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みんなのすてき

ミクシイで、みんなの日記を読んでいて、ものすごくハッピーになりました!

くみちゃんの、熱い情熱の日記!
Heartさんの、美しい日記。
じゅんちゃんの、可愛い日記。
迷いが吹っ切れて、とても深く温かい目をした徳ちゃんの、わくわくでビートのきいた日記。
そしてやっちゃん!
ぱんぱかぱ~ん!!!!!!!もう、強烈に、おめでとう\(^o^)/!!!!!!!

やっちゃんの再伝授当日のことです。
大津さんのセミナーを受けていたら、その真っ最中に、金色に輝く、まんまる笑顔炸裂な人が、わたしのハートの中に突然、やって来ました。

誰だろう?と思っていると、後から、まったくそれと同じ笑顔をしたやっちゃんが、遅れて登場したのです。
わたしは笑ってしまった。

(やっちゃんと、わたしのハートの中にやってきた人とは、顔は全然似てないのに、どう考えても笑顔が一緒の本人なんです。笑いすぎて、顔から笑顔が取れそうなの!)

わたしとやっちゃんは宇宙ができたころからの仲間でした。
そのころのやっちゃんは、確かにいつも満面の炸裂笑顔だった(・ิз・ิ) ノ
生きる喜びに満ち、輝いていて!
( 人間じゃないので、顔はありませんでしたが。)

でもこの世界でであった彼女は、人のすばらしさは見えるのに、自分のすばらしさにはつながっていなかった。

時として生きる喜びにあふれるものの、周りがちゃんと見えないわたしと、

世界のすばらしさは見えても、自分の喜びを感じられないやっちゃんは

まさにネガとポジのように対称的で、
そのまさに自分に向かって閉じあっている部分で、
エネルギー交流がおこらない。という感じ。

不思議なことにやっちゃんがよろこびにぴかぴかしてくると、なぜかわたしも、みんなのすばらしさがよくわかるようになってきた気がします。

エネルギーだけでなく、形をもってはじめて立ち上がる、みんなの中のやさしい気遣いとか。
共鳴しあう美しさとか、
うまくいえないけど、どちらかというと分離してはじめてわかる、客観的な美の様相が。

このひとはこの局面でこういう心配りをするんだ。とか。
このひとのやさしさは、こんなふうにちょっと形を変えて出て来るんだとか。
そういうのが前は全然見えなかった。

なんたって自分と人の区別がついていなかったので(笑)
エネルギーに振り回されて大変なことになっていたのです。

人って、美しいな。
みんななんてすばらしいんだろう。

内側だけでなく、頭と心と、体を使って顕れようとするその全てが
こんなにもただただ美しいものだとは思いませんでした(;。;)
泣ける(;。;)

Heart さんの日記を読んで、その学びの始まりと推移と、日記に刻み込まれた波動の美しさに涙し、
気付きました。

いままでわたしは、愛する。ということができていなかったんだと。

なぜなら、「愛する」ためには、一度きちんと、世界から分離する必要があるから。

「愛し」「愛される」ためには、「ひとつ」から別れなくてはいけない。

でもそのとき、愛がハートの中心に定まっていないと、自分が誰だかわからなくなります。

それはとても怖い状態で、そこから逃れようと、闇雲に愛されること、認められることを求めさまよう。
他者によって自分自身を確認しようと必死になるのです。

形を持って、分離しながら、愛が定まっていないということは、恐怖です。
それをほかに探さなくてはいけないのです。

自分がある。ということは、愛がハートの中心に定まっていること。
その上できちんと分離して、 その愛を他者のうちに、世界のうちに見出すということを、わたしたちはしているのでしょう。

すると愛そのものであった一つの状態より、よりすばらしい共鳴がそこに沸き起こる。

だからわたしたちはわざわざ、こんなにも分離した世界を創ったのだ。

そしてそして、じゅんちゃんの日記を読んで、また反省しました。

わたしは男性とメールのやり取りもばんばんするし、デート(まあ、一対一で会うことをデートと言うのであれば)もしまくっているのに、ひどくやきもちやきなんですよ(笑)

分離していないということは、未熟で幼児的なことでもあって、
おれのものはおれのもの、おまえのものも、おれのもの。みたいなことを、平気でしていたんだなあ~。

うーん。悔い改めよう。そして新しい人生を生きよう。

むはあ~。

ところで、レゾナンスの新しいホームページができました。
最高に素敵なんです!

みんな見てね☆

追伸:先日やっちゃんパパ(過去生の・笑)マスター伝授の際に、
やっちゃんのこの「顔から取れそうな笑顔」の話をしたら、
さすがはパパだけあって、「まったくそのとおりの状態なんですね!」とわかってもらえました。

わたしの形容がいかにリアルであるか。きっとそのうちみんなにもわかる日がくるでしょう。
なんちゃって(笑)
by terasumonnmoku | 2010-08-24 11:12 | Comments(6)

1Q84

・1Q84  BOOK3  村上春樹(新潮社)

一月近くかけて読んだ。最後はよかった。
うちののんちゃんと最近読んだ本についての話をしていて

空気さなぎは、四次元と三次元、あるいはもっとほかの世界をつなぐ、通路のようなものなんだと思う。
という自分の感想を言ってみたら、
「そうかもしれないわね」としばし考えた後で、「でもそれは男性の通路であって、女性の通路ではないわね」
と答えが返ってきた。

確かに。

ここでわたしは四次元ということばを、物質界に対置する心の中の世界。
と言うような意味合いで使っているが、まず心の中に作られたものが、次の段階として物質界に生み出されるーと言う順序のようなものを考えた場合、女性にはわざわざ「空気さなぎ」を使う必要性はぜんぜんない。

産めばいいから。

男性と女性はネガとポジが反転しているよう。

男性は現実の上にロマンを構築し、女性はロマンの中に現実を手繰り寄せようとしている。

わたしたちは、その一種脳梁的な、長~いトンネルの真ん中で、出会うようにできているに違いない。

・王様ゲーム         金沢伸明 (双葉社)

モバゲータウン(携帯小説などの無料でさまざまなエンターテイメントが楽しめるサイト)で閲覧数1700万突破の、大ヒット超絶ホラー小説。
とうもろこし一号の野球少年団で、大ヒット。
ぐるぐると回し読みされるその本を、とうもろこしの横から取り上げて読んでみました。

とある学校のクラスに、王様からのゲームの指示メールが届き始める。
従わないものにはつぎつぎと罰が下される。

キスとか性交とか、年頃の男の子が好きそうな命令がさくっとあり、その罰が首吊りとか、失血しなど、すさまじいもので、そうでありながらゲームの説明は一切ない。

そしてだんだんみんな死んでしまうのだが、壮絶な状態でありながら、あんがい執着なくさらっと死ぬ。

バトルロワイヤルに似ているけど、熱いものとか、滾るものが感じられないのがとても不思議。

さわやかな、八墓村みたいなのだ。

でもおもしろく、一気に読んでしまった。残念なほどおもしろい。このおもしろさは、なんなんだろう。
もうちょっと良く考えてみよう。


・知らないと恥をかく世界の大問題   池上彰(角川SSS新書)
by terasumonnmoku | 2010-08-23 18:04 | 読書 | Comments(0)

息子のとうもろこし一号と一緒になって、スイカにジュースに、毎日二個ずつのアイスを食べていたら、何年かぶりに胃と、頭が痛くなってしまいました。
(いやいや、ほんとうは、意識の使い方を間違えたんですけど・笑)

それで、父・母・妹と一緒に、家族四人で仲良く、実家のそばの整骨院に行ってみました。

そこは普通の保険診療もするのですが、保険外の針と、お灸と整体もやってくれるのです。

ちょっとカリスマ性のある、目の見えない女性の先生が
両手の脈を診ながら、頭と手に、どんどん針を刺してゆきます。

その先生は、まじめな顔をして(実際は寝ていたので、顔を見たわけではありません)、この二ヶ月くらい、大変だったでしょう。とさくっと語り、
(この根拠は大殺界とか、いわゆる細木和子さん的なものだと思います。)

わたしの身体は頭にエネルギーが集まりやすく、血が上りやすい体質であり、特におなかを冷やすとその症状が激しく出るので、体が冷えるような甘いものや、冷たいものは摂ってはいけません。

と、言われました。

頭を使いすぎる。のだそうです。

そんなにハードに自分を追い込まなくても、あなたの疑問には、必ず答えが見つかるようになっているから、大丈夫よ。


確かに、あることを、今この瞬間、無理やり分かろうとしていたので、頭は大変疲れていたのです。

いまのわたしが、それをなんとしても理解しようとしていたので。

解は、もっと進化した自分しか持っていないのに。

エゴでがんばってわかろうとして、頭が痛くなる。ってことをやりたかったんだろうなあ~。

いつもはもっと長期戦で、何年同じ問いを抱えていても平気なんですけど。
それに最近は受発信がだいぶうまくなったので、そんなに時間も掛からなくなっていたのですが。

家に帰って大津さんのセミナーに出て、あ。

と思いました。

やれやれ。

またやっちゃった。

宇宙じゃないって、結構おもしろいね。
(疲れるけど)

ところで、針を刺すのは、患部に滞った気の流れを整えるためなのだそうです。

気の流れと言うのは電気信号の一種だそうですが、それが経絡にそって刺した針によって、微妙に調整されるらしい。

ぼーっとした頭が、おかげさまでかなりすっきりしました。

この気の滞りなのですが、滞っているところが患部、なはずなのに、
病気の人をエネルギーで見ると、その患部の部分だけ、ある意味、元気いっぱいに見えるんです。

ほかの丈夫なところの元気を、自分の意志でかき集めて、集中的に患部にパワーを注入している。。
というふうに見える。

でも、自分の頭が痛くなると、自分がそれを作ったりやったりしている。
と言うふうには思わずに、

とたんにひどく受動的になり、

なんとなく、運命からひどい目にあわされている

ように思えてくる。のが、不思議です。

自分でやっていて、ものすごく矛盾している。

このへんが、分離してあることの、醍醐味ってやつなんでしょうか(・ิз・ิ) ノ 。?

まだまだ暑いですね。

というわけで大人なわたくしとしましては、

アイスは、一日一個に制限することにしました。

最近、がりがり君のチョコリッチがお気に入り☆
by terasumonnmoku | 2010-08-23 12:03 | Comments(0)

真理についての考察

木ーとしての根本原理:二元論の学びの時代は終わった。これからは愛一元の時代である。
            
二元論ー通常は、事物が二つの異なる根本原理からできていると考える。宇宙の根本原理を精神と物質の二実在とする考え方(デカルトの物心二元論)が有名。

レゾナンスでは二元論ー事物を物質と精神、光と闇。善と悪。など二つの局面をもったものに分離することー、によって、ものごとに価値判断を加え、一方に否定的意味づけを与え、意識の中に汚れ(苦しみ)を作り出すことを可能にした。と解釈。

分離の前の、「すべてが一つ」の段階が「愛」であり
 
               また、「愛一元」の考え方の展開系が
       
               わたしは悟りである。
               わたしは愛である。
               わたしは幸福である。
               わたしは美である。
               わたしはありとあるすばらしさである。
               わたしはどんどん成長発展し、世界とともに自らを更新する。

               などの文言となる。
               (愛は巨大な意味を持った世界の構成要素であり、この言葉の中に
               全てが含まれる)


               わたしーと世界ーは分離されていないがゆえに
               上記の「わたし」はすべて「あなた」に置換可能である。 

この根本原理を説明する方法は、人の数だけ(あるいはそれ以上に)存在し
それを「枝」と呼ぶ。

枝は多くは仕事や、家庭生活、その他発展的に生きていく全ての場面に用いられる手段をさしていて、ここでわたしたちはこの根本原理ー真理を、表し、生きることができる。 たとえば、この文章も枝の一つ。

愛一元ーの状態にも、段階があり、その一元状態が深まれば深まるほど、幸福感は高まり、創造性は増大し、いわゆる宇宙と調和した状態となる。

ちなみにこの愛一元の状態(悟り)とは、言葉だけのものではなく、あたたかく柔らかく、かつかなりな効力を持った実在のエネルギーであり、人を癒し、霊的な救済を与えることを可能にする。

興味のある方は→のレゾナンスセラピーのホームページへどうぞ(* ̄ー ̄*) ♪



*考察中につき、なにか問題があれば訂正します(・ิз・ิ) ノ 。気になるところがありましたらどうぞご連絡ください!
by terasumonnmoku | 2010-08-12 22:53 | Comments(0)

蓮祭り

にいってきました!

準備してくださった若柳の皆様!
ほんとうにありがとうございました<(_ _*)> 

温かな送迎にはじまり、受付、ゲームのようなかわいらしい部屋割り、大津さんのお話とみんなで受けるエナジー、心づくしのご飯と、朝まで続く魔法のような時間にただただうっとりしているうちに、あっというまに時は過ぎてゆきました。

楽しかった!

特に、あのエナジーはすごかったですね066.gif066.gif

愛がじわじわとハートの中で深まってくるような

軽いのに奥深い。
明るいのに味わいがある。
そんな感じのするあたたかな、瞑想空間でありました(;。;)
みんなと一緒に体験することができて、ほんとに嬉しかったよ(;。;)

翌日蓮沼を船で行きながら、音楽を感じました。

今年の蓮は、唄を歌うんだな。

と不思議に思って船を下りると
クリスティーネさんが、水の上で、椿姫の「乾杯のうた」を歌っていたの。
と教えてくれました。

蓮の花も、きっと嬉しかったんだね。

わたしの船から、クリスティーネさんの歌声は聞こえなかったけど、蓮沼全体に音楽は響いていました。

耳に聞こえない音楽。なんて、変でしょう?

でもそれは確かにあって、音楽としか言いようのないものが、湖面全体を満たしていたのです。

音楽は、私たちに感じられる以上に広がりを持つものなんだろうなあ~。
なんたって、聞こえないところにも届くんだもの!

そのとき船の上で、子供たちにと、船頭さんからいただいた蓮の花が
今朝花を開きました。

酷暑の中、大変な思いをしつつ家に連れてこられて
でもちゃんと咲いてくれたのです。

明け方、ひとしれず、ぽん!と音を立てて開いたのかな。

蓮沼の蓮と同じタイミングだったりして!

例年蓮祭りはどうしようもなくハイになり、朝まで興奮状態で話し続けてしまうのですが
今年は、なんとか完徹は避けられ、一時間だけ寝ることができました。
(そのかわり、chandra-k さんを明け方組に引きずり込みました・笑・やりい!わたしではなく真我が・笑・彼女を必要としたのです♪)

参加メンバーもずいぶん入れ替わり、今年の蓮祭りは未来のわたしたちを予感させるものとなりました。

みんなで話した内容も、明日を作るような感じがして、とても嬉しかったです。

若柳のみなさま、そして今回一緒にセミナーを体験してくださった皆さま、
ほんとうにありがとうございました!

そして今年はおしくもご一緒できなかった皆様
いつかぜひ、一緒に完徹付近を経験いたしましょう。

目くるめく明日があなたをきっと、待っています!

なんちゃって(笑)
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by terasumonnmoku | 2010-08-10 17:51 | Comments(0)

ノーチラス

歯の痛みをAUFHEBENしようとしたが、やっぱり痛かった!

と言う お芝居を見た。

アウフヘーベン、なんてなつかしい!!!
この言葉に接したのは、高校以来。

人間の成長段階を、経験の昇華昇華といっていて、
いまいちピンとこないなあ~と常々悶々としていたが
わたしが探していたのは、この言葉かもしれない。

矛盾する諸契機の統合的発展。
止揚または揚棄。保存する。廃棄する。高める。の意。

ヘーゲルだ。

「弁証法的発展では、事象は低い段階の否定を通じて高い段階へ進むが、高い段階のうちに低い段階の実質が保存されること。」

しかし、痛かった!けれども

このお芝居では、物語は歯の痛みではなく、アウフヘーベンの象徴たるうなぎのオペラ歌手の唄、で終わるのである。

こうだ。

この世の高みはチョモランマ?
この世の底は日本海溝?
この世の重いは象?くじら?
この世の軽いは蚊?のみ?
この世の明るいは太陽?ダイヤモンド?
この世の暗いは深海?死の淵の暗闇?
ノーチラス
この世のすべてをその手に持つ
この手の中の2万マイル

実に劇的だ。

唄は場内を圧倒する。
場が音の光に包まれる。

うなぎの唄は、お世辞にもうまい、とはいえない。
が、不可思議に心を打つのだ。

それは音楽の力を持ち、旋律は揺れながらも豊かに翼を広げ
見ているわたしたちを、別の世界に連れてゆく。

問題は、このうなぎが、登場人物の誰ともその世界観を共有していない点だろう。
しかし、その齟齬こそが、芝居、やわたしたちの未来なのかもしれない。

革命そのものが大好きだったチェ・ゲバラ
のなれのはてのネモ艦長に、かつて出合った全共闘のリーダーの姿を重ね合わせた。

当時教えを受けていた作家の先生に、
連れて行ってもらった元闘志のアパートには家具がなく
がらんとした室内の床に、じかに布団や、
ワンカップ大関の空き瓶や、ティッシュや、洋服が、
控えめに散らばっていた。

当局に睨まれて就職もできないから、ちり紙交換で生活している。
と、もじゃもじゃの癖毛で、透明な水のような表情をして、そのひとは言った。

かつての闘争について聞こうとするが、なかなかのってこない。
びっくりするほど、攻撃性がない。

大した話ができないのはわたしの勉強不足のせいだ。
と深く反省したが、
彼がやってきたことと、そのとき周りに漂わせていた清明性が、
わたしのなかでどうも収まりがつかず、
長年その佇まいに疑問を持っていたのだ。

あれはもしかすると、妄想の暴走の果てに、彼の中で何かが決着を見た、その後のかたちであったのか!

と、このお芝居を見て思った。
それなら、戦いの話にどこか虚無感が漂うのも腑に落ちる。

その姿は、革命家と言うより、酒をやめたアル中のひとや
ドラッグをやめたジャンキー、に近かった。
(ジャンキーの知り合いは一度やめ、またその道にもどって消えてしまったので、断言するのもどうかと思うが。薬の話題になると未練ありありの別れがたい恋人についての話をしているのようなニュアンスが漂うのだった。これが進化すると虚無感になるのか。もしかして。)

それも一種の革命運動であり、個人的な革命の勝利だったのかもしれない。

コントロール欲求を脱すると言うか、解脱する。次の段階に行く。あるべき姿に対する執着を手放す。

(そして純粋な自己構成要素ーそれぞれの学びの趣味的な部分ーのみが、
高い次元で保存というか別の展開の契機となるのが、アウフヘーベンなのだろう。
だからこのドイツ語訳に保存と廃棄と止揚というのがはいる。)

それを社会的な規模でやるか、個人の内部でやるかの違いはあるにせよ。

心にあるエゴや暴力や、一面的な善意の発露が穢れなくアウフヘーベンすると
ひとはみんな水のように美しく、すこしだけ神に近づくのかもしれない。

近づく。

戻る。

内なる神性を発揮する。

ちょうど、美しく愛し合う家族を持つ、うなぎの歌手の、輝かしい歌のように。

石川裕人さん。TheatreGroup OCT/PASSのみなさま!
すばらしいお芝居をありがとうございました!

(石川裕人作・演出ー100本目記念作品!!!!!!!!
TheatreGroup OCT/PASSの方々の
ノーチラス~我らが深き水底の蒼穹~というお芝居です。

海底二万マイルを下敷きに、
すばらしい妄想の数々がダイナミックに繰り広げられます( ̄Д ̄)ノ!
夢破れ感満載の色っぽいネモ艦長や、紛れ込んだ人間、歪んだ時系列、変な生物たちー変な生物の癖に、なんかとっても生真面目だったりするーとの絡みがめちゃめちゃキュート!

超おすすめです♪♪
まだ見ていない人はぜひ、ぜひ!8月7日まで!)
by terasumonnmoku | 2010-08-02 18:16 | Comments(6)

生きる意味が見つからないなら、自分で創って育てちゃおう!というブログです。やっていることはさまざまですが、常に生きることに向かっています。

by terasumonnmoku
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