ひとつであること

ひとつであること。 推薦 (0)


生活 > 日常/生活
2007-06-06 17:42:24
アクセス 497


筋金入りのスピリチュアルお宅だったわたしは、
初めてO2さんの話を聞いたとき、
「このひとは、なぜこんなあたりまえの話を延々とするのか?」
と、思った。

あたりまえではなかったのが「善悪はない」という部分で、
強烈にそこに惹かれ、出かけていったものの、

あとは肯定的にものを考える。
感謝して生きる。
原因と結果はひとつ(当時はそういっていた)などなど、
どこのスピリチュアルの本の中にでも書いてあるような話だった。

そんなの、もう知ってるし~。
しら~っとして、わたしは思った。

浅はかだった。

O2さんが「本気」で全知全能を目指しているなんて、思いもしなかった。
そんな人には会ったことがなかったのだ。

わたしが出会ったスピ系のひとは、
みんなどこかしらがよどんでいて、
自分を棚に上げてものを言っていた。

愛を語りながら私欲に走る。
自称「感謝の波動の絵」を売りながら、すごいだろうオーラをはためかせている。
お化けを恐れる。
悟りを開いたといいながら、おまえと俺は違うぜといい、人に序列をつける。

わたしの「そんなあたりまえの話じゃなくてもっと深いことを言ってよ」
という視線などものともせず、
O2さんは、「すべてはひとつ」「愛のみの実在」という内容の話をあきれるほどいつまでもしつづけてくれた。

延々とだ。

そしてようやく気づいた。

「この人は本気だ。この人は本気でみんなや、世界を変えようとしているんだ」

O2さんにとって「わかる」ということは、その波動を自由自在に使えるということだ。
その波動自体を自分が生ききる、ということだ。

彼が「愛のみが実在なんだよ」といったら、
目に見えるものを、本人はすべて「愛」として心から思っている、ということなのだ。
それは目からウロコな事実であった。
そんな人が存在するなんて、考えたこともなかった。

O2さんが伝えようとしたのは、「すべてはひとつ」なんて空疎な言葉ではなく、
そのひとつである「実体」のほうだった。
わたしたちがすべてがひとつである状態を自分で実感できるように、繰り返し繰り返し、そこに至る道を作りつづけてくれていたのだ。

洗脳といってしまえばそうかもしれない。
しかし、あまりにも否定的な情報にあふれたこの世界で、何の強制も加えず、自分だけが幸福に肯定的に生きるなんてことが、可能だろうか。

そして不幸な世界に、自分の不幸をさらに追加することに、なにか意味があるだろうか?

どちらにせよ、「ひとつ」の状態を達成するのはそれぞれなのだ。

わたしたちは「肯定的に生きる」「すべては愛そのものである」「宇宙はひとつの生命体である」などの道路標識に従って、それぞれの学びを生きている。
個性の数だけ人生がある。
人生の数だけ豊かさがある。

「すべてはひとつ」といっても、個性が違うように、達成される状態も違う。
大工仕事をしている最中にひとつを実感してしまうひともいるだろう。
激しい憎しみを忘れられたとき、今までいた場所と違う場所にたどり着き、ひとつという状態を知る人もいるだろう。

それぞれの人生の深みの中に、「ひとつ」であるわたしが潜んでいる。

あまりに表面的に毎日を生きているためについ忘れがちだが、
それはいつでも、わたしたちを呼んでいるのだ。
わたしたちがほんとうに望むように生きられるように、どこにも行かずに。

より本当の自分になるためにわたしたちは生きている。
ほかの誰かになるためにではなく、自分自身に。

わたしという概念は、少しずつ大きくなる。
大きくなっても、それはわたしという個性を失わない。

ひとであるということは、楽しいことだね。
# by terasumonnmoku | 2009-01-08 17:36 | Comments(0)

本名・前川珠子 らくがきすと・即興ピアニスト・セラピスト&震災復興途上の過労自死で夫を亡くしたひとりの遺族として、さまざまな活動をしています。東北希望の会代表、全国過労死防止センター幹事。高校生の息子<とうもろこし>と二人暮らし。なお、このブログは完全にプライベートな立場からの発信であり、東北希望の会のオフィシャルな活動とは基本的に関係ありません。

by terasumonnmoku