TREと海。

今日で5月も終わりですね(^○^) 
早いなあ~
地球規模の駆け足に
エントリーしちゃってる気分です(笑)

きのうTRE(トラウマ解消エクササイズ)に参加して
新月っぽく気持ちが変化しました♪
というわけで、スキンを変更。
誰かのと一緒かもしれないけど、まあいいや!
海って、いいかもしれない。
とろりとした生命の根源。
羊水のような。

ニーチェの言っていた善悪の彼岸ってどんなだろう?と考えていて、
なんとなくどこまでも平らで、からっぽで、
冷たく輝く空間イメージを持っていましたが、
もしかして、海みたいなのかも☆
と、今日思いました(^○^) 

無限の多様性と、無限の豊かさの中で
善悪が、どれほどの意味や価値を持つだろう。

先日、たいしくんの講演会にいったとき
「心はどこにあると思いますか?」
と聞かれ、みんなで考えました。
理由はないけど、わたしはその人の肉体を包む球体そのもの
ーもちろん中身も含めてーすべてが
心のような気がする(笑)

同じ場を共有すると、球と球の境界線が溶け
共鳴が起こります。
全体で一つの、小さな海のようになる。
ざらざらした海もあれば、滑らかな海もある。
明るい海もあれば、暗い海もある。
でもそれは単に海であって
それ以外のものではない。

自分の好きな海を選び
自分の好きな振動をしよう。

自分の見たいように世界を見て
おおまじめに、愛を語ろう。

前述のTREは危機に直面した野生動物が、
体にたまったストレスをぶるぶると震えることによって放出することに倣い
ひとが無意識に押さえつけている「振動」を誘発し
緊張を解きほぐしていこう。という運動です。

たしか2012年の夏の会から参加させていただいていて
今回で8回目くらいになるのですが
今でも忘れない。最初は震えるだけで、号泣、みたいな感じでした。
その後感情的な盛り上がりはなかったものの
参加するたびにびっくりするような強い振動が我が身に湧き上がり、
恐ろしい事態に陥っていましたが
今回、振動が変わったことにびっくり!
微細な揺れが続き、気分よく、穏やかな気持ちなのです。
終わった後も、ただHAPPY。

今思うと、あの振動の激しさは、自分が自分を責める気持ちに直結していたんだと思う。
というかそういう気持ちを放出するために
そのくらい大きな振動が必要だったのだと思う。
よくやったなあ。
自分をほめてあげたい。

たゆみなく、いつも穏やかなファシリテーター?のジョーさんが
「振動が、変わりました!」というわたしの報告に頷いて
「そうなんです。どんどん変わっていくんですよ。
一年目、二年目、三年目とどんどん変化するのです」
と教えてくださった後
いいですね。とても幸せそうです。と喜んでくれました(^○^) 

その晩、学校から帰った、とうもろこしが言いました。
「おれ、最近楽しいよ♪」

うれしい~(涙)
みんなに爆発的にありがとうを言って歩きたい気持ちです(T_T)







by terasumonnmoku | 2014-05-31 11:56 | スピリチュアル | Comments(2)

労働規制緩和のことを考えていたら、だんだん滅入ってきたので
何かくだらなくて楽しいことを考えようっと。

運動不足解消のために、徳ちゃんの「フリーダンス」講座に通っています。
(月一回だから、そんなに解消にはならないけど・笑!)

先月、いろは横丁を歩いている知人のIさん(男性)を行きしに見かけ
強引にナンパして(わたしはIさんに限らず、年代性別も、何度会ったかも関係なく
いろいろなひとを様々な場面に強引に巻き込む、不思議な特技を持っています☆迷惑ともいう彡)
一緒にフリーダンスに参加したところ
すごく喜んでもらえたので、すっかり調子に乗って、いろいろな人を誘っています♪

前回は徳ちゃんの超強力指導で
わたしたちの間で最近はやっている「ラジオ体操」の、正確な実践講座から
はじまりました。
徳ちゃんのラジオ体操は「キレがある」と本人談の通り、ものすごくおもしろい(笑)
時々「しゅっしゅっしゅっ!」という効果音まではいるので
楽しくてたまらない。
でも、教えられたとおりにやると、結構疲れる~

実はわたしは、毎朝ちゃんと「あ~た~らしい、あ~さがきたっ!」と言う
歌まで歌ってラジオを聴きながら体操をしているのですが
(このうたはすばらしい。だって「希望の朝」だよー!)
昔から規格された動きや、運動が大嫌いだっただけあって
中身を覚えていない。
うちによく泊りに来る、篳篥奏者のかなちゃんに
うちに泊まる人はみんなラジオ体操をしなければならない。とか言って
体操を強要したところ
そのかなちゃんにまで笑われたので
よっぽど変だったに違いない。

フリーダンスそのものは、体調に合わせて勝手に踊れるので
楽しくて楽です(笑)

でも、水の中で、接近するような感じでダンスしてみて!と言われ、
ぶつからないよう猛スピードで(とは指示されていない)
接近することに夢中になってしまい、水の中にいる設定を、すっかり忘れてしまった。

子どもの頃の様に、ほっほ~いと叫びながら走り回っても徳ちゃんは怒らないので
それもうれしい(^○^)
街中でそんなことをしたら、きっと病院に連れて行かれるだろうに
シチュエーションが違うと、ゆるされるのはやっぱり不思議。
(でも、「大地を感じながら踊る」場面では、調子に乗って床をどんどんならし過ぎて
下の階から苦情が来てしまった(T_T)残念!だけど、苦情が出るほど踏み鳴らせてよかった。)

たまに、めいっぱい遊びましょう!
それでなくても毎日いろいろあるんだし!

あ、だからとうもろこしに、母さんは「こどもみたい」とか言われるのかー
でも、くだらないことが一番楽しいんだよね!

そういえば、先日行ったとうもろこしの先生たいしくんのすばらしい講演会で
わたしが一番気に入ったのは、ダブル講演講師つかさ君の「アバターごっこ」でした(^○^) 
全身を青く塗って、みんなでプリクラを取に行くというおバカな企画の写真を見て
猛烈に興奮し、「ぜひやってみたい!」と
徳ちゃんに説明したら、「あたしも!」だって(笑)

でもアバターはもう古いので、なんか違うのを考えよう。と言うことになりました。



 

by terasumonnmoku | 2014-05-28 22:57 | Comments(0)

ドリプラが終わって、10日ほどたちました。
思ったより、身体的ダメージが大きかったようで、
昨日あたりから、ようやくすこしずつ動けるようになってきました。
情けない(T_T)
行こうと思っていたブラック企業裁判の応援も、外してしまった(T_T)
(ここでいうブラック企業とは「営利のために若者を使い潰すことを目的して雇用を行う企業」のことで、東北大学はこのジャンルには入りません。念のため)

またこれからがんばろー。

最近考え方が変わり、社会も企業も、それほど良いものではないかもしれないけど、
それほど悪いものでもない、ような気がしてきました。
(たまたまとんでもなくひどい、とか、とてもすてき、などの個体差はある)
一人の人間の中に、いいところや悪いところが混在してあるように、
社会も、企業も、たくさんの矛盾をはらんでいて、
集団になると、それが極端な形であらわれるのでしょう。
(赤信号、みんなで渡れば怖くない、みたいに!)

どちらが正しいというのではなく、
フェアに話し合うテーブルが必要なんだと思う。
(ただ、ちゃんと考えて、ちゃんと主張しないと
家庭が破壊され、生存権さえ脅かされる、シビアな問題であることは事実です。)

でも、絶対的な力を持つ大きな組織に対して、ひとりで権利を主張するのは難しい。
だから、つながりをつくりたい。それは「組合」と言う形でもいいし
市民運動でも、新しいコミュニティーでも、何かのサークルでもいい。
バイトの人が使用者側のひどい扱いに一斉に抗議し、大量の店舗を休業に追い込んだ「すきや」のように、ネットでもいい。
あれはうれしかったです。でも、そこに至る前に、話し合いができることが、本来の姿だとは思います。

ドリプラ本番でいただいたメンターカードも、じっくり読ませていただきました。

「わたしも、元気でHAPPYなお母さんになろうと思いました」と、書いてくださったシングルマザーの方や、
「自死で亡くした娘を、愛そうと思いました」と書かれたお母さまの言葉、
「生きること、について、考えてしまいました」という、メディア関係の方など
さまざまな応援、その他のメッセージが含まれていて
そのひとつひとつに、確かなつながりを感じました。

みんなで、生きていきたいです。
ともに泣いたり笑ったりしながら、できることをさがしたい。
メンターカードで連絡先のあるものには、あらためて、ゆっくりお返事させていただきますね!

今年の12月に開催される、ドリプラ世界大会へのエントリーに向けて
ファイナルプレゼンターの伊藤あづささんにも、具体的なお話を伺いに行きました。
大変そう(笑)
「いま、どんな気持ちですか?」
と尋ねられ、「雨上がりの虹を見ているみたいです。でも正直言って、胃は痛いです。」
と答えました(^○^) 

労災も、過労死防止法や希望の会の活動も、ドリプラも、
好きでやっていることですが、
当事者としてはみんなが、何十年もかけてすることを、
一気に駆け抜けるための外科手術のようなもの。
でもそれが、ほんとうの「楽しさ」であり、みんなで「生きる」っていうことなのかもしれないね。

エントリーしても、予選に選ばれるのは20人。
本選に行けるのは、そのなかの8人だけなのだそうです。
自分にできるのは、ただベストを尽くすのみ。
さて、書類をつくるぞう~。



by terasumonnmoku | 2014-05-22 13:00 | Comments(0)

<ドリプラ☆東北魂2014>
おかげさまで、無事終わりました。

この場を与えてくださり、応援してくださったみなさま、
ほんとうにありがとうございました(T_T)

大切な家族の過労自死と言う体験から
夢を語るなんて、到底無理だと思った。
やる!と言っておきながら、
なんど無理だと思ったかわかりません(T_T)
(しかし、やめようとは思わなかった。
ひとはー自分だけどー矛盾に満ちている( ̄▽ ̄))

みんなが全力でわたしの背中を押してくれて、
応援のひとつひとつが、このプレゼンを創ってくれました。
だから、今回のプレゼンがなにか有意義なものをこの世にもたらしたとしたら
それはわたしではなく、支えてくれたみなさんの力です。

やめる、と言う選択肢はなかったものの
なんども危ないシーンがありました。
夢を描き、語るのではなく、
「こんなにつらいことがあったけど、わたしはがんばりました」
という内容で終わってしまいそうになったことです。

いろんな段階で、いろんなかたちで何度も何度も、
わたしはそこに逃げ、落ち着きそうになりました。
なぜかというと、自分に起こった出来事を、
ほんとうの意味では受け入れておらず、
経験を拒絶する自分を直視し、
乗り越えてゆくのが恐かったから。

でも危機が来るたびに、みんなが、いろんなかたちで、いろんな場面で
「それはちがう」と教えてくれた。

愛にあふれる指摘をいただいて、大幅に形を作り直してゆく過程で
当初は全くドリプラに興味を示していなかったとうもろこしが
前触れもなくはじめての作曲をし、聞かせてくれるという
事件が、起こりました。

うれしかった。

才能とかプロになるとかそういうことではなく
一人では抱えきれないほどの
愛と悲しみ、狂おしいまでの生きることへの情熱が
ようやく、音楽表現と言う出口を見出したことがうれしくて
心の底から安堵しました。
これで、彼は生きていけると思った(T_T)

結局、プレゼンの最後に流すことになった、その曲に引きずられるように
内容は未来を志向するように、変わって行きました。

一緒に生きるって、きっとこういうことなんだろうな。
支えるつもりが支えられ
互いに関係なく過ごしているようで
ある瞬間、途轍もない規模でリンクする。
まるで奇跡の様に。

チームまえかわのみんなは、この名前がついているのが
申し訳なく思えるほど、すばらしいみなさんでした(T_T)
わたしの悲惨なストーリーを
手をつなぎ、背中を押して
一般にぎりぎり共有しうるところまで、一緒に歩いてくれたのです。
すごい勇気だ。
いったい、どれだけ大変だったことでしょう(T_T)

はじまりは目を覆いたくなるほど、陰惨な内容だったのに、
そこからのスタートを受け入れ、あきらめることなく、同じ速度で歩いてくれた。
みんなのはじけるような笑顔に、なんども、なんども救われました。

みんなと一緒に作り上げたプレゼンで、
「本来やりたかったこと」に、本番でようやく手が届きました。
(しつこいようですが、ギリです・笑。前日まで、悲壮感に満ち満ちていたので!)

それは「今」のわたしのマックスで、
限界ぎりぎりの及第点をかろうじて超えたのだと思うけど、
届けられた「感動」は、このストーリーでこのエネルギー。この表情はいったいなに?
という、驚き以上のものではなく、まだまだ先があるんだと思う。

その風景の先、誰も見たことのない景色を、わたしは見てみたい。

よろこびも、残酷さも、すべてを含め、受け入れたうえで
「ともに生きる」ことのすばらしさを描き
語れる人になりたい。
そういう社会を創って行きたいし、
そのようにして、みんなと一緒に生きていきたい。
まだ漠然としているけど、それがわたしの夢です。

というわけで、ありがたいことにお話を頂いて
今後は「世界ドリプラ」(日本語で、舞台も東京だけど・笑)
を目指すことになりました。

きっとまた大変なんだろうなあ~
(いやいや、今度はきっとだいじょうぶ・笑)

できましたら、これにこりずに、応援していただけたら
ほんとうにうれしいです。
そしてわたしがまた、迷子になりそうになっていたら
遠慮なく、叱咤激励してやってください。
(意外と素直です・笑)

お礼を言うのも申し訳ないような気持ちですが
それ以外に言葉が見つからない。
いつも一緒にいてくれて
ほんとうにほんとうに、ありがとう(T_T)
あふれるような祝福が、いつもみなさんとともにありますように。




















by terasumonnmoku | 2014-05-14 17:29 | Comments(0)

昨日はドリプラの最終大型支援者会(?)で、ほぼ完成系に近いかたちのみんなのプレゼンを見せてもらった。

泣ける。特に大学生の二人のプレゼンが(T_T)
最初のもやもやした?なところから始まって
ふたりが必死で自己開示して、夢に近づいていこうとする過程のすべてに、泣ける。
どれだけ大変だったことだろう。
やってみるとわかるが、自分に向き合うって、めっちゃしんどいのだ。
(おもしろいけど!)
そのプレゼンをサポートしているボランティアのみなさんがまた
超~かっこいい。
いいなあ。ドリプラ。
企画自体がすばらしいなあ。
これに出ることを進めてくれた徳ちゃんに、ものすごい感謝なのだ。

ドリプラに出るにあたって、最後まで一番悩んだのは、自分が、あまりにも無力だ。ということだった。
何も力がないのに、人前で夢を語っていいんだろうか。
と真剣に悩んだ。

でも、今回ありとあらゆる皆さんに支えられ、
何度も何度もプレゼン用の台本や映像を練り直すうちに、
(最初は<夢>にはほど遠く、目を覆うほど痛ましい感じだったのに、
付き合ってくださってほんとうにありがとう(T_T)!)

そこにあるもの-わたしたちが受けてきた愛ーを「受け止める」力が
ようやく育ってきたみたい。

みんなのしてくれたことは、そこだけみれば、大きなことではなかったかもしれない。
でも、手の届く範囲の、そうしたひとつひとつがかたちになって
厳しい現実の中、着実にわたしたち親子をここまで支えくれた。

結局、わたしたちは無力では、なかったのだ。
それを、わたしは一番よく知っている。
一人ですべてをしょいこもうとするから、どつぼにはまっただけ。

子どものころからわたしは余計なことばかり感知する体質で
常にすべてを全否定していた。
様々な場面で否定的な憶測を述べると
「世の中、そんなに悪い人ばかりじゃないよ」
と、いつも夫に諭された。

彼はその点では、絶対に間違っていなかったと思う。
「見る人は、ちゃんと見ていてくれるからね」
その彼の言葉をわたしは証明したかった。
できるようになってきたかなあ。と思うのだ。

彼は間違っていはいなかった。
本人が、自分自身を失ってしまった後も
彼の想いはちゃんと生きている。今も。みなさんの中で。

わたしたちが必要とする、たいせつなあたたかいものは、いつも身近にあるのに
でも、見えない。
自分が、自分に、それを受け取ることを許さない限り
どんなにたくさんの宝物が周りにあっても
見えないような、巧妙な仕組みになっている。

本人の生きる状況がハードな局面では、ハードルが上がって
特に見つけることが、難しくなる。
でも、夫の周りに、ほんとうはたくさんの賞賛や、優しさがあったように
いま、わたしの周りに、たくさんの愛があるように
あなたのまわりにも、あふれるようなあたたかい思いが、きっとある。

きのう支援者会の終りに、プレゼンを支援してくれているひろみんがぽつりと言った。
「みんな、もっと大切にされてもいいと思う。そういう経験がたりないんだと思う。」
ほんとうにそうだ。

本来わたしたちは、目に見えるよりずっとすばらしい存在だ。
お互いを大切にして、一緒に楽しく生きていくことが、できるはずなのだ。
いますぐでなくていい。
そこに向かっていくだけでいいし
自分ができる分だけでいいのだ。

自分が誰かに救われたいと思わないように
ひとを救おうなんて思わない。
ただ一人でも多くの人と、一緒に笑っていたい。
これからも、そのためにできることを、一生懸命やっていこう!

ドリプラは5月10日サンプラザ。午後一時からです
当日券もあるので、ぜひ見に来てね!
みんなのプレゼンが素晴らしくて
きっと泣けます♪


http://drepla-sendai.info/

すぺしゃるさんくす☆どりぷら紹介
徳ちゃん→
http://ameblo.jp/golden-universe/entry-11838197006.html?frm_src=thumb_module

ひろみん→
http://ameblo.jp/fashion-healing/entry-11843314966.html?fb_action_ids=439213399515550&fb_action_types=og.likes

by terasumonnmoku | 2014-05-07 22:10 | Comments(0)

みなさま、お元気でお過ごしですか~
すてきなGW、過ごせてますか~?

おかげさまでドリプラのプレゼン。
だいぶ、かたちになってきました(泣)

イメージコンサルタントのひろみんと徳ちゃんが創ってくれたイメージを
「ゆるゆるランニング」で知り合ったみどりかわさんがPC上で動かしてくれて
あとは微調整を残すのみ。

ひろみんの、イメージの作り方は具体的で、すごいです。
大変なことになりがちなわたしのストーリーを
わかりやすく、美しく、正確に伝えるという
難しいミッションを、同時に成立させてしまう。

見せ方によって、ひとが受ける印象や伝わるメッセージは如実に変わるので
これはほんとに才能です。

人を美しくするだけでなく、映像や、世界観まで作れちゃうって、すごいと思うなあ!
http://ameblo.jp/fashion-healing/entry-11838182273.html
ひろみんのブログはこちら↑

いろんなみんなの、いろんな力でプレゼンができてゆきます。
世界が普遍性を持ち、ひろがってゆくみたい。
自分のもの感がどんどんなくなってきて、
だんだん感謝するのもおこがましい気がしてきた(T_T)

昨日、おとといは最後にバックに流すピアノの収録をしました。
このピアノが弾きたくなくて(笑・やる寸前まで知らなかった)
死にそうになってしまった。
生存本能かな。
意志の力で、「やりたくない」を突き破ると
からだが大層、消耗します。

文字や文章や、朗読なら、
やりながら自分に嘘がつけるけど(じぶんのなかでは)
即興演奏では無理。
別にテクニックで弾いているわけでなく、感情を表現しているだけだから、そこを遮るとフレーズが出てこない。

「誰のせい」とか「なにかがあったから」という言い訳はいっさい通用せず
敵意や憎しみさえ、ただ「まぎれもない自分自身」としてあるだけの世界。
作為ゼロのむき出しで。

その感覚を弾いてみたら、まるでアルバート・アイラーのようでした。
うるさく、破壊的で、実際に壊れているのに、それはそれで美しい。

いずれにせよ、一回限界を突破してしまうとそこに道ができるので、
二回目からはもうだいじょうぶ(^○^) 
なにかすごいことが、自分の中で終わったみたいです~。
うれしいなあ~~~\(^o^)/

あまりにも消耗したので
オステオパシー(整体の一種です)のけいこちゃんに、治療をお願いしました。
相当ひどかったらしく、
「頭から足までぼろぼろですよ。よくこの状態で、いままで動いてましたね~」と感心されました(笑)
細胞好きのけいこちゃんの手技は、じ~んとからだの奥まで「癒し」が浸透してゆく感じで
最高!
脳が溶けそうだった~☆彡
(と感想を言ったら、実際にそういう気持ちで治療にあたってくれていたそうです・笑)
かつて、当時94歳?くらいだったけいこちゃんの先生(田中先生という伝説の)に、
治療をお願いしていたことがあったのですが、ひさびさにその時の不思議な感覚を思い出しました。

とうもろこしも一緒に、施術を受けたのですが
けいこちゃんは、彼の「おれの足くさいですよ」にも
「おならしていいですか?」(T_T)にも、たじろぐことなく
楽しそうに合宿前の彼の体を整えてくれました。
とってもうれしかったです(泣)

世のあまりの完全さに、くらくらするなあ。
足を踏み出すたび、どんどん地面に道ができてゆくみたい。
























by terasumonnmoku | 2014-05-04 08:05 | Comments(0)

生きる意味が見つからないなら、自分で創って育てちゃおう!というブログです。やっていることはさまざまですが、常に生きることに向かっています。

by terasumonnmoku
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