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sakura

ひーこちゃんと完熟マンゴーさんと一緒に、お花見に行ってきました。
霧雨にけぶる桜の花は、
たとえようもなく美しい。

遠くから見る桜は気体のようですが

近くで見る桜は花のようです(花です。当たり前です。)


遠くから見ると、エネルギーがよくわかって

一本一本の個性の違いも際立つけど

接近しすぎると

桜という花にしか見えない(笑)


完熟マンゴーさんと話していて

人間も同じかも。と思いました。

近づきすぎると、細部が恐ろしくクローズアップされて、全体が見えないの。




だから近くの人と
学びをするのかな。


地面に枝を堂々と伸ばした桜の木の中にいると

くっきりと輪郭もあらわなその花たちはあまりにも健全に見え、

桜の木の下にいると気が狂う

という坂口安吾的境地にはとてもなりません。

安吾の桜の森の木は、みんなきっとものすごく背が高かったに違いない。



一週間前、完熟マンゴーさんとやっちゃんは、同じ場所に花見の下見にきたそうです。

そして、行楽客の間で

へそ呼吸をしたそうです(笑)

へそ呼吸をするためには大地に寝そべる必要があるみたいで、今日は雨だったのでそれはできませんでしたが、実にへそ呼吸にふさわしい桜が

そこにはいっぱい咲いていました。


そうだ。

いぜん石井ゆかりさんの「青い鳥の本」http://www.crispysand.jp/#home/右下をクリックすると出ます。というのでその日の言葉を出して遊ぶ、というのをやってみたら


普通に見る愛は、レタスやバラの花びらといった

鮮やかな色や、形をしたものですが


実はそれらは、土の中で育ち、芽を出します。

愛という形も、深い部分では

全然違う見え方をするものです。


というようなことが書いてあって、

これはもしかして、桜の見え方に、

似てるかも。

と思いました。



桜のエネルギーも

桜という名前の花も

愛の一つの側面でしかないんだろうな。



幹の中で流れる樹液とか

ぷっくりと開いてゆく芽とか

植えられてから枯れるまでの悠久の時間とか

花を見てくれた人の

記憶のかけらの集積とか


桜のピースは、受け取る人の器の大きさだけ、きっと存在するんだろう。

どこまでもふかまってゆく世界に、うっとりする、2011年の春でした。
by terasumonnmoku | 2011-04-22 23:06 | Comments(0)
物事に変化を起こすためには、行動と、祈りの両方が、

かつその行く先に、明確なビジョンが、

描かれる必要性があります。



原発への祈りも、反原発運動の目的も、

安全で幸福な当たり前の毎日。という点では、一緒です、。



いまなお続くFUKUSHIMA第一原発事故の可及的速やかな決着と

スムーズに進む後処理後の世界を、




新しい福島の誕生と、私たち自身の希望ある未来として、



できるだけたくさんのみなさんと一緒にイメージしたいと思い、

この絵を描いてみました。


ブルーと金の光が、原発の建物の内と外を満たしてゆくような感じで

新しい希望に満ちた未来が、ここから始まってゆくような気持ちで

この絵を通して、福島を思ってくだされば、幸いです。


福島のイメージを、変えたいと思います。


もしご賛同いただけましたら、この絵を拡散してくださいませんか?


データーとして転送してくださってもいいですし、
あるいはなにかにプリントして画像として使っていただいても結構です。

個人的にわたしが知っている方で、
この絵のはがきを配ってもいいという方がいらっしゃいましたら、
ぜひメッセージください。

印刷して、お送りいたします。

どうぞよろしくお願いします。

2011年 てらすもんもくこと、
c0195362_2211795.jpg
珠子
by terasumonnmoku | 2011-04-22 22:12 | Comments(6)
とうもろこしが、幼稚園に通っていた頃、同じクラスの子のお母さんが

「あたし、胃が痛い。きっとそばに胃が痛い人がいるんだ。一刻も早く薬を飲んでほしい。あたしのために」

と言った。

ある朝。突然に。
なんの脈絡もなく。

めちゃくちゃなようだが、そういうことはよくある。

なぜこんなことを書いたかというと、久々に胃が痛くなってしまったからだ。

大津先生に会って、精神的に安定するまでは、毎日胃が痛かった。
こんな感覚はひさしぶりだ。

感覚器官がどこか常に全開している。

ので、苦しんでいる人を見ると、それだけで「自分が」(泣)苦しい。

人間的に(エネルギー的に?笑)ようやく少し成長し、
個別の痛みにはさほど影響されなくなったけど、
いかんせん今回は、苦しむ人の量が多すぎる。
ナサケナイことに、全力で胃が痛い。。。。。

イマコノシュンカン

セカイジュウノスベテノヒトガ

シアワセイッパイ ナラ イイノニ

実のことを言うと、東京に行った時も、nahoちゃんに泣きついて、
さんざんヒーリングしてもらったのだ。
(ああ。nahoちゃんありがとう(ToT)/~~~ )

その時はまさに「みんなが感じた地震の痛み」だったけど、いまはたぶん、原発関連の痛み。

レゾナンス仙台で
義援金ヒーリング(ヒーリング代金を義援金にしますというもの)を受付中。
という日記を見て

サクサクと行って、早速ヒーリングしてもらいました。

徳ちゃん、やっちゃん二人がかりのすごいゴージャスなヒーリング。

やっちゃんにモニターしてもらって、ヒーリングしてもらう。

それを受けながら、自分の、感じ方を調整してゆく。

不思議なことに、原発はいらない。といわれると、すごく胃が痛む。

放射能汚染をみんなが恐怖するエネルギーと、

原発がいらない。と主張するエネルギーと、

そして放射性物質そのものから、ダイレクトにわたしが感じるエネルギー。

これらは(たぶん世の中のほとんどの人には正反対に感じるかもしれないけど)

わたしにとってはまったく同じものだ。

敵意と拒絶。破壊のエネルギー。

原発を作り出す原因になったものを、

せっせとみんなで、また創りだしている現場を
わたしは見ている。

福島第一原発は、
わたしたちに全然違うことを教えてくれようとしているのに
火事に灯油を注いでいる。

という恐怖が(ということはこれも破壊のもとだよね)

胃のあたりでチクチクとする。

ヒーリングで高いエネルギーを入れてもらいながら、ゆっくりと自分の恐怖から手を放す。

理由も根拠も必要ない。

ものごとはただあらわれて、そして還ってゆくだけ。

こわいことなんて

なにもない。

シアワセト フコウガアルノデハナク

ソコニハ ワタシノミタイモノガ ウツル

やっちゃんと徳ちゃんの助けを借りて、

わたしは全力で、そこに集約された自分の恐怖を抱きしめる。

こわいことなんて、
なにもないよ。

だって未来にはすてきなことばかり。

ワタシハ コレカラミルユメ ヲ ジブンデ センタクスル

やっちゃんと徳ちゃんは、ものすごく体から遠い外側のエネルギーフィールドを、盆踊りのような不思議な手つきでヒーリングしてくれた。

そんなところをヒーリングしてもらったのは生まれて初めてだったけど
ものすごくからだが軽くなり、すっきりした。

へんなものが、いっぱいたまっていたそうだ(笑)

すてきなエネルギーをほんとにありがとう。

明け方、夢を見た。

家庭が崩壊する夢と(笑)

M8級の地震があって、壊れたビルから這い出して、パンを買いに行く夢の

ご丁寧に二本立て。


ちゃんと表面意識が理解できるように

ヒーリングを受けることによって、フィールドにおこった変化をせっせと整理しているのだろう。

大切に育ててきた恐怖の種が、いまなくなってゆく。

みんなも今までの長い人生でそうしてせっせと溜め込んで、

こんがらがってしまったいろんな状況から

少しだけ手を伸ばして

抱えている苦しみの形を、

深くあたたかく、やさしいものに変えながら

それぞれの毎日を
一生懸命に生きているんだろうな。


と思うと、

なんだかすっごく、ありがたいような気がした。

うまくいえないけど。

なんでだろう。

みんなでそれをやってる。ってところにかな。


みんなでやっていることが

ふいにわかったから。




一緒にいてくれてありがとう。
by terasumonnmoku | 2011-04-15 14:54 | Comments(0)

MEMO14/Apri.2011

・変える!ということは、つなぐ!!!!ということ。
 そのもののあらわれの、もう少し深く高い次元に。
by terasumonnmoku | 2011-04-14 11:13 | Comments(0)

3月11日(金)

完熟マンゴーさんとやっちゃんのヒーリングセミナーに行く予定が、とうもろこし体調不良(インフルA型)のため自宅待機に。

とうもろこしは、インフルエンザにかかると、いつも信じられないほどぐったりする。

やっちゃん、完熟マンゴーさん、まいまいちゃん、えこちゃん?みんなに遠隔ヒーリングしてもらって、ぐんぐんよくなり、熱も下がる。

前日までの絶食状態がうそのように、食欲も戻った。

(みなさん(ToT)/~~~ ヒーリングありがとうございます m(__)m。あの震災のさなか、とうもろこしが、元気に復活したのは、みなさんのヒーリングのおかげです(ToT))

遅めのお昼ご飯を食べた後、買ったばかりの46型テレビでとうもろこしと「自虐の詩」という映画を見る。

従順な妻中谷美紀かしづく夫の阿部寛が、やたらにちゃぶ台をひっくり返す物語。

さあ!またちゃぶ台が!っというところで大地が揺れ始める。

突き上げるような縦揺れ。そして激しい横揺れが続く。
終わらない。全然終わらない。

とうもろこしが、かあちゃん!これいつ終わるの?
と不安そうに聞く。

だいじょうぶ。必ず止まるからね。

食器棚が倒れる。箪笥から大きなプリンターが転げ落ち、パソコンが逆さまになり、いたるところで物があふれだす。がちゃんがちゃんという物音。

どっどっどっと。がちゃんがちゃんがちゃん。どっどっどっ。がちゃんがちゃんがちゃん。

阿部寛の口をあけた超度アップの怒り顔で、テレビ画面がゆっくりと倒れはじめる。

テレビを抑えに立ち上がろうかな、と思うが、とうもろこしの頭を守るのに忙しく動けない。

何度か画面が点滅しながらふっと消え、同時にテレビが地面に倒れた。

始まった時と同じように、唐突に揺れが少なくなる。

揺られながら、家族とつくば出張中の夫にメール。

<とうもろこしも私も無事。>
(のちに連絡が全然つかなくなったので、このメールはかなり有効だった)

揺れが収まると、あたりはシーンと静まりかえり、ものが散乱した部屋をかき分けながら、最低限の荷物を持って下に降りる。

建物はとりあえず立っている。

人がみんな家から出てきて、呆然と話しをしている。

寒いので車で待機。

エンジンをかけてテレビを見る。

M8.8?(のちにM9.0へ)

どうやらすごいことになっているようだが、まったく頭に入らない。

次々に余震が迫り、タイヤがバウンドして車体が揺れる。揺れる。

インフルエンザをうつすとまずいので車で待機していたが、

夜になってとうもろこしが、どうしても二人だけでは怖いという。
やむなく中学校の体育館へ行くことに。(ごめんなさいみなさん m(__)m)

ものすごく寒い。

スペースをゲットしてとうもろこしを寝かせ、冷たくひえたアルファ米が配られるのを手伝う。

試着室風の、ブルーシート製簡易トイレが6個作られる。

穴が大きく、危険な感じのトイレだ。

子どもの走る靴音。
夜中、アラビア語の話し声が響いていたのがシュールで
(なんでアラビア語とわかったのかというと、その朝、たまたま二人で「テレビでアラビア語」講座をチェックしていたから)
なんとなく菊池凜子の出ていた、バベルという映画を思い出した。

いま、日本の各地ではいったいどんなことが起こっているんだろう。
それは今後どのように連鎖してゆくんだろう。

間欠的に眠り、何時間おきかに目覚める。
車にテレビを見に行くついでに、携帯を充電する。

ニュースを見るも、起きていることがよくわからない。

いや、文字情報としては入ってくるのだが、そこに起こるべき感情が付いてこないのだ。
津波?
打ち上げられた死体?
原発?

言葉を認識するたびに、頭の中が真空になる。
まるで、理解する、ということを、脳が拒否してしまったように。

みんなが無事でありますように。
どうかどうか
これ以上被害が大きくなりませんように。

興奮し、やたらメールを打つ。

夫と父と妹には連絡が取れたが、母とはなかなか連絡がとれない。
母は新宿あたりで、帰宅難民になっている模様。

友人にも一生懸命メールするが、連絡がとれないひともいるし、取れる人もいる。

今まさに真っ最中なのだ。
今晩がすごく大事だと思い、
どう心をもっていけばこの災害が穏やかに収束してゆくのに役に立つのか、
東京のnahoちゃんから大津先生に聞いてもらう。

そして安否確認もまとめてもらうようお願いする。
(ありがとう(ToT)/nahoちゃん!その後、安否確認他はやっちゃん、徳ちゃんがまとめてくれるようになった。)

黄金のハートからすべての魂に光りが降り注いでいるようにイメージするんだよ。

羅針盤のように、大津先生のライブな言葉がわたしたちの行く道を照らしだしている。

体育館はほぼ満員状態で、所々でストーブを付けている人がいた。

島のように人が集まっているところがある。
いろんな国の人がいる。

知った顔もたくさんいるはずなのに、真っ暗で、影絵のようにしか人が見えない。

用を足しに外に出るたびに、星があまりにも多くてきれいで、びっくりする。

近所のKさんが、せっかくだから、図鑑で星座を調べましょう。
といって、本を取りに行った。

ついでに自分も、毛布と、食料を調達しに家に入る。

ガラスが割れているので靴のままものをかきわける。

街中が、世界の終りを迎えたかのように静まり返っている。

街路は物音一つしないし、車も通らない。

まるでキリコの絵の中に入ってしまったよう。

いつも町の灯がじゃまで、星を見るために、夜の電燈はぜひ消えてもらいたいと思っていたが、そんなことを思うんじゃなかったと心の底から反省した。

このようにして震災一日目の夜が終った。
by terasumonnmoku | 2011-04-09 22:59 | Comments(5)

真理セラピスト・らくがきすと・即興ピアニスト+社会活動家(過労自死遺族/東北希望の会代表)幼少時より、生と様々な死から多くのことを学んできました。11年のセラピスト経験があり、仕事ではいのちのすばらしさについての、エナジーーワーク的なセッションやワークをしています。頭を現実的に使いながらメルヘンな世界を実現させていきたい。社会問題、スピリチュアルな仕事や宇宙のこと、日常について書いています。


by terasumonnmoku
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