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2015年の終わりに☆

大掃除も無事終わり、東京に移動しました(^_^)
この4年で、最も大掃除らしい大掃除!
少しずつ、日常が返って来ています。

今日は久々にお墓にも行って来ました。
この一年の、報告会です。
悲しい気持ちがなくなることはないと思いますが、これからは、夫にいっぱい、ありがとうを言いながら、暮らしていきたいな。


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今年は、とにかく親子で生き延びることを目標とするレベルから、ようやく、過去と今が融合し、この場所から未来を見ることができるようになった一年でした。

これも、わたしたち親子に関わってくださったみなさまのお力と、心より感謝しております。

それにしても、今年はのんびりする予定だったのに、ずいぶん動きまわりました・笑。
おかげさまで、やりたいことの方向性が、ようやく見えてきた気がします!

来年は、もっと哲学の勉強をしたいし、作品を創りたいし、よりよい世界を造るための活動を、増やして行きたい(^_^)
これから、そのための仲間がどんどん増えて行く予感がします。

来年も、きっとすてきな年になるでしょう♪

今年も、あと残すところ、数時間。
今年一年、お世話になりまして、ほんとうにありがとうございました。
新しい年が、みなさまにとって、そしてわたしたち、親子にとってとってすばらしいものであることを、祈っています☆

どうぞみなさま、よい年をお迎えください*\(^o^)/*

2015年の終わりに、感謝を込めて!

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by terasumonnmoku | 2015-12-31 21:01 | Comments(0)

昨日の投稿で、突然写真を載せられたゆかぽんは笑って許してくれて
他にも「自分になにができるか、考えてみます」とコメントをくれた人もいて
そんなこんなのいろいろに感動し、涙してしまいました。

カフェの収益を上げる方法を考える相談をお願いした、さすらいの税理士けんちゃんも、快く時間を作ってくれることを了承してくれて
胸がいっぱい。

こういうことを、わたしは夫や、夫の研究室に対して、したかったのに違いなく
その時には自分にできることがなにもなくて、
ほんとうに悔しかったし、悲しかったのです。

大学の研究室、というものに対する影響力は
今でもないし、
わたし自身に、なにか特別な力が備わったわけでもないけど
それでも、死にそうな思いで駆け抜けた3年という時間が、驚くようなひとのつながりを育ててくれていて、時折、奇跡のような出来事が起こっています。

この日記で最近一番訪問者が多い
「子を残して自死した友人のこと」http://artandlove.exblog.jp/24131055
という記事を
「子と妻を残して死にたい」という、ワードで検索し、見に来てくれたひとがいました。

「子を残して~」の記事は
とうもろこしのような立場の大人や子供のために書いたものだったのに、
当初の意図とは違って、もっぱら、死にたいほうのひとに読まれています。

完全に想定外だったけど、もしかしたら、わたしが一番読んで欲しかったひとに
読んでもらえているのかもしれず
そこに、人知を超えた、配慮のようなものを感じます。

あまりにも、その記事だけの訪問者が多いので
わたしと、とうもろこしの現在の心境と、言いたいことを、追記することにしました。

目の前のことしか見えなくなっている人に
その言葉が届くかどうかはわからないけど
とうもろこしが、今の全てをかけてつくりあげた音楽に、なにかを賭ける気持ち。

彼のお父さんへの愛が、どうかどうか、読んでくれるみなさまに届きますように。

などど、ひとしきり泣いたり、しんみりと考える合間にも
ちゃんと大掃除に取り掛かりました(๑'ᴗ'๑)
台所だけでもきれいにして、
新しい年を迎えたいと思います!

あっ、そういえば今年はまだ忘年会してないねっ♪゜
ってことで、
とうもろこしとふたり、
<かっぱ寿司>にも行ってきました。

とうもろこしは余裕の19枚。
今日はペラペラのハンバーグ寿司のような、不気味なチョイスです・笑。


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by terasumonnmoku | 2015-12-30 22:21 | Comments(0)

こんばんは!
まだ大掃除もせず、好きなことばかりしているてらすもんもくです(๑'ᴗ'๑)

今日はいつもお世話になっているSAWA'S CAFEへ
勝手に応援隊活動をしに行ってきました。

SAWA'S CAFE 存続の危機、ということで
ここの持続化プロジェクトのお手伝いをしに来たのです。

そもそもが、行き場のないひとの<おはなしどころ>として作られたこのカフェ。

母体は店主さわさんが一人で設立したNPO法人ですが
特に助成金も受けておらず
そもそも助成金の対象外である、一般的でニッチな人
普通に暮らしながら自分の場所がないと感じる人ーが対象だったため
申請もままならず

さりとて、本来の「おはなしどころ」「繋がりを作る場」としての機能を大切に思うあまり
営利目的に突っ走ることもできずに
人と人との間につながりをつくり
できることからこの世界をよくしていく、可能性を追求して2年。

さわさんはこのカフェに、莫大な額の(公認会計士の仕事をして貯めた)個人資産をつぎ込み
現在に至っています。
その額、小さな家一軒分(ノ゚ο゚)ノ ~

その2年の間に、カフェにはちゃくちゃくとファンがつき
ここで得られたつながりに支えられ、新しい自分を発見する人が増えてきました。
無冥さんも、わたしも、クリスマス会でお世話になったひでたろうさんも
同じSAWA'S CAFE 仲間です。

しかし経営が黒字に展開するまでには至らず
来年の夏頃には、資金が尽きる土壇場です。
そのぎりぎりのいま、突然立ち上がったこのプロジェクトには
全国からたくさんの声援が送られています。

SAWA’S CAFEは、あらゆる立場、あらゆるコンディションのひとが
繋がり合い、そこから力を得て
自分を変えてゆく可能性を秘めた、大変貴重な場所です。

暗いニュースに胸を痛め「誰も孤独にしたくない」と涙ぐんだり、
感傷的な気持ちになる人は大勢いるでしょう。

けれど、そのために、自分の人生をかけ
私財をなげうって実際に行動できてしまう人が
一体どのくらい、この世に存在するだろう。
そう思うと、店主さわさんの愚直なほどのかっこよさに、泣けてくるのです。

宣伝したい。
宣伝して歩きたい。
こんなにすてきなひとがいるんだよと
大きな声で叫びたい。
(言いまくってますが)

先日閉鎖したリバ邸仙台もそういう場所で
とうもろこしともども応援していたのですが
リバ邸の場合、話を聞いた時点でもう事態がかなりのところまで進んでおり
すでに打てる手段がなく
大変悲しい思いをしました。

SAWA’S CAFEの場合はまだ時間的猶予が何ヶ月かあるということと
借財の負担がないということで
まだ可能性を探ることができる。

それはほんとうに、ありがたいことだと思います。
わたしにできることは、とっても少ないのですが
ほんのちょっぴりでも、できることがあることが、うれしい。

後考えられるのは、収益を上げる事業を立ち上げるヒントみたいなものだと思うので
そういう知識のある人につなげていけたらいいなと思っています。

イベントに参加する。イベントを開催する。ランチを食べに行く。
持続化プロジェクトに参加する。寄付をする。
特定のプロジェクト(クラウドファンディング部門など)のお手伝いをする。
などなど、さまざまな支援、さまざまな関わりをもつことが可能です。

もしこれを読んでくださる方で
支援に興味がある方がいらっしゃいましたら。
ぜひ、応援よろしくお願い申し上げます(๑'ᴗ'๑)

HPはこちら↓
http://sawascafe.com/

写真はSAWA'S CAFE のもようと
一緒に SAWA'S CAFE 応援隊員をやっている、友達のゆかぽんです。
今日は、実はゆかぽんはいなかったのですが
余りにもいい笑顔だったのと、ほかにカフェの概要がわかる写真がなかったので
こっそり載せてしまいました(๑'ᴗ'๑)
ゆかぽん!ありがとう!!!!!
ここにくると、みんながこんな笑顔になります(笑・たぶん!)

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by terasumonnmoku | 2015-12-29 22:16 | SAWA'S CAFE | Comments(0)

年末らしく髪を切りに行きました(๑'ᴗ'๑)

髪を切るという行為と、
美容師さんが切ってくれている時の様子を見ているのがとても好きです。
ひとによって、ハサミの使い方
髪の捉え方が違うので
見ていて飽きることがありません。

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いまお願いしているTIARAの今野さんは
たぶん、いままで切ってもらった人の中ではいちばんうまいと思うのですが

デザインを考えていて、
それを思いついた瞬間、頭の中でぴっと画像が結ぶ瞬間を
見ているのがたまりません。

頭蓋骨のかたちや顔の構造、髪の質や流れの
三次元構造の上に新しい髪型の鮮明なイメージが投影され

実際にはさみを使う作業では、
髪の一本一本に
どう切ってもらいたいか
注文が書いてあるような感覚であるらしく、
まったく迷いがありません。

シンプルな形なのに、崩れない。
なんともかっこいい仕上がりなのです。

感動♪゜・*:.。. .。.:*・♪

最近うちのとうもろこしも、
幼稚園のときから通っていた「とこやさん」を卒業して
こちらで美容室デビューしました。
それからというもの、各方面で「イケメン」と呼ばれることが
急に多くなった気がします!
髪型の影響って、大きいんですねえ~・笑。

今日は年末なので、ヘッドスパも受けてみました。
みちひろくんのヘッドスパ。
二回目だけど、初めて受けたときよりはるかに進化していて
びっくりです。
絶品。まるでヒーリングを受けているようだった(ノ゚ο゚)ノ~
大変ありがたい気持ちになって帰ってきました。

プロの仕事ってすごいなあ。

年末感がようやく身に迫って感じられます。

おかげさまで来年も、いい年になりそう~☆彡

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by terasumonnmoku | 2015-12-28 22:50 | Comments(0)

叫ぶ男。

朝いかにも眠そうに起きてきた、
息子とうもろこしが、

明け方3時ごろ、近所で怒鳴る男がいて
眠れなかったんだよ〜。

と、目をこすりながら言った。

それがさあ。怒鳴り慣れてる声で、ほんと、迷惑だよ。

聞くと若ものらしい。

「君だって、音楽が無ければ、今頃そうだったでしょ。
音楽に出会えて、ほんとによかった」

「そうなんだよね」

叫ぶ男も、どんなに叫んでも、満足ではないだろう。
ひとに迷惑をかけて、なにかしたような気になっているだけ。

とうもろこしが、音楽に熱中する元になる原動力も、
叫ぶ男の叫び声を形成するエネルギーも、たぶん同じ性質のものだと思うけど、

とうもろこしは音楽をやることで自己肯定感を増し、人間関係が充実してゆき、

叫ぶ男はきっとどこにも行き着かない。

下手をすると行為がどんどんエスカレートしていく可能性が高い。
いろんな活動をしていると、実際そんな例をよく目にする。

誰でもその人だけの才能や、生きる場所がある。
けれど、それは必ずしも、自分の今の価値観や、
頭で考えた判断と、一致するとは限らない。

こんまりさんの片付け術みたいに、
やったときに、細胞がきゅん!と上がるのがそうなんだろうけど、
それってやってみないとわからない。

でも、誰でも情熱はうちにあふれていて、
適正な出口を探していることは間違いなくて、
それを見つけようとしないでいると、
エネルギーは逆流し、精神的に病んでしまったり、
だんだん感覚がなくなったり、ということが起こる。

逆に、ひとから見てどれだけ馬鹿げて見えても、
自分の心からしたいことが少しでもできると、
途端に身体に力がみなぎってきちゃったりもする。

自分を舐めてはいけないし、
頭でっかちに勝手に判断してもいけないし
変な取り扱いをしてもいけない。

「自分」というのは
意識が思っているよりはるかに広大で深いものだから。

もしもいま、あまりにも現実がハードで
やりたいことがわからなければ、
ただ生き延びるだけでも構わない。

ほんのすこしの希望でもいい。
それを大切にすることで、何かが見えてくるかもしれない。

ウクライナ出身の天才ピアニスト ホロビッツは、
今日は散歩の後、あのお菓子を食べよう!
みたいな、小さな喜びを、心底大切にする人だった(^_^)

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ピアノを歌わせると言われた独特の彼の演奏は
一つのフレーズの中に永遠を感じさせる、壮大なロマンがこもっていたけど、
その音の響きを支えていたのが、
小さなお菓子のひとかけらだったりしたことに、わたしはいつも感動する。

日々の小さな生活を楽しむことを、決してなめてはいけない。



by terasumonnmoku | 2015-12-27 21:04 | Comments(0)

きみにわかってもらえるだろうか?
もし、<冠を戴いた>を描けば、わたしはもうおしまいだ。
そしてもし、ほんとうにわたしが食器セットとパンを、
あたかも自然に即したように平衡させ
色合いの差をつけるとすれば、必ずやそこには王冠と雪と、
すべての震動があるに違いない。
                       BY セザンヌ

これが、今日最高に感動した言葉。

現象学の発展に尽くした、メルロー・ポンティの「意味と無意味」のなかにあったものです。

メルロー・ポンティは1908年生まれの哲学者で、
世界をおもに人間の体から柔軟に考察することを唱えました。
その哲学は「身体性の哲学」とも呼ばれ、
従来は対立するものと考えられてきた<自己の概念>と<対象の概念>を、
知覚における認識の生成まで掘り下げました。

例)アイスクリーム  
アイスクリームの概念のない人ー対象を、触ると冷たい。暖かい場所に置いておくと溶ける。
などの、単なる<現象>としてしか見ることができない。
アイスクリームをアイスクリームとして認知するためには、アイスクリームという言葉(記号)を知る必要がある。

こういう考え方を「現象学」といい、ここからさらに、構造主義に発展していくのですが、
それはともかく、最近、哲学にはまっています(๑'ᴗ'๑)

なぜなら、<現象>に興味があるから。
正確に言うと、<現象>が教えてくれることに、大変興味があるのです。

高校時代に哲学にはまっていたときにも、
フッサールの「現象学」でつまづいて
先に進めなくなってしまいましたが

ものすごおく大人になって、師匠に出会い、真理を学び始めた時も
結局<現象>にひっかかりました。

なにか悩みができて、相談するたびに
「現象に振り回されている」と師匠はいうだけなので
ほんとうに困りました。

そもそも自分には、<現象>というものがなんなのか
まったくわかっていなかったのだ。
ということに気づくまで、
ずいぶん時間がかかりました。

<現象>を事実、もしくは本質と混同していたのです。

<現象>というのは、WIKI先生によると
人にとって)見えるもの、つまり(外面的な)<<現れ>>のこと。
出来事を、それが存在するかどうか、本当かどうか、といった、
その見える<<現れ>>の背後にあるものは問題にせずに、
その観察された<<現れ>>として扱うとき、それを「現象」と呼ぶ。対義語は<本質>

どこからどこまでが現象で、どこから先が存在そのものなのか。
存在の本質とは何か。
または、仮象とは?
という問題は、科学や、哲学や、認識論などの分野でも意見が分かれ
取る立場によって、定義が変わります。

そらあ、いきなり言われたって、わからないよなあ!

個人的には、カントの、現象は物自体と対比され、
物自体と主観との共同作業によって構成されるものと考えた。
別の言い方をすると、現象というのは物自体に主観の構成が加わった結果のものであるとし、
人は現象が構成される以前の物自体を認識することはできない、というのや、

ヘーゲルの、「本質は現出する」と言われ、“「本質」は「現象」となることによってのみ存在する”。
という考え方が、結構しっくりします。
ちなみに、もんもく語訳によると、ヘーゲルの<本質>は、プラトンの言う<イデアー真に存在するもの>と同義です。

カントとヘーゲルの違いは、<存在>に対する、それぞれの認識の深さの違いなんじゃないかと
勝手に考えています。
言葉の定義が、著者によって、そして翻訳者によって異なっているので
言葉につめこまれた中身を読みこみながら考える必要があり、
ほんとはドイツ語読めたほうがいいんだろうなあとしみじみ思う。

で、冒頭に書いたセザンヌは
物自体の形を超え、そこに自分が無意識に付加している枠組みや意味付を超えて
<食器セットとパン>の本質の現出そのものを描き出せたら、
それは現存する美の深淵、震えに満ちたその本質そのものにたどり着けるはずだ。

ということをいっているわけで、
なんだかそれはすごいなあ。と思ってしまったのです。

セザンヌのりんごがあんなに美味しくなさそうなのに
妙にわたしたちの心を打つのは
たぶん、そこにりんごや、りんごを描こうとするときに画家が持つ当時の前提を
軽々とぶち壊すものがあったからなのでしょう。

これはたぶん、固く、すっぱく、一つ一つが重く、でも皮をむいた時に
鮮烈な香りが匂いたつ、実に美しいりんごで
しかも遠近法を無視し、並び方が物理的に成立不可能な形で描かれている。
なのに、りんご部分だけでなく、絵全体のすみずみまでもが、りんごの存在感に充満しているのです。
りんごが、りんごであることさえ超えるほどに、りんごをやっている。

ここに、王冠があるかどうかはわかりませんが
雪と震動は、なんだか見える気がする(๑'ᴗ'๑)

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http://www.salvastyle.com/menu_impressionism/cezanne_pommes.html 
さまから、画像お借りしました。



by terasumonnmoku | 2015-12-26 21:06 | アート | Comments(0)

HAPPY CHRISTMAS !

60代の天使、英太郎さん主催の、クリスマス・ランチ会に参加しました(^_^)

sawa's cafeのおぐちゃん特製の、おいしい!クリスマス・ランチと、
http://sawascafe.com/


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おむすびで地球をむすぶ、


井上 麻美ちゃん特製、かわいすぎる(T ^ T)地球クッキー。


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英太郎さんのあたたかい短歌つきです(≧∇≦)
(あさみちゃんと二人、それぞれにいただきました♪)


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そして、徳ちゃんが昨日の伝授と絵のことを
ブログに書いてくれました♪゜・*:.。. .。.:*・♪
感動しちゃったので、シェア(´;ω;`)↓

<いのちの光>
http://ameblo.jp/golden-universe/entry-12109909390.html

そしてそしてそして!



このブログにもたまに出てくる
プチプラのまきちゃん!


ぶつぶつセッションで、昨年暮れから絶賛応援中だったまきちゃんが、
ついに!44歳にして・笑!夢だったモデルへの道を歩き出しました(^_^)

ほんとうにうれしいです☆

彼女の勇気と冒険は、きっとみんなの力になるに違いない!


<幸せを呼ぶファッション

44歳 旦那も子供もいるよ!

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このすてきなカバー写真は、
空の作品展で写真家デビューを果たした、ご主人の Nakanoya Kasumiさんの作品です。


ほれぼれするほど、いい写真だなあ!


これからの二人から、目が離せません( *˘ᵌ˘)♪

昨年セッションを始めたときに、ぱっと見おしゃれなまきちゃんのなかのひと、偽のパーソナリティというか
メンタリティは
<地味いな地方銀行の、地味いなOL>のようだったのが、忘れられない・笑。
妙に生真面目な腕カバー付き。
いまとなっては、信じられません!

まきちゃんは勇気を持って歩みだし
ぐんぐんと美しくなりました。

どんなひとも、ほんとうはものすごい可能性を秘めている。
そしてその可能性が開花することは、ひとをとんでもなく感動させます。

なんとありがたいことでしょう。

サンタクロースが集団でやってきたような夜に。感謝を込めて☆彡





by terasumonnmoku | 2015-12-25 22:37 | Comments(0)

今日は徳ちゃんのセラピスト伝授のお手伝いで
終日、伝授に立ち会っておりました。

セラピスト伝授って、最初の段階のヒーラー伝授とは規模が全く違うものなのですが
それにしても、ひとによって
まったく入るエネルギーも大きさも違うことに、びっくりです。

高い波動のエネルギーは
ただ入ればいいというものではなく

そのひと自身が生活や仕事や人生の中で
それを効果的に使えなければ意味がないので
そのひとが現実の中で動ける大きさに従って
降りてくるものなのかもしれません。

今日はさっそく描き上がった徳ちゃんの絵も持っていったのですが
伝授の間、その絵のエネルギーが立ち上がっているのを感じて
作家冥利につきました。

なんて働き者の絵なんでしょう:笑。

今日の伝授については
きっと徳ちゃんがまたブログに書くと思うので
ぜひそちらを読んでね。
(右のリンクの「波動日記」から入れます)

伝授の中で、「あなたとわたしは完全に一つです」
ととくちゃんが言うシーンがあるのですが
それがなんともあたたかくやわらかく
ほんとうに美しいものが溶け合うようで
うっとりしてしまった(๑'ᴗ'๑)

魂の輝きが、どれほど美しいものなのか、
伝える言葉があればいいのに。

今回の伝授は、美塾講師の拓ちゃんだったのですが、きっと美塾という枠も越えて、これから大きく羽ばたいて行くのだと思います。

拓ちゃんらしく、ダイナミックに、そして子どものように、よろこびながら(^_^)

(前回の伝授に関する徳ちゃんの記事はこちら
http://chandra.exblog.jp/23867167/ )

そしてさくさくと家に帰り
怒涛のようにご飯を作り
おかげさまで、うちにもほんのぽっちり
クリスマス気分がやってきました( *˘ᵌ˘)♪

毎年、イブの夜に息子とうもろこしがいるのは今年が最後かも。
とドキドキしながら作るクリスマス・ディナーです・笑。

早くすてきな彼女ができるといいねぇ(^_^)

みなさまも、どうかあたたかなクリスマスお過ごしください☆彡

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あらが目立たないように画面を暗くしてみました・笑。


by terasumonnmoku | 2015-12-24 22:09 | スピリチュアル | Comments(0)

こどもの成長。

先日、関西に1泊ででかけ
帰ってきたら、なんと流しの食器が洗ってありました・笑。

留守の間、鍋焼きうどんを作って食べたりしていたんだそうな。

すごい(ノ゚ο゚)ノ 
成長している!

「俺って意外とできるよね!」
だって・笑。

中学に入った頃から
成長の生々しい部分は見なくていいなあと思い
彼の部屋の掃除をするのをやめました。

その後部屋はちゃくちゃくと汚部屋になり
そのまま独立して
ゴミ屋敷に住むようになったらどうしようと思っていたら、

ある日わたしが友人にもらってきた

池田暁子著 文藝春秋 

「片づけられない女のための
こんどこそ!片付ける技術」

という大変レベルの低い掃除本を読みだし
そこから猛然と、掃除をするようになりました。

(どのくらいレベルが低いかというと、まず床一面のものをよけ、「部屋に道を造る」ところからはじまる。
というくらい低い。
自分の名誉のために申し上げますが、うちはそこまでひどくないです)


今は勉強で苦戦しているけど
きっと、また、自分なりのやり方で
道を見つけていくんだろうな。

彼の健やかな成長のために
その翼を折ることなく、適正な距離と、客観性を保ちながら
おだやかに見守っていけますように☆

そんなこんなで天皇誕生日の今日は
とうもろこしのニュージーランド土産
の、<ドバイ産>のパスタで
ミートソース・スパゲッティを作って食べました。


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大盛り( ̄ー ̄)ニヤリ

ドバイ産だからといって
特別に謎な味がするわけでもないのですが
ニュージーランドって、そんなに中東系の人が多いのだろうか?
と、アラビヤ語表示の説明書きを見ながら考えました。





by terasumonnmoku | 2015-12-23 21:00 | Comments(0)

光を下ろす。

ここしばらく、ずっと徳ちゃん、こと及川徳子さんの
あたらしいエネルギーの絵を描いていて
ようやくそれが完成しました(๑'ᴗ'๑)

現時点では、これ以上は行けない。
というところまで
追い込んで描いた絵。

落書きをしているときはいいのですが
本気で描くと
変なところが疲れるらしく
いまは虚脱状態です。

本体はいずれ見られると思うので
楽しみにしていてね( *˘ᵌ˘)♪

描いていて思ったのは
ああ。わたしはこうやって
「光を下ろす」ということを
これからしていきたいのだな。
ということ。

あれが悪い。これが悪い。ということに
心の底から嫌気がさしてしまった。

良い職場環境を作る。
と、大切な家族の過労死から必死に立ち直ろうとしている
皆様とともに歩む希望の会の活動はするけど
それ以外のことはもう、いい。

自分自身が罪悪感に苦しんだり
何かが悪いと責め立てることは
不条理を無くすことにも
いのちを大切にすることにもつながらない。

「光を下ろす」
の「光」は
一般に言う、単にきらきら光っているものではなく、
いのちであり、愛であり、新しい秩序の体系であり
「法」であり、
それ自体が「生きている知恵」そのものでもあります。

単なる輝きではなく、
それを手にした人の
生命の力を増殖し
新しいなにかを生み出すもとになるものです。

客観的に形を捉えることが難しいので
いままでまるで自信がなかったのですが、
今回やってみて、それを見て、人がどう思うかは関係ないのだということを知りました。

わたしは、誰も見たことのない、生きている絵を描くことができる。
それは文章を書くより
人前で話をするより
ずっと影響力が大きい。

徳ちゃんの絵を描き終わったとき
徳ちゃんの存在に対する感謝の思いで
胸がいっぱいになりました。

ひとがこれほど深く、ありがたく、ダイナミックに美しいとは
驚き以外のなにものでもない。

そして徳ちゃんは真理を学んでその場所に向かいつつあり、
それは決して特別なことではなく、
きちんと真理を学び、自分の人生に向き合いさえすれば
誰もが、そのようであることができるのです。

どれだけたくさんのひとが
自分の真の美しさや、可能性に気づかず
不幸なままに人生を生きていることだろう。

わたしたちは、どこにでも好きなところにいくことができるし
どのように<ある>こともできる。
そういうことを、わたしは自分の描いた絵に教えてもらいました。










by terasumonnmoku | 2015-12-22 21:36 | アート | Comments(0)