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大好きな国ネパールで起きた大地震の被害が拡大、深刻化しています。


「NPO団体 日本ネパール文化交流倶楽部」を立ち上げ
ネパールの子供たちの学費を支援する活動を続けている
http://japanxnepal-club.com/index.html
 
古くからの友人、高橋京実さんと
ご主人のネパール人アリアル・サンジブさんは
義援金を集め、支援が届きにくい山の奥地の農村を中心に
草の根レベルで届けに行く。という活動を始めました。
(河北新報社・NHKなどでも報道されました。)



支援物資は今のところ受け入れ態勢が整っておらず
届けるのが難しい状況です。

もし思いを共有していただける方が
いらっしゃれば
ぜひ、ご協力をお願いしたく
よろしくお願いいたします。



お振込先はゆうちょ銀行
18150ー33325221
タカハシ キョウミ

またはお店・カトマンドゥでも救援金を集めています。
http://nepal33.web.fc2.com/Kathmandu.htm


募金箱をおいて下さるお店も、募集中です。



※京実ちゃんとは、十数年前、マタニティヨガで出会いました。
東日本震災後、週末ごとにご主人サンジブさんは被災地で
長いあいだ炊き出しを行い続け、
京実ちゃんは夫が亡くなり、急に宿舎を出なくてはいけなくなった私の家に
遠路はるばる何度も手伝いに来てくれました。

荒れる息子に手を焼くわたしに
一緒にネパールに行こう。と誘ってくれたのもその頃。

ネパールにいた時の日記がこれ↓
ここに出てくるミンジェル・パールちゃんというのが
京実ちゃんのことです。

http://artandlove.exblog.jp/18378632/
http://artandlove.exblog.jp/18355093/


ネパールのひとはやさしかった。
その後日本に帰ってからも
過労死遺族の会を立ち上げ
テレビに出て、新聞に載って、
次第に自分の手に負えなくなってくる状況の中で、

「いざとなったら、全部放り投げて、息子を連れてネパールへ夜逃げする。
だから自分はだいじょうぶ。」
という想いが、
長いあいだ、わたしの心の支えでした。
そのくらいの覚悟?がなければ、できなかったんだと思う。

ネパールは、大きな山に挑むひとのための、ベースキャンプのような場所。
多くの日本人の、心のふるさとのような場所なのだと思います。

みんなが無事でありますように。
どうか支援の手が、必要なところに届きますように。






by terasumonnmoku | 2015-04-30 21:00 | Comments(0)

SAWA'S CAFE

大好きなSAWA'S CAFE クローズドのイベントに参加しました!
http://sawascafe.com/
一人の方の、人生の軌跡を伺う素敵な企画。

クローズドなので内容は詳しく書けないけど
よかった(´;ω;`)
たくさんの困難と、ユーモアと、愛。

わたしはどうやら、結構ストレスが溜まっていたようで
心が洗われるようでした。
なんか、すごい元気出た(笑)

いいなあ!やっぱりいいなあ!
世の中的にはそうじゃないかもしれないけど
わたしはやっぱり、普通に一生懸命生きているひとの
かけがえのない美しさが、好き。

肩書きなんて関係ない。
市井の、一生懸命生きるみんなと
とてつもない輝きを分かち合っていきたい。

なんで、世間の評価とか
地位とか名誉とかで、みんな人を判断するんだろう。
なんで、こんなに素敵な輝きが
理解されないんだろう。
それでもって、なんで、わたしがすてき!って思う人が
世の中からはみ出しちゃったりしているんだろう。

こんなの、絶対間違っている(爆!)

感動のあまり、汚れが出たらしく
それで盛大に、また愚痴を聞いてもらい
すっきりして、帰ってきました(笑)

もうやだ。めんどうなことは!
くだらないことにかかわり合うには、人生は短すぎる(;`Д´)<<<<<<
(でもやるけどね。やりかけたことは自分が納得するまで。大人だから。)

ちゃんと生きてる、「ただのひと」が一番すごい。
改めて、自分が何が好きでなにがしたいのかについて
考えさせられた、一日でした。


by terasumonnmoku | 2015-04-29 21:17 | Comments(0)

Free Dance 2

月に一度の及川徳子さんこと、徳ちゃんのFree Dance に行ってきました( ^ω^ )
徳ちゃんの、思わず笑ってしまう本気のラジオ体操~からの、
声にうっとりする瞑想っぽい導入~からの、Dance。

空の広がるスタジオで、音楽に合わせて、好きな様に動く時間です。

それだけなのに、泣いてしまう人もいるし
鼻水の洪水になってしまう人もいる。

ひたすら楽しくなっちゃったり
遊び疲れて寝てしまう人も(笑)

少し前にうちに遊びに来てくれた想真君というダンサーの男の子に
体を動かす。ということは
感情表現なのだ。ということを教わって以来
Dance に対する考え方が変わりました。
http://artandlove.exblog.jp/23675824/

言葉になったり、ならなかったりする気持ちも
音楽や空間と調和をしながら体を動かすことによって
気持ちよく消化することができる。

たらたら流れる汗の中に、そんなことを思います。

先日、自称「踊り子」の田中泯さんがあるインタビューで

「踊る前に、すでにそこに踊りがあるんです。
心が動くから、体が動くんだから」

とおっしゃっていました。
こうしよう。と思って体を動かすのではなく
心が躍るから、身振りが出る。

そういえば、子供の頃は、自分もそうだった。

泯さんによると、日本には古来から「おどり」という言葉があって
その時代時代でいろんな字があてられていた。
日本舞踊とかの形になる以前から
心が動くから体が動く。
というとてもナチュラルな感覚を
昔から日本人は持っていたものらしい。
そんな民族は、自分の知る限り日本人だけだ。と。

わたしたちはいつ、そんな自分の中の自然な衝動を
見失ってしまったのだろう?
型にはまらないと、動けない。みたいになってきちゃったんだろう?

わたしたちは肉体を持った精霊で
いつも心を躍らせて生きてきたはずなのに。

感受性の強いひとほど、いっぱい踊るといいのかもしれない。

ところで、徳ちゃんのセレクトの曲の中に
月の光の下で植物が芽吹くのを感じましょう。
というのがあるのだけど、
月の光が照らしている時と、
植物が芽を吹くところの
その中に満ちているエネルギーは
おんなじなんだな。ということを
踊っていてふと感じました。

人間の肉体部分って、ほとんどにく月がついた字で表されるけど
(脳。とか、腰とか)
そういうところからきてるのかもしれないなあ。

昔の人は、なんて自然と一体だったんでしょう。
今はそんなふうに、一度離れて
改めて、いろいろなことに気づいていく時期かもしれないね。


自由に動けない人も多いので
すぐには難しいかもしれないけど
一緒にやれば大丈夫( ^ω^ )
ぜひ、ご一緒にいかがですか?
Free Dance は月一回。
仙台青葉カルチャーにて。

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by terasumonnmoku | 2015-04-28 21:18 | Comments(0)

怒らないこと。

最近調子のよかったとうもろこしが
ひさびさに、プンプン怒りながら帰ってきた。

バン!とドアを開けるなり
部屋にひきこもる。
ご飯を食べさせる間も、割と無口。

お風呂に入れて、寝て起きたら
機嫌が治っていて
なんで怒ったのか、話してくれた。

「自分が悪いんだけどね」と
ちょっとおもしろそうに言いながら。

それで、昔わたしがプレゼントしたらしい
初期仏教のお坊さんが書いた

「怒らないこと」
という本を読んだんだよ。と。

その本は、確かとうもろこしが一番荒れている頃にあげた本で
わたしも今より未熟だったので、
子の問題に首を突っ込み、なにかにつけてしゃしゃり出ていた。
だから当然読まれるはずもなく、2年くらい放置したあったのだと思う。

でも無駄ではなかったらしい。

人のせいにしないで、自分の感情を自分で引き受けてる。
成長してるなあ。
こどもはすごい。てか
わたしはあの年には、そんなことはまったくわからなかった。
自分の感情的混乱を、ひとや状況のせいにしない。
って、精神的自立のための第一歩だと思うが、
出来てる人はすごく少ない。(不可能なくらい大きなこともあるし)

とうもろこしにしても、今回は怒りの原因がわりと単純なことだったので
できたのだろうけど
でも、自分の頭で考え、自分の力でひとつクリアすれば、
その方法は、何度でも、使うことができる。

人間関係の葛藤のほとんどは、
相手の領域を無意識に侵犯する。
もしくは、侵されなくていい分野(自分の権利に属する領域に)にまで
他者の干渉を許してしまうことによって、自ら自由を失っていく。
という
行為者同士の「自立」不全から起きる
と、わたしは考えているので
とうもろこしの成長が、ほんとうにうれしい。

でも、怒りたい時は盛大に怒ったほうがいい。
感情って、抑え付けると腐敗してしまうから。
もちろん人を傷つけたり、自分を傷つけたりしてはいけないし
やりかたに、最大限に配慮する必要はあるけど!

それで自分の頭が痛くなっても
あとで出したものがどどっと返ってきて
大変な思いをしたとしても、
怒りを奥底で持ち続け
感情が発酵して自分が何を感じているのか
わからなくなってしまうより
ずっといい。

ところで、くだんの、とうもろこし君。

「怒らないこと」を読んでるのに
なんで怒っちゃうんだろう?

と、あとから、不思議そうに言ってました。

一冊本を読んだくらいで
すっかり自分を変えられたら
そらあ、誰も苦労しないよ(笑)























by terasumonnmoku | 2015-04-27 21:00 | Comments(0)

死を思う。

いままでいろいろなことがあって
自分についた傷なら、大丈夫になった。
一時的に凹んでも何日かで元気になるし、
あまりにその衝撃が大きく、凄惨なほどに傷ついても
わたしはできるかぎりのことをその度にして、やがて立ち直る。
自分に対しては信頼といってもいいものが、できた。

でも、人の傷は相変わらず痛く
ダイレクトに胸に刺さる。

その上自分の力では回復することができないので
どうしたらいいか、長いことわからなかった。

先日いくつかの痛みが同時にあって
結構きつかった時に
なんでそんなにきつく思うのか、考えた。

わたしの恐怖は車の運転とエネルギーのうねりなんだけど、
その二つは両方とも、死ー消滅と関係がある。
結局、死が怖いということかも。

ちょうど今読んでいる本(雪片曲線論)の中に、
チベット密教の死の瞑想のやり方が載っていて、
早速やってみた。

解説がそんなに詳しくないので
やり方が合っているかどうかわからない。
これを、オウム真理教は悪用して「ポワ」といったのだけど
もちろん、人を殺すという意味ではなく

特殊な瞑想で自分が死を疑似体験をすることによって
生死を超越した境地を得る。という
正規の修行法
チベット密教に限らず
わりとよくあるやり方で、
決していかがわしいものではない。

わたしがやっても、頭にコブもできないし
茶色い液体が染み出るわけでもない(ちゃんとやるとそうなるそう)。

でも、ハートからクラウンチャクラにむかって
自らの魂を抜いてみようとしただけで
どんどんエネルギーがまして行き
逆に元気が出てきてしまった。

大事な人の死は絶望と悲しみをもたらすけど
「死」そのものは、怖いものではないのかもしれない。
というか、死んでいても生きていても
生命はずっと喜んでいるということを
体感したというか。
そんな感じ。

それをやってから、痛みを抱きしめられるようになり
愛せるようになり、少し、楽になった。
心が痛むのは
愛しているから。
すべてのあらわれは最初から
消滅とセットになっている。

というか、物質そのものが
生成と消滅がくみになって初めてつくられるというか。

いやあそれにしても
ほんとに怪しいな。

by terasumonnmoku | 2015-04-26 21:02 | スピリチュアル | Comments(0)

詩篇

すべてのあらわれのなかに
わたしが宿っている

広がる螺旋
光の粒子が
空間を満たす

音のない声で 世界は喜びに震える

物質という物質
光という光
影という影が
互いに両手を伸ばし
手を握り 抱擁を交わす

薔薇の接吻が 静かに溢れる

生命は生きとし生きるものたちの歌
続々と新しいハーモニーを作り出す 音の饗宴

愛することと 愛されることが
引き裂かれては出会い
また、新しい織物を織る

響きあう このメロディとリズムを
ともに奏でよ 
幸せは ただそのうちにある

わたしは 光が見る螺旋状の夢
すべての創造物の中で 愛を踊る

静かに 今に留まり
ただ深く呼吸せよ

瞬間ごとに宇宙は実り
祝福の歌を歌う

(ラ・ムー)
 

by terasumonnmoku | 2015-04-25 21:00 | スピリチュアル | Comments(0)

月のきれいな夜です。

今日は関わっている自死防止ネットワークの幹事会。
たくさんの専門家の皆さんのお話をひたすら聞いてきました(#^.^#)

ネットワークには既にいろいろな案件があって
その一つ一つはほほえましいものから
重大なものまでいろいろ。

どうしていいかわからないような深刻な事例もありますが
みんなで力を合わせ、意見を交換しながら
対応策を考えます。

ほとんどが知らないことばかり。
なので、ほんの少し関わるだけでも
反省点がいっぱい。
勉強になります。

なによりいいのが、ひとのためにがんばるネットワークの皆さんと
時間を共有できること。
お金にならないことを一生懸命やる人がこんなにいるんだ
というのは驚きです。

生活保護ひとつとっても
一筋縄ではいかなくて、
議員さんや弁護士さんを動員する必要があったり
現実は厳しい。

でも、みんなで生きていくために
方法はある。

もちろん当事者の気持ちが一番だし
気持ちがあっても世の中には通らないこともいっぱいあって
曲がり道に来るたびに
誰もが人生の途中で、いろいろなことをあきらめなくちゃいけない場面が
必ずあるんだ。
ということを、つくづく思い知らされます。

自分のことだけでなくほかの人のケースでも、
一番の執着を諦めてはじめて、新たな道が開ける。
というのが、改めての発見。

家族を手放して、家族とのいい関係性を手に入れたり。
例えば多重債務でも、恥の意識を手放し
専門家の意見を入れて意識を変えるだけで
精神的な負担がすごく少なくなったり。

ただ、そこに至るまでは
誰でも時間がかかります。

ちょっと凹んだくらいでも時間がかかるんだから
もっと大きな問題なら、
そうなってくるのは、当たり前だと思う。

残酷なのか幸福なのか
見方によってはそれぞれだけど
問題の解は、自分の思ったような形では来ない。
それを受け入れるためにも、そのひとなりの時間が必要なのでしょう。

心の痛みは、誰にもどうすることもできず
それぞれが孤独に向き合っていくしかないのですが、

具体的な困難は、すこしずつ解消していくことができる。
到底一人では不可能そうなことも
たくさんいればなんとかなっていくというのは
びっくりです。
まるで奇跡のようだ。

ひとって、みんなでいてはじめて力を発揮するものなのかも。
そのためにひとりひとりは、こんなに不完全にできているのかも。
と思った夜でした。

by terasumonnmoku | 2015-04-24 21:00 | Comments(0)

Stay foolish


ずっとかかわっている、ソーシャルビジネス関係の
不思議な会合に行ってきました。

場所は青山一丁目からほど近い、明治記念館。
明治神宮付属のの結婚式場です。
開催のわずか二週間前に決まったこの会。
招かれたサリーちゃんたちと行ってみると、
さまざまに有名そうな人がズラリ。


ローマ法王庁の神父さんやシスターたちも見えていて
びっくり~(ノ゚ο゚)ノ ~

で、なんのために参加したかというと
ハイソサエティ向けのクラウド・ファンティング(資金集め)。
サリーちゃんたちの事業に、支援を集めるため。

で、わたしがなんのために、そんなことをやっているかというと、
友達のサリーちゃんを応援する、という意味ももちろんありますが
今回の事業ーソーシャル・ビジネスという
営利を目的とせず、社会問題を事業として解決する仕組みが
今後、過労死や貧困や、戦争のない新しい世界の土台になっていくのではないかと
考えているからです( ^ω^ )

その場で、原稿を渡され
いきなり事業説明(長い!)を読むことに。
一生懸命やりましたが、つっかえつっかえで
終わったあとでサリーちゃんに
「たどたどしさがすごくよかった。一生懸命さが伝わってきたよ」
と慰められました(´;ω;`)
あまり嬉しくありません。黒歴史として封印しよう。

今回は徳ちゃんのかわりに、わたしがサリーちゃんとの関わり
についてスピーチをしました。
ドリプラ世界大会、ネットワークきぼうの、ソーシャルビジネスバージョン(#^.^#)
ドリプラ世界大会では、売りたいもの(きぼう)の事業性が
いまいち不明瞭だったところが反省点だったのですが、

その部分に新しい世界の創造のため、わたしがいいと思うものを
なんでも入れて売り込むことができる。
それって、逆にすばらしいことかもしれない!
と、今回初めて思いました♪*゚

今回の事業の目標は、短期的にはサリーちゃんたちの自立と、
被災地でのコミュニティの醸成だけど
見据えているものは世界平和で
ひきずられるように
いきなりそんな所に行ってしまう。しかも大真面目に行ってしまうところに
自分で自分に感心してしまった。

でも、
Stay hungry, stay foolish
と、かの有名なジョブスも言っている。
夢を見るのはただなので、どんどん見ていこう(笑)

関連の日記はこちら

http://artandlove.exblog.jp/23858298/



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by terasumonnmoku | 2015-04-23 20:00 | Comments(0)
蜷川実花さんの色使いが好きです。

その写真展が原美術館でやっているというので、
行ってきました。
学生の頃、よく通っていたこの美術館。
御殿山の閑静な高級住宅街の中、ミャンマー大使館の隣にある。

普段なかなか見られない現代アートを取り上げるので、
気に入ってます。
緑の見えるカフェや、
1938年に建てられ、もとは有名な実業家の私邸だった建物も素敵。



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蜷川実花さんの作品には、「死」の匂いがする。
キリスト教風に言うと、メメントモリ(死を意識せよ)
どこかエロティックな感じのする極彩色の色使いの中に、充溢した生が
ふと見せる「死」。

それとは対照的に、目黒川に散った桜の花びらを
ひたすら撮った墨絵のような作品群や
なまなましく疲れた、本人のポートレイトが
ほかの作品の背後に隠された「死」を際立たせ、
その感覚が、リアルなものであることを教えてくれる。


都市の雑踏に、やわらかくうねる、極彩色の金魚を重ねた映像作品もあって、
それはなんだか「祈り」のようだった。



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追伸*一緒に「空の作品展」に参加してくれた、ともだちの羊のりえちゃんの撮る写真に
たまに、ニナミカ風の色使いのものがあり
それを見るたびにわたしは泣きそうになる。
でも、りえちゃんの作品は本家よりはるかにピュアで
これからは全然違う場所に着地していく予感。



by terasumonnmoku | 2015-04-22 21:00 | アート | Comments(0)

ちょっとした、多次元。

今読んでいる本に、
多次元についてのとてもしっくりする記述があったので、転記。

「聖書」を、「宇宙」、
「年代」を「次元」に読み替えて、読んでみてね。

「聖書がホログラム内のさまざまな深みで、
それぞれが年代に従う多様な層として現れた。

やがて聖書の全体的な構造が、
どの角度からも見ることが出来るとともに、
内容を読むことのできる、三次元コスモスを形成した。

観察軸の傾きに応じて、
異なったメッセージを引き出すことができる。
こうして聖書は絶え間なく変化しつづける
無限の知識を産みだした。
聖書は見るからに美しく、色の脈動が信じられないほどの、
素晴らしい芸術作品になった。」
  (フィリップ・K・ディック 聖なる侵入)

おもしろいのが、「引き出されたメッセージ」が
その時の自分そのものであること。
そしてわたしたちは
自己の本質について
四六時中間違った認識を持ちがちだということ。

先日大津先生から、おメダイのようなペンダントを購入したとき、
そこに入れていただいたエネルギーが
それまでの自分の感じと全く違っていたのに
いたく驚いた。

友達の、及川徳子さんとも違う。
徳ちゃんのは、いかにもロック、ばりばりいくぜ!
って感じのエネルギーなのに
わたしのは、どこまでも浸透し、癒し、満たしていくみたいな
不思議なパワーで
どっちかというと、逆。

そしてそのエネルギーを確かにずいぶん前から
わたしは徳ちゃんのなかに感じていたのだ。
(波動日記の太鼓の絵がそれ。それにしてもキャッチするの早すぎるよね。)

だとすると、わたしにも
そんな部分があったのかもしれない(ノ゚ο゚)ノ ~
というか、そういうひとだった過去生の記憶だって、
あるし。。。。
(しかしその時は、あまりに清らかすぎて
人として、ほとんど機能しなかった。)

すべての人やものごとに、今見えているものとは別の世界
別の意味がある。

現に誰に会っても、わたしがそのひとの核心的にすてきだと思う部分は
殆どの場合本人の外には現れておらず、
(新しい世代は別)
自分の見ている人と
今、目の前にいる人とが別人に思え
よくわけがわからなくなる。
(あくまで三次元的に出ている人と話をしなくてはいけないので、大変)

全く見当違いなところにプライドを持って
満たされずに傷ついているひとが、本当に多い。
それって傍から見ると
アインシュタインが、小学校に行って
先生から意味のないダメ出しをくらってる、みたい。

そのひとのすばらしさは
そんなところにはない。
あなたの目が行かない、ここに、最高の輝きがあるよ。
と、言いたいけど
言っても、直接的には役に立たない。
あくまで自分で認める必要があるから。
むむん。

それを人呼んで、「学び」といい、
そういうことを、わたしもやっているわけです。

人生は、楽しい。
まあね。

by terasumonnmoku | 2015-04-21 00:44 | スピリチュアル | Comments(5)

宇宙真理哲学講師、らくがきすと、即興ピアニストぷらす社会活動家(過労自死遺族当事者)働くことから世界を変えるをモットーに、さまざまな活動をしています。合言葉はREBORN.大事なのは、生きることだ!


by terasumonnmoku