らぶりぶセミナー♡

ようやくここまできた(笑)

初めて予約投稿、なるものを試しています。

だからなんだ!という感じもしますが。(笑)

去年のクリスマスに、レゾナンスでやったセミナー以来、
ほぼ7か月ぶりにセミナーをやってみました(^○^) 

ご参加くださったみなさま。

ほんとうにありがとうございました!

今回は徳ちゃん、くみちゃんと合同の三人セミナーで

テーマは「からだを使った冒険」

くみちゃんはヒーリングについて。

わたしはお話とプチエナジー

徳ちゃんはヴォイスセミナーの体験版のような感じで

それぞれにからだと心のつながり、についてセミナーを展開しました。

ひさびさにみんなに会えて、ほんとにうれしかった(T_T)

こんなわたしが皆さんの前でお話をするなんて、すごいことだと思います。

いっしょに学びをシェアしてくださって、ほんとにありがとう(泣)

署名もたくさん、いただきました。

らぶりぶのTシャツも、みんなで着ようね☆彡

楽しいことをいっぱいいっぱい、体験してゆきましょう。

しあわせを生きる学びをするわたしが、今回のような体験をする。のはなぜか。という疑問にちゃんと答えられたかどうか自信がないのですが、

それはやはり、「学び」としか言いようがないのだと思います。

「震災」の規模の大きさは夫の魂としても想定外で、いかんともしがたい部分だったのだと。

震災がなくとも、いずれ今の時間軸で、相当なことはあったはずなのです。

それについてはお互いに、ある程度覚悟はできていたけど、そこまで強烈な体験が続けざまに起こるところまでは、想定されていなかったはず。

あまりにも完全な自由を獲得したがゆえに、ひとは、時として思いもよらない間違いを犯すことがあります。

それもまた、魂に必要な学びなのでしょう。

わたしにもその時々でいろんな感情が過ることはありますが、ベストは尽くしたから、後悔はない。

そんなふうにこれからも生きていきたいと思います。

みんなで。しあわせを創るために。

わたしは明日からとうもろこしと旅に出ます。

返ってくるのはお盆頃。

みんながこれを読む頃は、たぶんネパールの空の下です(笑)

しばらく更新はありませんが、そのうちひそかに復活するので気長にお付き合いくださいね!

ついでに、留守中ちょこっと仕込みをしかけてみました。

どうなるんだろう。

うう。

計画を説明し、息子に了解を取ると

いいけど。の後で

「母さんは、恐ろしい人だね」

と言われました。

いやいや。自分でもそう思います。

真理を学んでいて、ほんとによかった(泣)
大変なことになるところだった(ToT)/ 

では、みなさま、どうぞすてきな夏休みをお過ごしください( ̄ー ̄)ノ
by terasumonnmoku | 2012-07-24 21:38 | Comments(0)

フットサロン踏

お気に入りのあしつぼ屋さんをリンクしてみました(^○^) →

http://footsalon-tou.com/

痛いけど、効きます!

「ここが悪いから治そう」ではなく、「ここが通るといやでも健康になる!」という感じにさわやかに施術してくれる店長さんです(*  ̄▽)

ホームページの店内案内のしかけをクリックすると、「もまれながら笑う人」という、わたしの絵が見られます(笑)

横向きに笑っている絵です。(説明が必要なところがナサケナイ(T_T))

店長さんは平沢進というミュージシャンのマニアで(馬の骨というらしい)
店内にはいつも、彼の音楽が流れています。

わたし的には、彼の音楽には浄霊効果があり、見せてもらったコンサートDVDの中の平沢氏は、あたかも集団浄霊の祭祀を行う神官のよう(笑)

そもそも音楽って、そういうものだったのかもしれませんね。

実際のコンサートは、会場やインターネットなど、さまざまな方法でアクセス可能な、壮大なバーチャルゲーム仕立て。オカルトと科学な感じがおもしろいのです。

そんな感想を言うと、店長さんは平沢進さん本人が主人公として登場する「ほんとにあった怖い話」の中の漫画を見せてくれました。

彼はそういう存在を呼んで、浄霊するという世界が、きっと好きなんだろうなあ~

平沢進さんは、実人生においても不思議な体験をしていて

立て続けに9人の友人が亡くなる出来事が続いたころのこと
偶然出会った少年に

最近トンボをたくさん見るという話をしたら、

「まわりでたくさん人が死んだんじゃない?」
といわれたことがあったのだそうです。

「死んだ人は、トンボになって親しい人のところに戻ってくるんだよ」

トンボの留まる位置によって、誰が来たのかわかるらしい。

それを聞いて、以前自分が見たトンボのことを思い出しました。

羽の一部をかすかに蜘蛛の糸に絡まれたトンボを見かけて、

可哀想で、助けようとしたことがあったのです。

蜘蛛の巣に触っているのは、羽のほんの一部だったのに、助けようとすればするほど糸はトンボに絡みつき、どんどん状況がひどくなってくる。

結局、糸にぐるぐるまきにされた状態で、トンボは地面に落ちていきました。

こんなことなら、蜘蛛の餌になっていたほうが(命を生かすという意味では)幸せだったのに、
わたしの中途半端な介入が、かえってトンボの一生を無駄にしてしまった。

大変後悔したことを覚えています。

人の一生もそれに似ている。

ただ違うのは、人は自分が作った蜘蛛の糸という牢獄から、自分で自分を解放することができる。ということです。

先日どういうわけか一緒に飲むことになった、どこかよれよれ感の漂う男性が、こんなことを言ってくれました。

「自分で調べて、自分で分かったことだけが、自分を蘇らせてくれる力を持っている」

ほんとだと思う。

ただ難しい状況で、それができるほど自分を信頼するというのはなかなか難しいところなので、

わたしたちはお互いに、
お互いのあたたかさで支えあうことによって、

自己に向き合う勇気をはじめて得たりしているんだろうなあ。

ほぼ6カ月ぶりにフットサロン踏に行った夜は、労働基準監督署の面談前後でかなりナーバスになっていた時期にもかかわらず、あっというまにぐっすり眠ってしまいました。

店長さん曰く、いろいろな効果があるらしい(笑)

まあ、人生いろいろありますが、みんなで助け合って穏やかなしあわせを創っていきましょう☆彡

フットサロン踏、お勧めです!未体験の方はぜひ一度お試しください(^○^) 

 
by terasumonnmoku | 2012-07-23 22:10 | Comments(0)

カンタ!ティモール

知る人ぞ知る、映画のタイトルです。

これを読んでくれている皆様は、きっと徳ちゃんのブログでもこの映画の自主上映のことを知っているはず!

実は私はこの映画をまだ見ていないのですが

今、個人的にもっともホットな「過労死防止基本法の成立を目指す運動」に共通するものを感じて
勝手に宣伝し、チラシを配り、お店においてもらって歩いています(笑・いいのか、そんなことで!)

宣伝するために、デンジャラスゆかちゃんの個人授業もうけました。

おかげさまで、被害者続出中です(*  ̄▽) 

この映画はすごいです!

監督の視点もいいし、生きている人もいい。

ティモールは、長年にわたる(それこそ大航海時代からの)植民地支配とインドネシアによって意図的に引き起こされた、あたかも内戦のごとき状況に見舞われ、
油田を持っているがゆえに、現在に至るまで悲惨な状況が続いているのですが

この映画は、悲劇の歴史だけに焦点を合わせるのではなく、そのなかでいかに人は充実した生を生きられるか、ということころを大切に扱っていて、

それを悲劇の歴史と美しい映像と、暖かな歌声を交互に繰り返すことで綴っている(らしい)。

心に傷を負った時、それをどうやって乗り越えるか。

というのがわたしたちの永遠のテーマだと思うのですが、明らかな加害者がいたとして
そのひとを、身内がされたように拷問する。

というのも一つの方法だと思うのです。

多少すっきりはするかもしれない。

でも、そうしたところで、奪われた命は帰ってこない。

返って、嘆き悲しむ人を増やすだけでしかない。

この映画に出てくる、東ティモールの独立派抵抗組織フレテリンの軍事部門ファンリンテルのひとびとは、自分たちを根絶やしにしようとした相手と戦い、捕まえはしても、人権を蹂躙するようなことはせず、無傷で開放する。ということを繰り返すことによって

地道に歴史を変える方法を選びました。

捕まえた捕虜を、人間として扱って、無傷で開放する。

ということが肝です。

わたしたちは自分たちが害を受けたら、ちゃんとそれが不本意である旨伝えなければならないと思うのです。

かつていじめっ子をやっていた時に実感したのですが、
人をいじめているとき、いじめている人は、それが悪いとは思っていない(か、悪いと思わないように自分を偽っている)。

相手が自分と同じ痛みを持った人間だとは思わないからできる。

だから人間じゃないと思った相手が、痛い、といったり、そのひとに逆に窮地を救われたりすることに、
大変衝撃を受けるのです。

衝撃を受けた上に解放されたら、そのひとは心にものすごい重荷を負った状態になります。

敵意には敵意が相当しますが、寛容と愛には、愛しか返せないから。

そのようにしてティモールの歴史は変わりはじめました。

この監督は、ティモールの悲惨な現状より、その中で奇跡のように営まれる人の暮らし、カンタ-に代表される生きる喜びや愛に感動して映画を作り、

その愛はまたここで上映されて、収益が出たらまたティモールに帰ってゆくのです。

すごい。


なのでわたしはこの映画を応援します。(どうだっ!まるで見てきたように語っているでしょう!爆)

ただいまチケット絶賛発売中。上映は8月25日。時間は13時~場所はメディアテークで、チケットは2000円。桜井薬局セントラルホールなどで購入できます。詳しくはホームページを見てね。

もしよかったら、当日メディアテークでお会いしましょう☆彡

ぜひ!
by terasumonnmoku | 2012-07-23 20:53 | 最新情報 | Comments(0)

アルケミスト2

第二回目のアルケミストは、ヒーリングについて。

前半のお話から実技まで、ノンストップで7時間!

堪能しました~(ノ´▽`)ノ

世の中に、こんなに面白いお勉強があるだろうか!

いやいやないでしょう。

わたしが大津先生に習っているのは、意識の使い方、物事の捉え方、考え方の基礎などなど、人がしあわせな存在としての生を全うする上で、どうしようもなく必要になる基本概念のようなものなのですが

わたしたちは肉体だけの存在ではなく、この生命が永遠であるということを、自分自身の実感として受け取れるような方法で教えていただいていて

だから先生に習っていると、不思議と自分の周りの世界や、人間関係が、豊かで美しいものに思えてきます。

真理とか愛とか神、なんて言葉を使うと、わけがわからなくなるけど

一つ言えることは、学びが深まれば深まるほど、あなたが世界から受け取ることのできるものが多くなる。

わたしたちはすでに天国に住んでいるのに、自分で牛乳瓶の底のような眼鏡をかけることを選んで、わざわざ立ちくらみしながら生きる、という状態を作り出しているから、

メガネをはずすことで、そこがどんなに明るく、美しいものだったかがわかるような仕組みになっている。

でもメガネも、一つではなく、やたらあって、しかもそれぞれにいろんなかけ方をしてるから、その辺が混乱の元なんだよね(笑)

しかし、今回のことでわたしは<真理の威力>というものをまざまざと感じました。

みんなに、知ってほしいと思う。ほんとに。

というわけで、今回は最近の疑問。

過労死の会で出会った野田先生と、わたしが夫の勤め先の実質上のドン。
このひとがっ!のように思っている某氏のエネルギーの見え方が、

ほとんど同じで大変びっくりした件。

を聞いてみました。

いやいや。ほんとにそっくりだったんです。

意志の形、の見え方が。

方や人類を救う使命感に燃える医師。
方や、個々人に関心はなく、ただその集団の権力掌握に命を懸ける社会人。

共通するのは強い信念を持っている。という点だけで

やっていることはネガとポジのように正反対なのに、そっくり。

「エネルギーそのものは、みんなおんなじなんだよ。」と大津先生は教えてくれました。

「ただひとそれぞれに使い方が違う。使い方が違えば結果も変わってくる。」

ベクトルが違うということですか?

というと、そうだ。と言われた。

おおおおお。そうなのかあ。

ちなみにここでいうエネルギーとは、オーラとかそういうものではなく、自分自身のパワーをどう使うか。という意志によってビームのように集中してあらわれてくる部分で、

この意志の強さは、なにごとかをなそう、という意欲の強弱によって見え方が違う。

合気道のように受け身で自分のペースに持ってきてしまうタイプの人は、
もっとソフトにしかし揺るがない感じで見えるし、

優柔不断で自分の人生を生きていないような人は、霞のようにしか見えない。

しかし野田先生と某氏は、まるで魂の双子のようにそのエネルギーの佇まいがそっくりだった。

むーん。

結局その気になれば、なんでもできちゃうし、どんなふうにも居られるんだってことなんだろうなあ。

事の善悪は結果であって、そもそも、そういうものがある、わけではなかったんだな。

面白いことに、信念に自らを捧げている某氏は、自分の行為にまったく罪悪感を持っていないため、情緒がらみの重い波動もないのです。

ある意味すごい。

ひとってほんとに自由なんだなあw( ̄o ̄)wと、改めて実感しました。

苦しみや悩みって、人としての深まりとか、進化、とともに起こる、ってことなんだろうなあ。

進化の仕方がひとそれぞれだから、地球ではこんなに上手に学びが進むのかもしれない。

大津先生の話を聞きながら、本当の意味で人を癒すということは、自分自身を許す。

ということでもあって、最終的には自分を許すことで、自分も、学びの相手も救われる。

というところに来るんだろうなあ。と思いました。

後今回はアトラクションとして、最近できるようになった、サイキックエネルギーと、クリシュナエネルギーの使い分け。というのを見ていただきました(笑)

サイキックエネルギーは、たぶん過去生の記憶が出てきたんだろうけど、頭頂からハートまでのチャクラの回転数を一時的に制御して、第三の目にエネルギーを入れて活性化する。

というもので、今だと、カルキさんがこういう感じの伝授をやっていると思う。

見てもらうと、それはクリシュナエネルギーとは異なり、強く、冴え冴えとしていて、やっているときのわたしの顔つきも違うらしい。きつくなる。と言われました。

スピリチュアルな学びをしていると、ときどきサイキックがすごいと勘違いして別の方向性に行ってしまう時があるので、波動の違いを知ることは重要な気がする。

というわけで、いつか伝授者向きに(というのは、危ないので)軽めの波動体験エナジーというのもやってみたいと思います。

午後のヒーリング実習では、からだが、あまりに素直に忠実に言うことを聞くので感動してしまいました。

足も伸びるし。

ウエストは細くなるし。

形のある世界って、なんておもしろいんだろう!とまたまた感動しつつ、家路をたどりました。

次回が本当に楽しみです!!!!!!!
by terasumonnmoku | 2012-07-23 00:43 | スピリチュアル | Comments(0)

最近

みなさま。今日は寒いですねえ~。

近ごろはいかがお過ごしですか?

わたしは、ちょっと息切れ気味です(笑)

あまりに刺戟的すぎる毎日に、人間がついていけません。

自分を一つの会社に例えると、決めればとりあえず動くんです。

でも体内の課長さんや次長さんや平社員さんや、掃除のひとたちが、意思統一の行われないまま、物議を醸しながらついてくる。という感じ。

強すぎる意志に情緒も引きずられているようで、予告なくいろんな感情が飛び出してくることに、驚いています。

これが人間のおもしろいところなのかもしれませんね。

決めたとおりに反応しない。
後悔はないし、後戻りもできないんだけど、だからといって気分爽快なわけでもない

肉体は、魂の感情を深めるためにある。

と、近ごろ私は思っているのですが、
深さーには、垂直なだけでなくいろんな方向性があるようで
もしかしたらそういうパラレルな感覚を味わうために、
わざわざこんなやっかいな、「現象」というものを作り出しているのかな。

むーん。
by terasumonnmoku | 2012-07-21 19:24 | Comments(0)

過労死防止基本法

そんなこんなをしているとき、「過労死・過労自死を根絶やしにするはじめの一歩の集い」というのに、参加することになった。

たまたまお世話になっている弁護士さんに、ご招待いただいたのだ。

サブタイトルが「人を追い込む職場から、助け合う職場へ」

民間会社で、現在係争中の過労自死事件についての経過報告会と、精神科医から見た精神的に追い込まれた状況の克服の方法、についての講演がセットになっている。

話を聞いていると、ことは夫の職場だけではなく、日本中の働く場所で、どうやら同じようなことが起こっているらしい。ということがわかった。

過労死、過労自死の背景には、職務が過重であることに加え、ハラスメントも同時に行われていることが多い。

不況もあるし、大学の場合は独立法人化の影響もあって、たぶん全体に余裕がなくなって、弱い立場の人にしわ寄せがいく仕組みができているのだと思う。

社会システムが、もう実情にあわなくなっているのだろう。

ハラスメントをする加害者の人だって、もしゆとりのある環境にいれば、そこまで人を追い詰めることもなかったと思うので、働く環境をよくしていくことが本当に大切だ。

生きるための職場で、人が死んでいくなんて、絶対おかしいと思う。

わたしたちはただ生きる、のではなく、「幸せに生きる」ために働くのがほんとうなのに。

そこで知り合った、被害者をサポートしてきた人たちに話を聞いてみた。

同じ会社で、声を上げるのは怖くなかったですか?

と聞くと、「こわかったですよ。」と穏やかな笑顔で、そのひとは答えてくれた。

「嫌がらせもされたし、何度もやめようと思ったんです。でも、亡くなられた方の人柄がすばらしかったのと、自分が独身だったので、続けてこられたのだと思います。」

助けてくれる人に害が及ぶことを一番恐れていたので、実際の声を聞いてじーんとしました。

美しかった。

医学的な見地から講演をされた野田正彰先生に、気になっていたとうもろこしのことも相談してみました。

息子が対人恐怖症のような状態で塾に行けなくなってしまった。

そのままにしていて、将来同じような刺激が与えられた時、よりひどい状態でフラッシュバックが起こるような可能性はないのか?

従軍慰安婦や、チェルノブイリで被爆した人、枯葉剤を浴びたこどもたちを診察した経験のある野田先生の答えは、

「人間は、もっとひどい状態からも立ち直る力を持っている。
だからそんなことを心配しなくてもだいじょうぶだ。

その時々に矛盾した感情を持つ自分をまず受け入れられるように、
息子さんには、とにかくなんでも口に出せる環境を作ってあげてください。」

というもの。

超安心しました。

虐殺を見たようなひとがだいじょうぶなら、とうもろこしはじゅうぶん乗り越えられるでしょう。

それにしても、知りたいことがあれば、誰にでも何でも聞ける私って、すごくないですか(笑・自画自賛♪でもドキドキはするんだよ!)

本当はただ業務上の死というのを認めてほしいだけなのに、労災申請で結局「誰が悪い」という話になってしまうことに、ぐったりしていたわたしは

この「過労死防止基本法」の成立を求める署名活動に活路を見出しました。

みんなで、しあわせになりたい。

どんなひとも、しあわせを生きるために働ける社会を作りたい。

ひとが本来のその人らしくいられる環境に少しでも近づいていきたい。

そのためなら、多少生産性が落ちても、いいんだと思う。

ほんとうは「しあわせに暮らそう法」とかのほうがいいんだけど、まだ世の中はそこまでいっていないので、仕方ない。

というわけで、さっそく署名活動を始めました!

もう50人くらいに書いてもらったよ!

あなたも、ぜひ、わたしにご協力ください m(__)m
by terasumonnmoku | 2012-07-21 19:11 | Comments(0)

というわけで、先日は労働基準監督署に行ってきました。

二回目の面談です。
第一回目は、結局50枚近くにわたる資料提出(うち、自分で作ったのは半分くらい)だけでおわったので、実質的にはこれが最初の質疑になります。

ありがたいことに、担当官はたいへん親身に、こちらの事情を聞いてくださいました。

第三者に話すことによって、改めてことの意味や、関係者の方に説明していただいた内容の中にあった矛盾点が明確になるようです。

ものごとは視点によって全く異なった見え方をする。というあたりまえのことが
大きな規模でもそうだということが、驚きでした。

以前親業の先生に、息子との朝の葛藤(食事や支度に時間をかけたあげくに遅刻しそうになり、学校に送ってほしいという・怒!)について話をしたとき、

そのイライラの原因は、とうもろこしにあるのではなく、夜は遅くまで起きていたいし、朝はずっと寝ていたい。というわたし自身の大変我儘な欲望に起因していた。

と指摘され、思わず納得して超げっそりしたことがあったのですが(要は、自分がさわやかに起きればいいというだけの話だったw( ̄o ̄)w)

わたしがいい人でいたくて、自らのエゴを自分にも分らないように隠蔽して、とうもろこしを上から目線で怒る。

ようなことを、実はひとは集団でもやっている。

ということが、興味深かったです。

あんなにすぐ明らかになりそうな大津のいじめ事件が、なかなか解決しないのも、そんなことが原因なのでしょう。

エゴに包まれた感情があり、しかし自分では認められない。

いいひとでいたいし、悪くないと思いたい。

だから表面上もっともらしい理由をつけて(大津の場合は生徒に動揺を起こしたくない。とかそういうものなんでしょうけど)、人を貶めたり、不条理なこと(調査を十分にしなかったり証拠隠滅するなど)をやったりする。

(ちなみに、上記の朝の学校送迎問題については、わたしが非は自分にあると認めただけで、解決しました。とうもろこしが、ちゃんと起きて自分で行くようになったのです。びっくり、なような、当然、なような・笑)

今回の労災申請において、わたしが突いた矛盾に、回答はないでしょう。

あったとしても、それは大津中学校の「生徒たちに広がる動揺を抑えたかったから、調査を十分にしなかった」などに類似した、整合性を欠いたものでしかないはずです。

それでいいんだと思う。

夫が震災を含めた業務上の困難の中で、自分の限界を超えてまで忠実に職務を果たそうとした結果、耐え切れずに亡くなった。という事実さえ認めてもらえれば、充分です。
実際死の直前まで、彼は必死になって締め切り間際の報告書を仕上げようとしていたのです。

なのに、勤務先からは、労災とは認められませんでした。

申請根拠を震災処理に係る過労に絞っていたのが、理由だったのかもしれません。

夫は自分の仕事に誇りをもっていたし、職場を愛していたので、当初、過労の奥にあるものを追求するつもりはなかったのです。

結局、職場からもらった、「労災申請を却下します。」という書類とともに、労働基準監督署に再度直接申請しなおすこととなり、同時に申請理由は深く、つっこんだものになりました。

でも、ちゃんと筋は通したし、段階を踏んでよかったと思う。

もうこれ以上はできないと言えるところまで、がんばります。

徹底的に納得し、満足するまでやりつくしたら、ようやくそこからまた新しい人生がはじまる気がする。
by terasumonnmoku | 2012-07-21 11:13 | Comments(0)

宇宙語と、たくさんの夢

疑問だった。

わたしたち家族を含め、こんなにもたくさんのみなさんに愛されていた夫が、なぜ一人で死ななければならなかったのか。

どうしても納得いかなくて、考えながらとうもろこしと乗った電車の中で、ホームレスと思しき爆睡中の女性を見かけた。

60歳くらいだろうか。すだれのように地肌が透けて見える頭髪。精一杯おしゃれしたらしいグレーの上着にちぐはぐなズボン。ボタンが取れたセーターの胸元から、なにもつけていない胸が見える。

混んだ車内で、異空間のようにぽっかりとそこだけ隙間が空いていて、疲れているはずなのにどうしても隣に座れない。

同じ空気を吸っているのに、助けるどころか隣に座ることもできないなんて。
母さんは自分が、とてもショックだった。

と、電車を降りて、とうもろこしに話しをした。

「せめて、ゆっくり眠れるといいな。」

「そうだね。」

「いい夢を見ているといいけど。」

「夢、見ないほうがいいよ。
おれも、父さんと楽しく過ごして、朝起きたらそれが夢で、すげー空しかったことがあったから。

ただぐっすり眠れるといい。」


眠りながら見る夢と、起きて見る夢について考える。

荘子に言わせなくても、この現実という世界は、一人一人の独立した夢のよう。

そこでチャンネルが切り替わるように
(怪我などの目に見えるような問題があれば別だが)

どんなに意欲や気持ちがあったとしても、本人が助けを求めない限り、結局どうすることもできないんだ。と思った。

本人が具体的に、自分の問題を説明して、助力を必要とするといってくれない限り
ほんとうの意味で誰かの力になることは難しい。

でも、具体的に問題を説明するためには、自身の状況に向き合わなければならないし、

向き合って人にそれを伝えるためには、問題を持っている自分に、肯定的な感覚を持っていなければ、難しいだろう。

わたしたちはどこかで、自分が自分の思うような人であってほしいと願っている。

そして、ほんとうはそうじゃないんじゃないかと、恐れていたりする。

人から見た価値、学歴や、容姿や、経済状態などのそれまで自分を支えてくれた前提がなくなっても、自分が倒れずに立っているとは考えにくいのかもしれない。

食べて寝て起きて、生まれて死ぬ。
というところだけが一緒で、ほかはみんな違う世界を生きていて、

みんなどこかで幸せを希求しているはずなのに、こんなにも齟齬が起こるのは、どうしてなんだろう。

もしかしてそれは、それだけ、世界が豊かだ。ということなのかもしれないな。

豊かさって、いろんな側面があるのかもしれない。

普通に考えたら愉快ではない側面が。

翌日、完熟マンゴーさんのお誘いを受けて
宇宙語の響ちゃん、に会いに行った。

そこで語られた響ちゃんの宇宙語のチャネリングでわたしが受信したのは
「虹の8つ目の色がある。その使い方を練習しなさい。」という波動だった。

「色に惑わされている間は、色を超えられない。」

(今書いていてわかったが、色即是空の色が物質という意味なのは、そういうことだったんだっw( ̄o ̄)w)

ここでいう虹の色、とは光の色のことである。

オーラだったり、あるいは愛のピンクのエネルギーだったり、浄化の青いエネルギーだったり、そういうい意味の色である。

波動を落とした光が物質を作るが、物質になる前の光は7つの光に分かれている。8つ目の光とは、たぶん大津先生の言う光を超えた光。の波動の低いものなんだろう。

光を超えた光ーまあ俗にいう愛のエネルギーといってもいいがーにも、どうやら段階があるらしい。
宇宙語で使い方を伝授されたのは、色になる寸前の光。

学びというのは、問題に次元を超える解を見出すためにすることだが、次元を超えるためには8つ目の光が必要だ。

8っ目の光で物事を見た時、エゴとエゴの摩擦として起こる齟齬は輪郭を失い、問題に調和のとれた新たな形ー解ーが与えられる。

ぬーん( ̄⊆ ̄#)  

家に帰って、とうもろこしに

「昔の人は、大切な人が自分を思ってくれるとき、そのひとが自分の夢に現れる。と思っていたんだって。
百人一首に、そういう歌が残っているの。

とうもろこしの夢に父さんが出てきたのは、父さんがどうしてもとうもろこしに会いたくて、
ものすごくがんばって表れてくれたんだ。っていうふうに、考えることはできない?」

と話した。

彼は少し黙った後、

「父さんはどこにいるの?」

と、聞き返した。

「とうもろこしの心の中にいるよ。」

「父さん、この(新しい)家にいるの?」

「いるよ。

とうもろこしのいるところには、どこにでもいる。」

「・・・・・」

「ずっととうもろこしを、見てるんだよ。

だから母さんも、とうもろこしも、だいじょうぶなんだよ。」

「見張られてるみたいで、やだなー」

そういって息子はうれしそうに笑うと、久々に父にお線香をあげに行った。
by terasumonnmoku | 2012-07-12 23:00 | Comments(0)

偲ぶ会

夫の母校の同窓生の方々が主催された、故人を「偲ぶ会」に、彼の両親、息子ともどもご招待いただき、先日東京に行ってまいりました(^○^) 

お忙しい中、全国から集まってくださった31名のあたたかい思いに、胸が熱くなります。

生前の夫は、滅茶苦茶に面白い人だっただけに、
会場では思い出の写真とともに、たくさんのびっくりエピソードが披露され、
爆笑の渦が何度も沸き起こりました。

帰って実家の父である、星王子にそう話すと、「ありがたいね。そういう場で笑いが起こるなんて、みなさんがほんとに一生懸命考えて、企画してくださったんだね。」と喜んでくれました。

わたしと夫の付き合いはとても古いので、結構な数の方々が顔見知りであり、なかには夫の犠牲となってわたしのとんでも女優デビューに付き合わされたり(彼はわたしの出るすべての舞台を見に来てくれていたし、なぜか一人では来られない人だったので、おそらく犠牲者は一人や二人ではなかった気が(ToT)/~)、よりによって学生生活の中で最も忙しい時期に、雪まつりの雪像づくりに駆り出された方々もいらして、

「あの時は大変でしたー」的な話もあり

冷や汗がでましたw( ̄o ̄)w

その節は、大変なご迷惑をおかけし、まことに申し訳ありませんでした(泣) m(__)m

父親の死、そのものが受け入れられないとうもろこしはナーバスになり、
その前の週から労災関係の手続きが佳境に入っている私とともに、胃が痛むような状態で会場に行ったのですが

在りし日の夫と、みなさんの思いに包まれて
おかげさまで、しあわせなひとときを過ごすことができました。

「偲ぶ会」で描いてくださった生き生きとした父親像は、とうもろこしの中で新しい力となり、これからの人生を生きていく、大きな支えになってくれることでしょう。

「悲しかったけど、父さんが今にも動き出しそうで、生きているみたいだった。」
と、とうもろこしは、後で感想を述べていました。

写真を見せていただきながら、設計図をひいて、実に楽しげに電気炉を作っていた夫の様子や、何日も眠らずに、夢中になって実験し続けていたこと。

お金がなくて、いつも研究室でごはん(だけ!)食べていたことや、ビーサンならぬ便所サンダルで、飛行機に乗って学会会場に行ってしまったこと。

きれいな実験結果が出たときの、うれしそうなようすを思いだし

涙しました。

かなうことなら、彼の望む環境で、思い切り研究や教育をさせてあげたかった。

なにもできなくて、残念です。

それにしても大切な仲間であった夫の死は、みなさんの中にも、とても重いものを残したに違いないのに、
あんなにすばらしい会を開いていただいて、
そしてその会をとても賑やかなものにしてくださって、ほんとうにありがとうございました。

わたしたち遺族を気遣い、みなさんが思いを込める場に招いてくださったことに、深く感謝しています。

おかげさまで、夫の両親も、とうもろこしも、そしてわたし自身も、少しづつ元気を取り戻してきているようです。

それだけではありません。

みなさんの思いは、生きている私たちだけでなく、亡くなった彼にも届いているはず。

どこかで、あのいつもの、少し照れたような顔で、笑ってくれているような気がしませんか?

照れ隠しに、あの妙に面白い間で、変なことを言っていたりして。

素晴らしい一日を、ほんとうに、ありがとうございました m(__)m
by terasumonnmoku | 2012-07-10 21:47 | Comments(0)

あーてぃすと活動

フェイスブックを見ていたら、星空プロジェクト関係で、あの星の絵がテレビに映っているのを見つけました(^○^) 

星プロに使っていただいたおかげで、新聞や、天文台のホームページや、今度はテレビにまで出していただくことができて、ほんとにうれしいです!

自分の絵が大きな場所で使われるのは、自分自身がテレビに登場するよりずっとうれしい(笑)

名前が入っているとかいないとかは全然問題ではないのです。

わたしの描くものは、なんだかわからないけど見ることによってなにがしかの(多くの場合説明のつかない)感情が呼び起され、一度見たら絶対忘れない。というタイプの絵なので、ロゴとか、ああいうシンボルマークにされるのが一番正しい使い方なのかもしれない(*  ̄▽) 

うふふ。

プライベートでバタバタしていた間も、絵は働いていたなんて、

感動だなあ!

使ってくださって、ほんとうにありがとうございます m(__)m

今、らぶりぶで知る人ぞ知る、あのロゴ入りのTシャツも作っているのです。

可愛くできたらいいなあ~☆彡

いや、きっと可愛くできるでしょう。

だってあの絵だもん!

最近、痛んでいたせいか、自分の絵が好きになりました。

元気が出る(笑)自分で描いたのに(笑)

陶芸家の先生とお友達になって、秘かに習いながら作っていた、妙なかたちのお地蔵さんたちも、土が乾いていよいよ第一陣が焼きに入りました。

うう。仕上がりが楽しみだなあ~。

第二陣用の土がたくさんあるので、もっと変な形のをいっぱい作ろう!

と、来週は様々な意味でさらに佳境を迎えそうです。

あ、労災の面談については、第二回の予定が決まっているので、また改めて!
by terasumonnmoku | 2012-07-05 23:53 | 最新情報 | Comments(0)

生きる意味が見つからないなら、自分で創って育てちゃおう!というブログです。やっていることはさまざまですが、常に生きることに向かっています。

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