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見え方の調整。

前々からそんな感じはほのかにあったのだが、最近とみに、どこで誰と話をしても、ずっと同じ場所で同じひとに会っているような感覚になる。

しかも、その度合いが、だんだんひどくなっているような気がする。

容姿や年齢や、性別や経歴や、時によっては使用言語や肌の色や、宗教や、何が大事で何が大事でないかは一人一人もちろん違うし、その人が個体としてのわたし自身にどのような感情を持っているかは、情報として当然理解できるのだが、

でもわたし的には、みんなおんなじ人に見える。

自分がどこで(海外でも)誰に会っていても、基本的にいつも態度が同じなので(年齢が上の人には一応丁寧に話すけれども)、どうしてほかの人はそうじゃないのか常々不思議に思っていたが、いつも同じ人に会っているなら、変わらないほうが自然だろう。

(よくわからないが、ほかの人には、全然そんな風には見えてないに違いない。)

だからわたしには、この先どのようなことがあろうと、対人恐怖症にだけは絶対にならない自信がある。

故に個体の識別を何によって行うか、というと、そのひとが、どのようなビジョンを持ち、自分の人生におけるミッションをどのように定義づけているか。

という部分によってであり、そこがあってはじめて、そのひとに感銘を受けたり、話をしたりすることになる。

ミッション、というのは、たとえば自転車旅人の西川君のように自転車に乗る。とか、Rさんのように革命をおこす。とか、先日会ったひとみちゃんのように、よりよい男女関係のあり方を創るためにタンゴを日本に普及させる。とか、まあなんでもいいのだが、そういうのが立ち上がったときに初めて、わたしはそのひとを個体として認識するようになるらしい。

だからミッションが立ちあがっていない段階だと、どこを接点にしていいかわからない。

困ったことに、そういう風に本格的に考えはじめると、人の見方がものすごく変わってしまうのだ。

悪人、というのは家族や、自分の権力関係などの限定した範囲内においてのみミッションを遂行する人のことを言うのであり、善人とは単にその範囲が広い人を指すような気がするし、

そういう意味ではなにもしないいい人より、悪人のほうが人間として機能しているのだ。ということもできる。

善悪はない。とわたしは大津先生に教わったが、前には全然信じられなかったそのことが、だんだんほんとのような気がしてきた。

たぶん感覚がものすごい勢いで変化している最中なのだろう。

朝の連続小説で「人の本性が見える」いとし君の鬼のようなお母さんを見た。
はからずも昔の自分に再会した感じがして、大変落ち込む。

当時、わたしにとって世界は悪夢のような場所だったので、自分の身を守るために常に臨戦態勢にあったのだが、周りの人にとってはさぞかし迷惑だったろう。

いとし君の見ている人の本性には、背景に様々な理由があって、それを支えるものは実は切ないほどの愛だったり、希望だったり、悲しみだったり、恐怖だったりと、まあいろいろなんだけど、見ている人が成長しない限りは表面的なことしかわからない。

だから、感受性が強すぎる人が悪夢から覚めることは、難しかったりする。

いとし君のように自分に向かうか、お母さんのように鬼になるかはそれぞれの個性なんだろうけど、それは単なる反応の違いであって、もっているものは大して変わらないのだ。

むむ~ん。

先日、友達の徳ちゃんとひろみんとお茶をしていた時、2人に
「もんもくは話をしているとき、どこを見ているかわからない。」

と言われた。

そういうことはいままでもあって、わたし自身はこの上なくちゃんと相手の目を見て話をしているつもりなので、心外であり、気にしないことにしていたが、

いろんな人に言われるということは、ほんとにそうなのかもしれない。

何を見ているかというと、実は本人にもよくわかっていない。

その時々で、気になるところを見ているのだと思うけど、キャッチする情報を一々言語化していたらわたしの人間としての機能がパンクしてしまうので、入手した情報はとりあえずブラックボックスみたいなところに入る仕組みになっているんじゃないかと思う。

あまりに膨大な情報にさらされると、寝てしまう。
ナルコレプシーでもないのに。

今回はじめて、そのことについて考えてみた結果、話を聞いているときにわたしの焦点が定まっていないから、そういうことが起こるのではないか。という結論に達した。

きっと本当に些末な、余計なところを見ているに違いない。

それって、冷静に考えると、ものすごく失礼なことだ。

しかも、見ている本人がなにをやっているかわかっていないために、コントロールすることさえできずにいる、という大変困った状態にあったのではないか。

以前から脳の中の信号の走り方に興味があって、自分の使っている脳細胞の場所がわかることに興奮していたら、つい最近、人と話していた時、その人の脳のパルスが右から左に点滅するように走ってゆき、さいごにチーンと音が鳴って(まあ感覚的に)答が言語化されたのを見て、びっくりして思わず笑ってしまい、いたくご本人の不評を買う、という出来事があった。

どう考えても、それは感じ悪いよなあ。としみじみ反省。

そんな余分なことをしていないで、そのひとの輝かしい本質と、向き合っていればよかったのに。

うがあ!

世界の広さと、自分の小ささに気づくたびに、げっそりする。

そうもいっていられないので、今度はそこをどう調整するか、を考えていこう。
by terasumonnmoku | 2012-10-27 14:41 | スピリチュアル | Comments(0)
7月から集め始めた過労死防止基本法の制定を求める請願書の署名。

第一陣を、主宰の過労死弁護団に提出しました!

僅かに、正味3カ月。

一人で勝手に始めた活動なのに、みなさまからのたくさんのご協力とご援助のおかげで、
775名の方からのご署名をいただくことができました(^-^)

心から感謝しています!

宮城県はあと12000人で、目標の100万人署名に到達するそうです。

本当に、ありがとうございましたヽ(^0^)ノ

わたしの活動も第二ステージへ!
みんなが幸せに生きるために働くことのできる社会を目指し、
これからも頑張りますので、
今後ともどうぞよろしくお願いしますm(_ _)m(^○^)
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by terasumonnmoku | 2012-10-25 09:08 | Comments(0)

エア・ダーリン。

みなさま、お元気ですか?すっかり、秋ですね。

ようやく状況が一段落し、わたしもほっと一息というところ。
あまりに刺激的な日々に身体はへろへろですが、まあだいじょうぶでしょう(^○^) 

一時は危なかった思った母も、一週間前に退院し、現在自宅療養中。

状況を見て、いずれは再入院+手術ということになりますが、家に帰った母は、やっぱりうれしそうで、見ている側も一安心です。

退院の日は、とうもろこしと二人で再び実家に押しかけて、怖いほどの各種プレッシャーをかけてきました(笑)
片時もじっとしていない彼女も、これでたぶん、
あきらめて粛々と病人をやってくれることでしょうщ(゜O゜щ)

ひろみんのやり方を真似して、プチ断舎利もやってきたよ!
おかげさまで押入れがずいぶん使いやすくなりました(笑)

みんなにしてもらって感激したことを、少しずつ復習しているような気がします。
驚いたことにわたしもずいぶん(ひととして)、使えるようになりましたw( ̄o ̄)w

その節は、本当にありがとう(TOT) m(__)m

もちろん、うちのエア・ダーリンも元気です。

労災認定が下り、怒涛のような情緒的混乱が収まり、ふと我に返ったとき、
なんと夫の波動が、ほぼ生前の、調子のよいときに戻っていることに気づきました。

彼が不調だった時代や、死後のひたすら謝る感じ、悲鳴のように愛を囁くところから波動が変化して、元気に生きていた頃と同じ気配や感覚に、戻っていたのです。

大津スクール風にいうと、5次元のちょっと手前から上を推移する感じ。
普通に幸せだったり、不幸だったりする人と、ほぼおなじくらいです。

生を全うしないまま、思いを残して死んでしまうと、魂の学びはぐっと遅くなるものなので、

(人生において舵のような役割をする脳は、あくまで肉体に属する機能であり、幽霊化するとほぼ使えなくなる。決して愉快な状態とも思えないのに、何百年も懲りずに地縛霊化できちゃったりするのはそのため。いわゆる天国意識になる=成仏すると魂でものを考えるようになるので、話は違ってくる。)

死んだ人が、こんなに早く変わるなんて、驚きです。

これは、労災認定が下りた、という事実もありますが、そのためにわたしのとった行動や、そこにみなさんが注いでくださったたくさんのサポートを見て(とうもろこしのために、関係者の方々が作ってくださった基金のこともそうです!)、わたしたちが彼のどこを尊敬し、愛していたかということが、ようやく本人に伝わりはじめた、ということなのだと思います。

夢と希望に満ちた人だったダーリンは、余りに過酷な職場環境に判断を誤り、どこかで目的と手段を間違え、結果的に自分で自分の首を絞めることになってしまったけど、
それは、彼が彼自身であったということの、一つのあらわれに過ぎません。

抱えている情熱の量が大きければ、方向を失って壁にぶち当たったときの衝撃も当然大きくなる。

人は時に間違えることがあり、間違ってもいいのだし、
精一杯自分を生きたことの結果として、肉体を失うようなことになったとしても、
それで人としての尊厳が、失われるわけではない。

肉体の死は、勿論悲しいものだけど、それ自体は善でも悪でもなく、生きるということは、それを超えた何かなのでしょう。

形のあるなしに関わらず、わたしたちは一緒に生きている。

だから彼の波動が変化したのだし、ここから先もそうなのだ。と、わたしは思う。

前々回に書いた号泣デーに、見通しの悪いカーブを泣きながら運転していた時(当然前は見ていなかった)、
突然耳元で「しっかりしろ!」という彼の声が聞こえました。

やる気が出ない日にぐずぐずしていると、「もうでかけたほうがいいよ」というし、
とうもろこしと二人でお父さんの悪口を言っているときは、「なんだそれ!」と文句を言ったりします(笑)

あくまでも期間限定な感覚なのでしょうが、わたしにとって夫は、肉体がないだけでそのほかは生前と同じ、ごく当たり前のちゃんとした家族です。

かつては呪いのように思っていた能力が、こんなに自分を支えてくれることになるとは、思いもしませんでした。

というわけで最近は、いかにしてこの能力の使い方をブラッシュアップするか
ということが課題です。

わたしだけでなく、ほかのひとにとっても、信じられないほどの効果を発揮することがあるので、更に強い説得力を持てるように、使い勝手を研究する必要があるのだ。

誰も教えてくれないし(笑)

でも見るところを特定できさえすれば、結構精度は上がってきた気がするなあ~。

話は変わりますが、この前の記事で書いた石川さんの「方丈の海」の劇評を読んでくださった方に偶然お会いしたとき、初対面のその方に

「もんもくさんの感想を読んで、自分はあの芝居を見れていない。わたしはもう一度、あのお芝居をちゃんと見なくちゃいけないし、見てみたい。と思いました。」

という、力のこもった感想の感想をいただきました。

わたしはコンサートやら映画やお芝居を見るたびに(主に自分の感覚を整理するために)レビューを書いていて、
たまにその作品のホームページに載せていただいたり、
ツイッタ―で流してもらったりすることもあり、
時によってたくさんの方がレビューを読んでくださっているようなのですが、
こんなにうれしい感想(の感想)をもらったのは、はじめてでした。

率直に言って、あの感想を書きながらわたしは自らの範疇を逸脱してしまったので、
まだ書いたことのほんとうの意味が、自分でよくわかっていないんですけど、
(いや、文章としては確かに成り立っているのですが、深い意味はよくわからない。)
創作ではなくレビューでそういう感覚になったのもはじめてのことでした。

それだけもとの作品がすばらしかった、ということなんだろうな。

「方丈の海」は、上演するたびに観客に化学変化を起こすことのできる稀有な作品だし、
うちのエア・ダーリンのように石川さんも、役者さんやスタッフの方々、そしてわたしたち観客をも信頼し、
彼の精神を受け継ぎながら皆さんが作り出そうとする世界を、そしてそれを見る観客としての私たちが深めていくところを、これからもあたたかく見守リ続けてくださることでしょう。

そして、生きている側がそうであるように、彼の魂もまた、変化してゆくに違いない。

命を受け継ぎ、相互いに深まりながら、そんなふうに、わたしたちは生きている。

そのことを、いつも忘れずにいようと思います。
by terasumonnmoku | 2012-10-20 19:16 | 家族 | Comments(0)

哀悼

先日見せていただいたお芝居「方丈の海」の作者であり

TheatreGroup“OCT/PASS” 主宰、石川裕人さんが逝去されました。

9月3日のわたしの記事を、喜んでくださっていたのだそうです。

作品を見せていただいて、その感想を書いただけ。

ただそれだけなのに、なぜだか心の奥の深いところで
かたちにできない何かを分かち合えた気がした。
そんな経験ははじめてのことでした。

公演の後の打ち上げで、声をかけていただいた時の、はにかむような面影が
忘れられない。

心からご冥福をお祈りします。
by terasumonnmoku | 2012-10-12 08:27 | Comments(0)
母が倒れて一週間になりました。

心不全で、一時は危ないところだったのですが、幸い命を取り留め、現在入院中です。

それでとうもろこしともども動揺し、徳ちゃんとくみちゃんに遠隔ヒーリングをお願いし、
大津先生にまで電話してしまった。
(大変な時にばかり連絡しちゃって、ほんとにすみません(T_T))

チューブだらけの母は重病人であるにもかかわらず、その自覚がないようで、
息は切れているものの普通に会話もでき、
どこか途方に暮れたような困ったような顔をして、

それでもうれしそうに、わたしたちを迎えてくれました。

(不思議なことに、母が倒れる2日前から
わたしはうまく呼吸ができない状態が続いていて、
母のことも気になっていたのですが、
自分が病気になったんじゃないかと思って連絡できなかった。

彼女が入院した瞬間に楽になり、リハビリその他で母の心拍数が上がると
また自分が呼吸困難になるので、しばらくは参りました。
ダイレクトにシンクロしてしまっていたのでしょう。親子っておもしろい。)

実は夏休み前、労災申請の資料作りが佳境に入っていた頃から、
とうもろこしがクラスで切れて暴力をふるい、学校から呼び出しを受ける。
という事態が続いていましたが、

ついに、それまで彼を支えてくれていた野球部で、問題を起こしてしまった時、
わたしは絶体絶命的な気持ちになり、婚家に相談したのです。

すると、

「それは基本的にもんもくさんの責任だ。
こちらとしては警察沙汰になることも覚悟しているし、
彼にはそれだけのことが起きたと思う。
だから実際にことが起きたら、対応する」といわれたので

そうか。そこまで考えられるんだったら、もう、なんでもやってみよう。

と、ママ友のミンジェルパールちゃんのお誘いを受け、ネパール行を決めたのでした。

ネパールでとうもろこしは、世界を回る自転車旅人の西川さんに
一日行程のプチ自転車の旅に連れて行ってもらい、

辺境でボランティア活動をするドラ君に生まれて初めて胸襟を開き、
ディープで過激な話をするという体験をし
(ものすごいわくわくしたんだよ。と、あとでとうもろこしは言っていました。
誰かと話してそういう気持ちになったのは、初めてだった。と。)、

元赤軍派のRさんと、ポカラ上空遊覧の旅をして、
その飛行機がいかにハイジャックしやすいかというレクチャーを受けるなど

大変にショッキングな経験を積み重ねて、結果的に落ち着いたのですが
(その後、学校からの呼び出しは受けていません。
「ぼくは普通に生きるよ」と言っていた・笑。)

黙って二週間もいなくなったことを知った婚家の両親が、
心配のあまり私の実家に電話をかけたために、
両家の間で大変なことになっていたのです。

(夫の死後間もないのに、観光旅行にでかけた。と思われたらしい。
本人の意志にはかかわりなく、親の一存で拉致られるように出国し、異国で、見知らぬ人の間にほぼ放置されたとうもろこしには、大変気の毒なような気もしますが、
まあ、一般的には、そういうものなのかもしれないな。)

しかしその義母の怒りの電話の直後から、母の心拍数が上りはじめ、
今回病に倒れたことで、
もし、ここで母に万一のことがあったら、自分の責任であるにもかかわらず、
わたしは生涯婚家をゆるすことができなくなるかもしれない。

それはとうもろこしにとって、恐ろしく不幸なことであるに違いない。

なんとしても、早いうちに関係を修復しなくっちゃ。

と、母の状態を確認して安堵した直後に婚家を突撃し、

夫の死後、はじめて、義母と二人で話をする機会を作っていただきました。

何を言われても、わたしは聞こう。

と決めて二人で会いましたが、事前に覚悟したほど責められることもなく

(わたしがじかに話を聞くことで、義母の気持ちがすこしでも楽になればいいと思ったのですが、
実際会って考えたら、それでどうにかなるようなものではないことが、
よくわかりました。
誰かを責めても、楽にはならないのです。
楽になればほんとにいいのに。)

今までは義母には過酷すぎて話をすることもできなかった、労災申請について、
直接説明することができ、

事の次第を知って、婚家にものすごく腹を立てていたとうもろこしが、

ーそもそも関係が薄くなっていた婚家に不在がばれたのは、
彼が、送ってもらった「鉄道FAN」のお礼のメールを送るのを忘れたからなので、

いわゆる逆切れ?なのだと思いますが・笑ー

帰国後はじめて一瞬でもおじいちゃん、おばあちゃんに会うことができたので、

本当に、よかったと思います。

自分のとった行動に間違いはないという確信もあるし、
肉体があるので、やろうと思えばなんでもできる。とはいうものの、

まあしかし、自分自身の感情やその他の全部を、
立ちどころにすっきりさわやか思い通りに動かせるわけでもなく、

いろんなところに負荷がかかったらしく、わたしは大変疲れました。

そんなことがあって東京から帰ってきた翌々日、
友達と「スウィッチ」の講演会を聞いている最中に
労働基準監督署から連絡がありました。

なんと、労災認定が下りたのです。

パワハラではなく、過重労働の恣意的強要による認定とのことでした。

一生懸命資料は作ったものの、具体的な根拠には乏しく、
実際に認定をとるのは難しい、と言われていたこともあって、

その速さと結果に、驚きました。

労基署に説明を聞きにゆき、自宅に書類が届き、
一律の大変微妙な金額の保険金が下りたのを目にして、
何とも複雑な感慨にとらわれ

その日は一日中、発作を起こしたように泣いていました。

なんで泣いているのかよくわからない。

嬉しいと空しい、悲しいとありがたいの、
両方の感情を同時に持つことによって、その効果が相殺され、
ただ情緒的な高まりだけが置き去りにされたような、
宙ぶらりんの気持ち。

何かを目指して一生懸命梯子を上っていたら、
本人の知らないうちに到達地に着いていて
気が付くと梯子は外され、
あたりには全然別の風景が広がっている。みたいな。

もっと時間がかかるとも、少しは達成感があるとも思っていたので、

自分がそんな反応をおこすとは、思いもしませんでした。

あるいは、いみじくもとうもろこしが言ったように、
悲しみに向き合わないようにするために、
敢えて大変なことをしていたののかもしれない。

いずれにせよ感情は感情なので、とっぷりと味わい、納得して次に進みたいと思います。

自分でやっててなんですが、人間って、奥深いなあ。(なんのこっちゃ)
夫が亡くなったときもそうだったのかな。
抑えていた感情が爆発した時、誰より本人が、一番驚いたのかも。

学校から帰ってきたとうもろこしに

「どうも気が抜けちゃったらしく、今日の母さんは、変なんだよ。泣いてばかりいる。」
と話すと

「ふーん。なら、泣きたいだけ泣けばいいじゃん。」
とうもろこしは、かすかに首をかしげながら

「でもリビングで泣かれると、若干引くから、自分の部屋で泣いて」

といい、その間のとり方が、何ともおかしくて、笑ってしまった。

それで婚家に、結果を伝える参考にするために
担当弁護士さんのHPを読んでいたら

わたしたちのような遺族は、自身が痛みを背負っているにもかかわらず、
周囲の人たちの心無い言動に傷つく場合が多い。
ということが書かれていました。

義母の、人から、いろんなことを言われた。
という言葉を、それで思い出しました。

わたしには、そもそも人にどう見られるかを気にする。
というメンタリティがないうえに、家族、親戚はもちろんのこと、
いろんな形で支えてくれる仲間がたくさんいて

かつ、夫の周囲も同じ研究者のみなさんばかりであり、
常に状況に理解のある方々に囲まれていたために、
自身が直接、誰かから厳しい言動を受けるということはなかったのですが、

ほかの人たちは、大変だったのかもしれない。

自分も辛いのに、その上また責任を問われ、批難されるのは、どんなにかきついことだろう。
というところに、初めて思い至りました。

同じことがあっても、その後の経過が違ってくるのは、本人の受け取り方の問題もあるけど、
そのひとがどんなコミュニティに属しているかにも、よるんだろうなあ。

そういう意味で、夫の死、という一つの出来事でも、
それが引き起こす波紋の大きさや衝撃は、
同じ家族の中でもそれぞれ、異なったものであるはずで、

人生は、結構シビアです。

だからこそ、どんなふうに他者にコミットしてゆくか。ということが、
本当に大事なのかもしれない。

労働基準監督署に対する申し立ての際に

「大学が独立法人化されてから、夫や、大学関係者の方々の業務がさらに厳しくなったように思うので、
もしかしたらこれは、個々人の責任というより、
むしろ政治の問題なのかもしれない、と思うようになりました。

結果的にはパワハラでの労災申請になりましたが、
それは単に組織のひずみが引き起こした現象の一つにすぎなくて、

それが中間管理職的な最も負担のかかる場所に集中し、
更に震災の影響で、個人のレベルでは、もうどうしようもないほどに
大きくなってしまったのかもしれない。

今回は夫が大きな重荷を背負うことになったけれども、組織のあり方に問題がある以上、
立場が違えば、夫も上の人たちと同じような対応をし、
別の人が犠牲になったような気がして、そこがなんともやりきれないのです。」

というお話をさせていただいたのですが

結果説明の際、担当官の方は
立場上政治の問題には踏み込めないのですが、と断ったうえで、

「労災の仕組みは普通の会社員を想定したものなので、
そのすべてを研究者の方に当てはめることはできませんでした。

大学の先生は、労働者というより、個人事業主に近い存在なのかもしれません。

それでも、雇用者と被雇用者という関係はあるわけで、
裁量制の職域であっても、組織としてどこまで仕事をさせるかという
最低の枠組みは必要だと思いました。

そういう意味で、この事例は、ご主人だけの個人的な問題には留まらない。
と判断しました。」

という回答を、くださいました。

どうやら、わたしの、過労死防止基本法の制定を目指す署名運動の記事も読んでくださっているらしく

「労働法の趣旨は、働く人の権利を守る。ということなので、
奥さんの主張に近いものがあると思いました。
まだそれが社会的にきちんと浸透していないようなので、
もっといろいろな方に、知っていただきたいと思います。」
と。

法律は全能ではないけど、それを運用するなかにはまぎれもなく人間がいて
冷たい仕組みも、向かい方によっては血の通ったものになりうる。
ということが、

すごくうれしかった。

システムには限界があるけど、人間には、たぶん限界はない。

なにがあっても、どんなふうにでも、きっとわたしたちは、変わっていくことができるのでしょう。

すごい。

みなさんとのかかわりや、過労死防止基本法の署名運動も、
ネパール行きや、母の病気に関連した出来事も、

見えないところで全部つながっていて、

一見相互には全然関係ないように見えて、
実はどれが欠けても、今には至らなかったように思えるのです。

バタフライ効果っていうのかなあ。

よくわからないけど、そんなふうに、
わたしたちは現実を作っているような気がする。

それはいいのですが、さて。

これからどうしよう?

しばらくトホホな感じが続きそうです(笑)

なによりもわが愛する母に、元気になってもらわなくっちゃ♪
by terasumonnmoku | 2012-10-07 13:50 | Comments(0)

激動中。

いつも遊びに来てくださってありがとうございます。

現在怒涛の激動中です。

落ち着いたらまたブログ書きます。

ちゃお~(^○^) ♪♪♪

あ、その件についてまだ言語化することができないだけなので、セッションその他は随時受付中です☆彡

全然大丈夫なので安心してね\(^o^)/

一緒にしあわせを創ってゆきましょう ♡
by terasumonnmoku | 2012-10-03 21:45 | Comments(0)

宇宙真理哲学講師、らくがきすと、即興ピアニストぷらす社会活動家(過労自死遺族当事者)働くことから世界を変えるをモットーに、さまざまな活動をしています。合言葉はREBORN.大事なのは、生きることだ!


by terasumonnmoku
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