クリスタルボール

クリスタルボールは、聞くこと自体得意ではなかったのですが、

突然意欲がわいて、地球の恵みセラピストの川村かなえさんの
「わたしの音を聴く時間」という、
クリスタルボールその他の楽器の「わたしの時間」体験ーに行ってきました。

クリスタルボールは、それを鳴らしている人の波動の影響もあると思うのですが
離れて聞くと、単体で鳴った瞬間と、それが別の音と重なった瞬間と、
更に時間がたった時の響きが違うので、

音がたくさん重なると苦しくなる。

昔よく体験した、いろんな波動の影響を一気に受けすぎて、自分が誰だかわからなくなる感覚に似ています。
そういう意味では、音のあり方が「ひと」に近いのかもしれない。

効果がある。といういい方もできますね(^○^)
治療に使われていたというのも、ほんとうだろうな。
しかし、演奏会やCDで聞くのは、わたしには苦しい。

そんな苦手なクリスタルボール。
なぜその気になったのかもわからず、告知を見た瞬間に閃いて、
無理やり友達のぷりちゃんを誘って申込んだのですが、
(今にして思うと、彼女の安定した大地のエネルギーに頼りたかったのかも・笑。ごめん。ぷりちゃん!完全に無自覚です(T_T))

今回、かなえさんにクリスタルボールを触らせていただいて、認識が変わりました。

床の上には、かなえさんが使う、美しいいろんなボールが並んでいて、
その日のわたしには、その中のルビーという赤い第一チャクラに響くボールがヒットし
ずっとそれをたたいていたのです。

掌の上で長く音を響かせる方法を教えていただき、
凡そ20分くらい(長い・笑)一つの音をずっと鳴らしていたのですが、
その間かなえさんがほかのボールをたたいたり、歌を歌ったりして音楽をつくってくださり

違う音が響くたびに手の中の音が、別の音を吸収して深みを増し、
様々に陰影を変えていくのを体で感じました。

深みや陰影は増しているものの、ルビーの音そのものは変わらないのです。
共鳴、ってそういうことなんだ!と改めてびっくり!!!!!

考えてみれば当たり前です。

たとえば誰かの過去生を見る場合、わたしはそのひとの姿や形は違っても、それが誰かということはわかる。

ひとはそれぞれ特有の魂のコードを持っていて、それを基盤にして折々の自分を作っている。

誰かの影響を受けたからって、どんな出来事があったからと言って、本質は絶対に損なわれない。

なのになぜ、そんなに四六時中自分を見失っていたのか不思議です。

高い波動のほうが低い波動より優位だということは頭でわかっていても、実際に体感すると荒い波動のほうが目立つので

感覚に迷わされると、影響を受けることも出来る。

でも、実際は、自らがそれを認め、積極的に望まない限り、そうはならないんだろうなあ。

(ここでいう、高い低い、は自由度の違いです。低い波動は重く、荒く、そして自由度が少ない。限定された枠に縛られれば縛られるほど、自由度は下がっていきますが、だからといってその人の本質と、その人が出している波動はイコールではない。)

体質的な特徴から、わたしには苦手な人も、ひとが怖いということもありませんが、その時々でだめなエネルギーがあります。

クリスタルボールもそうでしたが、人がその時出しているエネルギーについてもそうで
誰かのことを話しに聞いただけでその人につながってしまうので
会ったことがないのに恐怖を感じたり、苦手になってしまうことが、いまだにある。

(しかも話の内容と、わたしの感じるエネルギーには何の関連性もないのです。そのひとがいかに素晴らしいかを聞いただけで、厭な気持になるなんて!)

相手はわたしの存在も知らず、当然何の被害もうけていないのに、
たぶんみなさんが実際に苦手な人に会った時に感じる葛藤と同じようなものを抱いてしまう。

そしてその人の、こんな感じが苦手、というと、当たっていたりするので、
あながち想像だけではないらしいのが悲しい。

先日もそのような出会い(?)があり、会ったことは愚か写真を見たこともないのに人を嫌うなんて、あまりにアンフェアなんじゃないかと思い、実際に本人に会いにいって、印象を修正すべきかーなどとどうでもいいようなことで悶々としていた時に
このクリスタルボールの体験がありました。

それで、そのひとの「ひたひたと押し寄せる重く白いエネルギー・・京都の伏見稲荷に若干の苦悩がまじったような」
に対し、掌の中のクリスタルボールが共振していたように共鳴してみたら

だいじょうぶだった(笑)

だいじょうぶどころか、それはかなりすばらしい共振体験でした。

うーん。

これはすごいかもしれない。

ところで、音の体験のなかには、ネイティブ・アメリカンの太鼓というのもあって、
ぷりちゃんがその太鼓をたたいていた時に、大きな焚火とその周りで思い思いに楽しんでいる人びとが見え、楽しかったです。
ぷりちゃんもとてもhappyな過去生のビジョンをみた、といっていました!

かなえさん、ぷりちゃん、素晴らしい時間を共にしてくださって、本当にありがとうございました\(^o^)/
緑の中、古い日本家屋で響いていたクリスタルボールの響きを、わたしは忘れません!

このところ真面目に現実に焦点を合わせていたので(ほんと?・笑)
たまに何を言っているのかわからない日記を書いてみました!
お付き合いくださってありがとう☆
by terasumonnmoku | 2013-03-31 12:20 | Comments(0)

今回は先週ボランティアで参加した、
「国分町駆け込み寺LIVE」の勝手レポートです(^○^) 

たびたびこのブログでも書いてきた、日本駆け込み寺の玄秀盛さんが、仙台で立て続けに講演されることになり、その弾丸ツアーの一角として企画されたこのライブ。

以前息子のとうもろこし一号とでかけた新宿ロフト版と違うのは、主催が仙台在住の三人の30代?男子だということ。

準備ミーティングにも出たのですが、ものすごく決めごとがゆるいのです(笑)

その場で決まったのは、集合時間だけ。

イベントって、そういうものなんでしょうか?いや、(このチームでは)はじめてだから?

やる気満々で時間に集まり、案内看板に矢印を書いたりして、お客さんを迎える準備をします。

ゲストの福島を中心に東北で活躍するモデルの植木安里沙ちゃんのあまりの可愛さに、つい夢中になって遊んでもらっているうちにわたしは完全に出遅れ、

気づいた時には控室で、主催の皆さんとともに主役の玄さん、辻本さん、書家の高野こうじさんと一緒になっていたのですが

その時の広さ6畳ほどの空間の狭かったことといったら、ありませんでした。

玄さんたちのオーラ(気といったほうがいいかもしれない)が充満し、手で触れそうで、思わず隅っこに寄ってしまった。

玄さんは、相談にのっていただいたときとも、ステージの上とも違っていて
ものすごく目つきが鋭かった。

後の打ち上げで、彼が現在の様に変身する前、銀座で豪遊していた頃から知っていた方にお会いしましたが、彼女によると「今はずいぶん表情が優しくなりました」そうで

以前はどれだけ怖かったんでしょうか。。。。。

でも同時に「昔から変わってない」ともおっしゃっていたので、ものすごく怖かったころから、きっとものすごく優しくもあったんだろうなあ~

人生ですねえ。。。。。

肝心のライブは、主催者の田中君が、ミーティングで宣言していた格好じゃなかった点だけが残念でしたが(着物で、ポップなメガネの予定ーかっこ悪いという結論に達したのだそう(T_T))

主催者の皆さんの真面目な明るい感じと、玄さんのディープでつい枠を突き破りそうになる危うさとの対比が絶妙で、
変化する今、をリアルに生で見ているよう。

誰かのために何かしたい、という思いと、実際に行動を起こしている。ところは共通だけれども、
それぞれの見ている世界も、立ち位置も、全然違う。

そこがすごくいい。

こういう感じって、きっと「今」しか味わえないものなんだろうなあ。

前述の打ち上げで、玄さんとすこしお話をさせていただきました。

「悩みの中に魂の輝きがある」というライブのなかの一言に、感銘を受けました。

というと、「悩むのはいいことだ」と、玄さんはおっしゃいました。

「あんたにも悩みはあるだろう?」

と聞かれ、でも少し考えてしまった。

個人的には、問題は抱えているけど、悩みはないかもしれない。
苦しみがあるときは、身体が変形するほど真剣に苦しんでいるし、苦しみが一段落して、当面の問題があきらかになったときには、もうそれを解決するために走り回っているので、ちょうど、悩みーという語感から想像し得るものが思いつかないのです。

悩みって、世界が自分の思うようにならないところからきているような気がする。

自分の問題を整理しないで、ずっと抱えていると悩みになるような気がする。

と、考え込んでいると「そこで考えるようじゃ、まだまだだな」と言われました(笑)

その時玄さんの中にある、とても深いもの(決意のような)がダイレクトに見えた気がして
感動してしまった。

今まで何度か、エイズだと思って死を覚悟した時、自分には5人の人間を道連れにしようという思いしかなかった。という玄さん転換期のエピソードを聞いたことがありましたが

それかもしれない。

玄さんはきっといまも、死に直面してさえ人を殺すことしか考えられなかった自分を救おうとして、
実際に救い続けているのかもしれない。

ネガからポジに向きを変えた苦悩が、ダイナミックに他を変容していく。

その瞬間を、ダイジェストで見せていただいたようで
じーん。としたのです。

じーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん(ToT)

この世界は素晴らしい(T_T)

この企画に関わられたみなさま、ほんとうにありがとうございました。
by terasumonnmoku | 2013-03-28 11:45 | Comments(0)

傷。おわりとはじまり。

また時間が戻り、記者会見の翌朝、夢を見ました。

わたしはどこかの会社の苦情処理係をやってきて、
最初に苦情の電話を受けてトラブったらしい誰かと交代したのです。

やれやれ、と思いながら話し始めましたが、言っていることがよくわかりません。

そうこうするうちに苦情の相手らしき痩せた男性が
携帯で話しながら事務所のドアを開けて入ってきて

3メートルくらい離れた位置でわたしをみて
はっとした顔になり
いきなり、サイレンのごとく超音波のような声で、叫び始めたのです。

アァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!

空間が歪むほどの長い長い絶叫が終わると、
彼の両目と、耳と、鼻の孔と唇の端から血が流れ出し、
だらだらと流血する魂の抜けたような顔で、彼はゆっくり首を動かして、わたしを見ました。

ぽかん。

??????

びっくりして、そこで目を覚ましました。

目が覚めてしばし呆然とした後で、もしかしてあれは自分の「傷」だったんじゃないか。
と思いました。

グロテスクでオカルトチック。
一見ものすごく痛々しいのに、苦情の彼、わたしの「傷」は、
見た目ほど大変そうではありませんでした。

理解できない状況に押しつぶされ、ただ圧縮されただけ。うまく言えませんが。
あんなものが胸に詰まっていたら、息が苦しいのも当たり前だ。
無我夢中で動き回ったおかげで、ようやく外に押し出されてきたのかもしれない。

それから、希望の会の遺族への手紙を書く、という指令が弁護士さんから下り、そつなく書いてささっと送ったところ、表面的に済ませようとしたことが看破されたらしく

もんもくさん、ご自身の気持ちを正直に書いてください。
と再指令が出て
胸に嵐が吹き荒れるような心理的抵抗の中、あきらめの境地で手紙を書きました。
何かについて怒ったり、息子の心配については書きもしたけど、自分の気持ちそのものについては表現したことがなかったことを、思い知らされました。

「ほんとうのきもち」

うんうん言いながら書き終わり、書いたことで感情の蓋が開いたらしく、わたしはさめざめと泣きました。まるで緊張の糸が切れたように。

余りに長い間泣いている母を心配して
「どしたのさ?」
と、とうもろこしが尋ね

「わたしは父さんが死んで、ほんとうに悲しい」
と泣きながら説明すると、

「初めて言ったね。」
と、息子はふふっと笑い

「よかったじゃない。言えて。。。。

よかったんだよ。あーよかったよかった。」

と言った後で

「まあ、好きなだけ泣きなさい」
と、偉そうに付け加えて、満足げに部屋に帰って行った。

よかったのか。

おわりとはじまりが一緒に来るような、そんな春を迎えました。

c0195362_12433435.jpg

by terasumonnmoku | 2013-03-23 10:51 | Comments(0)

前回の日記の翌日は、「つなげよう希望の光 世界一大きな絵2016 IN 宮城キックオフ」というイベントに参加しました。

なんと友人の及川徳子さんの朗読とピアノで初セッション!という企画です(^○^) 

この日の昼間は、希望の会の活動で自民党総連に行き
小さなビルの、みしみしする階段を上って通された部屋に並ぶ金襴緞子な椅子に、びっくりしながら会への協力をお願いしていたのですが、

気持よくお話を聞いていただいて帰る道すがら、一緒にいた弁護士さんに

「今日はこれから、20年振りに人前でピアノを弾くんです。
途中でフリーズしたらどうしよう。
どうしていつも、よく考えずになんでもやってしまうんだろう。
ああ。わたしの人生ってこんなもん。」

と、ぶちぶちぶちぶち、ずーっとこぼしていて、
この週ずっとそうだったように、自分で自分が情けない(笑)

そんなこんなでリハーサルに行くと、徳ちゃんが朗読することになっている「この星が絵でうめつくされたら」の原作者であり、世界的なアーティストの稲吉紘実先生が(ウィキってみるとほんとにすごい方みたいです・泣)、緊張感いっぱいの面持ちですでにいらっしゃっていて

張りつめた空気の中でピアノを弾きはじめると
・ ・ ・   3秒で止められました。

「わかりました。それだけ聞けば十分です。大丈夫だと思います。」

とのこと。

わかります。

わかるけれども、いかんせんわたしは、徳ちゃんと、それまでたった一回しか音を合わせておらず、お店のピアノにも慣れていなかったので、もっと弾きたかったです(T_T) 

(後で稲吉先生に伺ったところによると、先生はわたしを、「前衛的なピアニスト」と紹介され、なにか過激なことをするのではないか、という危惧を持たれていたそうなのです。ピアノを燃やしたり!即興と前衛は違うと思うけど、イメージが混ざってしまったのかもしませんね(^○^) )

実のことを言うと、この伴奏を頼まれた時、当の徳ちゃんもわたしの演奏を聞いたことがなかったのであり、(自分もそうですが)彼女も相当なチャレンジャーだと思います。恐るべし。

しかし、開始予定の6時になっても、来るはずのゲストの生徒さんたちが到着しません。
右往左往しているうちに時は過ぎ、スケジュールもわからないままものごとが進行します。

Earth Identity Project の河原会長が一生懸命、指示を出していらっしゃいます。

明確なビジョンを持ち、周りの都合や思惑に拘泥することなく、大きなビジョンにまっすぐに向かってゆくその姿を見ているうちに、わたしはすっかり会長のファンになってしまいました(^○^) 

そんなに立派な方だったとはつゆ知らず、ピアノの椅子を分け合って一緒に座ったり、
会長が用事がありそうなひとに代わりに手を振ってみたり(いや、ご本人がそれを望んでいたのかどうかはわかりませんが)、終わりごろ迎えに来られたご主人と帰られる会長を、無理やりハグしてお見送り、したりしてしまったのでしたщ(゜ロ゜щ)

前半には宮城大学の風見先生と、稲吉先生の「アートと復興2」という素晴らしい対談もあったのに、朗読の時間が迫ってくる緊張と相まってほとんど耳に入らず、

ただ、厳しい現実に向き合ってゆくために、ハートを愛で満たし、魂を自由にするアートの力は必要不可欠だ!と、心に思ったことを覚えています。

肝心のピアノのほうは、思いがけず大好評で、ほんとうによかったです!

風見先生には、癒されました(!?)とメッセージを頂き、稲吉先生には、絶賛していただきましたw( ̄o ̄)w

すごい!!!!

女性版キース・ジャレットといわれ、
それは明らかに言い過ぎだと思うけど、うれしかったので書いちゃいます(笑)
あとメロディがある。とおっしゃってくださいましたが、メロディ、ってなんだろう?
坂本龍一さんの曲が持つような、特有の色のことだろうか。
だとしたらむっちゃ光栄だなあ。

わたしからは見えなかったけど、会場には泣いている方もいらしたそうで、そんな中にいられて、徳ちゃんと一緒に「この星が絵でうめつくされたら」の、美しい世界を紡ぐことができて、ほんとうに幸せでした\(^o^)/

徳ちゃんとは長年にわたる友人で、深い信頼関係があったということが、良い結果につながった気がします。世界を共有できるから、読みやすかったんじゃないかなあ~♪もともと素晴らしい朗読が、更に違う素晴らしさになったんじゃないのかなあ~♪

終わった後、稲吉先生、徳ちゃん、ひろみんの4人で、
お茶に行きました。

それで、河原会長と一緒にお仕事をするのは大変ではないですか?とお尋ねすると
先生は「大変ですよ。」とお答えになった後で

「でも会長は、ほんとうの意味で大勢の人を救っているし、国連や、各国の国王などを巻き込みながら、本気で世界の平和のために活動している方なんです。それを思うと、そういうことは全然気にならないんですよ」
とおっしゃってました。

河原会長は、バングラディッシュで丸腰で銃撃戦を止めた女性としても有名だそうで、そのお話を聞いて、ますます好きになってしまった。

その場における成立可能なぎりぎりの限界に向かって、すべてを盛り込んでゆく意志の強さと明確さに、周りがついていけないことも多いのでしょう。
そしてその意志の明確さがあるからこそ、これほどまでに規模の大きなことを達成されてこられたのだと思う。

会長のような人になりたいです。
息子が大きくなったら、かばんもちになりたい。
あ、でも、わたしはあまり役には立ちませんが。。

それにしても稲吉先生のお話は、おもしろかった\(^o^)/

本当にすごい方なのに、今回の企画のポスターををさくっと作ってしまったり、わたしたちときさくにお茶におつきあいくださったり、何の肩書きもないわたしに一生懸命お話してくださったり。

w( ̄o ̄)w

そしてまた、先生の書かれた物語が、河原会長の手で現実となり、何年もかけた大きなプロジェクトが継続されていて、世界中の子供たちの描いた大きな絵が、着々と仕上がっているところがまた、すばらしい(T_T)

今回の会場にも、幼稚園の子供たちが描いたものすごく大きな絵が飾られていました。
こんなふうにこどもたちの描いた絵で地球がいっぱいになったら、そのときほんとうに世界が癒される。ということがはじまるのかもしれない。

結果ではなく、そこに向かっている過程を、わたしたちは「幸せ」と呼ぶのかもしれませんね☆

行動する。ということの新しいイメージを、そこにいた全員でつくりだしていくような
3月11日にふさわしい、夢のように美しい夜でした。

参加してくださいましたみなさま、
この空間を一緒に作ってくださった運営のみなさま

ほんとうにありがとうございました m(__)m

そして徳ちゃん!声をかけてくれて、ほんとにありがとう(涙!)

わたしはとてもうれしかったです(T_T)
by terasumonnmoku | 2013-03-18 15:12 | Comments(0)

順番がさかのぼります。
「この星が絵でうめつくされたら」の朗読会がエルパークで催されていた今月10日、

わたしは社団法人 宮城県社会福祉会主催の
「自死遺族・震災遺族支援に関わるものの研修会」
というところに参加しておりました。

遺族としての体験を、実際の支援に携わる方々
(社会福祉士、介護支援専門員、行政の窓口などのみなさん)とシェアすることで、
具体的にどのような支援が可能なのかを考える。という目的の会でした。

震災遺族や、自死遺族支援に関わるなかで、実際に体験者から話を聞こうとする団体はほとんどないらしく、いろんな意味で手探りの状況が続いているのでしょうが、

遺族の話というのは、同じ立場の私が聞いてもディープで
こういう会があること自体が救いであり、人というもののすごさだと思います。

11日の震災イベントが続く中、30名弱の方があえてこの会に参加されたということに、
今の状況をなんとかしていきたいという意欲を強く感じ、
皆さんの勇気に、感動しました。

自分の話の中で

「わたしは心の中に<名言集>を持っていて、出会った方にいただいた光る言葉をそこに集めている。
混迷の中で、電話をした折に自死遺族の会の田中さんにいただいた、

<ご主人は、生きたかったのよ>

ということばが、名言集の中でも特に燦然と輝いており、今もわたしを支えてくれている。」

というようなことをいったら、なぜか全体の内容ではなく、名言集のほうに質問が集中し、
ほかにどういう言葉があるのかを聞かれました。

なのに頭がフリーズして、一つも出てこなかった(T_T)

それが悔やまれてなりません(T_T)

いっぱいあるのに。

今度この話をするときは、ちゃんと例を考えておいてから言うようにしよう。

(ちなみに、名言集と同時に、シチュエーションごとの「びっくり発言集」というのもあって、ここぞ!という時に使います(^○^)一番最近では、「再発防止委員会」のときに、使わせていただきました(笑) ご存じのように、わたしはそんなにいい人ではありません。)

ほとんど、父親に自死された状況でとうもろこしとどう生きるかについての、
悪戦苦闘の日々についてを話し

そのために、この一年を振り返ってまとめる過程で、
わたしがとうもろこしのために頑張ってきたことは、
実は彼のためでも何でもなく、すべて自分のためだった。
というところに、はじめて思い至りました。

ひとは(格好つけて書いているだけで、まあ、自分のことですが・泣)、
自分では認めることも受け入れることもできないような、醜い感情を持つことがあり、
それを子供やほかの家族の問題に仮託してやっと外に出す。ようなことをするものらしい。

醜い感情を誰かにぶつけ、他者に受け入れてもらうことで、
初めて自らの感情を受け入れ、手放していくことができる、仕組みなのかもしれないね。

それがわかっただけでも、この研修会に参加させていただくことができて、ほんとうによかったです。

後で専門家の皆さんの感想を伺うと、
わたしのじたばたぶりは、大きなトラウマに出会った時の、親としての理想的な動きであったそうで、

ほめられました(笑)

びっくり!!!!!!!!

子どもの痛みを受け入れて、大人として耐える~というのが理想の様にどこかで思っていた。

ただ受け入れて耐える~というのは、こどもにとって、最悪の反応であるそうで、
子供自身の問題解決する力を、根こそぎ奪うことになるらしい。

わたしのじたばたぶりが、彼の状況の鏡の役割を果たし、力になったんですよ。と言われました。

あれだけいろいろ奮闘したのに、結局のところ、息子のためにできたことは何もない。
というのが、自分の中の結論だったので、意外でした。

なにもできなかったにもかかわらず、最近とうもろこしの八つ当たりが減ってきたのは、そういうことだったんだろうか。

いや、わたしが八つ当たりしなくなっただけかもしれませんが(笑)

専門家、といえば、これまでうけていた大学の臨床心理学教室の親子カウンセリングが
とうもろこし担当の大学院生の方が卒業されると同時に終了しました。

このとき、担当の先生に、
「大きなトラウマに遭遇した場合、それを人に話すことが回復の早道だと一般に言われています。
でもそれができるひとは、ほとんどいない。
もんもくさんの場合は、話ができたことが、こんなに早い回復を促してきたのだと思います。」

と言われました。

ほんとに、もう誰にも言わなくてもいいくらいひとに話しました(笑)

体質的なことがあって、わたしは人に期待はしていませんが、
ひとの本質そのものを、信じています。

だから話すことができるのかもしれないな。

ひとが自分をどう見ているか、が手に取るようにわかるので
それを気にする必要がない。というのが大きいんだと思う。

ひとがわたしをどう見るか。は、
わたしがどういう人間か、というより、
その人自身がどんなひとか、
その人が何にこだわりを持ち、どういう学びをしているかーということを如実に物語ります(笑)

それはそのひとの人間性とも、直接的には関係がない。

この辺、うまく伝わるかどうかは、心もとありませんが。


ところで、前回の日記の記者会見の模様を、学校から帰ったとうもろこしに報告すると

一言、「かっこわるっ!」

と言われました(笑)

確かになっ(^○^) 

でも、自分的には一つの山を越えたので、充分満足です。

ばんざい!
by terasumonnmoku | 2013-03-15 11:32 | Comments(2)

というわけで、記者会見に行ってきました(^○^) 

ドラマに出てくるような場面を想像し、何日も前から、口から魂が飛び出るほど緊張した割には、テレビカメラもなく、写真も撮られず、記者さんは三人だけでした(笑)

場所は裁判所の中にある、司法記者クラブというところで、
細長い、少し汚れた白い壁の前に、会議用のテーブルがいくつか並べてあるだけの殺風景な部屋でした。

取材は受けたものの、今の時点では記事になるのかならないのかすらわかりません。

なったとしても、使われるのは全体のほんの一部だと思うので、
一応発表した内容を、ここに転載しておきます。

万一記事になったら、どこがどんなふうに使われ、あるいは全然使われていないのかをみてみてね。

たぶん、河北新報だと思います。

自死遺族の会では、社会的に「自殺」という言葉を「自死」に変えてほしいという要望をだしていますが、それがなかなかむずかしいそうです。

遺族としては、同じ立場の人以外から「自殺」といわれるたびに、死んだ家族ではなく、自分自身が新たに殺され続けるような気がする。
その言葉を目にするたびに塞ぎかけた血管から、また血が噴き出すように感じるのです。
だからぜひ「自死」に変えてほしいと思いますが、

ただ今回の場合、担当の記者さんが「自死」で記事を書いても、どうしても上にそれが通らない。
という苦しい事情を話してくださったので、了承しました。

だから記事が出るとしても、生々しく「自殺」で出るのだと思いますが、世の中的にそれは仕方のないことなんだろうなあと思っています。

*弁護士の土井先生による「東北希望の会」(過労死遺族の会)の概要説明
  
*夫の自死にまつわる詳細な内容(具体的な所属とこの日記の「一周忌に寄せて」の内容とほぼ同じ。    と自己紹介の後で以下の文章を読み上げました。


        *                *                  *

過労死、過労自死は、あってはならないできごとです。

それが、大切な家族に起こりました。

彼が追い込まれていった状況は理解できても、その事実を受け入れるのは、ほんとうに耐えがたいことでした。

夫の死、そのものが悲しくつらいことなのに、過労自死という状況は、大切な夫が、社会や組織から無残に扱われた上に、更に本人の自死によって、家族としての自分を、全否定された、という意味を持つからです。

息子と二人で、これからどう生きていけばいいのかわからない。
という状況が続きました。

そんなわたしたちを、家族や友人、ここにおられる弁護士の土井先生や、労災申請の過程で出会った他の過労死遺族、自死遺族の皆さん。彼の研究室の学生さんやスタッフはじめ、たくさんの大学関係者の方々、が、立場を超えて全力で支えてくださいました。

激しい失意の中で、死の数時間前まで、学生さんたちに対する責任を必死で果たそうとした夫の思いが、まわりまわって、いま、わたしたちを支えてくれているのだと思います。

ひととひととの、つながりこそが、宝物なのだ。
と言ってくれた友人がいました。

本当にそうなのだと思います。

夫を支えきれなかったことで、形の上では、二重三重に否定されたわたしたちを、立場を超えた、人と人とのあたたかいつながりが救ってくれました。

だからこそ、わたしも、信じるところから始めたい。

夫が、本来そうだったように、人は目に見えるよりも素晴らしい存在であり、わたしたちには状況を変える力があることを。

信頼と尊敬に基づくつながりこそが希望であり、わたしたちの未来であることを
まず信じるところから始めて行きたいと思うのです。

ものは分け合えばなくなりますが、希望はわけ合えば分け合うほど、大きくなります。

これから出会う、過労死遺族のみなさんや、支援をお願いする一人一人の方々と、わたしたちは絶望ではなく、希望をわかちあってゆきたい。
ひととひととの温かいつながりの中で、息子と生きていきたいと思うのです。

そういう願いを込めて、この会に「希望の会」という名前をつけました。
皆様の温かいご支援とご協力を、心からお願いいたします。

                                                       おわり 
                                           
*かつ土井先生からの補足説明として、わたし以外の過労死、過労自死遺族には、親族からの心無い発言で傷ついている人が多い。そのひとたちのためにも、同じ立場の遺族が集まって自然にいられる場所を作りたいと思う。

*ただ仲良しクラブを作りたいというわけではなく、わたし自身が過労死防止基本法の署名活動をおこな    い半年で、1000人からの署名を集めた。過労死をなくす、ということで広く社会的に活動を行うことが、遺族が立ち直る一つのきっかけになるのではないか。ということを紹介していただきました。


 
by terasumonnmoku | 2013-03-13 17:53 | Comments(2)

お騒がせしました!

あれからわたしは、大津スクールの瞑想の会に行き(いわゆるエナジーです。詳しくは及川徳子さんのブログをどうぞ♪)、胃痛、見事に治りました。

やることが山積みなので、ほんとによかった(なのにブログを書いているが・笑)

やりたいことがある人には、ほんとにすばらしい場所だと思います(^○^) 

今日は友達の加奈ちゃんと、篳篥(ヒチリキ―雅楽器笛の一種)とピアノデュオの練習。

今回新しい取り組みとして、雅楽の曲に、全然関係のないジャズのスタンダードナンバーを合わせみる、というのを試してみました。

楽しい~。

新しいことをすると、わくわくするなあ。

夢も広がるし。

意外と合うんだよね。これが。

夕方は、友達のやすりんさんに、東北希望の会の書類をもらったり、
やりたいことを、二人でシェアしたりしました\(^o^)/

千客万来です。

いったい、どうしちゃったんだろう。

明日は明日で、セッションもあるし、そのあとまた人が来るのです。

というわけで、今までの様に、ただ会って近況報告をしあう、というのはもう無理な状況なのであしからず。

それより一緒に何かしましょう。

新しい明日のために(おお!大きく出たな)

ようやく気持ちが落ち着いて、今は10日のセミナーの原稿を作っています。
(見ないけど、本番で頭が飛んで、ここはどこ?わたしは誰?になったときに安心なので)


セッションのようなつもりで、話をするといいのかもしれない。

人に言葉が届かなくて、自分だけが走っている感じは、
こどものころの、どうだうまいだろう!みたいな感じで楽器を演奏していた時の感覚に似ているから(笑)

ああ。いろんなことが、ぐっと楽しみになってきました(*  ̄▽) 

ぐふう(ニヤリ)
by terasumonnmoku | 2013-03-08 20:29 | Comments(0)

胃にブラックホール。

この週末から、立て続けに抱えているビックイベント(わたし的には(T_T))の
プレッシャーで、胃が痛くなってしまった。

おなかにブラックホールができて

そこに向かって、すごい重力で体が圧縮されていくみたい。

なんだか死にそうで(まあ、気分的に)ちょうど連絡を取る必要のあった、
いとこと友達の加奈ちゃんに、

「プレッシャーですごくダメな感じ」と泣き言メールを出したら

2人から大変自然なハートマーク付きの、ものすごくあったかい返信が届いた。

それを見てなぜか重力が弱まり、やって行けるような気がした。

そういうことって、いままで誰かにはやってきたような気がするが、自分がしてもらったのははじめて。

案外一人で抱え込むタイプなのだが、
これまでは抱え込めることしかやってこなかった、ということなのかもしれないな。

突然なにがしたくなるか自分でもわからない。

それが身の丈に合うかどうかも全然考えないので、
無謀なことを企画しては、直前になって泡を吹く。

そんな時、いつもはわたしのやっていることにさして関心がなさそうな顔をしている夫が
必ずすかさずやってきて、からかったり、説教したり、
何かと構ってくれていたことを思い出した。

目論見が外れ、撃沈しているわたしを
ぎゅううっと抱きしめて励ましてくれたりもした。

その失敗は、彼から見れば本当に些細なことで、
しかもその時彼は、震災後のものすごい重圧の中で働いていたのに。

どんなに周りに愛がたくさんあっても、行動し、成長しなければ受け取ることはできない。

逆に言うと自分が変化し、
大きく成長すればするほど、宝物が増えていく仕組みなんだろう。

着々と準備して、冒険に出かけよう。

ひとりじゃないから、きっとだいじょうぶ!



ところで、10日の日は夫の関係のセミナーで話をすることになったので、
徳ちゃんの朗読会には参加できなくなりました。

ものすごく残念です(T_T)

みなさん。わたしのかわりに、どうか張り切って絵を描いてきてね(T_T)
by terasumonnmoku | 2013-03-07 09:48 | Comments(0)

ひえ~。もう三月ですねえ。

みなさま、お元気でお過ごしですか?

きのう、友達のかなちゃんが、夫の仏壇に桃の花を供えてくれて
それで初めて、明日が雛祭りだということを思いだしました。

ありがたいことです。

一人で勝手に賛同し、半年前から始めた過労死防止基本法の制定を目指す署名活動も、今日で
1000人を突破しました。

ぱちぱちぱちぱち!!!!!

始めた時は一人だったのに、声をかけて署名をお願いしたみなさまの更なるあたたかいご協力により、
どんどんどんどん輪が広がって

1000人!!!!!!!!

うれしい(T_T)

全国から100万人の署名を集めることを目指すこの活動。
残すところあと15000人だそうで、わたしも次の1000人に向けて、
再スタートです。

これは政治家の皆さんに法律の制定を考えてください。という活動で、
署名を集めたからと言ってその先がどうなるかは、わからない。

でも、法律を作ることだけが目的なのではなく、
個人においても、集団においても、心の中にあるものが具現化される。とわたしは信じていて

今の社会に過労死があり、戦争があり、原発があるのは

社会の構成分子であるわたしたち一人一人の心象風景の中に

「社会は不平等で、ものごとは常にままならず、たまにしか幸福はやってこない」的な共通概念(ものぐさ精神分析の岸田秀さんふうにいうと共同幻想みたいな・笑)

があるからだ。と考えているのです。

だって人によって作られたこの世界のすべてのものは、車だって、農業だって、資本主義だって、はじめは誰かの頭の中にしか、存在しなかったものなのですから!!!!

だからわたしは

<わたしたちの生きているこの世界が

立場を超えて尊重し合い、

誰もが安心して子供を育て、

幸せを生きるために

働ける社会」


であることが当然。>

という共通認識を、まず自分たちの中で育ててゆくことが、ほんとうに大切だと考えているのです。

ロマンチックすぎるかもしれないが、ロマンチックでいいのだ。
(誰に向かって言い訳しているのかわかりませんが・笑)

いろいろなことを「他人事」にしているから、おかしなことが起こるわけで

起こることのすべてをみんなが自分の問題として捉え、

「互いを尊重し、誰もが幸せを生きる事が当然」

という概念が普通であるような社会には、
戦争なんてありえないし、エネルギーを原発に依存するなんてことは、考えられないと思う。

そういう社会を、わたしはこどもに生きてほしい。

すぐには無理でも、そこに向かって努力する姿を見てほしい。と思うのです017.gif

この春には、もうひとつ、とてもありがたくうれしいことがありました。

夫が亡くなったその場所に、ずっと住み続けていた彼のご両親が
義弟の建ててくれた一軒家にお引越しされたのです。

毎日毎日、その場所を丁寧にお掃除し続けたお母さんのお気持ちを考えると、ほんとうにいたたまれない思いだったので、うれしくて涙が出ます。

自殺の現場は忌み嫌われるものらしく、賃貸の場合は貸主側から家族が殺したように責められたり、訴訟沙汰になることも珍しくないらしいのに、うちの場合は大家さんが、両親の引っ越しを心から祝ってくださったのだそうです(泣)

すばらしい。

大家さんも素晴らしいけど、この長い長い一年を、誠心誠意尽くしてきた両親も素晴らしい(T_T)。

夫が重症のマザコンだったので、長年わたしは義母に焼きもちを焼いていて、彼が連れ去られるように東京で亡くなったことに相当量の恨みを抱いていたのですが、

彼は高校で寮に入り、48年の短い生涯のうち、たった15年しか一緒に暮らすこともできなかったわけだし、
あれだけ好きだったお母さんの元で最期を迎えることができて、
よかったのかもしれない。と、最近ようやく思えるようになりました。

世界を敵に回しても守りたいと願うような、自分の息子に対する気持ちを考えると、
これだけの思いがあって、なお彼を助けられなかったのなら、
自分にも、ほかの誰にも、彼を助けることは無理だったに違いない。という気がします。

だからといって、お母さんが救われるわけではないと思いますが。

きっとそうだったんだろうなあ。

それにしても人を恨むのは実に疲れることなので、恨み終えられてほんとうによかった。

長かったです。。。

そんなこんなの春ですね!

個人的にもこれからイベントが目白押しです016.gif

きっとそのたびに、署名活動もしちゃうと思いますが、用紙をもって、どこにでも突撃してゆくわたしをみかけてしまったら、どうか大目に見てくださいね(笑)!

みなさまにも、おだやかな、素敵な春でありますように♪
by terasumonnmoku | 2013-03-02 12:50 | Comments(0)

生きる意味が見つからないなら、自分で創って育てちゃおう!というブログです。やっていることはさまざまですが、常に生きることに向かっています。

by terasumonnmoku