5月の本・弐

・ぼくには数字が風景に見える    ダニエル・タメット(講談社)

著者ダニエル・タメット氏は、円周率22,500桁を暗礁、10ヶ国語を話す、語学と計算の天才。サヴァン症候群でアスペルガー症候群の青年である。

どちらも脳の発達障害とされている。が、障害というより、発達の仕方が大多数の人とは違う、といったほうがいいかもしれない。ただ、どれくらい違うかは個人差があり、タメット青年のように学術・芸術方面で天才的な才能を示すかと思うと、社会生活を送ることができないほどの方向に向かう場合もあるらしい。

タメット氏は、コミュニケーションをとるという意味では現在でもいろいろな困難をもっているが、語学サイトを開いて自立し、自身のたゆみない努力によって愛するパートナーと温かい関係を築き、非常に恵まれた環境で生活している。
それは障害や能力のおかげというよりも、彼自身の人間性の豊かさ、常に前に向かって着実に歩き続けようとする意志、が実った結果ということができると思う。

タメット氏の人間性に魅せられるとともに、本書では特に、数字や、計算についての文章の美しさに、うっとりした。共感覚に結びついた数字のビジョンは、まさにそこにその世界があるのではないかと見まがうばかりのリアリティがある。
純粋に美しいと本人が形容する、円周率の数字の羅列が見せてくれる風景。泡の中の二人の人が握手して、そこに一人の人が入った半分の泡がくっついて、というふうに計算してゆく三角数。
このひとが身近にいたらいいなあ。と思う。
波動をコピーして、たぶんあっというまに数学が得意になるに違いない(笑)

読みながら、彼の障害や、共感覚って、わたしのいわゆる「透視能力」に似てるなあ。と思った。
透視能力は、ほかのひとにとっては純粋な能力かもしれないが、わたしのように極端な出現の仕方をした場合は能力というより、障害と捉えたほうが対処しやすそう。形の見えない障害。そう思えば、それは単なる個性になる。違いを知って、どうしたらより快適な日常生活を送れるかを考えていけばいい。違いは個性。シンプルだ。

それができるようになったら、やがてわたしもタメット青年のように、「人との間をもっとも遠ざけていた障害が、人との間をとりもち、世界を広げる役割を果たしてくれるように」なるだろう。
障害に限ったことではないかもしれないな。透視能力的に見ていると、ひとというのは、その人のもっともすぐれたところ、すばらしいところでなにかと引っかかる(ハードな学びを得る)ようにできているらしいので、みんな結局おなじかもしれないね。わたしたちは、学ぶことによって、よりすばらしい毎日が送れるようになってゆく、(あるいは送れるようになっていきたいと思っている)生き物なんだろうな。楽しんでちょっとずつ小さな成果をあげていこう。

・あなたが「宇宙のパワー」を手に入れる瞬間     ディーパック・チョプラ(大和出版)

細胞はアポトーシス(計画細胞死)によって、常に入れ替わり、絶え間なく生命を創造・維持・発展している。この細胞レベルの死による、入れ替わりを前提とした生命維持システムが崩れた状態が、癌。古来わたしたちが追及してきた不死というものは、命の全体性という観点から見ると、大変不調和な状態であるらしい。

一つ一つの死は、創造の量子的飛躍のための機会であると、チョプラ博士は書いている。細胞は死んでは生まれ、個々人も生まれては死ぬ。星も生み出されては消滅し、銀河も、あるいは宇宙全体も何度も死んではたぶんまた、生まれているのだろう。
生と死は対立する概念ではなく、互いに互いを内含するもの。視点をどこにおくかで見え方が違うだけ。それは存在の、あるいは創造の、それぞれの局面に過ぎないのだ。

というのはさておいて、本書の中で使われている言葉では対象依存的、というのが使いやすくていいかも。と思いました。
あと、「あなたが経験している身体は、あなたが身体に対して持っている考え全てを表現したものです。」というのもよかった。

わたしは宇宙であり、創造主である。
わたしが答えそのものである。

わたしは自分が知るべきことの全てを知っている。

そんな感じ(どんな感じなんだ・笑?)の本でした。
# by terasumonnmoku | 2009-05-18 14:16 | Comments(2)

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