明け方「戦いとは、調和の、別の名前だったんだな」
と思いながら目覚めました。

一体どんな夢を見ていたんだろう。

そんな今朝、運転しながら、このハンドルをちょっと切りすぎたり、アクセルとブレーキを間違えたりしたら、それだけでぶつかったり、人が死んだりする。

という現象が起こること。

それが、わたしを含めた全ての関係者に共通の、災厄的出来事になりうる。
とは、なんて驚くべきことなんだろう。

と思っている自分に気づき

なぜそんなことが、疑問なのだと

また疑問に思い(だって事故ったら大変なのは当たり前なのに!)、

結局

同じところに二つのものが在りえない、という感覚が

わたしにはとても不思議なのだ、という結論に達しました。

かつて大津さんが誰かに、同じ場所にいろんな次元があるんだよ。
同時に、同じ場所に、すべての次元が存在しているんだよ。
と力説する姿を見て、なぜそんなことを熱く?と
違和感を覚えた瞬間を思い出したのです。

それは、空は青く見える。というのと同じくらい、
わたしには自然なことであったから。

同じ場所に、二つのものがない。
ってのは不思議だ。

厳密に言えば物質の世界にだって、常に互いに物事は干渉し合い、
二つどころじゃないものが、どこにだってある。のでしょうが、
人の認識器官はそれを感知するようにはできていない。

わたしたちは、一つの湖を砂でせき止めた、たくさんの兄弟湖のようです。

認識器官を限定することによって、
ガラパゴス諸島のような発展ができるようになった、に違いありません。

わあ~・。

わたしにとって、ひとは物質というより音楽のようなものであったので、
共鳴が起これば起こるだけ、電気屋さんのように容赦なくメロディーが重なりあい、
よって沢山の人の中にいることが、ほんとうに苦痛でした。

(狭く低い次元では、ジュピターのようにはいきません。地上的にはジュピターはすごいですね。まったく関わりがないように見える主旋律を、5個ー数に弱いので間違ってたらごめんー、同時に鳴らして、美しいハーモニーになる♪っていうか高次では常に当たり前なことなんですけど。)

二つのものが同時にないという設定は、シンプルでいい。


個体は、それぞれに、個体自身の保持と安寧が至上命題であり、
かたちが損なわれることが、各個体とそれに深いつながりを持つ情緒体
(!こんな言葉があるのかどうかわかりませんが家族、とか輪廻グループってこんな感じのイメージです・笑)同士間に、多くの苦痛と学びをもたらす。

というのが、(たぶんそれが湖をせき止める砂なのでしょうが)
この社会の仕組みの、根幹的な部分なのでしょう。

個人でもそうだし、家族でもそうだし、民族や国家や宗教でも、仕組みはみな同じ気がする。

形の保持と安寧。

肉体は脆いし、賞味期間も短いので、それは必要な感覚で、
はじめから組み込まれたものだったのでしょうが、感覚というのは、バランスを失うとたやすく暴走するものなので。
(食欲もそうです!)

そういう「かたち」をとおしてする学びはおもしろいな!

この繊細で、得がたい、一人ひとり、かけがえのないからだ、
を通してする学び、には、
実に格別な味わいがありますね。

でもこれを用いるには、同じ場所に二つのものは存在できない。
という設定を、
意識でもちゃんと持つ必要があるよう。

このからだは、ちょっとぶつけたり、高い温度のものにさらすだけで損傷するし、
寝るのを忘れていると、意識は混濁するし、食べ過ぎれば重くなるし、ケアするのも大変です。

いやあ。よく子供が育てられたな。

でも、からだを通すと、愛は暖かいから。

わたしはいままで、(宇宙で)輝きの学びはしてきたけど、
深さや暖かさの学びは経験したことが(あまり)ないので、これはたまりません。

先日くみちゃんが、純粋な「まごころ」の波動というのを教えてくれたから、
誰の中にもちゃんと同じものがある、ということが、同時にわかりました。

純度が、そして顕れ方が違うだけ。

どんな学びの段階の方の中にも「まごころ」と形容されるような愛が、ちゃんとある。

ちゃんと輝いている。

大津さんももちろんそれは持っていたけど、大津さんはわたしにとって、高次の自分自身、というか、はじめから人間を超えた存在だし

(大津さんのお茶目な部分をいろいろ書いてはいますが、人らしい個性的な部分をわたしは楽しんでいるだけで、それが現実に存在している、と思っているわけではありません。念のため。ーうまくニュアンスが伝わればいいのですが)

自分とのギャップもあるので、大津さんの波動を読み込むことで、
他の人の同じ部分にアクセスするというわけには行かなかったのです。

まごころが誰の内側にもあることがわかってしまった。

だからわたしは、自分自身に、汚れた部分を持つ必要がなくなりました。

分離感を通して学ぶ学びの仕組みがわかったから。

愛が、形を通してどのように顕れてくるのかがわかったから。

わたしは、それが知りたかったのです。

学びによって磨かれた波動は、宝ものです。
それは人を変える力を持っている。

全ての宝を所有するもの。わたしはバガバーン意識
と、かつて大津さんはよく言っていました。
(今は更に越えてしまったのであまり聞きませんが)、

その宝って、

わたしたち、

一人ひとりを、さしていたんだね。

宝もののわたしから、宝もののあなたへ。

こんなに長い手紙を読んでくれてありがとう☆

きっと意味不明だったと思いますが(笑)
# by terasumonnmoku | 2009-11-24 10:26 | Comments(0)

本名・前川珠子 らくがきすと・即興ピアニスト・セラピスト&震災復興途上の過労自死で夫を亡くしたひとりの遺族として、さまざまな活動をしています。東北希望の会代表、全国過労死防止センター幹事。高校生の息子<とうもろこし>と二人暮らし。なお、このブログは完全にプライベートな立場からの発信であり、東北希望の会のオフィシャルな活動とは基本的に関係ありません。

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