去年、ドリプラ世界大会で一緒だったるいるいが、
今年のサポドリ(サポーターズドリプラ。福祉関係のドリプラ)で
感動大賞を受賞しました。

うれしい(T ^ T)
泣くほど嬉しい(T ^ T)

いつも真ん中に「生きていこう」という文字入りの、
鯉のぼりを加工した服を着ていた、るいるい。

強烈なドリプラ関係者の中でもダントツに目立ち、
性犯罪の被害者でそこから20年精神を病み
性犯罪をなくす活動をしているという経歴も相まって
印象深い女の子。

会った時はお互いにまだ痛々しさが残っていて
とても複雑な気持ちになりました。

夫の過労自死という現実は、ほかならぬ自分の大切な家族に起こったことだから、
それがどんなに辛くても悲しくても、わたしは全部受け入れるけど、
もし自分がるいるいと同じ立場だったら、その相手を許せるんだろうか?
ある意味、殺すよりひどい、その行為を。

答えがでない。

ただ思うのは、人生においてはその人にとって最も大事で、最も価値が有るものが、
損なわれる場合がよくある。ということ。

わたしに起きた事件が、ほかの災難だったとしたら
凹むだけで、立ち上がってなにかしようとは思わなかった。

るいるいにとっても、そうだったんじゃないかと思う。

一生懸命わたしのプレゼンを聞いて
「たまちゃんは、ほんとうは、ご主人に生きていて欲しかったっていいたいんでしょう?」
と真顔で言ってくれたるいるい。

(でも違ったので、言わなかった。もちろん生きていて欲しかったけど
死んでしまった人にそれを言っても、酷なだけだから。
今思うとあれは、夫のためにしたプレゼンで、なんというか、わたしはそこで、
夫の死を嘆くのではなく、彼の生に、感謝できるようになりたかったのだと思う)

フラッシュバック的な悲しい出来事が重なって
ある日るいるいはどうしようもなく死にたくなり、
でもなんとしても、生きることを選択したくて
ビルの屋上からFBの投稿欄に、

「ここに電話して
生きていて欲しいとわたしに言ってください。
ほかの言葉はいらないから、ただそれだけ言って。」
と書き込んだ。

るいるいに電話したら、とても喜んでくれて
そんな状況なのに、逆にわたしを気遣ってくれた。

SOSを出せるって、かっこいい。

るいるいのプレゼンの内容は
障害者の性。
性を、生命が育まれる大切な行為として
とらえなおしたような内容だったんだと思う。

るいるいが生きてくれているおかげで
これから、どれほどたくさんのひとが救われていくんだろう。

生きるって壮絶で
だけど、だからこそすばらしい。


いつか、るいるいのプレゼンが見られたらうれしいな。

おめでとう、るいるい(๑'ᴗ'๑)

生きていてくれて、ほんとうにありがとう。


by terasumonnmoku | 2015-09-26 23:29 | Comments(0)

自分が好きになる。

ドリプラ世界大会のプレゼン用に、生まれて初めて「事業計画書」なるものを
(「マンガでやさしくわかる事業計画書」という、ぽこちゃんに借りた本を読みながら)
つくってみた。

誰に頼まれたわけでもなく、わたし以外の人には必然性もない、
地味な作業だ。
誰もいない砂浜で、砂のお城を創っているみたい。
しかも、やればやるほど、現在地がどこで、
自分がなにをしていようとしているのか
まったくわかっていない!
という驚愕の事実に気づく。

初めてのことをするときは、いつもそんなものであって
動けば動くほど、自らの小ささがよくわかる。
でも、進んだ分だけ、ひとがその場所でなにをやっているか。
それがどれほどすばらしいことなのか
が特典のようにあぶり出される。
その分だけ、目に見える世界が
美しく豊かになる。
だから、まあ、やっただけのことはあるんだと思う。

その事業計画書は、つくった。
というだけで、内容はお粗末なものだし
自分で読んでも、このひと(自分だけど)が
いったいなにがしたいのか、よくわからない。
まさに、隔靴掻痒という感じ。

ほんとうにやりたいことを、形として顕わすって
かっこよくいえばミケランジェロが、大理石の中に
芸術のイデア(真髄)をみつけ、
そこに向かって彫像を刻んでゆくのにも似ている。
重要なのは、そこに何を見るか。
ということなんだけど
わたしはミケランジェロではないので、
そこになにがあるかが、まだわからないのだ。
(「知っている」って決めちゃえばいいんだな。原因を創る)

スティーブ・ジョブスさんだって、ホリエモンさんだって
事業計画書を書いたかどうかは知らないけど
最初はひとりで、こういう砂上の楼閣としてプランを練り
ビジネスを展開してきた。
と思うと、この浮世も、
案外ロマン成分に満ち満ちているような気がする。

しかし、やみくもに動いている時と違って
自分が事業計画書なるものを書いている事実には、
びびる。
これを創っても作らなくても、わたし自身の方向性は変わらないとは
思うのだが(実際書いたほとんどのことは今やっていることの延長線上にある)、
無意識に人を巻き込んでいくのと、意識的にそれをやるのとは
感覚的に次元が違う。

実のところ、世界大会に参加することを決めた時点では、
こういうことは全く考えていなかった。
「考えていなかった。」
というより、想像することもできなかった。

少なくとも「想像」することができるようになり
その分だけ実現に近づき、
(なぜなら、具体的に「想像」できないことを達成するのは不可能だから)
わたしは自分のことが、少し好きになった。

事業計画書を書くのは、なんだかわからないが大変つらい作業で
しかも、その出来は悪く
何を言いたいんだかさっぱりわからないのに
とっても、意外w( ̄o ̄)w

やりたいことに向けて、動いたってことにたいする満足なんだろうか??
ひとの心(自分だけど)というのは、相変わらずよくわからない( ̄ー ̄)




















by terasumonnmoku | 2014-11-06 09:04 | ドリプラ | Comments(0)

二重の虹

いま、わたしは12月に開催される世界ドリプラに挑戦中で
一生懸命シナリオを練っている。

最初に書いたシナリオは、完成度も高く
一見わくわくな感じにできたけど、
自分の感情と解離してしまった。
わかる人が見ると、重要な部分に無理やり感がいっぱい。

リアリティを持たせるため、全面的に書き直した。
事情をご存じの方には好評だったのに、
世界観の違う人には、全く伝わらない。

どはまりしたそのタイミングで、世界プレゼンター&ドリメンの、あづささんと、
通りすがりの税理士けんちゃんちゃんさんが、個別支援会を開いてくださった。
あづささんはストレートに
「たまちゃん、大学を恨んでるでしょ。恨みのあるところに共感は生まれないよ」
とわたしに言い、
けんちゃんさんには「よく読むとこれ、細かい棘がいっぱい刺さってるんですよね」
とのどかに指摘された(笑)

あづささんの言葉には
人生経験に裏打ちされた、みごとに美しい波動が宿っていた。
それはわたしが隠し持っていた、ネガティブな思いの中心を直撃し、
汚れが瞬時に、から揚げになった。
じゅわ~っ!
(そしてけんちゃんさんの言葉には、否定的な粘り気が全然なく
あえて言葉にすると愉快な波動が載っていた・笑。
あの内容で、「愉快」ってw( ̄o ̄)w立ちくらみしそう~)

すごく不思議なのは、わたしは人は許せたのに
「大学」は許せていなかった。ということだ。
大学には、人を人として扱ってほしかった。と思うたびにむかついて、
胸の中で勇ましくこぶしを振り上げていた。

状況が厳しかった。ということは間違いのない事実で
その時はそうすることが精いっぱいだったとしても、
おかれた環境の中で依存的に振る舞い
きちんと考えることも、的確に行動することもせず、
自分や人を、人として大切に扱わなかったのは
わたしであり、夫の方だった。
自分たちがそうだったから、そういう現象が起こったのだ。

責任を転嫁して総体としての「大学」と言うものを想定し、
恨んでいたのかもしれない。
どうしてこんなことが起こるんだろう。
個人を恨むより、総体を恨んだほうが、気分として楽なんだろうか。

総体としての「大学」は人ではないので
当然そこに、確固たる意志があるわけではない。
ただ人間がいて、偏った「空気」があるだけ。
考えてみると、夫自身ひいてはわたしさえもが、
その空気にいいだけ染まっていたのに、
敵対するのも無意味だ。
だいたい、空気を恨んでもしょうがない。

こういうことは前にも考えたのに
なんどもなんども同じところでトラップする。
でも、きっと進化しているんだと思う。
段階を踏んで進んでいるだけなんだ。

というわけで、ドリプラの台本はまだできていないけど
先日チームのみんなに、とりあえず書き上げた新しいものを見てもらった。
その日は台風で、交通は混乱し、街中大変なことになっていたのに
それを理由に「来ない」といったメンバーは一人もいなかった。
チームまえかわ、おそるべし。感謝とかいう、レベルではない。

台本の完成度は低く、みんなからは的確なダメ出しがいっぱい入った。
でもどう直すかは見えていて、あとは作りながら考えていく。
今の自分からはじまって、どこまでわくわくに持っていけるか。
ま、サポートもいっぱい入ると思うので、きっとなんとかなるでしょう(^○^) 

支援会が一段落ついた時、会場の28階のフロアの窓から
くっきりした、二重の大きな虹が見えていることに、
ひろみんが気づいた。
わたしたちだけでなく、男性も女性もこどももおとなも、幸運を喜び合い、
そこにいたみんなで、大撮影大会になった。
シャンパンの泡のような色と形をしたみんなのしあわせが
あちこちに弾みながら
フロア全体に広がって行った。

虹の祝福は長く続き、
そこからわたしたちは、またはじまった。













by terasumonnmoku | 2014-10-09 21:10 | Comments(0)

生きる意味が見つからないなら、自分で創って育てちゃおう!というブログです。やっていることはさまざまですが、常に生きることに向かっています。

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