2018年 10月 29日 ( 1 )

自殺する子を一人でも減らすために
死んだら負けを、オレは言い続けるよ

という、松本人志さんの
ツイートが炎上した。


息子とうもろこしも、

おれはパワハラやいじめは嫌いだが、
それでも死んだやつは負けだと思う。

とある時言っていて
(うちの夫つまり彼のお父さんは
パワハラで自死)

考えこんでしまった。



たぶん、子供にお父さんを
否定されたように感じて、
嫌だったんだと思う。


で、見つけたのが、これ。
せやろうがいおじさんのYoutube。



めちゃくちゃいい。

だよね。勝負じゃないよね。
同じ地平で語ってもダメだよね。


だけど、夫の死と子供たちの死は違う気がする。


そんなある日
こんな記事を見た。

落日の日本。
パナソニックが起業から6年の
中国の企業に負け世界シェアを奪われる。
という内容。




わが夫は、ここに出てくる、
リチウムイオン電池の素材の開発 ・研究者だった。


この中国の企業の躍進を支えた、
世界中から選りすぐりの
1000人の研究者(うち博士は100人)の中に
日本人は一人もいない。
と書かれている。

これを見ると、
周りからさんざん足を引っ張られながらも
世界を相手に打席に入り、勝負をかけた夫は
やっぱりすごいと思うのだ。


夫が亡くなる最後のあたりには
中国の企業と共同研究の話も出ていたから
彼が生きていれば、
いまごろ日本もパナソニックも
変わっていたもしれない(考えるのは自由だからね!)



しかし、どう贔屓目に見ても
夫は負けたのである。
周りの人にたくさん迷惑をかけて、
死んでいった事実は変えられない。


だけどここまで盛大に負けるって
相当一生懸命に生きていないと
できないはず。

だとしたら、負けも
悪くはないんじやないだろうか。
挑戦しない限り
負けることさえできないのだ。


そういう意味で
夫の死と子どもたちの自死を
同一には語れないよなって思う。

わたしも暗い性格だったので
何度も自殺未遂したけど
ほんとに危なかったのは6歳の時だけ。

子どもは想像力がないので
簡単に死ぬ。



よく先生に叱られた直後に
窓から飛び降りる、ような事件があるけど、
その6歳の時がまさにそれで
まったく躊躇がなかった。
たまたま人がいたので助かったが、
まじめに危なかった。
(詳しくはプロフィールを見てね!)


その、死にたかった子どものころを思い出すと、
死にたい死にたいと思っていた気持ちって、


「生きることに

絶望した」


とかではなく、

そもそも


生きるって

どんなことなのか。


自分が

何に向かって

どう生きていいか



かいもくわからなかったのが
問題だった、

ことに気づいた。


その問題は大人になって
真理に出逢い、解決した。
自分にどう価値を与え
生産的な毎日を創造するのか
を学び知ることによって。



楽に、生きるための方法がある。


それはわたしたちの学ぶ真理に限らず
この世界のいろんな場所に
セットされている。
先人たちの遺産として。




ほとんどの人が、
生に絶望する前の時点、

どう生きていいのかがわからない。

というところに引っかかっているように
見えるので、


みんな、
せめてそれかわかるまで
生きてた方がいいよ、と
わたしは言いたい。

生きるっておもしろいし、
途方もなく奥が深い。




リアル体感ゲームのように。
時には勝ち、時には負け
逃げることも
極端に言うと死ぬことも
その中には含まれている。

そして死んでも
いのちは続いていく。








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by terasumonnmoku | 2018-10-29 21:14 | 家族 | Comments(0)

真理セラピスト・らくがきすと・即興ピアニスト+社会活動家(過労自死遺族/東北希望の会代表)幼少時より、生と様々な死から多くのことを学んできました。11年のセラピスト経験があり、仕事ではいのちのすばらしさについての、エナジーーワーク的なセッションやワークをしています。頭を現実的に使いながらメルヘンな世界を実現させていきたい。社会問題、スピリチュアルな仕事や宇宙のこと、日常について書いています。


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