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というわけで

2012年も本当にお世話になりました。

これだけたくさんのことがあったにも関わらず、なんとかつつがなく年末を迎えられるのも
ひとえにみなさまのあたたかい支えがあったからこそと、深く深く感謝しております。

とうもろこしとわたしは、(例によって青春18きっぷで・笑)西に向かって旅立ちます。
天気がいいといいなあ。

ではまた来年お会いしましょう!

どうぞみなさま、よいお年をお迎えください。

                                        てらすもんもく
by terasumonnmoku | 2012-12-31 09:00 | Comments(0)

美塾について。

最近、伝手を頼って「美塾」というメイクの学校に通い始めました。

その外見は間違っている。と友人の及川徳子さんに何年にもわたって言い続けた結果、

近年めきめきと彼女が美しくなってしまったので、

外見についてなにも努力していない自分が、そんなことを長年言い続けたなんて、大きなお世話だった。
と反省し、申し訳ない気分になったのと
(その点については本人にちゃんと謝りました(T_T)でもやっぱり、あのドリフの聖歌隊のような服は、全然似合ってなかったと思うよ←懲りてないし・笑)

一般的にそうなのでしょうが、夫もわたしがきれいなほうが好きだったので
年齢的にも多少は努力が必要かな、と思ったのです。
亡くなる直前に髪がぱさぱさだし!と文句を言われたのがいたかった。

通い始めて初級コースがあと一回を残すのみになりました。

この学校は(といってもほかのところは知りませんが)、持っている化粧品をそのまま使えるところがいいのですが、

自分のネパール・インド・韓国産などインパクトのある基礎化粧品を、その場で出して使うことに一々躊躇します。

プラスわたしは自分の容貌にコンプレックスがあって、鏡を見るのも嫌いだったということが、この講座を受けて判明してしまった。

頭の中の自分の顔のイメージが20代でとまっており、鏡を見るたびにそれと比較して落ち込んでいた(!)ということもあるし、
あとそこに映る自分のもやもやを見たりするのも厭だったんだろうなあ。

もやもやは日によっていろいろですが、顔イメージについてはようやく実情に追いつくことができました。
めざせIMFラガルド専務理事。

それにしてもこの講座では、参加者がお互いに互いの外見をほめあわなければならないのです。

これがつらい。

人を褒めるのはいいのですが、自分がほめられると高いところにじりじりと追い詰められたような気分になり、ものすごく嫌な汗をかきます。

こんなに自己評価が低いとは思わなかった(T_T)

自分の外見の魅力を10人に聞いてくる。という恐ろしい宿題もあります。

怖すぎる。

でも耐えているうちに慣れてきました(泣)
普段なら絶対聞けないことなので、参加してよかったです。

美塾講師の拓ちゃん先生が、本当に幸せそうにチークをつけるデモンストレーションが好きです。

講座の初めに、顔を半分に分け、戦隊物の悪役のような顔をして、
美塾と普通のメイクがどう違うのかを見せてくれる時間があるのですが、

その、半分わけになったときの、彼女の得意そうな表情がたまらなく可愛いので、
これから初級講座を受講される皆さんは、ぜひそこに注目してください。

わたしにとってこれはメイクのレッスンではなく、修行です。
自己受容の訓練です。

このまま中級まで行くんだろうか。

それにしてもこの美塾という講座に、自分はいったい何を目指して入ってしまったのだろう。

いつものように、自分のことはよくわかりませんが、そんなこんなで大変だった今年も暮れていきます。
by terasumonnmoku | 2012-12-28 16:58 | Comments(0)
みなさま、お元気でお過ごしですか?

今年も残すところあとわずかとなりました。

毎日寒いですねえ(T_T)
おかげさまで、息子ともどもわたしは元気です。

この間、わたしはシュリーヨーガ版クリスマス・スペシャルエナジー&セミナーを受け、盛大におなかを壊し、ひたすらに解脱(!)への道を歩んでいました(笑)

すごかったです。

みっちゃん(齋藤先生)と、輪の真ん中に入り、大津先生のエネルギーを受けながら金色と白のエネルギーを下させていただいたのですが、終わった後のみっちゃんの、透き通るような美しさに、感動しました。

たまたまわたしは、シュリーヨーガ版と、シュリ―アカデミー版の両方のセミナー&エナジーに参加させていただいているのですが、この二つのチームで大津先生が下すエネルギーは違っている感じがします。

ヨーガ版のほうは、創造ーがメイン(濃い金)であり、アカデミー版は「救いー浄化」が大きな要素になっている。(色で言うと白に近い金)。

どちらも、最終的には創造につながってゆくので、目的地は一緒だけれども
たぶんいまは、両方からのアプローチが必要なんだろうな。

(ちなみに、なんとなくこう書くと、金のほうが波動が高いの?みたいな感じになりますが、いずれ金であることにはかわりなく、黄金は愛を中心に定める、白金は中身を詰める。ような力が強い気がする。単にどちらから行くかという問題なのかな。)

このスペシャルセミナーを受け、結果として、ダーリンが成仏しました。
すぐそばにいるけど、もうだいじょうぶ。

彼の、というより自分の執着だったのかもしれない。

わたしは単に夫として、あるいは彼の持っていた経済力やステイタスが好きだったわけではなく、

彼の本質が見ていた世界、その存在そのものを愛し、尊敬していたのですが、
そのことを本人に、最後まで伝えることができなかった。

言葉ではなんども伝えようとしたけど、どうしても伝わらなかったのです。

だからずっと後悔していました。

もし、そこが伝えられていたら、たとえ仕事を失い、夫として、あるいは社会的にどうしようもない状態になっても、彼は生きて、別の道をさがすことができたかもしれない。

彼はわたしが彼を愛していることは知っていましたが、なにを愛しているかは理解できなかった。

たぶん、ほとんどの人にはわからないんだろうな。それが普通なのでしょう。

自分自身が目に見える以上の存在であるということを、日常使う好きとか、嫌いとかいう言葉で伝えようとするほうが無理がある。

でも、いま、傍でリアルに輝いている彼を見ていると、少なくとも努力は無駄ではなかったことがわかります。

そこからエネルギーが伝わったから。

亡くなる前にあれほど苦しんでいた仕事のことも、自己否定もすでになく
ひたすらわたしや息子に愛を注ごうとしてくれている。

全力で(まったく彼らしく!)、一緒に生きてくれようとしているのです。

なんとなく、苦しみ自体に意味があるように思っていたけど
あれは変化や、解放に対する、肉体のタイムラグのようなものかもしれないなあ。
と、最近思うようになりました。

葛藤が起こっているときに、すでに結果は出ているのです。

本質が、変化を求めた。ということだから。

本当に善悪はないんだ。

ただ抵抗すればするほど、苦しみが増すことは事実なので、本質を信じて嵐が通り過ぎるのを待つしかない時期もある。

自身の本質を信じる力が強ければ強いほど、楽に変化することができます。

ところで、かねて病気療養中の母ですが、無事再入院および手術が成功し、現在着々と回復中です。

ご心配してくださって、ほんとうにありがとう。

来年はいい年にしようね。
by terasumonnmoku | 2012-12-26 10:14 | Comments(2)

悲嘆のプロセス。

くみちゃんの朗読劇、「つめたいよるに」を見て、今年のはじめの「人生最悪の夜」を思い出した。

夫が亡くなった日だ。

最終の新幹線を逃し呆然としているところに、ひろみんを連れたくみちゃんがスーパーマンのように現れ、
とうもろこしとわたしを車に乗せ、東京まで連れて行ってくれた。

遺体が安置された品川警察署でnahoちゃんと合流。

変わり果てた彼に会い、息子を義弟に預けたあと、長い長い夜が明けるまで、何も言わず三人がずっとそばにいてくれた。

大変だったと思う。

あの時、もし、くみちゃんやnahoちゃんやひろみんがいてくれなかったら、わたしは彼の遺体から離れることができなかっただろう。

寒い夜の警察署で、一人じりじりとする思いを抱いて、過ごしていたに違いない。
どこかで、精神の限界を超えてしまったかもしれない。

命綱のように、友達が支えてくれたのだ。
その存在によって。

それから眠れない夜が続いた。
毎日睡眠薬をどっさり飲んでも、2時間おきに目が覚めた。

3か月間朝が来るたびに、そういえば、夫は死んだのだ。と自分に言い聞かせた。

1月の終りに彼が亡くなり、お葬式が終わって間もなく、特に彼の勤務先からは何の説明も挨拶もなかったので、自分で彼のおかれた状況に対する疑問点を整理し始めた。

3月に整理した問題について、ひとりで大学に質問に行き、そこから労災申請の作業が始まった。

自分が実際に動き始めて、大変さは観念的なものではなく、徐々に目に見える、処理可能なものになっていった。

作業したり、しなきゃと思っている日中は辛いのに、不思議と眠れるようになり、
大変な時と元気な時にモードがわかれるようになっていった。

元気な時は本当に元気だし、ぐったりしているときは本当にぐったりしている。

怒っているときは誰も手が付けられないほど怒っているし、今も泣きながら歩いていることがある。

この間はダイエーのグンゼの肌着を見て、泣いた。
どこに泣きのスイッチがあるか予測できなくて、困る。
だからわたしはいつも怪しい黒のサングラスをかけている。

不思議に思うのは、「みうらじゅん」のように怪しい風体をして歩いていても、周りの人は意に介さないということだ。
みんな平気で道を聞いたり、レジで気軽に話しかけてくれたりする。

案外ひとは見た目より、受ける感じを重視しているのかな。

そんな毎日の中で悲嘆のバリエーションも豊富になり、これを、人は「慟哭」というんですね。と言う泣きも体験した。

悲しみや苦しみというのは、どうしようもない発作的なものを除いて、
本来それぞれが一人でやるものだと思っている。
(でも、孤独ではない。みんながそばにいてくれることがわかっているから。)

だから普通の人より、普段は明るい。

無理して明るくしているんじゃないんですか?とよく言われるが、

自分で自分の感情に蓋をして気づかずにいる。ということはあっても、そういう意味での無理はしていない気がする。

大体どんな人間でも、何日も連続で24時間怒リ続けたり、悲しみ続けるのは物理的に不可能だ。

激情を味わい続けるのにはそれはそれは体力が、必要だからだ。

その個人的な大事件から少し時間がたって思うのは、感情が盛り上がっているときは、何が苦しいのか、まったく訳が分からない状態になる。
ということだ。

いろんなことが、団子のようにこんがらがってしまうのだ。

わたしの場合は、純粋に彼の不在を悼む気持ちと、

平凡だがかけがえのない家族としての日常と、
自分がこの上もなく大切に思い、必死で支えてきた彼の世界が、

無造作に破壊されたことへの怒りが、ぐっちゃぐちゃになって押し寄せる。ということが起こった。

自分が大事に思っていたものを手放すのは、誰のせいでもなく基本、自分の問題だが、感情に振り回されている間はそこが見えない。

いまでもそれができているか。というわれると、今一つ自信がないが、
かつて夫の中に確かにあって、おそらく誰の中にも存在するであろうすばらしい世界を、
着実に受け継いで、生かしてゆくため、

わたしたち親子が、これからも彼と一緒に生きていくために

なんとしてもそこをちゃんとやっていこうと思っている。

自民党が圧勝してしまった今、政党とか主義を超えて、
ひとりひとりと、温かいものをシェアしてゆくことが本当に必要だ。
と改めて思うようになった。

人が分離感から自由になり、自分も他人も大切にして、幸せな毎日をひたすらに選択実現してゆく社会を、
一人でも多くの人と作っていきたい。

久美ちゃんの朗読劇、江國香織さん原作の「つめたいよるに」は、死の匂いのする不思議な短編集だった。

特に最初に読んでもらった「スウィートラバーズ」は孫に憑依した妻を連れて死んでゆくおじさんの話で
なんともいえず、ぐっときてしまった。

そして、誰かに憑依するなんて失礼なことは、絶対にしないようにと、そばにいたエア・ダーリンに説教した。

しんと冷えた小ぶりの美しい店内が、プールになったり、美術館になったり、落語の小屋になったりすることがおもしろかった。

くみちゃんの創るスウィートラバーズを聞きながら泣く私の背中を、一緒にいたゆかぽんが静かに撫で、隣でみほさんがもらい泣きしていた。

その空間はとっても暖かかった。

ひとりでいるから、みんなと一緒に居られるし、
みんなと本当は一緒にいるから、ひとりでがんばることができる。

そんなふうにわたしたちは生きていて、そのなかに悲嘆を癒すプロセスがあるのだと思う。
by terasumonnmoku | 2012-12-17 12:03 | Comments(0)

たませみ!

無事終了しました\(^o^)/

寒い雪の中、参加してくださったみなさま、
ほんとうにありがとうございました m(__)m

今回はセミナーの設定段階で紆余曲折があり
一時はどうなることかと思いましたが(笑)、

シェアすべきみなさまと、
こういうことがしたかった☆彡というセミナーができて、
本当にうれしかったです(*  ̄▽) 

宇宙に無駄はないなあ~としみじみ♪~

今回は現実の社会の中で、真理をどう位置づけ、あらわしてゆくか。
という実践的な問題がテーマで、具体例を挙げてお話をさせていただきました。
残念ながらCDはありません。

ご要望があれば、わたしはどこにでも出かけてゆくので、興味のある人はライブで聞いてください!(^○^) 

話の中でというか外で、というか、個人的にわたしはくりぃむぱんの助くんと、
「一番嫌いな人に尻文字でありがとうを言う会」というのを結成しました。
(今のところ会員は、わずかですが・笑)

まず自分の中にネガティブな気持ちがある、と認めることが一つの関門だったりはしますが、
物事がうまくいかないときは、誰の中でも、そういうものが頭をもたげる。ということが起こっています。

そこに向き合えたら、後はすぐに解消できなくてもいい。

とりあえず、顔はひきつっていてもいいので、それを象徴するひとや、ものに、

「ありがとう」

という言葉を出してみることは(相手ではなく自分のために・笑)
すごく有効だと思う。

(わたしも含め、どこかでみんな、自分はいいひとでいたいと思っているところがあるらしく、ネガティブな感情であるればあるほど、自分の中でその存在に気づきにくくなっている。という仕組みがある。)

頭の中で何を想像しながら言っても、波動がまったく乗っていなくても、それが

ありがとう

という感謝に向かう意思であることは確かだから。

とても尊い行為なのだと思う。

実は波動が乗っていない言葉を、わたしはずっと「嘘」だと思っていたのです。
そして、誰も本当のことをほとんど言わない、といういう現実に、
子供のころからものすごく腹を立てていたのです。

(実際、ことばと行動と心のあり方が常に一致している人は、今のところ滅多に存在しません。みんなが自分の波動を、本来よりも下げ過ぎているということが原因だと思う。)

でも違ったんだな。

時期が早すぎて向き合えない。ということもあったのでしょうが、それだけじゃない。

忍びがたきを忍び、許しがたきを許すという自分の体験を経て、
別にみんなが「嘘」をついていたというわけはなかったのだ。
ということがよくわかりました(泣)

一人の人間の中には相反するたくさんの波動があり、たくさんの思いがあります。

もちろん、すべてが同じ方向でそろっていることが理想だし
願望実現能力も、ばらけているより、そのほうがずっと強いと思う。

だけど、必ずしもそうでいなくちゃいけない、というわけではない。
実際そうしたくても、できないときはできないのです。

重要なのはすべての波動がそろっていることではなく、
今いる場所で、今の自分で、ベストを尽くすことだったんだ。

まず形から入る。っていうのはどういう場合にもありなんだなあ。
と、最近になってようやく分かるようになりました。
形から入ってしまえば、感情も思考も、後からついてくる。

否応なく。

だって結論を先に言っちゃってるんだもん。

形を創る。ということは、それが完成形なのではなく、
自分の理想に近づいてゆくための道を作ることなのかもしれませんね。

形というのは本当に便利です。

使いようによっては大変に有効です。
(しつこく繰り返すのは、いままで全然形にこだわっていなかったせいです・笑。しかし、通じるのかなあこの日記。みんなが知っていることを逆から書いているだけのような気がするぞ。)

この自分に向き合い
「一番嫌いな人に尻文字でありがとうを言う会」の会員になる心の準備ができた方は、
いつかどこかでそっとわたしに耳打ちしてください。

わたしはあなたのその思いを尊重したいと思います!

「尻文字でありがとうを言う会」のほかに、ここでは「みんなであほになろう!」という会も結成しました。

誰にも理解されなくても、バカにされても、夢みたいなことに向かっていきたいと考えたり実際にやってみたりしている人を募り、一緒に歩いて行きたいと思っています(笑・いるのか?そんな人が!)

今回はエナジーでも収穫がありました。

波動をだいぶクリアに再生することができるようになったので、
ほぼ狙い通りのエネルギーをまわすことができるようになったのです。

今回特にメインに持ってきたのが、地球にグランディングしながら、
チャクラに沿って真我のエネルギーを通してゆく。というもの。

最近過去生の記憶がもどってきていて、
過去生のサイキッカーとしての自分が、人体の幾つかのチャクラ
(同じことができる人がいるとはそうそう思えないけど、やれちゃったら危険なので一応ぼかして書いときます・笑)を制御することによって、
人を(当時の弟子ですが)自分の思い通りに動かしていたことを思い出したのです。

今の自分は、人を思い通りにコントロールする、ということにまったく興味がないので、
そういうことをする気は全然ないけれども、

逆にそのコントロールするために制御していた部分を、
地球の高い波動とその人自身の真我にダイレクトにつなげれば、
そのひとが真我に目覚め本質につながって状態で生きる
ことがしやすくなるのではないかと思いやってみたのです。

繋がった感があったという感想を得て、方向性は間違っていなかった!と思いを強くしたのでした。

わたしのエナジーはわかりやすいと思うなあ。たぶん。
いや、自分じゃ受けたことないから、あんまりよくわかんないけど(笑)

場所を提供してくださった、シュリーヨーガのみなさま、シェアしてくださったみなさま、そして日記で一緒にシェアしてくださっているみなさま、本当にありがとうございました!
by terasumonnmoku | 2012-12-09 20:10 | Comments(0)

選挙

今回の選挙、おもいきり自民党に行く流れだと思っていたが
どうやら自民は風を読み違えたらしい。

デフレ対策のすごさだけでなく、マスコミも使い過ぎだし、いろんな意味で、怖すぎる。

票がばらけそうだ。(といいなあ・笑)

ちゃんと候補者の人を見て、勉強しよ。

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by terasumonnmoku | 2012-12-07 09:24 | Comments(0)

オタク的未来。

全然関係ないが、自分のブログのトップ10を見るのが好きだ。

最近3カ月では「100日法要」がダントツに強く、二位に「フットサロン踏」の紹介日記が続くのも面白いが、(案外「ひろみんのファッションコンサル」もがんばっている。わたしが好きな人やものは、みんなも好きになってしまうらしい・笑)
「ぴちぴちの服を着た、本当に可哀想な犬」というかなり昔の日記が、突如ランキング入りしていたりするのもおかしい。

あの犬の服を可哀想に思う人は、多いのかも!

フットサロン踏ーの日記は、誰が読んでいるのかさっぱりわからない。

隠然たる勢力を誇る平沢進ファンのひとなんだろうか。

最近発売された彼のニューアルバムは完売で、ライブのチケットも抽選だそうなので、
自分が知らなかっただけで、すごいマーケットなのかも。

わたしは馬の骨(ファン)ではないが、変なものが好きな人が好きなので
フットサロン踏の店長さんのオフ会の話を、いつも興味津々で聞いている。

(ちなみにマニアが好き、というのは友人のアナウンサー&DJ&セラピストである及川徳子さんもそうで、そういう意味で彼女とすごく話が合う・笑)

平沢ファンの人々のマニアぶりは、プロのミュージシャンや、クリエーターレベルといってもよく、わかるひとにしかわからない分野で惜しげもなく自らの才能を使う。という耽溺ぶりに、うっとりする。

贅沢だなあ~。

文化ってこういうふうに爛熟していくのかもしれない。

いやいや。これからは、オタクの時代ですよ。

普通、常識的、当たり前なんてつまらない。
(評価とは関係のない部分で、社会的にできる限り自立したり、貢献することは大事だけど。)

ただ、マニアとして生きていくと、現時点では家庭や、学校や会社という小さな単位で正当な評価を受けることが、ほとんど期待できない。

よって、多くの人が暗く難しい前半生を送ることになりがちな気がする。

その人が広大な世界に出て初めて、自分の居場所を見つけて、ひとから認められたり、仲間を得たりといったことがおこるんだろうなあ。

もしあなたがいま大変な思いをしていなら、ぜひ、そのままマニアな世界を探求し、人生後半の空の上にきらめいている星を、捕まえてほしい。

個人的に、マニアは世界の未来だとさえ、思う。

今後はオタクの人たちが作り出した、特色ある小さな会社や、
いろんな価値観を持った各種コミュニティが徐々に育って行き、

その会社やコミュニティがゆるくつながることによって、共同体を形成し、

将来的にはその共同体が、今機能している国家の代わりになってゆくような気がする。

どのくらいの時間がかかるか、わからないけど。

個々の面白さを追求する人、オーガナイズする人、実際にサービスを提供する人、いろんなマニアな趣味の人がいて
うまく世界が機能していくことになるような気がする。

個人が自分の可能性を追求することで社会貢献が可能になり、

他者を否定することで、なにかすごいことができちゃった気になる今の錯覚を起こす流れは、なくなっていくと思う。

見解の相違は、発展のためのモチベーションとなり、
だれも否定される必要がなくなる。

だから、オタクの未来は明るいよ、と、鉄道オタクのとうもろこしに演説すると、ため息をついて「先は長いなあ~」と言っていた(笑)

確かに、中学生の一年は、長いだろうなあ~。

でもまあ、個人のレベルでは、あと何年かのことですよ。
国家レベルまで行くには、100年くらいかかっちゃうかもしれないけど。

そのころわたしは死んでいますが、わたしにとって重要なのはビジョンを見ることなので、その時自分が生きてようが死んでいようが、そんなことはどうでもよいのだ。

ところで、スピリチュアル系のセラピストで、プロのヒーラーであるのに、自分ではいわゆるスピ系の話には興味がない。

スピリチュアルなことは、わたしにとってはありきたりな現実なので、聞いてもおもしろくないのだ。

いのち、や、愛、というものは、わざわざ天使や宇宙人を持ってこなくても、世界を構成する重要なファクターとして、そこらじゅうで機能しており、

誰かが自分を罪悪感から解き放ち、嫌いな人を一人赦すたびに、苦しみや痛みがまったく違う形で再登場するという、世界の仕組みのほうに、どうしようもなく惹かれる。

わたしも、向かいの人も、外で見かけた怒鳴り散らすおじさんも、夢に出てきた天使も、体に取りついた悪霊も、アセンションをサポートする宇宙人も、見かけが違うだけで、
みんなムーミン谷のゆかいな仲間たちであることにはかわりない。

ただ、みんな、見えている世界が違う。

だから大事なものと大事なものがぶつかり合って、いろんなところで齟齬が起きるけど、齟齬が重要なわけではない。

いま、形をもってここにいることほど、不思議なことはない。

かたちは、ことばだ。

みんな、いのちをもって、誰かに語りかけているんだ。
by terasumonnmoku | 2012-12-05 10:26 | Comments(2)

お知らせ

*シュリーヨーガの場所をお借りしますが、ヨガの企画ではありません。
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by terasumonnmoku | 2012-12-02 21:54 | Comments(0)

宇宙真理哲学講師、らくがきすと、即興ピアニストぷらす社会活動家(過労自死遺族当事者)働くことから世界を変えるをモットーに、さまざまな活動をしています。合言葉はREBORN.大事なのは、生きることだ!


by terasumonnmoku
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