さて。昨今大好きだった野球部で先輩とそりが合わず
練習もさぼりがちで、学校自体が嫌になり、悶々としていたとうもろこし君。

あれほど好きだった素振りも、壁打ちもしなくなり
いつ壊してもいいように常に100円で用意しているゴミ箱に当たり散らしながら、
ギターとカラオケ三昧の日々。

そんな中、朝になって「面倒だから行きたくない」。
という息子に、鬼のような形相で「当日キャンセルはだめ」と迫り、

ロックバンドおかんPRESENTS☆Road to大阪城ホール UCHIAGE ツアー in仙台
(「ドリプラ☆東北魂2014」キックオフイベント)に、
引っ張り出すことに成功しました(笑)

「おかん」のライブはソウルフルで熱くすばらしく
お父さん代わりのおじいちゃんが亡くなった後も、
その血が自分の中で流れている。
生きている間には言えなかった、ありがとうと言おう。
というボーカルのDAIさんの詩と、深くしみる声にとうもろこしは涙し、
YOUさんの、きらきらと金色の泡がはじけるような、幸福なギターの音に感動し、

ライブが終わった後も、一人でどんどん、スタッフやバンドのみなさんと
上気した顔でコミュニケーションをとり、誰よりもうれしそうだった。

わたしは途中で帰ってしまったけど、彼は最後まで残って
ライブスタッフをされていた彼の家庭教師の先生と、そのおともだちにつれられて
あるイベントの自主制作CDの、バックコーラスの録音に引っ張り出され
興奮した面持ちで夜遅くに、帰ってきたのでした。

それから、ライブ会場で売っていた「NO BORDER」というYOUさんを
モデルにした小説を読み、勧めてくれました。

「みんな、いろいろあるんだね」といいながら。

その小説には、口唇口蓋裂という障害と、お父さんが在日コリアンという環境に生まれ
ミュージシャンを続ける過程で悩み、インドでの数々の出会いから「線を引いていたのは自分自身だった」
ということに気付き、障害を障害のままで受け止めて
夢をかなえる、という選択した過程が、わかりやすく書かれていました。

本の感想を話しているとき
「インドも、ネパールと似たようなものなんでしょう?」
ととうもろこしに聞かれ、ネパールよりインドのほうがきついよ。
と正直に答えたけど、
混迷の極致で、わたしが無理やり!彼をかの地へ引きずって行った意味が
ようやく伝わり始めたみたい。
「でも、子どもだからしんどかったよ。」(笑。そりゃそうだ)

朝、違法な業務用エレベーターに挟まれ、働く人が次々に事故にあっている。
というニュースを一緒に見ました。
「こういう事故で亡くなる人って、自死遺族より数が少ないから、
きっと大変なんだろうなあ」
と、彼が感想を述べているのを聞いて
泣きそうになりました。成長してるなあ(T_T)本当に成長している。

一つ大きな不幸があると、周りが見えなくなる。
自分だけが不幸なんだと思いがちで
そう思うことで、人と自分の間に線を引いてしまうのです。

人に対して線を引くと、人の問題は見事に他人ごとになり、誰もがどこまでも残酷になることができます。
自分に対して線を引くと、自分の問題や苦しみは、逆にどんどん大きくなって、
最終的には自らが壊れるところに行きつきます。

(差別というのは、する側の問題もありますが、される側が、線を引くことによって、自ら創るものでもあります。単純にひとから差別されるより、差別を疑いなく受け入れてしまうことのほうが、遥かにダメージが大きいように思う。)

ふつうの幸福。なんてものはどこにもない。
みんなそれぞれにそれぞれの課題を抱えて
一生懸命に生きてるんだ。ということを、とうもろこしには、どうしても知ってほしかった。

そしてその上で、幸せに生きる。ことを人は選択することができる。
それは誰でもない、自分が決めることなんだということを
わかってほしかったのです。

ステージの上のYOUさんがあまりに幸せそうで、楽しそうで、本当にうれしかった。
小さなホールの、たった30人ほどのお客さんの前で
それでも、音楽を通して会場と一つになる喜びが、ばんばんと伝わってくる。

サインをもらいに行って、ギターをやっている。と言ったとうもろこしに、
YOUさんはピックをプレゼントしてくれました。

SNSでピックのお礼を言うと、
ちゃんとコメントが返ってきたのだそうです。

うちの子は、もうだいじょうぶかもしれない。
と、初めて思いました。

この先わたしがいなくなっても、こうしてちゃんと人に出会い、
出会うことによってそのたびに、新たな自分を見つけていくことができる。
(まだ死にませんけど・笑)

その先にはどんな世界が広がっているんだろう。
わたしの見たことのない景色を、彼はこれから見ていくのです。
by terasumonnmoku | 2013-11-28 11:41 | 家族 | Comments(2)

このブログのレポートのなかの「検索キーワード」というのを見ていたら
「京セラ ブラック企業」という言葉が出ていました。

稲盛会長の講演を聞きに行った時、
ちょうどわたしは夫の蔵書の中にあったワタミの渡辺美樹さんの「きみはなぜ働くか」を読んでいて、
企業経営におけるロマンの用い方について、懐疑的になっていたのです。
それでなお、講演に感動してしまったので、
がっかりというか、やっぱりというか、自らの不明を恥じるというか
大変複雑な気持ちになりました。

調べると京セラでは2006年に入社3年のSEの男性社員の、
過労と鬱による急性アルコール中毒での過労死事件も起こっており、
稲盛さんがどんなに素晴らしくても、やっぱりそうなのか。と改めて思いました。

感動、とか夢、とか、愛、という言葉はわたしも大好きですが、
それはあくまで自分自身の中から生まれてくるもので
他から押し付けられるものではない。

渡辺さんより、稲盛さんの思想のほうがはるかに
内容は深いと思うけど、

もとがどんなにすばらしいものであったとしても、
個人の思想が、無批判無条件に大きな集団を統制する方法として用いられると
末端ではファシズムになる危険性がある。

以前朝日新聞の取材を受けた時に、記者の方の
「大きい企業を経営することと、小さい企業を切り盛りするとことには、違うメンタリティが必要な気がするのです。ワタミも規模が小さいままだったらよかったのでしょうが、事業が拡大してなお、同じであり続けたことが問題だと思う。」と言う意見を聞いて
なるほど。と納得しましたが、京セラにもそういうところがあるのかもしれませんね。

悲しいです(T_T)

夢とか、感動とか、愛、の企業としての使い方が
竹やりで戦争をしようとした時代の精神論に似ているところが、
本当に悲しい。

それでも、人間がみんなでHAPPYに生きていくためには、夢や、愛や、感動が必要だということを
疑うことはできないので、自分の中で、その置き所に悩みます。

それがどこからでたものなのか。が大事なのかな。

雇用関係にある、からといって、その組織(や思想)に全面的に従属する必要は
建前上はないと思うけど、

日本の場合は、公共の福利厚生制度の不備を、
無限定な労働の見返りに、
企業が医療、年金、住宅支援その他の制度によって
被雇用者(あくまで男性正社員に関してですが)の生活を全面的に抱え込むことで、支えてきた。

という発展の歴史があるので
そのへんが難しい。

いずれにせよ、終身雇用制も年功序列も、右肩上がりの経済成長も壊れ
少ないパイをみんなでどう分けていくか、という時代がすでに始まっている、
ということは紛れもない事実です。
だから、新しい時代に即した、新しい世界観を、これからみんなでどう作ってゆくかを考えたい。

宇宙の意志。というのは、新しい価値観を創るうえでの
とても良いキーワードだと思うけど、
それは=だれかのご託宣に無条件に従う。ということではありません。

人の言ったことではなく、自分自身の宇宙の意志(魂の声)に従うことが、
すごく大切なのだと思います。

自分を損なってまで、企業のために尽くすようにひとに求める。ということが
宇宙の意志であるわけがないし、
それに従うことが魂の声であるはずもない。

「まともに働きたい」
と思ったら、まともに働くために、行動していい。
人に話を聞きに行ったり、勉強したり、体を守るために仕事をやめたり。
あたらしい可能性を試したり。

それが宇宙の意志であり、魂の声です。

世の中には間違ったことがたくさんあります。
すべてが変化している今、これまでいいとされてきたことや、
一見素晴らしそうに見えることの中にも、
自分にとってそぐわないことが、あるに違いない。

それが間違っているか、そうでないかを
わたしたちは一つ一つ、自分で判断して、選んでいくことができる。

宇宙の意志は、稲盛さんにだけでなく
すべてのひとのなかにあるのです。

自分が自分の魂の声を聴き、宇宙の意志に従って生きることを選択すれば
おのずから人生はひらかれてゆく仕組みになっている。

問題は、その「おのずから開かれる」という部分を信じられるかどうかにあるのだと思いますが
信じようと信じまいと、未来が不確定であることは変わりない。

どうせ不確定なら、自分の心の声を聴き、自分自身の望みに従うほうが
精神衛生上、ずっと望ましい。

心の声、聴けてますか?

友達の徳ちゃんがブログで魂の声がなかなか聞けないことを

スキーに行きたいのに、めんどうだからしない。
状態に例えていました。

そんなことをしていませんか?

雪が降っても、寒くても、眠くても
行ってしまえば絶対おもしろいはずだし

人生のある局面においては
それができるかできないかが
生死を分ける瞬間があります。 

誰の中にも、宇宙は存在し
常にわたしたちに正しい道を指し示していて

それは目の前の不利益を補って余りあるものを
最終的にはもたらしてくれるのだと、わたしは信じています。
by terasumonnmoku | 2013-11-26 10:01 | Comments(0)

お誕生日。

先日、夫の学生時代のお友達がお2人も!はるばる北海道から、
お参りに来てくださいました(^○^) 

これだけ時間がたった後も、彼を思ってくださっていること。
お忙しい日々の合間を縫うように、遠くまで訪ねてくださったことが、ほんとうに、うれしいです。

お友達がいらしている間ずっと、家の小さな仏壇の前で、夫がにこにこと笑っている気がしました。

自分の行為が家族だけでなく、たくさんの人を傷つけたことを
きっと本人も後悔していると思います。
だから、姿は見えなくても、みなさんにご挨拶できる機会があることが
とてもうれしいに違いありません。

夫の元気いっぱいだったころの話をしたりすると、涙があふれるけど
大切な人が亡くなって悲しいのは当然で、
素直に泣ける機会があることが、ありがたい。

とうもろこしは、まだ父親の死が受け入れきれていないようで、
こういうことがあるたびに激しく消耗するけど、
それでも、ひとつひとつ、向き合っていくことが、大事なのだと思います。

自死・過労自死という理不尽な死を受け入れること。
そして亡くなった家族とともに、残された人間が、
その喪失によってより深い生を生きていくためには、
直接の当事者である、とうもろこしやわたしのような、一つの家族だけでなく、

同じ思いをしてきた遺族や
お友達や、わたしたちを支えてくれた、たくさんのみなさんと、
思いを共有することが必要なのかもしれません。

すこしずつ、すこしずつ。進んでいこう。

そのあとですぐわたしの誕生日が来て、
半年ぶり位に夫のお母さんからメッセージをいただきました。

カレンダーにわたしの誕生日がメモしてあること。
プレゼントを送ってあげたいけど、しきれないこと。などが
柔らかく書かれていて、

彼のお友達がお参りに来てくださって
本人もきっと喜んでいたと思う。という返事を出すと
なつかしい名前を聞いてうれしかった、という返信が返ってきました。

いろいろな時に、いろいろな気持ちが交錯する。

それはいいことでも悪いことでもなく
ひとと「かかわる」ということは、最初からその全部を含んだことなのでしょう。

そういうことがあって、ちゃんと悲しんで、ちゃんといろんなことに向き合おうと思い、
手始めとして、ずっと放置してあった車を、ついに車検に出すことにしました。

もう車検は半年前に切れていたのに、
わかっていながら、
車のこととなるとどうしても、体が動かず、そのままに。

オイルをいれておいて。というのが
夫のわたしへの(とうもろこしのことを除くと)最後の指令で、
それをするだけで、一年かかり
車には大変な負担だっと思います(T_T)

どうにも身動きが取れず、車を購入するときにお世話になった大学関係の方に連絡を取ると、
業者さんに、すぐに事情を話してくださり、瞬く間に車は工場に引き取られてゆきました。
助けられて生きていると、実感します(T_T)

もうひとつ、夏にしこりを発見し、そのまま放置していた乳がんの検診にも行ってきました。
幸い異常はなく、一安心したものの、半年近くも見て見ぬふりをしていたことを、猛反省しました。
とうもろこしは、やたら夫とわたしが死ぬ夢を見るのです。
そういうこともあって、怖かったのかも。

そんなこんなで、過ごしたお誕生日は
ひろみんや両親や、妹や、息子の家庭教師の先生や嫌がる思春期の息子からも(笑)
バースデーソングを歌ってもらって
たくさんのみなさんから、メールや、FBのコメントや、メッセージを頂いて
ほんとうに最高でした。

世界は愛に、満ち満ちている。

最近、少しずつまた本が読めるようになり
(生来大変な本好きだったのに、何年か前から全然読めなくなっていた。)

何日か前、自身もキューレターの経験のある原田マハ著の「楽園のキャンバス」という、
アンリ・ルソーをめぐるミステリーを読んでいたら、

読み進むうちに本の表紙の、ルソーの「夢」という絵から、
ジャングルの草いきれの匂いがしてくるような気がしてきました。

画面に立ち込める濃厚な空気が、何かに似ていると思い、考えてみると、先日お友達がいらした時に、わたしたちの間に存在した「透明でとっぷりした悲しみ」にそっくりでした。

悲しみは、愛。と遺族の先輩はよく言います。
だから、悲しくて当たり前。

それを思い出して、これは愛なのか。と思ってみていたら、だんだんだんだん画面の中に漂う「悲しみ」が
生命というか、空気中に横溢するプラーナのように感じられ始めました。

生きてるんだ。

これが生きているということなんだ。

などと思いながら
物語を読み進むと、最後のきめの部分でまさにそれふうなことが書いてあって
笑ってしまった。

生きることには、はじめから喪失を前提とした悲しみが含まれている。

僅かな生の時間の中で、

(喪失の)悲しみの土台であり
悲しみを包摂し、絶え間なく立ち上っていくことを「生きる」といい、

同じものを

ある時は「愛」と、

わたしたちは呼ぶのかもしれない。
by terasumonnmoku | 2013-11-20 18:15 | Comments(0)

寒いですねえ。今年の秋は短くて、あっという間にもう冬の気配が漂ってきています。
風邪をひいている方も多いようですが、みなさまお元気でお過ごしですか?

おかげさまで、とうもろこしともども、わたしは元気です(^○^) 

すごい勢いでありとあらゆることが変化している気がします。
普段会う人も、人とする話の内容も、関心のある物事も、服装さえ、変わってしまいました。

以前わたしは、どちらかというとエスニックだったり、値段が安くて色やデザインの奇抜な面白い恰好をするのが好きだったのですが、そういうものを着ると疲れるようになってしまった(笑)

刺戟は自分が生きているだけで十分で、せめて服くらいニュートラルでいたい。

同時に不幸や攻撃的なエネルギーに対する興味がなくなって
ひとの学びに一々動揺しないようになってきました。

長年スピリチュアル系のセラピストとして細々と仕事をしていたこともあり、
当事者ではなく支援者としての立ち位置で人の問題にずっと関わってきました。

そんなわけで、以前は自分がどういう状態であっても、まわりに誰か辛そうな人がいたら
すわっと走り寄って、即座に役に立ちたい。という熱望があったのですが

どうもそういうのは終わったようです。

なかなか形にあらわれなかった(現象を見るたびに動揺していた)ところを見ると
いままでは、「なまわかり」だったに違いない。

それはエネルギー的に言うと、
使っている言葉や表面意識とは裏腹に

未解決で混乱した自分の問題を
葛藤を抱えているひとの上に押し付けてゆくという、
大変迷惑な行為です(T_T)

でも、自身が傷を負い、そこから学んで自分の意志で生きるということを
意識的に始めるまでは、自分の行いが具体的に他者になにをもたらすのか、
全然わかっていなかった。

俗にいう「心のケア」って
こういう、わたしがやっていたような、のっかかってくる感じ
が多い気がする。

だからまさに逃れようもなく自分の傷と向き合い、
そこで生きなければならない当事者との間に葛藤が起こるんだろうなあ。

ごく当たり前に、みんないいことだと思って
ただでさえ重くなっている人に、さらに重しをのせるようなことをしてしまうんだろうなあ。

わたしは誰にでも自分の境遇を話し
それに対するさまざまな反応に直面しますが

おもしろいことに、自分の頭で考えて人生を生き、問題解決のために動いている人は
わたしの境遇に同情しない。だから当然、癒そうともしない(笑)

ただそれを自然に「あるもの」として、受け入れてくれている気がする。

それはたぶん、動くことによってその人自身が
この世界の不条理に直面し、克服し、そこから意味をくみ出そうとした経験があるからで
だからこそ、わたしのやろうとしていることを、それがどんなに馬鹿げたことであったも
尊重してくれるのだと思う。

先日、知り合いのある男の子から結婚式用お祝いコメント映像を撮るように頼まれました。
その話がわたしに来たのは間違いなんじゃないか?と思ったし
抱える状況が状況なので、結婚式はまずいのではないだろうかと躊躇していたら

更にメッセージをもらい、意を決して画像を撮って送り
喜んでもらえたことに感動しました。
がんばっていることを、認めてもらった気がして(^○^) 

同情は力にならないけど、信頼は力になるということを
しみじみ感じます。

成長には段階があるし、
わたしのやっていたセラピストとしての「心のケア」も
その時点では互いに必要だったのでしょうが
今現在は、かかわる方の問題があまりに現実的かつハードで、
一々強い思い入れを持っていては、誰の役に立つこともできません。

支援者ではなく同じ問題を抱える当事者としてひとと関わるということが
どういうことかということが、ようやくわかってきたのかもしれない。
(当事者としてだと、藍の会の田中さんが教えてくださったように、全然疲れない・笑)

ところで、最近わたしは20代から30代前半のみなさんとの出会いが増えてきたのですが
同じような労働の問題に関わる方の中でも
この年代の方の取り組みは、大変クールで、フェアな印象があります。

以前「朝まで生テレビ」を見ていて、労働問題についての
POSSEの今野さん、荻上チキさんと他の方たちの論争の中で

なにかというと上の世代の人たちが、
過剰な情緒的反応を示し、
全く議論にならない。という場面に多々遭遇しました。

問題が提起されるたびに、一々自分の弱点を指摘されたように
感情的な反応をあらわにし、ひどいときには理不尽に怒ったりする。
(たとえば国連拷問禁止委員会の上田人権人道大使のシャラップ発言のように!
あれはまったくびっくりしましたねえ!!!)。
ということを、年齢層の高い、特に男性は平気でやりますが
そういうのが、若い年代にはすごく少ない気がします。

(それをスピリチュアル的には、魂の汚れが少ない状態。といいます。彼らが生まれた時、すでに地球は次元上昇を始めていたという設定なので、当然そうなる・笑)

そういうことが労働問題の世界だけに限らず
社会のいろんな局面で起こっているような気がする。

時代はすでに変わっているんだなあ。ということを強く感じます。

残念ながら、まだ10年くらいは年齢の高い人が圧倒的多数の時代が続くので
わたしたちは自覚を持って、ちゃんと、次世代に引き継いで行かないといけませんね。 

自分の問題は、自分で解決して終わらせていかないと。

どれほど年を取った人がたくさんいたとしても
そのひとたちが、現時点でどれほどの力を持っていたとしても

上の世代から先に死んでしまうことは確かです。
折角なら、未来に続く人たちのために、
いい道を創って行きましょう(^○^) 

いまの若ものや、子どももすごいですけど、
これからますます楽しみな子どもたちが、
どんどんどんどん生まれてくるのですから♪

未来は絶対明るいと思うなあ~\(^o^)/
by terasumonnmoku | 2013-11-17 18:03 | Comments(0)

余りにいろんなことをやりすぎて、消耗しました。

過労死が起こる社会というものに対する怒りがあまりに強すぎて、
馴れない政治活動に邁進しているうちに、
(気を付けていたはずだったのに!)わたしはイスラム原理主義者のように
狭く、かちかちになってしまい
そんな自分にむちゃくちゃ疲れてしまった。

一生懸命になるというのは、いいことのようで、そうでもない。
あまりに頑張りすぎると、緊張のあまりご飯も食べられなくなってしまうし
この人生において、最も大切なとうもろこしに対する配慮にも欠けてゆくようで、

彼の目がだんだん三白眼に(T_T)

ひとしきり反省して、これは「過労死」という重い現象ばかりをみているからそうなるのかも。

彼の明るい明日のためにも、
ここはひとつ夢のあることに関わってみようと
今度は「持続可能な社会」についてのムーブメントに参加し
わくわくの世界を体験したところ

あまりにわくわくしすぎて、また死にそうになってしまった(T_T)

それで、さすがに

「これは根本的に、何かが間違っているに違いない」

と、悟りました。

で、三浦雄一郎さんの講演で
自分の肉体に負荷をかけて日常的にトレーニングしているときも
極寒で、酸素も薄い中、絶壁をよじ登っている最中に
楽しいと思う。と言う言葉に、はっとし

なににせよ、どうせやるならそれが「楽しい」と思うことが大切だ!と改めて確信したものの

しかし、その後自分の活動で
信じられない状態でもう何カ月も働いていて
すでに体力面で、深刻な影響が出ているにも拘らず

それでも、会社が好き。
仕事がおもしろくてたまらない。
(その方の場合は、ですが)

とおっしゃっている方に出逢い
衝撃を受けてしまった。

よく考えると、うちの夫も、仕事が文字通り、死ぬほど好きだったひとなのです。
雑用はともかく、研究したり、教育したりするためだったら
自分のすべてを投げ出して、なんでもしたでしょう。

それで夫のようなひとたちと三浦雄一郎さんとの違いを
(社会的に有益だとかいう価値判断は別として)
考えてみたところ

そこに身体感覚があるかどうか。
という問題だったのかもしれない。

というところに、至りました。

人間は、言うまでもなく、単なる生き物です。

だから、体力を過剰に使うと
当然限界が来る。

それは脳も同じであって
長時間にわたって過剰に負荷をかけすぎる(睡眠をとらないとか)と、
普通の人はいつか、だれでもバグを起こします。

そこを計算に入れるか入れないかで
人生の質が、
かなり変わってしまう

ということなのかも。

三浦さんの場合は、最終目標は

「死んでも生きて帰る」

ということだったのだそうで

緻密に体力を計算し、

成功のために必要な精神的な余裕を、
とんでもない高所でのお茶会とか、手巻き寿司とか
そういう「楽しさ」を創り出すことで補っていた。

極端なことをしたかったら
精神的にも肉体的にも元気でいなきゃいけない。
それは自分の、現時点での限界を把握し、限界を超えない判断をし続ける。ということで
把握するためには、客観性が必要です。

一生懸命になりすぎると
自分のことさえ、見えなくなる。

自身の体力や精神力を過信し
無理に無理を重ねた結果、
限界を超えて、突然すべてが崩壊するようなことが起こる。

なんのために、というところではなく、

自分や周りが全然見えなくなる。

というところが、恐いのかも。

これが、この社会における軋みや、不幸の大きな原因なのかもしれない。

いっぱいいっぱいのひとと
いっぱいいっぱいのひとが

閉ざされた人間関係の中で
他者に対する共感を失って、自らの軋みをぶつけあったとき

パワハラとか、過重労働とか
他にもさまざまな、関係性の問題が起こってくるのかもしれない。

ということは、重要なのは、具体的な目的ではなく(それももちろん大事ですがその前に)、
自他を追い詰めず、追い詰められない環境を保つこと、

共感性を育み、互いの弱さを受け入れるための土壌と空間を、どう創って行くか。

ということなのかもしれません。

ちょっと考えればわかりそうなものなのに、
いちいち動いて体感しないとわからない自分が
情けない。

それにしても、自分がへとへとになっていると
同じようにへとへとなひとばかりに会う。
(引き寄せの法則はそういうふうに働くので、まあ当然なんですけど・泣)

なんと、行きつけの美容院の美容師さんまで、
死にそうにそうになっていたことには参りました。
(この方は大きな夢の実現のために、粉骨邁進されている、とっても素敵な方なのですが)

かっこよく髪を切ってもらい、それぞれの現状をシェアしつつ

「誰に言われたわけでもない、自分が好きでやっていることなんだから
せめて、お互い楽しく、元気でいようね(T_T)」

と、力なく励まし合いましたが、

後日、彼はあれから、なんと17時間もぶっ通しで眠りましたーという話をしてくれて
すっかり顔色も回復。

新しい髪形の評判もすこぶるよく、
わたしたちはお互いの無事を喜びあったのでした(^○^) 
by terasumonnmoku | 2013-11-15 10:11 | Comments(0)

ドリプラ☆東北魂。

母さん。このひと、雅MIYAVIっていうんだよ。
かっこいいよね。

といいながら、とうもろこしが
youtubeの画像を見せてくれた(^○^) 

まるでパーカッションのように、切れ味の鋭いギターを弾く人だ。

知ってるよー。一度会ったことがある☆彡

と答えて(実際は代官山の地下のパーティ会場で、3メートル先にいただけ。こういう時につい盛ってしまうのは人間のさがというものなのかしらん・笑)、なんとなくうれしくなる。

そのとき雅さんは、なにもかもうまくいかなくて、無賃乗車を繰り返して、
沖縄にたどり着き、酔っぱらって喧嘩して、
空腹でどろどろのまま、たったひとり海辺で目を覚まし、
自分はなんて情けない奴なんだろう。なんて最低なんだろう。
と思った時が人生の転機だった。

という、プロフェッショナルにでてくるような話をしていた。

それは映画監督の紀里谷和明さん主催の、
FREEWORLD というグループのパーティだった。
実際に夢を叶えた人と、これから夢を叶えようとする人をつないで
それぞれの夢を現実化していくことで、より良い世界を創って行こう。という企画だ。

そのパーティがあったのは、夫と過ごした最後のお正月がおわったすぐあとだった。

仙台で、夫の両親とともに過ごしたそのお正月は本当に悲惨で
彼はみんながいるところで、わたしを意味不明な、さまざまな理由で責め続け、
最後は大喧嘩で終わった。

予兆があったのだろう。
そしてそれを、きっと誰にも言えなかったのだ。

当時から、彼はわたしが彼の思うとおりの人間であったら、
それだけで、他のすべてがうまくいくと思っていたんじゃないか。
という気がしていたが、
今にして思うと、それは単に彼の中で、
わたしの存在が大きかったということだったのかもしれない。

恋愛や、夫婦関係がうまくいけば、それだけで世界は薔薇色、というのは
ただの勘違いだろうが(自己確立がすべてに優先する)、

白馬に乗った王子様というのは乙女だけが見る夢ではなくて
男性の場合も同じなのかもしれない。
(なぜそう思うかというと、うちと同じような話を
あっちこっちで聞くからだ。)

そういえば、夫が鬱になって、妻が、
または、妻が鬱になって夫が、
追い詰められ、時によって精神を病む。
というケースを山ほど見るが
子供が鬱になって、親が精神的に破たんする。
というのは、わたし自身は、聞いたことがない。(自死した場合は別)。

同じ家族であっても、立場によって、ダメージの受け方は違うらしい。

そういう意味でも、夫婦関係というのは、
各種人間関係の中でも、大変学びがいのある分野だと言える。

恋人では、そこまで一蓮托生の関係にはならないと思うので
結婚は一度はしてみる価値はある。

前述のFREEWORLDのパーティに行ったのは、
悲惨なお正月が明けて、わたしが自分の実家に新年のあいさつに行ったときだった。

そのようにして、わたしは自分のストレスを発散していたが
夫も同じタイプであって
文字通り死ぬほど忙しい最中に、仕事をしながら三倍速で映画を見たり、
激務の合間を縫って、市民合唱団で第九を歌ったり、そのほかにもいろいろと
意味不明なことをしていた。

そういう夫の行動は妻としては納得できるし、
真にクリエイティブであろうとするというのは
そういうことだなんですよと、ある研究者の方は言ってくださったが
一般的にはあまり理解されない気がする。

今、わたしが一心不乱に
とうもろこしと二人で、生きていこうとしているように
彼も必死で生きようとしてくれていたのだろう。

だから悲惨なお正月がおわり、わたしが実家から帰った後
家族に新しく整った研究室を見せてくれたり、ご飯を食べに行ったり、
くだらないことで三人で笑ったりしたのだ。

調子を崩した後も、
なんとか、状況を立て直そうとし続けた。

ノートに自分が抱えているプロジェクトを書き、何をどの順番でやってゆくか
何が心配で、どうすればいいのか。
学生さんについても、どういう個性があって、何が向いているか、
一人一人について、ほんとうに一生懸命に考え、整理して、
みんなにとって最善の道を選ぼうとしていた。

彼は最後まで、生きることに向かっていた。
その気持ちを、大事にしたい。

来年の5月、ドリプラ☆東北魂に出ることになった。

友人の及川徳子さんに薦められて、エントリーし、
6人のプレゼンターのうちの一人に選ばれたのだ。

ドリプラは、FREEWORLDのパーティ同様、夢を語り、互いに応援しあうための企画だ。
ただし、全体としての規模は大きい。

出ることは決まったが、実際見たことはないので
これから、いろいろなことを体験してゆくのだと思う。
(エントリーの際DVDを頂いたのだが、あまりに舞台がゴージャスで恐ろしくなり、
どうしても最後まで見られない。
たぶんこのまま本番に突入するに違いない。)

二年前のお正月から、ぐるっと回って、最初の場所、
別の形をした同じ場所に戻ってきたみたい。

わたしの夢は、まだ形を成していないが
それでも夫のような人が、
安心して夢見たことを実現していけるような社会を創りたい。
という点だけは、はっきりしている。

具体的にどうすれば、それを創ることになるのかは明確ではなく、
これから、さまざまなみなさんとの出会いによって、わかってゆくような気がする。

こども2名、大学生2名、大人2名のプレゼンターの枠は
大人の部だけ競争率が高く、
事前に志望動機のエントリーシートを提出するように言われた。

そのために全力でわたしが書いたシートは、
まるで夫あてのラブレターのようだった。

それだけ好きな人と、長く一緒に居られて、
とうもろこしのような最高にかわいい子供を持てたことを
感謝している。

ちなみに、大学生の部は、二人とも東北大学の学生さんで、
ひとりは村を創ろうとしている農学部の男の子、
もうひとりはミス東北大なのだそうだ。

大人の部のもうひとりは、南三陸で大勢の人を巻き込み
すでに大きな夢を現実化しているパワフルな男性で、
全体として、なんだかすごそうな予感がする。


来年の5月10日。ぜひ、見に来てね!
by terasumonnmoku | 2013-11-10 10:26 | Comments(0)

今回、関係者の皆様が息子のために集めてくださった育英基金の威力は
わたしたちにとって、思いもかけないほど大きなものでした。

自分なりに、その大きさを計っておかないと、どうやら先に進めそうもないので
重くなりますが、ここで整理しておきたいと思います。

育英基金には2種類あって
そのひとつが、昨年いただきました夫の直属の上司の方と、
その上の先生が発起人となり、集めてくださったもの。
もうひとつが今回の基金で、夫の同窓生の皆様が中心になって、いただいたものでした。

正直に言うと、昨年、夫が所属していた工学部マテリアル開発系の皆様を代表して
直属の上司の先生方がお見えになった時は
頭では納得し、ちゃんと理解していたはずなのに

訪問予定の二日前になって、
突如、予想もしなかった激烈な怒りの発作に見舞われ、
呪いの塊のようになり、

その状態で昼夜まるまる二日間にわたって悶え苦しみ
全身の血管が破裂して死ぬんじゃないかと思いました。

しかし、夫の出身校のみなさまが中心になって集めてくださった今回の基金では
そのようなことはなく、
ただ、夫と息子に対する厚く深い思いの大きさに、慄いております。

前回の基金の時は
先生方の訪問予定の、ぎりぎり2時間前に、
ついに怒りが臨界点に達し、

なぜか突然、劇的に視座が転換し
ーいらっしゃる先生方のものの見方を多少なりとも
認識することができるようになりー
ようやくわたしは人間性を取り戻すことができました。

隠していた怒りが、時を得て炸裂したのでしょう。

それは、よほど極端なことがない限り、絶対に外に出せないほどの、
そして、それを抱えたままでは、
ひととして普通の生活は送れないことが容易に想像できるほどの
強く激しく感情でした。

実際、自死遺族、過労自死遺族で精神的に病んでしまう人が多いのも
しかたのないことだと思います。

わたしにとっても、これは終わった後だから言えることで、
ほかならぬ自分が、そういう醜い感情を持っていることを
その渦中において認められるほどに強いひとは、たぶん、いない。

そのような感情を放出し、終わらせる機会が与えられたことを、
わたしは今、心から感謝しています。

この二年間の中で、とうもろこしのことを除けば、

夫が亡くなった時、
労災が認定されて、通帳に一時金が入金されているのを見た時
(安堵と空しさと悲しみと怒りがない混ぜになったその感情に名前を付けるとしたら、
「慟哭」というのが一番近い。)、
そして昨年、上司の方々から育英基金のご挨拶を受けた時が、最もきつかった。

その時、お金には、途方もない説得力があることを、しみじみと感じました。

前回の皆様からの基金の際もそうでしたが、
今回の育英基金をいただいたことで、わたしたちのなかで、
確実に何かが終わったような気がしています。

この基金の持つ力がわたしにもたらしてくれたもの、
それは、この世界から、夫は本当に必要とされていたのだ。
彼が自死によって亡くなったのは、やはり間違いだったのだ。
という確信のようなものでした。

皆様の温かい思いに、心から感謝しております m(__)m
家族だけがそう思っていたのではないと感じられることが、
とてもとても大きかった。

一つの安心が、頭に思考するための別のスペースを生み出してくれたらしく、
改めて一年ぶりに、前回の基金のことを、じっくり考えました。

わたしがのた打ち回り、苦しんでいた極限状態を
乗り越えることができたのは
その基金にこめられた、みなさまの、想いの力のおかげだったのかもしれない。

憑りつかれていたようになっていたのに、
次の瞬間に変化した。

感情が、ワープしたのです。

それは怒りと憎悪が、肉体的な疲労の頂点で勢いを失った間隙を突いて、
その「想い」が、わたしに、届いた瞬間の出来事だったのかもしれない。

人と人とが支え合い、共に生きるということは
もしかして、そういうことなのかもしれませんね。
そんなふうに、思いはひとに、影響を与え合っているのかもしれません。

たった一人で乗り越えてきたような気持ちになっていましたが
そうじゃなかったんだ。

みなさんは、どんな思いでその基金に、決して少なくはない額のお金を投じてくださったのでしょう。
それは言葉にできないほど、複雑なものであったはずです。

そのお気持ちを、汲み取ることができるようになって、
ほんとうによかった(T_T)

先日、お世話してくださった先生方が家にいらしてくださった時、
その場でとうもろこしが、自分のイライラをどうすることもできず
暴れた挙句、仏壇に蹴りを入れた。
という話をしていました。

それは本当にあった出来事で
その時、彼は
「ぜんぶ、おやじのせいだ!」と喚きながら、
静まり返った仏壇に八つ当たりしたのです。

仏壇にそんなことをするなんて不謹慎だ。
と思われる方もいらっしゃるかもしれません。
でも、うちの仏壇には夫しか入っていないし、
夫はとうもろこしにそうされても、文句は言えない立場です。

大人の事情は、妻であるわたしには理解できますが
子どもに対し、彼が一番してはいけないことをしてしまったという事実は変えられない。

だから夫の気持ちを思うと、むしろ、そういう形で息子に向き合えることは
幸せなことなのかもしれません。
そんなに小さくなっても、お父さんはお父さんなのですから。

そういうことも、わたしと息子にとっては、
今まで潜り抜けた数々の修羅場の一つでしかなく
自分で話せる分だけ傷も癒え、
どちらかというと、(その種の話題としては)穏やかといってもいいものだったのですが

14歳の息子本人から、そんなことを聞かされる先生方は、
さぞ衝撃的だったことでしょう。

それぞれの思春期の頃の葛藤の物語を話してくださり、
お帰りになった晩、真夜中までみなさんは痛飲し、
なかでも一番夫が慕い、憧れて、若いころからお世話になっていた先生は、
酔って夫の名を呼びながら、がんがん家のお皿を割っていたということを、
後で聞きました。

うれしかったです。
なぜそう思うのかわかりませんが、ほんとうにうれしかった。
わたしが悶え苦しんでよかったように、
先生も怒りが外に出せて、よかったのかもしれない。

このような人生が、客観的にどう見えるかは、見当もつきませんが
わたしととうもろこしが歩いてきた道のりは、全然きれいごとでも、なまやさしくもなく、
まったくみっともないものでした。

でも、最善だったのだと思います。
ほかに道はあったのかもしれないけど、これ以上のやり方はできなかった。
だから、きっとよかったのだと思う。

頂いた基金は、ちゃんと税金も納めて、残りはとうもろこしの教育資金として
大切に使わせていただきたいと思っています。

みなさまが、夫を思ってくださったことを支えにして。

ここから、またはじめよう。

新しい物語を信じて。
by terasumonnmoku | 2013-11-06 22:08 | Comments(0)

生きる意味が見つからないなら、自分で創って育てちゃおう!というブログです。やっていることはさまざまですが、常に生きることに向かっています。

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