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友人のゆきちゃん主催の、障がいのある子どもたちと家族のための「ハッピー クローバーの会」での
朗読&ピアノイベント「いろんなところで楽しむ音。おはなしとおどり~」が無事終わりました(^○^) 

どうなるんだろう?と、かなりどきどきしましたが
楽しかった~\(^o^)/

事前に徳ちゃんから、
火とか、水とかのイメージで10分ずつくらい遊ぶので
それ用の音楽を頼むね。と言われ

ただ「火」だけでは、10分間ものメロディーは紡げず
火とか水っぽい楽曲を何曲か練習し、
隙間をアドリブで繋ぐよう、一応準備したのです。
でも実際その場に入ると、まったくそんな余裕も余地もなく

ピアノめがけて押し寄せる子どもたちと遊ぶのに、
精いっぱいになってしまいました(笑)

いやあ、おもしろかった♪

自閉症の子どもたちが多かったこともあって、
それぞれの「音楽」に対する捉え方も、
ことばの伝わり具合も違う。
ピアノのどこかを押せば、音が出る。今は朗読に合わせて、それを鳴らす時間だ。
というのはみんな共通してわかっており
意欲も満点!
でも、音楽や、その場の仕組みがわからない。

みんなを押しのけて、自分だけで弾きたい子には
(悪意があるわけでもわがままなのでもなく、そうしてはいけない理由がわからない)
なんどもなんども、「みんなで一緒にやろうね。」と声をかけ、
音色を変えるボタンと鍵盤の区別がつかない子には
そのボタンを押すと、音が変わるから面白いよ。と言って、
ふたりで音の変化を一緒に喜び、

手を平らにして、複数の音を一気に押して笑う子には
指を立て、一度に一個ずつ鍵盤を触ると、きれいな音が出るよと言って、
音がいっぱい出た時には一緒にびっくりし
綺麗な音が出た時には一緒にうっとりし、

メロディーに近いフレーズが弾ける子には
その子がやっているのと同じメロディーを隣で弾いて笑い、
等と言うことを、余地があれば普通にピアノを弾きながら
やっていたので

周りの様子が全然見えなかった(笑)

だから、徳ちゃんの肝心の朗読が伝わらなかったのでは
と言うことだけが心配だったのですが
さすが徳ちゃん。
あの状況の中、物語はちゃんと伝わっていた様で、
安心するとともに感動しました。
プロだ。

たぶんものすごくうるさかったと思うのですが
スタッフの仲間たちが盛り上げてくれた成果も相まって、
親御さんが喜んでくださったようなのがうれしかったです。
(楽しかったのがわたしだけでなくて、ほんとうによかった(T_T))

注意力を一気に使ったため、しばらく人間として復活できませんでしたが
精神疲労はなく、あるのは充実感だけ!

よく考えると、わたしはこの子どもたちに対してしたようなことを
割と健常な大人に対してもやっているのですが、
同じことをしても、相手が子どもだと、まったく疲れないのはなぜなんだろう。

やっぱり、余分なものを見ているからなんだろうな。
と、家に帰って一人反省会をしました(T_T)

それにしても、楽しかった。
ずっとやりたかったことが、
みんなのおかげで、思いもかけず不意にできちゃったような気がするのです。
人生って、なんてすばらしいんだろう(T_T)
ほんとうにありがとうございました!

わたしの日記では全体の様子がわからないと思うので
よかったら徳ちゃんの日記も(例によって・笑)合わせて見てね↓

http://ameblo.jp/golden-universe/entry-11925433918.html

















by terasumonnmoku | 2014-09-16 13:05 | Comments(2)

勝手にHAPPY宣言。

今回のスーパーな満月。
みなさま、いかがでしたかー????

わたしは、すごかったですw( ̄o ̄)w
今月後半に立て続けに予定している、自殺防止関係のイベントでひととして有効に機能するため
自分の中の「自死・自殺」に対する分離感を統合する学びが
充実マックスだったことに加え、
大変ディープな相談事が怒涛のごとく押し寄せ
完全にフリーズしてしまった。

で、結局「もうHAPPYしかいらないっ!」と言う結論に。
(なんだそれは!でもほんとにそう思った。大変すぎて、やってられないぜ)

だからといって、やりかけのことを放り出すという意味ではなく
自死、過労死、自殺、労働問題、地球の未来その他に対する
自分の意味づけを、ぜんぶ(勝手に)付け替えることにした。
頭の中で、なにをどう考えようと、誰にも迷惑は掛からない。

みんなで一緒にHAPPYになる。
どんなにハードな学びでも、学び自体が大事なわけではない。
それをやろうとしている、そのひとが、大切なのだ。
生死を超えて。
だからわたしはすべてのひとのうちに、愛を光を、よろこびを、見る。
常に。

高校生の頃、ヘッセの「シッタールダ」を読み
ものの見方を変えれば、ひとは悟りを得られる。ことを知った。
けれど、どうやって見方を変えるのか想像もつかなかったし
教えてくれる人もいなかった。

大津先生に出逢って、それを教えてもらえるようになったけど
真髄が少しづつ理解できるようになってきたのは、最近のこと。
現象ーが何を指すのか。他者に依存することと、自立することがどう違うのか。
全ては一つ。と言う感覚がどんなふうに深化してゆくのか。ETCETC。

映画カンタ・ティモールで誰かが歌っていたように
わたしたちは、大地に許されているから、ここに存在する。
愚かさを、最初から許されているから、ここにいる。
存在そのものが祝福であり、開かれた祝祭なのだ。
岡倉天心の語る、茶の湯のように。
だから意味は後付であり、歴史は時の勝者によって絶え間なく書き換えられ、すべては変容し続ける。
確かなものは、いま、この瞬間。いまここに、「ある」というリアルな感覚だけ。
瞬間が永遠を導入する。

わたしたちは宇宙に愛されている。
わたしたちはすべてにゆるされている。

争う時も、憎むときも、傷つけあう時も、
失う時も、奪う時も、嘆きの中にある時も、

永遠と言う庭で、
わたしたちは、分かつことなく宇宙に愛され
愛を語り合っている。
いつも いつまでも












by terasumonnmoku | 2014-09-10 15:03 | Comments(2)
おはようございます!今日の東北はとても良いお天気です(^○^) 
みなさまいかがお過ごしですか?
きのう、大好きな大津先生のセミナーがあり、周りの状況は何も変わっていないにも関わらず
元気だけはいっぱいの、てらすもんもくです(笑)

以前から、虐待やDV被害を受けて育った人に関わることが多く
自分的にもそういう背景を持っているひとに、シンパシーを感じるのを不思議に思っていましたが
最近、謎が解けました。

なんのきっかけもなく、突然どす黒い気持ちになる。
ことを繰り返す日常というのは
子どもにとって、虐待を受けているのと同じようなものだったに違いない。
そんな気持ちになる理由が見当たらないので、
自分が悪いと思ってしまう。
(300年前の武将の恨みとかの形が見えれば、そのせいにできたのでしょうが
わたしはもともと、波動としてしかものごとを探知しておらず、感じることを翻訳するために、経験と訓練が必要だった。)
子ども時代、愛してくれる両親に対してさえ、申し訳ないと思っていたことを思い出しました。
自分の存在そのものが、申し訳ない。
と、何度思ったかわからない。
親だって、子どもを選べないのに。
産まれたのが、別の子どもだったらよかったのに。
(「神さまのやくそく」と言う映画で言うように、親子である以上両者合意のもとで生まれてきているのですが、今の子どもたちとは違って、小学生の頃はまだ記憶がなかった)

成人後も、極度に情緒不安定な自分をもてあまし、
その理由を親に求めて「母と言う病」的な虐待系の本を大量に読みましたが
実際のところわたしの母は、普通以上に子供を自由に育てる天国的な人で
虐待は愚か支配すらしていなかったのです。(ちなみに父の魂は宇宙人・笑。まあ、もんもく的には)

リアル虐待系の人と違うのは、それは直接他者(含む親)からされたことではないので
いい子になる必要がなかった点です。
わたしがよい子であろうが、人の顔色を読んで保身を図ろうが
そんなことにはかかわりなく
エネルギーは予測不能な形で容赦なくわたしを支配してしまうので
(自らその辺にある想念データーを、勝手に読みこんでいただけのことだったのですが)
ひたすら自分にあたるしかない。
どれほどひどい罪悪感の中で生きてきたんだろう。可哀想に。
過去の自分が愛おしい。

というわけで、自分のいわゆる透視能力?スピリチュアルな能力を、
未だかつていいと思ったことはありませんでしたが
最近になって、ちょっといい。と思うことが増えました。
なにより大きいのは夫の死後の状況に関することで、
どんなに「見える」能力があったり、宗教的背景のあるひとに
たとえば、彼が成仏できない。とか、今も苦しんでいる、と言うようなことを言われても
動揺する余地がない。ということです。

生きている人と死んでいる人の間には、肉体がないという以外はそれほどの違いはありません。
もちろん、家族としては全然違うし、それで痛みや悲しみがなくなるわけではありませんが、
少なくとも、魂的にはそうです。

夫は確かに自死と言う間違いを起こし、大勢の人を傷つけましたが、
亡くなった人を、死に方でひどくいうような人よりは
それでも遥かに(魂が)立派なことには違いない。
おかしなことを言う人たちより、ずっとちゃんと光ってるし、いまも学び成長しています。
(肉体がない分、大変そうだけど)

夫だけでなく、自死したほかの方に関しても、同じように思うのですが、
とはいうものの、それはあくまでわたしの個人的な確信に過ぎず、
同じ遺族であっても、そこを共有するのは難しいということを学習しました。
当然と思うものが人によって違うので
それぞれが、それぞれに思っていくしかないのでしょう。

今まで自分を特別だと思ったことはなく
ひとに羨ましがられることが疑問でしたが、
経験が増え、自分の世界が広がるとともに、ひとの「見えなさ」がわかるようになりました。
課題って、ほんとにひとそれぞれで
それぞれに、豊かなものを、孕んでいるんだな。
悲しみのすべて、抱えている困難のすべてが、愛。
そんなことを考える秋の一日。



*この文章は


http://kamipro.com/blog/?p=16006

黒バス脅迫事件の最終意見陳述を読んで書きました。これはすごかった。












by terasumonnmoku | 2014-09-06 10:39 | スピリチュアル | Comments(0)
悩み事相談を受けていたら、突如手に持っていたスマホが高熱を発し、壊れてしまった。
同時に家の照明が壊れ、アイロンが壊れ(T_T)

新しい行動と言うのは、外科手術に似た要素があるのでしょう。
それはいいとしても、電化製品が壊れるのは困る。

先日はまたハードな相談があり、
それはただ話を聞いていただけで
別にヒーリングしたわけでも、セッションしたわけでもなく
なにか重いものを受けた、ということでもないのに
突如生命力が枯渇して、家にたどり着くなり力尽き、爆睡してしまった。
やりたくてやっているのは間違いないけど、何かが根本的に間違っている。
こんなことをしていたら体が持たないよ。
とほほ(T_T)

そんななかでシナリオを書き、ドリプラ世界大会の支援者会に行ってきました。
その様子は徳ちゃんのブログで!
http://ameblo.jp/golden-universe/entry-11918039574.html

苦し紛れに書いたシナリオは、意外と大変評判がよく
むちゃくちゃな設定なのに、誰も笑う人はいなくて一安心(^○^) 

ドリームメンター(通称ドリメン)かぶんさんに開いていただいた
事業計画書のミニセミナーも最高でした\(^o^)/
事業って~w( ̄o ̄)wとフリーズしていた徳ちゃんとわたしは
このセミナーですっかり「事業好き」になってしまった(笑)
できるんじゃないの?わたしたち!
いや、人間が単純にできているのです(爆!)素直ともいう。

しかしわたしはプレゼンターなので、いまからむんむんと、次回の支援者会に向けて
頭が忙しい。むうう~うううん。
そして、自分が何をどう考えているのか、さっぱりわからない(笑)

そういえば、先日ひさびさにこのブログを読んでくれた友人が
「しばらく落ち込んでいましたが、もんもくちゃんのブログを読んで元気になりました。
ヒーリング効果のあるブログになったんだね」というメッセージをくれました。
この内容で、ヒーリング効果があるとしたら、それは相当すごいことかもしれない♪

なあんてことを、実は脇に固まっている山積みのタスクを放り出して、書いてます。
やる気がどんどん戻ってくる~
と呪文をかけて、とりあえずちょっと休んじゃおう。










by terasumonnmoku | 2014-09-03 12:14 | Comments(2)

宇宙真理哲学講師、らくがきすと、即興ピアニストぷらす社会活動家(過労自死遺族当事者)働くことから世界を変えるをモットーに、さまざまな活動をしています。合言葉はREBORN.大事なのは、生きることだ!


by terasumonnmoku
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