「子どもに学ぶ教師の会」主催の
第12回 教室「学び合い」フォーラム2016年 in 宮城
「学び合い」から描こう、これからの学校
のなかの、10年後の学校を考える―シンポジウムに参加しました。
夫が大学の教員だったこともあり、
東北希望の会のシンポジウムでもたびたび、学校の過労死問題を取り上げていたのですが
身近にみるのがひどい例ばかり。
どうしても、未来のビジョンを描くことができませんでした。
過労死自体をなくそうとしても
変化は起こらない。
わたしたちはどうなりたいか。そのためになにをしていくか。
というビジョンと道筋が必要です。
「学び合い」とは―上越教育大学の西川先生によると
「学校は人との関わりを通して、その有効性を実感し、より多くの人が自分の仲間であることを学ぶ場である」という学校観と、
「子どもたちは有能である」という子ども観-から構築された学級運営のありかた、考え方なのだそうです。
今はやりの、アクティブラーニングとは、超ざっくり言うと、学ぶ側の主体性を引き出す子供の指導法のこと。
このアクティブ・ラーニングを上記の学校観こども観にそって、具体的に運用した授業が、この「学び合い」。
今回のシンポジウムがおもしろかったのは
シンポジストが、教育委員会、文科省、女川・石巻の会社社長、女川のNPO法人、
石巻小中学校生徒各一名、と、様々な立場の方で
地域創生と教育問題をリンクさせて話が展開していったところ。
教育問題を、学校の問題としてだけで考えることには限界があります。
なんでもそうですが、部分で見ていると、簡単に善悪で裁くことができるようになってしまう。
対立は、生産的な結果を生みません。
そういう意味で、
子どもの教育問題を考える上で、
こどもたちが、かっこわるい、地域で、一生懸命にがんばる魅力的な大人とかかわることが
こどもの自己肯定感、地域で活躍したいという自己有用感をはぐくみ、ひいては成績を上げるところまでつながっていく。
という、文科省初等中等教育局児童生徒課生徒指導調査官の、長田徹先生の
プレゼンがほんとうにすばらしく、
聞いている間中、滂沱の涙でした(´;ω;`)
長田先生は雄勝出身(雄勝石で有名な津波被害のすさまじかったところ)。もとは中学校の先生で、現在文科省のほうに出向中だそうで、いつか必ず地元に戻りたいと、なまって語る姿にまたぐっとくる。
感情を直撃する、とんでもなくすばらしいプレゼンです(´;ω;`)
地域、企業、学校、NPO,教育委員会が
今後いろんな形でかかわっていくことができたら、
10年後にはものすごいことが、起っているんじゃないだろうか。
みなさんのお話を聞くうち、日本の再生は東北からとよく言われる言葉が、がぜん現実味を帯びて身に迫るようになりました。
シンポジストのみなさんの活動を、聞いているだけでワクワクです。
これが有機的に連動していったら、いったい社会はどうなっちゃうんだろう!と
想像の翼が果てしなく広がっていく~(๑•̀ㅂ•́)و✧
それにしてもこんなに大量の先生方を目にしたのは久しぶりです。
モチベーションが高い方が多いらしく、
激務の教師のはずなのに、みなさん目が輝いています。
帰り際、会場後ろの書籍コーナーで、「学び合い」に関する初心者向けの本はどれかと係の人に聞いてみたところ
そばにいたどこかの学校の先生が、
一番最初なら、この本がいいよ!
と、うれしそうに一冊の本をおすすめしてくれました。
その見開きにはこんな文言が(´;ω;`)
本を進めてくださった先生の姿に、たった一度きりの大学の講義に
長さ50センチの超大型コンパス(8000円!)を、喜々として購入していた夫の姿が重なり、
帰る道々、涙が止まらなかった。
まじで運転、やばかったです。
どなたにも大きな迷惑をかけることなく、生きて帰れてよかった(´;ω;`)
でも、それだけの実りのあるシンポジウムでした。
参加できて本当に良かった!
帰る道々、ランダムに鳴る夫のiPodの万単位のデーターの中から
なぜか、わたしたちのテーマ曲の「第九」が高らかに響いていました。
まるで、夫が喜んでいるように(๑'ᴗ'๑)
素晴らしいシンポジウムを、ほんとうにありがとうございました!