのですが、このところようやく、身体を動かすのが楽しくなってまいりました。

わたしはこの人生でまともに運動をした経験がないのです。


ゆえに実に情けないアスリートぶりなのですが、
それでも自分を投げ出さずに続けていると、身体を動かす回路が、あちこちに形成されていく感覚ができてきて、とてもおもしろいです。
(いまだに鏡を見ると、たまに猛烈に自分を投げ出したくなりますが(∥ ̄■ ̄∥) )

筋トレも、言語や楽器演奏の技術の習得や、真理の自己探求と一緒だなあ。とおもいます。
訓練と発展的な試行錯誤の積み重ね。なんだなー。

しかし筋トレや学問はやらなくてもすみますが
真理の自己探求はしないわけにはいかないところがみそですね。
やらなくてもいいのかもしれないけど、
やらなければ同じこと(しかもあまり楽しくない!)を非効率的に繰り返してしまうことになります。

なぜわかるかというと、わたしは10年日記をつけていたからです(* ̄ο ̄)b~♪

人には慣性の法則が強く働いているようで、なぜか毎年同じ日に同じものを食べていたり、めったに会わないような同じ人に、不思議と会っていたり、同じ誰かと同じような問題で喧嘩していたりするものなのです。
(わたしだけ?じゃあないと思うのですが、10年日記を10年つけた人に会ったことがないので、もしそういう方で、明らかに自分は違う、という人がいたら教えてください!)

このスパイラルから抜け出すには、絶え間なく反省して自分の意識を変えてゆくのが手っ取り早い♪
ざっつ自己探求です(ほんとか?)

自己探求もやればやるほど自由度や、幸福感が増したりするメリットがありますが、
筋トレもやればやるほど体力がついて、自由に使える時間が増えるので、そういう意味でも同じです。

でも筋トレはやりすぎるとその日の自分が使い物にならなくなるので
日常との兼ね合いは重要ですね。

自己探求も駄目出しに偏るとかえって自分を制限してしまうことになるし
かといって、愛そのもの、幸せそのものというアファメーションを自分をごまかして問題がない振りをするために使ったりしていると(言うことで逆に、~無意識に~自分のマイナスに焦点を当て過ぎると)、行き詰まってしまう。
マイナスを100パーセント無視するか、あるいはなぜか意識的にやる~こういうところがあるように一見思われるけど、それは気の迷いであって、ハッピーそのものである自分の本質は疑いようもない、みたいな~分にはいいみたいなんですけど。

その辺のバランスというか、設定の仕方は慎重に考える必要がありますね。

そういえば徳ちゃんの波動日記に、確か自己探求についての記述があったので
持っている人はそれを見てください!
(右側のアドレスでダイレクトにいくこともできます。)
きっとそれを読むと良くわかると思います。
(最後はもちろん!まるなげです!)

ではまたお会いしましょう(  ̄ o ̄)_旦~~
by terasumonnmoku | 2010-06-09 23:45 | Comments(0)
みなさま、おはようございます!(今は真夜中ですが一応このままアップします)

もうすぐお昼でありますが、わたくしは朝4時起きで野球の応援に行き、二試合分、ぼんやりしたり叫んだりして帰って参りました(笑)

いやあ、親ってすごい。
みんなもすごいけど、まさか自分にこんな日が来るなんて・・・( ̄□ ̄;)!!

びっくり。

いまは個人的な日々の活動のほかに、町内会と子供会と少年団をやっているので
毎日いろんな人に、会ってます。

みんないろんな場所でいろんな顔をして生きてるんだね。
そういうのって、なんかすばらしいね。

はらわたが煮えたぎりながら、おかげさまで。といっているうちに、それが本物の「おかげさま」に育っていったり、
周りに合わせてベストを尽くしているうちに自分が誰だかわからなくなったり。

自分、というのは、長いこと真我が個性を持って自らを顕すための、手段にすぎない。と、思っていたけど

でもこれは手段ではなく、結果なんだ。ということがわかった。

個性を持った意識が過去に積み重ねた思考の結果。

おわりのはじまり。

だからいつも、今、この瞬間から、すべてがはじまっている。

ヨガの呼吸について考えていたあるとき
突然「息は道であり、実りである」という言葉が浮かんだ。

そのときは意味がわからなかったけど、自分、存在、というのは
たぶん呼吸にすごく似ているんだと思う。

吸う瞬間にわたしたちは実り、吐く瞬間にわたしたちは死ぬ。

行程の全てが道であり、岡倉天心の茶の本風に言うと、それは開かれた祝祭である。

アンドレ・ジッドも同じようなことを語っていたそうな。

ー私はけっしているのではない、私はなりゆく(Je ne suis jamais, je deviens)-

そんなことを考えていた先日の朝、わが息子とうもろこし一号が言いました。

「ぼくは今朝、ごはん茶碗を卒業しました。」

「え?」

「今日からどんぶり学校に入学します」

きみもまた、日々、別のなにかに「なって」いるのね(笑)
by terasumonnmoku | 2010-06-03 22:44 | Comments(0)

宇宙真理哲学講師、らくがきすと、即興ピアニストぷらす社会活動家(過労自死遺族当事者)働くことから世界を変えるをモットーに、さまざまな活動をしています。合言葉はREBORN.大事なのは、生きることだ!


by terasumonnmoku
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