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お盆。

お盆ですね。

今日は夫のゆかりの東北大学の先生が
夫の位牌にごあいさつに来てくださいました。

ひどいアカハラをうけ、大きなダメージを受けて休職。
暖かい<つて>に恵まれ、約一年後別の部署で復職がかない、
紆余曲折の後、藍の会の田中さんの後押しでよい弁護士さんにも出会い、労災認定を獲得。
大学に申請が通り、このたびようやく、休職中に止められた昇給が復活しました。
文章で書くとあっという間ですが、ここに至るまでに三年の月日がかかっています。

どれだけ長かったことでしょう。
家族のひとりがダメージを受けると
全員が重い負荷を背負います。
奥さんもお子さんたちも、毎日が針の筵に座っているようだったことでしょう。

当たり前のことが当たり前になることの難しさを
目の前で見てきました。
どん底を抜け出すことができたのは、先生とご家族の精神力のたまものです。
今、誰一人欠けることなく
みんな元気で笑っている。

それがうれしくて、涙しました。
よかった(´;ω;`)
ほんとうによかった(´;ω;`)

みなさんが帰られた後
夫に「ほんとうによかったね」
と話しかけると
「ありがとう。おまえのおかげだよ」
とびっくりするような答えが返ってきました(ノ゚ο゚)ノ ~

わたしのおかげは一個もありませんが、
頂いたお持たせのお菓子を分けるとき

「(夫は)もう死んでいるので残ったので大丈夫です」

なんて憎まれ口をきいちゃって、ごめんなさいm(_ _)m

そういえば先日、tama's cafe をした時
居間に置いてある仏壇の扱いに悩んだのでした。
知り合って間もない方が大勢見えたので
衝撃的かもしれないと思って。
でもふたを閉める気持ちにも、どこかに移動させる気持ちにもならず
そのままにしていたら、
さわさんはじめ、みんなが夫にご挨拶してくれて
ほんとうにうれしかった。

死んでしまっても、大事な家族。
わたしたちが元気で暮らしていられるのは、夫のおかげです。

お墓参りは今週のはじめ、実家に帰ったときに済ませてしまったので
うちのお盆はもう終わりかな(๑'ᴗ'๑)
お墓のほうも、きっとにぎやかだね。

今日は夫のお母さんともひさびさにお話をしました。
とうもろこしのたっての希望で
彼の高校野球最後の雄姿の写真をポスターにして
それぞれのおじいちゃんおばあちゃんに送ったものが届いたのです。

お元気そうで本当に良かった。
「明るく過ごしていると、みんなが元気になるからね」
と、お母さんは言います。
なかなか言える事じゃない。

わたしの実家のほうには、いまは、妹一家が押し寄せているはず。
おそらく3歳のかわいい甥っ子が、両親を圧倒していることでしょう!

はなれていても
時間や空間を置いて
みんなつながっています~ଘ(੭´ ꒫`)੭

みなさまも、あたたかいお盆でありますように。


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by terasumonnmoku | 2016-08-13 22:04 | 家族 | Comments(0)
東北大薬学部助手過労自死事件の二回目の公判に行ってきました。

今日は、被災者を追い詰めたとされる特任教授と教授、
そして、被災者のお母さまが証人です。

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ガラパゴス島に行ったみたいでした。


被災者は博士課程を途中でやめて助手になったばかり。
当時まだ24歳の若者だったのに、
立て板に水の如く雄弁に語られる言葉の中には
被災者や、ご両親
そして事件に衝撃を受けたであろう学生さんたちの心情をおもんばかる部分が
ひとつもなかった。

人の心を、そして命を犠牲にして得られる<成果>ってなんだろう。
大学は、人を育てるところなのに。

状況証拠しかないので、この裁判がどんな結果に終わるのかはわからない。
けれど、こんなことは長くは続かない。

なぜなら、もう時代は変わっているからです。
わたしたちは変化している。
もう淘汰は始まっている。

終わりつつあるものが
ただ終わっていっているだけなのかも。

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by terasumonnmoku | 2016-06-07 20:59 | 労働問題 | Comments(0)
2007年に起きた東北大薬学部過労自死事件の、裁判の傍聴応援に行ってきました。
はじめての証人喚問(尋問というんでしょうか?)。

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息詰まるような迫力があります。

被災者のかつての先輩や後輩が
原告側、被告側の証人となり、
事件を巡って証言をします。

原告側の証人はもう大学も卒業し
現在はまったく関係のない環境にいらっしゃる方でしたが

被告側の証人は二人とも
現在も大学で働く先生です。

その喚問のほとんどは、事件直後の労災手続きの際に
労基署でつくられた調書と、今回の裁判のために改めて作った
「陳述書」の違いを確認することに費やされました。

よく遺族からの話で、事件の当初は責任を認めていたのに
いざ裁判になると全く違った証言をされた。

という話をそこらじゅうで聞くのですが、目の前でそれを見たのは初めてでした。

かつては断言していたことを
相手も定かではないひとからの伝聞にしたり、事実がなかったことになったり
記憶がなかったり。
事件発生から9年たっているということもあるのでしょうが
ほんとうに苦しそう。

「前川さんの時のように、最初からちゃんと説明してくれていれば、我々も裁判することなんてなかったんですよ。
ほんとうに先生方にはご迷惑おかけしました」
と、原告のお父様がおっしゃっていました。
「自分たちが雇っている人にあんなことをさせるなんて、
そんな人の尊厳を踏みにじるようなことはさせちゃいけない」

ほんとうにそう思います。
あれはつらすぎる。
でも裁判って、そういうものなのでしょう。
みんな生活がある。

裁判の終わりに、勢い余って被告側の皆さんに
あいさつに行ってしまいました。
名と所属を名乗り
「昨年は総長の里見先生にもごあいさつさせていただきました。
過労死をなくす活動をしています。今後ともどうぞよろしくお願いします」

言うだけのことは言いましたが
原告側の支援者が、被告側にあいさつに行くのは
すごくイレギュラーなことだったらしく
相手方の弁護士さんの目つきの鋭さに
足ががくがく震えだし、あいさつに行った瞬間に後悔しました・笑。

馬鹿かもしれない。

でもわたしは本気で、もう誰にも死んでほしくないのです。
被告側のみなさんにも。

死んでほしくないというより、生きてほしい。
胸を張って、自分自身の人生を。
こんなことは悲しすぎるし、もったいなさすぎます。

誰もがみんな、家族にとってはかけがえのない大切な命なのです。

裁判の傍聴に、24歳で亡くなった被災者のお友達の方がたくさん見えていました。
それがとてもうれしかった。

原告側のみなさんに混ぜていただいて
(お父様にごちそうまでしていただいて!)
一緒にお昼ご飯を食べました。
写真はそのメニューです。
裁判所の地下に食堂があるなんて知らなかった!
意外とおいしくてびっくり。

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それにしても裁判は大変です。
でも覚悟を決めたので、ちゃんと最後まで見届けようと思います。
傍聴している間中、夫と亡くなった息子さんがそばにいてくれている気がしました。
二人とも、穏やかな結末を願っているはず。
まず、生きている人間ががんばらないとね(๑'ᴗ'๑)


























by terasumonnmoku | 2016-05-31 21:47 | 労働問題 | Comments(0)

宇宙真理哲学講師、らくがきすと、即興ピアニストぷらす社会活動家(過労自死遺族当事者)働くことから世界を変えるをモットーに、さまざまな活動をしています。合言葉はREBORN.大事なのは、生きることだ!


by terasumonnmoku