2011年 07月 28日 ( 1 )

きのうはらぶりぶ、徳ちゃんの、FREE DANCE  + MORE の 日でありました。

いままでは事務所であった、FREE DANCE。

今回は大人なムードで、ライブハウスで、薄暗い、キラキラ輝くミラーボールの下で大音量ではじまります!

(なのにとうもろこしあんど、とうもろこし父を一緒に誘ってしまってごめんなさい。初めて経験する音の大きさに、フリーズし、うずくまってしまったとうもろこしには、後日深い反省をうながしておきました・泣)

それにしても家族の大変ハードな学びが一段落してから、いままではまったく治外法権だったわたしが行きたいイベントに、身内がしきりに参加してくれるようになったのが不思議です。

いいときばかりではなく、参加するに当たっては三人の、いろんな状態があるんだけど、でも、近づこうとしてくれているのかなあと思うとうれしくなります。

科学者の夫と、スピ系の妻というのは、あんまりないとりあわせなのかもしれない。

先日、ひょんのことからOリングの話になり

「Oリングって知ってる?」

と夫に聞くと、

「知ってるよ。実験機材に使うゴムのパッキンのことだよ。」

というので、

「いま巷で言うOリングとは」

と指をOの形にして

ありがとうを言ったり、馬鹿野郎といったりして指の開きの違いを見るという実験をしていたら

ありがとうのときに彼はあからさまに力を抜き

馬鹿野郎の時に、顔を真っ赤にするくらい力を入れたので

ほんとに始末が悪かった。

そして、

数値で測れないことは、存在しないんだよ。

と断言するのだ。

でも

怒った人の作ったご飯と
幸せな人の作ったご飯は

違う味がすると思わない?

というと

それはそうだ。

と、さわやかな表情でこたえる。

それも数値で測れないことだと思うんだけど

なんに矛盾もなく、彼の中では別扱いになっているらしい。

思いの物理的な力を信じない人も、なんの疑問もなく想念の世界に影響を受けている。

というこの世界の、奇妙な仕組み。知れば知るほどびっくり。

宮澤賢治のいうように

科学と宗教が一つになるためには

どこまでいけばいいのかな。

ギリシャ時代にはすべての学問が哲学であり、一つであったのに、
どうしてこんなに散り散りになってしまったんだろう。

再統合することに意味があるんだろうな。

別れた状態で蓄えていた力が、再統合されるときに大きな輝きとなって、わたしたちのもとに還ってくる。

なあんてことを、考えてみる。

もはや、それは違う。こっちが本当は正しいんだよ。という段階ではない。

科学の世界には科学の深まりというものがあり

ゆえにそこでの統合は、わたしが想像し得るような方法でなされるのではなく、

それぞれの創意工夫によって、個人には全く想像のつかないようなレベルで、
多次元的多層的かつ真に創造的に、行われてゆくに違いない。

見えないところで確実に。

そのようにしてわたしたちは、

それぞれに宇宙を、ユートピアを、未来を、創っている。


信頼しよう。

あなたやわたし、そしてわたしたち自身の力を。

勇気を。

創造性を。

それはこれからがんばって発揮されるものではなく、

いままさにやっていることのなかに、既に存在している。

必要なのは自らの意思でそこに価値を見出してゆくこと。

探すのではなく、

信じて、決めることによって、それぞれが創ってゆく。

ところでダンスの感想ですが、

「昨日の会は、なかなか面白かったよ♪あれは徳ちゃんの美声に、みんなが癒される企画なんだね!
自分の知っている往年のヒット曲とかがあれば、より盛り上がったんだけど」

とのことでした(笑)

ごめんね。

そしてほんとにどうもありがとう!!!

みんなで踊れて、ほんとに楽しかったよ☆彡
by terasumonnmoku | 2011-07-28 21:19 | Comments(0)

真理セラピスト・らくがきすと・即興ピアニスト+社会活動家(過労自死遺族/東北希望の会代表)幼少時より、生と様々な死から多くのことを学んできました。11年のセラピスト経験があり、仕事ではいのちのすばらしさについての、エナジーーワーク的なセッションやワークをしています。頭を現実的に使いながらメルヘンな世界を実現させていきたい。社会問題、スピリチュアルな仕事や宇宙のこと、日常について書いています。


by terasumonnmoku