ついに見ました(笑)

楽しかった~\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/

映画も、監督のお話も、助監督と音楽監修を担当した小向サダムさんの演奏も
ただただ感動!でした(T_T)

実行委員の皆さん。ほんとうにお疲れ様でした。

そして、勝手に思い切り楽しんでしまって、ごめんなさい m(__)m

会場の中で、わたしが一番盛り上がっていたような気が(いや。ほんとに。。。)します。

飛び入りで、打ち上げにまで参加させていただいて
ありがとうございました!!!!!

みなさんと同じ時間を共有させていただいて、うれしかったです。

さて、実際に見た感想ですが(笑)、興奮しすぎて、客観的に書けません。
なので、これがどんな映画か知りたい方は
この日記ではなく7月23日付の宣伝記事を読んでください(笑)

音楽も映像も、語られる言葉も、どうしようもなくすばらしかった!

アレックスの音楽にはエゴ的なものがなく
彼は、有名になることも、評価されることも求めていない。

ただ、人生を受け入れ、喜びを表現する方法として、音楽を心から愛し子供たちと楽しんでいるように見えるのです。

だからこそ、その響きに、例えようもないほどの感動があった。

でもCanta!Timorの音楽や映像や言葉が、あんなに輝いて見えたのは、
創る側のみなさんに、アレックスと同じ感覚ー音楽や生命に対する深い尊敬の念があったからじゃないかと思いました。

と、打ち上げで音楽監修をされた小向サダムさんに話してみたら

サダムさんご自身も、日々の音楽活動の中で、「自分」が目立つのではなく、「音楽」そのもの、を表現することを常に心がけていると、おっしゃっていました。

人はエゴに満ちた生き物で、それは口で言うほど簡単なことではないはずです。
なのにその息苦しくなるようなところに、ちゃんと向き合っているのがすごい。

映像についても同じことを私は感じました。

東ティモールには苦難に満ちた歴史があり、映像の中にたくさんの方々が、ご自身の「残酷な経験」を物語るシーンがあるのですが
その画面が、見たことがないほど静かな尊厳に満ちていて、何ともいえず美しいのです。

どうしてあんなふうに撮れるんだろう。と不思議に思い

東ティモールの元兵士が、何人もの仲間を目の前で殺され、自身拷問された過去を語った後で

「これは怒りではない。わたしは怒っているのではないんだ。」
と言った時、

「嘘だろ?」
とは思いませんでしたか?

と、これも多くの場面で実際にカメラを回していたサダムさんに聞いてみると

「言葉がわからないので、そういうことは考えなかった。ただいつも、その人が、最高にかっこよく撮れるように、ということだけを考えていた。」

と話してくださいました。

言葉を解する監督ご自身の受け止め方がまずそこにあった。ということはもちろんですが
言葉はわからなくても、感情はニュアンスで伝わるものだと思うのです。

そのニュアンスが、事実怒りではなかったということを、映像を撮る方が察知したからこそ、あのように透明な映像になったのかもしれない。

言葉がわからないから、真実が伝わった。言葉の影に隠れ、命を失っていきがちな「ほんとうの感情」だけが、形になって残ったと。

結果として、残酷な物語の語られる場面には、透明な悲しみと、それさえも突き抜けてゆく、存在に対する深い信仰ー信頼ー祈りーのようなものが映っていたような気がします。

まるで、奇跡のように。

(T_T)

映画の後で監督が、東ティモールで使われるティトゥン語には
「敵」という言葉がない。と、教えてくださいました。

「敵」にあたる言葉はあるにはあるのですが、それを直訳すると「違う方向を向いている人」という意味になるのだそうです。

もう一つ、驚くべきことにこのティトゥン語の「あなた」ということを意味する「イタ」という言葉には
同時に「わたしたち」という意味も含まれているのだそうです。

「この鉛筆は誰の?」
ときくと「イタ(わたしたち)の!」という答えが返ってくる。
だから使ってもいいよ!

他者のいない世界って、すごすぎませんか(泣)

映画に写し取られた東ティモールの人々のすばらしさは、ティトゥン語の構造に組み込まれた「すべてはひとつ」をダイレクトに現出させる仕組みに基づいた、深い哲学的な思想背景が支えているものなんだろうな。

また、この映画にはたびたび、「ルリック」という精霊のような魔法の力についての言及があるのですが、その「ルリックの守り人」を探す旅の途中で、道を教えてくれたおじいさんが最高に素晴らしかった!

満面の笑みで日本から来た監督に

日本軍から何度も殴られた話をし
それはもう終わった話だ。というのです。

大事なのはわたしたちが解放された。ということだ。
それができればほかのことはどうでもいいのさ。(T_T)

その次のシーンでは「このままいくと、世界はどうなりますか?」
という広田監督の問いに

ルリックの守り人がマルスの葉の噛み跡を読んで、こう答えます。

「近い人が減り、遠い人が増えるだろう。

お前が暮らす大地を敬い、そこで神々とともに暮らしなさい。そうすれば絆が生まれる。」

ゲームに熱中して現実を忘れても、わたしたちは大地から離れられない。

私たちは大地を支配しているのではなく、大地に間違いを犯すことを、ただ許されているだけなのでしょう。

テベ(大地を踏みしめる踊り)を踏み、絆を育てよう。

希望はそこから生まれる。

Canta!Timorは、東ティモールのみなさんの美しさと作り手の純粋さから、奇跡のように生まれた映画だと思いました。

映画そのものが最高に素晴らしい。

でも、そこに共鳴して上映会を開いてくださった皆さんや、
実際に映像を見て涙するわたしたちのなかに

画面の中で輝いていた光と同じものがあるからこそ、この感動が連鎖してきたのだ、

とも思うのです。

それが、わたしたちのこれからにつながる、なによりの、希望だなあ、

と、見終わった後でしみじみ感じたのでした。

あたたかな感謝の気持ちが胸いっぱいにひろがって
時間がたっても感動が薄れない。

素晴らしいひとときを、ほんとうにありがとうございました!!!!
by terasumonnmoku | 2012-08-26 17:12 | 最新情報 | Comments(0)

神とともにある暮らし

ミンジェルパールちゃんに連れられて、バフン(バラモン・僧侶階級)のご両親の住む、ネパール人の義弟さんのおうちに遊びに行った。

楽しい弟さんや、美しいお父さんとお母さんに会い、

ダル(豆の)スープ、マトンカレー、数々の野菜のあえ物からなるおいしい手作りのご飯をごちそうになり

ご飯をこぼしながら、一生懸命右手で食べた(*  ̄▽) 

弟さんは書庫にある貴重な経典を読んでくれたし、

敬虔な宗教者であるお父さんは、古びたバカヴァットギーターを見せながら、
クリシュナがいかに素晴らしい神様であるかを熱く語ってくださったけど、

いかんせん、ネパール語なので

ちっともわからない(T_T)

でも、見るときに本に額づくように言われたのと、そのクリシュナに対するあふれるような敬意を見て、深く感動してしまったのだった。

神とともに、生きている感じで。

もともとヒマラヤのふもとの小さな村で暮らしていたトランプが大好きなお父さんは、
いまでも毎朝、神さまに会っているという。

家のベランダでは、クリシュナの木とシヴァの木が元気いっぱいに茂っていた。

シヴァの木
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クリシュナの木


















わたしは神秘としての神を信じている人が、ものすごく好きだ。

その神にどんな名前がついているかは問題ではなくて
その神に、そのひとがなにをみているかが重要で。

現世利益をもとめるひとの神には関心がなく、死後の救済を求める人の神にも興味はないが

生命の神秘や、宇宙の不思議や、存在の秘密の鍵を握る真理としての神を

自ら探求し、そこで共に生きる、あるいは生きようとしている人が、どうしようもなく好き。

亡くなったわたしのダーリンは、(自分では認めていなかったけど)科学の中に神を、宇宙の神秘を見ていたんだと思う。

だから研究についての彼の話を聞いているだけで、心が躍るような気がしたんだと思う。

そのおうちに行ったときは折よくヒンズーの神様のお祭りで(しかもお祭りがやたらいっぱいある・笑)、
遊びに行ったみんなで弟さんのお嫁さんにお祝いの赤いビンディを額につけてもらい、
手首に願い事がかなうという、ミサンガのような糸を巻きつけてもらった。

そしておなかがいっぱいになって、風に吹かれているうちに
全員、あっという間に眠ってしまった(笑)

ネパールはそんなところでした。

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by terasumonnmoku | 2012-08-24 22:37 | | Comments(0)

Pashupati Nath temple

パシュパティナートは、Kathmanduの市街地から約5キロのところにある大きな寺院で、
インド大陸シヴァ四大聖地の一つである。

破壊と創造を司る神シヴァが、実際に滞在したという伝説を持っている。

中に流れるバクマティ川は、ガンガーの支流に当たり、
河岸には遺灰を流すために、インドのバラナシ同様何台もの火葬台が据えられている。

いつものように予備知識なくネパールに来て知り、

これは外せない。と思ったものの

交渉が必要なタクシーに一人で乗る気持になるかどうか、お昼を食べながら考えようと思ったら

行った先のカフェで、ネパール在住のドラ君(日本人です)という男の子に出会った。

彼と、なぜか突然ジャン・ジュネ風な暴力と怒りと愛についての話をした後で、一緒に行くことになったのだ。

バラナシの時もそうだった。

わたしは誰か大切な人が亡くなるたびに、こういう風景を見に来てしまう。

バクマティ川はガンガーより小ぶりなせいもあって、火葬台が目立つ。

オレンジのそっけない布で包まれた死者が、勢いよく燃えている。

もうもうと立ち上る煙。
たくさんの猿。
橋の上の観光客。
新聞の売り子と物乞いたち。
一心に焼けている死体と、家族らしい男たち。

泥色の川には10歳くらいの全裸の少年が泳いでいて、死者から放出される金歯なんかを拾っている。

洗濯をする女たち。弦楽器の音。

暑い。

妙にゆがんだ景色の中で、死んでしまった人を思う。

生と死の生々しい連関。

(このときドラ君は、日本に帰ってしまった彼女のことを思っていたのだそうだ。ここはそういう場所なのかもしれないね。)

好んで見に来たのに、消化不良を起こし、げっそりしながら山に上った。

猿の数が増え、広場のようなところに出た。

小さな祠の横に座る、新渡戸稲造にそっくりな丸い眼鏡のお坊さんが、寺院の名前を教えてくれた。

どこからきたんだ?

日本から。

日本?

新渡戸氏はゆっくりと頷いて、

お寺を見ていきなさい。とても重要なお寺なのだ。と言った。

お礼を言って、教えてもらった寺を回った。

その一つ、ラズ・ラジェシュワリ寺院(Raj Rajeshwari Temple)の奥では、オレンジの衣をまとったキリスト風の僧が、供物を片付けてるところだった。

建物の奥に飾られたシヴァの肖像に二人で拝礼すると、その僧侶は深い瞳を向けて私たちを祝福し、頭に花をのせ、捧げもののバナナを手渡してくれた。

彼の慈愛に満ちたまなざしの中に、あたりの喧騒と、それが醸し出すたくさんの棘が溶けてゆるやかな虹となり、静かに収束していく。

バナナを握りしめて
自分は、ものすごく怒っていたんだな。

と、ふいに思った。

この世の理不尽さに、強く激しい怒りを抱いていて
それを気付かぬように、深く、心に折り畳んでいたんだ。

祝福を受けた時、2人が、何かとてつもなく大きなものから、赦されたような気がした。

ばちん。

チャンネルが変わって、世界がまた新たに色づき始める。

人生には、たまにそういう瞬間がある。

その後ドラ君は、内側に激しい怒りを抱え、身動きができなくなっているところが自分に似ている。といって、

とうもろこしの友達になってくれた。
(いずれにしても、年は離れてるけどね・笑)

親のいないところで互いに好きな音楽の話をし、本について語り合い、漫画の品定めをするうちにとうもろこしは彼に心を開き、

わたし以外の人に初めて、自分から、父親の話を(それも省略することなく一通り全部のストーリーを!)話すことができた。

すごい。

ドラ君に話を聞いてもらって、意気揚々と帰ってきたとうもろこしの表情を見て、わたしは泣きそうになった。

深い海の底から海面にもどって、ようやく息をついた人のようで(T_T)

どんな袋小路にも、ちゃんと出口はある。

だからあなたも、きっとだいじょうぶ。

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Pashupati Nath temple 
写真はhttp://www5f.biglobe.ne.jp/~st_octopus/POI/Nepal/Pashupatinath.htmさんからお借りしました m(__)m
by terasumonnmoku | 2012-08-18 16:07 | | Comments(2)

PUMPERNICKEL  BEKERY

毎朝通っていた超お気に入りの店、Kathmandu THAMEL地区、カフェ・パンパニッケル・ベーカリーの朝食です。

カプチーノと、絶品のクロワッサン。右側に見えるのが、ヨーグルト。

ほとんどのお客さんが欧米人ということもあって、ヨーグルトの量がむちゃくちゃ多い!

マスターともすっかり仲良しになりました♪

母は一人で颯爽と(?)この店に通い、本人いわく純日本人のとうもろこし君はミンジェルパールちゃんのお店でお世話になるか、友達と「おふくろの味」(!)の和定食を食べに行っていました(^○^) 

ここを紹介してくれたRちゃんは、アメリカで気の学校を経営する気功の達人であり、かつアメリカの某大学で、統合医療を研究中の才媛なのですが、

わたしとどっこいどっこいの、救いがたい方向音痴なのです。

連れて行ってもらった日、目的の店にいつまでたっても到着しないので

「Rちゃんは、わたしと同じで道の把握の仕方が小学生レベルなんじゃないですか?
干からびたトカゲが落ちている角を右に曲がる。みたいなことをしてませんか?」

と突っ込むと

真顔で

そうだ。というのです。

そして、昔会社の同僚に場所を説明するのに

犬が(確認したところつながれてはいない)三匹いる道を左に曲がり、

ロボトミーおじさんのいる角を右に曲がって

まるい模様のたくさんついた坂を上がる。という風に説明したら

誰も家にたどり着かなかった。

という話をしてくれました。

「丸い模様のたくさんついた坂」が近所にたくさんあったことが原因だ。と彼女は言うのですが

犬の件はさておき(爆)ロボトミーなんてものすごく久しぶりに聞いたよ。

いまどきないでしょう。そらあ。

その人がたまたま虫の居所が悪くて、ものすごく人相が変わっていたら、どうするんだ!

と、彼女の美しい英語の発音を聞きながら
一人笑いを抑えられませんでした。

それにしてもすごいなあ。アメリカの大学で学位を取るって、アメリカ人にとっても、大変なことなのに、

私より上の年齢になってそれをやろうとするなんて。

彼女は自分に挑戦するために、一年夕食を食べない。
というのと、一年テレビを見ない。という生活を自分に課したそうで、

それをやったら、何でもできるような気がした。
と言っていました。



おもしろかったのが彼女の苦難の対処法で
大変なことが起こると、それは芝居の第三幕だと思うことにしているのだそうなのです。

わたしは、劇中のプリンセスだから、4幕目はかならずハッピーエンドになるはずだ。

だから何が起ころうと躊躇せず、4幕を無事迎える方法を実行する。

具体的な例を出すと、仕事で、救いがたい大失敗をしてたくさんの人に迷惑をかけ、上司からの激烈な怒りを買ってしまったとします。

しあわせな第四幕を迎えるために、直ちに彼女はたくさんのお菓子を買ってきて
謝りながら上司に配る。ということをする。

問題は、人の気分は、たちどころに変わるわけではない。

ということです。

みんなついて行けないでしょう(笑)だって5分前には激怒してたんだもの。。。

わたしの友人のミンジェルパールちゃんのお店には、このような濃いキャラの人がたくさん集まる面白い場所でしたが
Rちゃんは、その変人会の名誉会長で

ボスのROCAMURKAさんによると
わたしは名誉会長代理なんだって(笑)

微妙~! 

Rちゃんを見ているとすごく元気になります(^○^) ♪

人の可能性はほんとに無限大なんだなあ~。


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by terasumonnmoku | 2012-08-17 10:21 | | Comments(2)

仕込み

昨日の河北の朝刊。

当初の予定より遅くなりましたが

無事、日の目を見ました(^○^)

ありがとうございました!


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なんと終戦記念日!!!!
by terasumonnmoku | 2012-08-16 16:20 | Comments(2)

TIBETAN SINGING BOWL

ネパールが、余りに濃くて、総まとめが書けません。

とりあえず思いついたことから個別にアップしていこう。

今回のネパールのテーマは、過去との統合―でしたが
(私の旅の、というだけでなく、どうやらみなさんにとってもこの時期のテーマはそうだったみたいですねw( ̄o ̄)wみんな(T_T)大変だったね(ToT)/~~~ )

その過去が2000年以前の歌舞伎町のような、毒々しく濃厚なものだったためにしんどく

カトマンズではSINGING BOWL ヒーリングにはまっていました(^○^)

SINGING BOWLは、チベット仏教の法具として造られたものであり、
ヒーリングに使われるようになったのは欧米で倍音が注目されるようになったこの2~30年のようです。 

せっかくの機会なので伝手を頼り、ネパール人(アーリア系?)のKSHABさんとネワール族のCHAITANYASHREEさん2人の先生から、1回~2回そのヒーリングをうけてみました。

同じSINGING BOWLでも、扱う人の個性によってアクセスポイントが違うところが、面白かったです♪

特にネワール族(チベット・ビルマ語族だそうで、チベットと深いかかわりがあったらしい)の先生のヒーリングでは、倍音とともに太陽系の各惑星のビジョンが次々に現れ、ダイレクトにアクセスすることができ

太陽系の感覚の薄いわたしは、深い感銘を受けました。

後で調べたら、シンギングボールに含まれる7つの金属は太陽系の各惑星と関連しており、
singing bowlそのものがチベット仏教の宇宙観をベースに作られた「音の曼荼羅」ともいえる楽器なのだそうで

わたしが見たものは、当を得ていたみたい(笑)

シンギングボールの姉妹版のクリスタルボールはあまりにも音程が不安定で
個人的に得意ではないのですが
(アトランティス由来という説がありますが、もしそうだとしたら、いまのものより確実に精度が高かったと思います。酔っぱらっちゃうの。)

シンギングボールの揺らぎは許容範囲らしく、うれしかったです(^○^) 

そのネワール族の先生は、わたしをヒーリングしてくれて

「ほかの人の光は単なるreflection(反射)にすぎないが、あなたにはハートの内側から生まれる光がある。」

神の輝きが内からあふれているーのようなことを言ってくれたことが大変印象的でした。

まあ。それはそうです。

そういう勉強をしてるわけだし。
(だから大津先生のもとで一緒に学んでいる人はみんなそうだと思うよ!)

このネワール族の先生は、過去生で会ったことがあるひとで(たぶんモンゴル)

それを思い出したせいでヒーリングの最中に(彼が)激感傷的なモードになってしまい、
わたしは受けているのが急に厭になって

enoughです。とか言って逃げ出してしまった(笑)

過去生でも、懐かしいけどちょっと面倒な、弟のような人でした。

思い出せばいいというものでもないところが
こういう話の残念なところです。


もう一人の KSHAB先生からは、対照的に、細胞が直に揺り動かされる、ちょうどTRE(トラウマ解放エクササイズ)をやった直後のようなヒーリング効果を受けました。

細胞というのは量が多いだけあって、どうも一筋縄ではいかないようです。

本人が、終った!と思っているのに、揺れ動かされるたびに泣けてくる。

意識は一つなはずなのに、統制がとれていなくて(もしかしたら、無意識下のいろんな意識レベルに対応しているだけなのかもしれませんが)

北朝鮮の行進のように、足並みそろって全員が推移する。

というわけではないところが

おもしろくもあり、ややこしくもありますね。

KSHAB先生には、あなたは、世界中で仕事をして人と人とをつなげる、架け橋になる人でしょう。

と、言われました。

(ほんとかっ!ならばそろそろ、そうなっていてもいい頃なんですけどっ!)

結論としては、なんだろう?

singing bowl の音が好きってことかな?

今度またネパールにいくことがあったら、今度は弟ではなく、KSHAB先生のところに度々行こう。

と思っていたりして(笑)
by terasumonnmoku | 2012-08-14 01:06 | スピリチュアル | Comments(0)

無事親子2人で

ネパールから、帰ってきたよー!!!!!!!(*  ̄▽) 

しかしただいま、工事中

(時差その他調整中)につき

ここはもうちょっと待ってね(^○^) 
by terasumonnmoku | 2012-08-10 19:17 | Comments(0)