<   2016年 03月 ( 31 )   > この月の画像一覧

年度末最終日。
いろいろなことが終わっていきます(๑'ᴗ'๑)

ここらで一度、今やっていることを盛大にリセットして
ほんとうにやりたいことに取り組んでいこう。

4月からはじまる今年度、一番やりたいことは

①音楽に野球に受験勉強にと、正確にこの順番で猛烈に忙しい
息子とうもろこしの全面的なバックアップ。
ラスト一年になった、母業を堪能すること。
②自分を許し、愛そのものである自身を受け入れ、愛と喜びを素直に顕してて生きること。
③人の価値観ではなく、自分の価値観で生きる。


自分を消費するのは、やめるのだ。

そういう風に考えるようになって
ちかごろ絵を描くことと、ピアノを弾くこと
セッションすること
そして、希望の会の活動も、
ちょっとづつ、好きになりつつあります。

めまいがするほどにハードな現実を生きる中で
本質の(すばらしい)自分に向き合うのは
しんどかった!

ほんとうにやりたいことが、<つらい>って
拷問みたい。。。。
それだけ手ひどく、自分を裁いていた
ということなのでしょう。

というわけで、桜が咲きましたね!
今日はFBのカバー写真を新しいものに取り換えました。

この絵の感想をいただいたのですが
「明るい希望にあふれている。それしかないって感じがした」
「がつんとやられたような衝撃を感じ息が止まったように思います」
とあって、うれしかったし、びっくりしました(๑'ᴗ'๑)
表面意識はどうあれ、エネルギーーはもう変化していて
ふうふういいながら、人間がついて言っている感じです・笑。


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こちらは、今朝野球に出かけるとうもろこしを起こしに行ったとき
部屋の入口に貼ってあった、張り紙。

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友達のコンクール用の演奏に
ギターのリフをつけるため徹夜したそうで
本日、彼は使い物にならず。

仕上がった映像を見せてもらいましたが
完成度はともかく、親ばか的にわくわくしました・笑。
顔は出してないけど、やっぱり赤いきつねTシャツで演奏している~。
ちなみに、彼のソニーのボッチコンテスト
残念ながら三次予選通過はならず。
二人でがっくりしましたが、
いい経験ができて、よかった(๑'ᴗ'๑)








by terasumonnmoku | 2016-03-31 22:16 | Comments(0)

愛の循環。

社団法人スーパーネスンスアカデミック被災女性支援事業のコミュニティづくりのための
月待講のお手伝いを、今月で卒業しました(๑'ᴗ'๑)

月一回のシェア会、月待講自体は及川徳子さんを講元に
あと半年ほど続くので
一足早い終わりです。

そんな今日、サリーちゃんのおうちのサリーハウスで
スーパーネスンスアカデミックの河原会長や、名誉会長の安倍昭恵さん、

サリーハウスメンバー、サリーちゃん、ふーちゃん、あやちゃんが縫ったシーツを購入してくださった
スペイン大使館の方などなど大勢の皆さんによる
この事業の視察&ランチ会でした。

その後、イタリア大使館、スペイン大使館が購入してくださったそれぞれのシーツを
みんなで、仙台市内の乳児院に届けに行きます。
およそ50人ほどの、さまざまな事情のある子供たちが保育されているこの施設。
子供たちが歌を歌って、歓迎してくれました。

東日本大震災で被災した女性にシーツを縫ってもらい
それを各国の大使館に買い上げてもらって
必要とする東北の施設にプレゼントする。
そこから、事業化に着手していく。
という壮大なこの事業。

2年ほど前に伺ったときは全体像が分からないままに
河原会長に友人のサリーちゃんを紹介したご縁で
ここまでかかわらせていただきました。

最初はいろいろなことが起き
どうなることかと思いましたが
最近はメンバーも定まり
素晴らしいチームワークもできてきて
そこであたたかい、たくさんのドラマが生まれています。

サリーハウスの三人が心を込めて作ったシーツが
大使館の皆さんを経て、乳児院の子どもたちに届けられるのを見て
胸が熱くなりました。

親と引き離され育てられている子供たちの境遇は、どうすることもできませんが
そこに、愛のこもったサリーハウスのシーツが届き
使われるのはほんとうにうれしい。
たいしたことはできなくても
すこしでもかかわれて、ほんとうによかった。
これからも、三人の愛のこもったたくさんの作品が
いろいろなこどもたち、いろんな皆さんに届いていくんだ。
と、思っただけで
幸せな気持ちになります。

なにもないところから持っていたビジョンをここまで現実化された河原さんは
ほんとうにすごいと思う。
とてもよい勉強をさせていただいたことに
心から感謝しております!
みなさんにも、ほんとうにありがとう。
これからも、ずっとずっと応援しています*\(^o^)/*

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by terasumonnmoku | 2016-03-30 21:13 | Comments(0)

仲間内では、透視能力がある。

ということになっているわたしですが、

自分の実感としては

「みんなの見ているものが

目に入らない」

という大変不便な認知の仕方をしています。


道は覚えないし、人の顔も認識できない。

エネルギーはわかるので

けがをしやすい。

というところを除けば、日常生活に支障をきたすことはないのですが

車の運転は超苦手。


それが

iPhoneのおかげで

写真を撮るのが好きになり

風景を結構注意して見るようになりました・笑。


苦手なことも、興味を持てば視界に入ってくる。

そこから、また新しい世界が深まったり

広がったりするのかもしれませんね~ଘ(੭´ ꒫`)੭


実際のところ、ものを見ていても、自分がいったい、

どこにフォーカスしているのか、本当のところはよくわからない。


でも、少なくとも写真を撮ろうと思う以上

おもしろいもの、美しいもの、楽しいものにアクセスポイントを置いていることは事実。

それは、いろんな波動の現象が入り混じったこの世界で

よりポジティブなものに焦点を合わせる、という訓練にも役立ちます。

エネルギー状態に敏感で困るのは

勝手に目立つものを検索し、そこからの影響を簡単に受けてしまう。

ということなので、こうした訓練はとても有効です。


ただ、ひとつだけ残念なのが

肉眼で見るありのままの美しさを

どうしても写真には撮ることができないということ。



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例えばこれ。

リアルでは、新緑が朝の光をはじくさまが

黄金のスプラッシュのようで

立ちくらみするほどゴージャスだったのに

その「反射」が映らない。

一眼レフとかなら撮れるのかなあ?


それとも、生音の響きがデジタル録音ではどうしても収録できず

驚くほど平板になる。

というのと同じようなことが

映像の世界でも起きているのでしょうか?


フィルターを使えば

ある程度はカバーできるのですが、

それでも全く同じようには復元できません。


単なる腕の問題なのでしょうが、

この新緑の金のスプラッシュは、どう加工してもだめでした(;´д`)トホホ


美しさは、この見えるか見えないかのラインにある

輪郭からはみ出た部分に。

もしかしたらそれは目に見えるものではなくて

網膜には映らない心で見ているものにあるのかもしれない(๑'ᴗ'๑)


こちらは見た感じに結構近くとれた写真。

鴨?の朝の散歩です。


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水面とカモと朝の光のハーモニーが

静かに響いてきます♡

いいと思っているのは自分だけのような気もしますが

好きなものは好きなので、それはそれでいい・笑。


今日も、明日も、地球のめぐみをたくさん受け取れますように。

わたしたちが愛されてこの星に暮らし

この星のめぐみに生かされていることを

毎日すべての瞬間に、実感していられますように。


鴨も、わたしたちも☆

すべてのいのちが、ともに輝いてあるように。










by terasumonnmoku | 2016-03-29 21:00 | Comments(0)

4.雨月物語

雨月物語 監督 溝口健二 原作 上田秋成 脚本 川口松太郎 撮影 宮川一夫
出演 田中絹代 京マチ子 森雅之 1953年(日本) 97min モノクロ・スタンダード

撮影の宮川一夫さんという名前に見覚えがあると思ったら、
「羅生門」をはじめとした、黒澤映画で撮影をしていたひとだった。
伝説のカメラマンだったらしい。

あるところで、かつて好きだったゴダールが、
自分が一番影響を受けた映画監督はミゾグチだ。
と発言していたのを見て、興味を惹かれた。

97分、息もせずに見る。
どこにも無駄がなく、隙間なく美しい。
作られて60年以上の年月が経っているはずなのに
テーマも切り口もきわめて現代的で、全く飽きない。

悲惨なことがたくさん起こるのに
余計な情緒的思い入れがないために
見るものに悲惨さを押し付けない。

エピソードに説得力があり、そういうのがあるのも人生だ。
というふうに伝わってくる。
(わたしの実感としても実際そうなのだろうと思う)
ゴダール映画にある、深刻な事態を軽妙に描くというタッチは
ミゾグチのそういうところの影響されたのかもしれない。

どうしていままで、この人の作品を見ないでいたのだろうと思うほど
素晴らしかった。
小津安二郎の「東京物語」より好きかも。
(全然タイプは違うけど)

原作は上田秋成の「雨月物語」の二つのエピソードと、
モーパッサンの「勲章」という短編を混ぜたもの。
泉鏡花ふうの怪奇ロマンと、
よりよい生活を求め、必死に利益を追求するあまり
家族を見失い、持てるものをすべてなくしてしまう男、
というモーパッサン流の
極めて現実的なテーマが自然に交錯するさまは、見事。

魔物役の京マチ子の妖艶さがすさまじく、
自分が男性でも、喜んでとり殺されてしまいそうなリアリティがある。
そして映像が、ため息が出るほど美しい。

見ていて思ったのは、別に現代じゃなくても
人間はずっとおろかに生きてきたのだし
愚かなことにも意味があって、それはそれできっとよかったに違いない。
ということだった。

それにしても、97分(96分という説も)という長さで
この内容はほんとうにすごい。感動の一本でした。



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by terasumonnmoku | 2016-03-28 20:42 | 映画 | Comments(0)

息子とうもろこしが、赤点を取った授業の補習から
すっかり人相が悪くなって戻ってきました!

朝8時から午後5時。
なんと9時間にわたる補習です。
その前の日曜は7時間だった(で、熱を出した!)ので
それはそれは、もう並々ならぬ熱意です。

聞くとその科目で赤点を取ったのは
とうもろこしと、中学までほぼ不登校だった友達のN君の二人だけだそうで
先生は春休みのこの時期に
二人のためだけにその時間を投入したらしい。

補習を受ければ受けるほど
とうもろこしは、ストレスフルになっていくらしく
肝心の勉強が頭に入っている様子はありません。

先生をディスり、嫌がっている。

でも、いやなら赤点を取らなければいいのです。
自分のやったことの責任は、ぜんぶ自分が引き受けるという
とても良い、事前?学習です(๑'ᴗ'๑)

そして、なんだろうな。
もうすぐ定年・というその先生の
たった二人の生徒に対する努力に、
(だって休日を投げ出しているわけですから!)
わたしは親として、なんだか感服してしまったのでした。
どんなに方向性が違っていたとしても
ひとの本気さって、どこかこちら側を感動させるところがあります。
いい先生だと思う。

「面白い写真が撮れたよ」と
とうもろこしが、
黒板に向かって問題を解くN君を
机の上に寝っ転がった先生が眺めている写真を見せてくれました♡

笑ってしまった。
年が年だけに、先生も疲れるんだろうなあ!
てか、生徒にそんなお行儀の悪い写真撮られるなんて
無防備すぎるでしょう(ノ゚ο゚)ノ ~


勉強のことはともかく、なにかをあきらめない。途中で投げ出さない。
というメッセージだけは
二人ともちゃあんと、受け取ったと思います(๑'ᴗ'๑)
今は二人とも(たぶん)悪い顔になっているけど
時間がたてば笑い話になる。
その場だけのいい人より
そちらのほうが、ずっと大事♡
(あ、でも長時間労働反対派のわたしとしては
休日出勤はなるべくしていただきたくないのですが)

自分が生徒のころは
こういう先生のよさはわからなかった。
おとなはみんな、最低だと思っていました。
言っていることと思っていることが違う。
どうせなんにもわからないひとたちなんだから
表面だけ合わせてればいい。
と高をくくっていたのです。

幼かったなあ~
傲慢で、幼く、浅く、愚かでした。

多少なりとも、成長できてほんとうによかった♡

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by terasumonnmoku | 2016-03-27 21:50 | Comments(0)

荒町商店街の苦難。

久しぶりに、荒町のフットサロン とう に行ってきました(^_^)
このお店には、わたしの「足を揉まれながら悶絶するひと」の絵が置いてあるのですが。
この絵のひとさなが、久々に泣きながら施術を受けました(T ^ T)

痛かった(T ^ T)

衝撃的だったのが、以前は賑やかだった荒町商店街が、別の街のように閑散としていたこと。
地下鉄東西線ができ、バスが減った影響なのだそうです。

交通機関ができると、
ひとの流れが変わるんですね。
でもとりあえず、お気に入りの文具屋さん、80代のこうごろうさんはお元気そうで、安心(^_^)
珍百景にも選ばれた、店の張り紙も健在です。

街も国も、生き物のように変化しています。
変化に逆行するのではなく
どんどんあたらしく、はじまっていきたい。

とりあえず、ハードなことを必死に頑張って
残りの時間は倒れている。
という生活をやめて、
自分の本当にやりたいことを、ちゃんとできるようになりたい♡

勉強も、ピアノの練習も、絵を描くことも
すごく時間を使うので
時間の配分を上手にしないと、あっという間に一日が終わってしまいます。

SNSを見る時間を減らさないとなあ・笑。

やりたいことをやるために、なにをやらないかを
まず決めて行こう( ・ᴗ・)


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荒町商店がが、賑わいを取り戻す妙案が、浮かびますように。

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by terasumonnmoku | 2016-03-26 21:01 | Comments(0)

10代のころ、わたしには未来がなかった。
生きることが苦痛で、その苦痛がなにからくるのか
どうしたらいいのかもわからなかった。
苦しかったので、過去に自分と同じような体験をし
しかも、たいへんHAPPYに生きている大人の女性に会いたかった。
そんなひとはついぞ見当たらなかったので
自分がそういう人になることにした。

真理の師匠である大津先生に出会い
「人生は学び」ということを教わり、
ようやく自分のなりたい人、会いたかった人になって、
セラピストとして動き始めてしばらくしたころ、震災にあった。

家の中は混乱し、その末に夫が過労自死し、
わたしは再び方向性を見失って
依然と同じように、自分と同じような体験をし
かつその時点でHAPPYに生きている人をさがしたが
見つからなかった。
それで、自分がそういうひとになることにした。

考えつく限りのことをやって
ようやく気持ちも、生活も落ち着いた。
いま、かつての自分がもっとも会いたかったひとに
ようやくなれた気持がしている。

それでも、正直に言うと、自分を完全に許せたのかどうか
いまだ自信がない。
やっぱり夫が死なないで
今も元気で隣で笑っていてくれることを
どうしても望んでしまうから。

自分自身がしあわせを生きることについて、力が入りすぎてしまうところがある。
それは、その無念さがなせる業なんだろうけど、
その無念さ込みで
わたしは愛とよろこびの世界を生きていく。

科学者だった夫は、目に見えない世界を全く受け付けなかった。
死んだら人は無になる。と信じていた。
シャーマンの家系に育ったわたしは全く逆で
いのちが永遠であること、
亡くなった人にも意識と意志があることを、
子供のころからの自分の経験として知っていた。

夫に伝えられなかったのはそのことだけではなく、表面的な価値、
地位や名誉や、人からの評価がすべてではなく、例え彼が社会的にどんなにひどい状況に追い込まれても、
彼本来の素晴らしさや輝きは決して失われることはないのだということ。

正しく学ぶことによってほんとうの自分につながり、自分自身を素直に表していく。ことさえして生きれば、
外的な状況はどんどん整っていくということ。

伝えられなかったのは、まさに、「真理」そのものだった。

伝えられなかったその「真理」は、それでも
自分自身の苦境を脱する、この上ない武器になった。

自分自身の葛藤を
新しい未来の創造に役立てようと
日々格闘するうちに、
わたしは大津先生に教えてもらった「真理」がどういうもので、
その考え方を具体的にどう使えば、より実生活の役に立つのか。
どういう言葉で伝えれば
より効果的であるのかを、実証的に学んできたように思う。

4年たった今、生活は落ち着き
息子も家族も、おかげさまで元気に暮らしており、過労死を防ぐ活動の傍ら友人に囲まれ、
絵を描き、ピアノを弾き、セラピストとしてセッションもして、
普通に考えると信じられないほど幸福な状況を
わたしは生きている。

これは偶然ではなく
真理を学んだおかげで
それ以上でも、それ以下でもない。
きちんと学び、実践さえすれば
どんなことがあったとしても、誰でも、わたしと同じように
自分の望む人生を生きることができる。
うちなる自分ー真我からあふれ出る
愛の力で。

今、わたしは、その「真理」を
その用い方を、
一人でも多くの人に伝えたいと思う。
それぞれの人の存在の確かさと、すばらしさを。
それが、わたしが一番やりたいこと。
生涯かけてやっていくことだから。

これからは、真理ベースの活動を
より増やしていきたいと思っている。
どんなふうになるか、かたちはまだわからないけど
今はそんな感じです(๑'ᴗ'๑)







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by terasumonnmoku | 2016-03-25 21:42 | スピリチュアル | Comments(0)

亡くなったひとの涙。

先週土曜、6時間にわたる長すぎる補習のあとで
突如吐いて38度6分の熱を出した、息子とうもろこし。

インフルエンザ?
と思いきや、日曜に熱は下がり
月曜には止めるのも聞かず、野球の試合に行ってしまいました(`ε´)

そして、「むちゃなことをすると、かえって元気になる!」
と豪語した翌朝、

花粉症の鼻づまりでほとんど眠れなかったとかで
体調悪いアピールを繰り返していましたが、
横目で、さっさとお弁当を作るわたしを恨めしそうに見ながら
「休みたい~でも、野球行っちゃったからなあ~」
とぼやきながら学校へ・笑。

週の半ばになり、ようやく復活。今朝学校へ行きしに

「野球やっててほんとによかった。野球少年団はもっと早く入りたかったし、
野球ができるのも、あと4か月しかないけど」という。

「そうだね。野球ができたことは、君の財産だもんね」

「でも昨日はつらかったな。キャッチャーだし出ずっぱりだから」

「行かなきゃいいのに行くんだもの。男の子って、そういうおバカなところがあるよね。
でも、そんなとこが、かっこよかったりもするんだよな。
たぶん、生物学的な違いなんだと思うよ。そんなことしてたら、子供は育てられない」

「そうだよね」

「少年野球ができたのは、父さんのおかげだよ。
やってよかったし、そのおかげで母さんも成長できたと思うけど
父さんがやるって言わなければ、絶対に参加しなかった。
父さんに感謝だよ」

「うん。」

ひさしぶりにお父さんの話題を振って
拒絶反応が出るかなと思ったけど、今朝はだいじょうぶでした。
心の底からほっとしました(๑'ᴗ'๑)

ここ半年くらい、とうもろこしはお父さんの話題をふると本当にナーバスになり
いつも薄氷を踏む感じだったのです。
つらくてお墓参りにも行けず、線香も上げられず、ことあるごとに感情が乱れます。
でも、家の中で夫の話題をタブーにはしたくなくて、そっと会話に忍び込ませては
撤退することの繰り返し。

息子を見送って、ふと気づくと
夫が傍らで泣いていました。
朝の掃除が終わっても、
午後になり、助成金の書類の修正にとりかかっても、ずっと泣き続けていたのです。

幽体でも、涙は出るんだな。
自分のせいで息子が苦しんでいるのを見るのは
つらいよね。

泣けて良かったね。父さん。



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by terasumonnmoku | 2016-03-24 20:26 | 家族 | Comments(0)

わたしたち親子は、

これまで大勢の皆様に支えられてきましたが、
大津先生と先生のもとで出会った仲間たちがいなければ、
わたしも息子も今頃生きてはおらず.
差し伸べられたたくさんの手を、取ることさえできなかった。


夫の葬儀の席の狂乱の場で、

先生が注いでくださったあたたかいまなざしを、

まるで昨日のことのように覚えています。
いつかわたしも、そんなひとになりたい。


<心に効く、精神のごはん>


今日はそんな、超おすすめの、先生のセミナーの日でした*\(^o^)/*


伝授を受けた人だけが参加できるエナジーもさいこうで

<すべてが一つ>感がどんどん深まっているのを感じます。

みんなきらきらしていて

でも眩しくはなく

ほんとうにきれい。


ひとりひとりが、「生きているひかり」なんだと

実感します。


すべての次元に存在する、それぞれのわたしたち。

別々にあらわれているのに

完全にひとつで

微細な振動の隅々まで

感じられる。


誰でも参加できるお話しも、ほんとうにすばらしい。

わたしは特に、ネガティブな話をする先生が好きなのです。

なぜって、まったく<ネガティブ>な波動が出ていなくて

先生が見事に楽しそうだから!


おなかが痛くなるほど笑い

こころもからだもぴかぴかになる時間。

存在するすべての命が、いとおしくなる時間です。


そんな今日、またひとつ、自作の絵がお嫁入りしました。

お嫁入りが決まったことがうれしくて、その直後から急に生き生きとし始めたこの絵。

ある日わたしが、自宅の居間で目にしたアリエル系のエネルギーの絵なのですが

エナジーを受けている最中に

その同じ波動が下りてきて、がっつりと絵に注入され

さらに明るく美しくなって、

意気揚々とますみちゃんのおうちに出かけて行きました。


ほんとうにありがとうございます。

きっと、二人のあたらしい道を照らしだし

次なる光、ここからはじまる新しい希望に、続いていくに違いない。

それを思っただけでほんとうにわくわくします。


一緒に喜びを生きて行こう。


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次回のセミナーは、4月26日。誰でも参加できるお話は、午後2時半からです~ଘ(੭´ ꒫`)੭
よかったら、ぜひご一緒にいかがですか?







by terasumonnmoku | 2016-03-23 21:19 | スピリチュアル | Comments(0)

東北大薬学部助手過労自死事件公判のお知らせと傍聴のお願い。



2007年に亡くなった
薬学部助手の方の公判が
以下の日程で開かれるとのご連絡を
お父様からいただきました。


亡くなられたとき、助手だった息子さんは
指導教授の勧めで博士課程を退学し、助手になってまだ半年。
当時24歳の若さでした。


次世代の若者たちのためにも
一人でも多くの方に、関心を持っていただき、
傍聴にいらしていただけますよう、切にお願い申し上げます。


一日目 平成28年 5月31日10時半より
二日目 平成28年 6月7日10時15分より


場所は仙台地方裁判所第一民事部 308号室です

ご連絡は
下記アドレスまでお願いいたします。


karousitouhoku@gmail.com 前川


by terasumonnmoku | 2016-03-22 20:33 | 過労死 | Comments(0)