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<過労自死の社会学>


2014年に受けた、

3回に渡るロングインタビューが

論文の一部にまとめられ、出版されました。



我が家の問題が、

過労自死のケースのうちの1つとして

取り上げられています。

そのご縁で、小森田先生から著者謹呈を

お送りいただきました。


ありがとうございました!


社会的に意義のある、

素晴らしいお仕事に、深く感謝するとともに、


この問題に真正面から向き合い、

解決に向けて動き出そうとする方々に、

読んでもらえたらとてもうれしいです。


ぜひ!



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なお、本文中にある私家版はすでに

「自死遺族として生きる」
という小冊子にまとめられています。


こちらに出版予定はありません。

内輪向け、いつか必要があれば、息子に渡せるよう、事後の詳細を残したものです。



その日が来るかどうかはわからないけど、

親として、準備はしておかないと。




*関連記事 

自死遺族として生きる、発行から一年









そんなこんなの昨日、4月6日午前

働き方改革関連法案が
閣議決定されました。

ここから国会審議に入ります。
労働と、時間を切り離す。という
大変なことがはじまる法律です。
成立は目前。




これはつまるところ、



自分の権利、
自分のいのちは自分が守る、
という責任と意識を持ちなさい。


という、メッセージかもしれない。

目を開いて、進む道を自分の頭で考えて

いかなければならない時代の到来です。


それは恐ろしいことばかりではない。




現状がどれほど過酷に見えようと、

決して悲惨さに、とらわれては

いけないのだということを、

わたしは体験から学びました。




傷ついた夫を見ているのが

あまりにもつらく、
どこかでなにかを諦めてしまったことで、
わたしは大切な家族を失なった。




だからもう2度と、同じことはしない。




どんな状態のひとにも、

すばらしい力と可能性がある。


どんな状態の自分にも
素晴らしい力と可能性がある。

わたしたちは最初からひかり。
わざわざ、輝こうとする必要はない。
もうすでに光っているのだから。


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ひかりであるわたしたちは、

希望をもち、

力を合わせることで

未来を変えていくことができる。




本気でそう思っているし、

そんな仲間を

増やしていきたい。


分野は違っても!




きっとそこに、しあわせな今と未来が

創られていくことを、

わたしは信じています。


by terasumonnmoku | 2018-04-07 19:31 | 過労死 | Comments(0)
おかげさまで、東北希望の会の例会が今月も無事終わりました。


今日は新しい過労自死遺族が
二組参加されました。
亡くなられたのは
いずれも20代の男性です。


わたしたちの社会は、
いったい何をやっているんだろう。


亡くなる前に、できることがあるはず。


来月4月16日は福島県相馬市での
初めての

<過労死防止シンポジウム>

を開催します。


たくさんの方々の
ご参加をお待ちしております。

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by terasumonnmoku | 2017-03-25 23:20 | 労働問題 | Comments(0)

●決して失敗しないとわかっているとしたら、この世界をいやすためにあなたが一番したいことは何ですか?
 

ネットでこの文章を見つけ、
なんだろう?と考えた時、

わたしがこの世界を癒すためにしたいことって
先日の、<希望の会の海水浴>みたいなことだなって
思いました。

この場合実際にやっちゃっているので
前半の「決して失敗しないとわかっているとしたら」という部分はいらないし、
反省点も多々あり
そういう意味では失敗もしているのですが、
あれはほんとうにできてよかった(๑'ᴗ'๑)

何よりすごいのは、希望の会が
過労死・過労自死遺族や労働問題当事者やその家族がメイン
という、まさに現在進行形の深刻な痛みを抱えた当事者性の高い団体で
(もちろん、ささえていただく専門家も一般のサポーターもいますが)

その会のメンバーが重度障害を抱えるゆうとの初めての海水浴を
サポートしたというところ。

過労死遺族の会は全国にありますが
希望の会のように毎月の例会を持っているところは
聞いたところによると、大阪と仙台だけ。

(大阪と仙台だけが、中心になって支えてくれる弁護士さんがいるのです。
仙台は、毎回必ず土井弁護士が出席してくださるのですが
遺族や当事者と同じ目線で、わたしたちとかかわりを持とうとしてくれる弁護士さんは
ほんとうに稀有であることを、最近になって知りました)

わたしも経験がありますが
同じ遺族と言っても事情は千差万別。
その事情の違いが人間関係の難しさになって現れる。
特に自死遺族は差別や偏見もあり、具体的な被害にあった人も多く、
それぞれが自分自身の問題でいっぱいいっぱいとなり、
互いに傷つけあうこともしばしばです。


当事者同士でさえやっていくのが難しい会の中で
さらにほかの事情を抱えた人を招き
華々しい瞬間をサポートするなんて
たぶん日本でも初めてくらいの試みなのではないだろうか。
(いや、多分知らないだけなんだと思いますが!笑)

障がいのある人を支援する支援団体。というのはもちろんあるし、
自死遺族を支援する団体。というのもあるけど
わたしたちは誰かを支援しているわけではなく、単なる当事者の集まりなのです!

でも、それがほんとうだよな。
と思う。

足りないところは補い合う。
ゆうとが歩くことが困難なら
誰かが支えればいい。

子どもたちが悪ふざけしていれば
大人が叱り、一緒に楽しく遊べばいい。


泣いている人がいれば、ただそばに座っていればいいし、
一人でいる人がいれば、うるさくない程度に話しかければいい。

助けるとか、助けられるとか
そういうことではなく。
いろいろな問題を抱えたそのひとが
立場を超えて支え合う。

まあ、今回初めての試みということもあり
当事者であり会の代表であり、かつゆっきの友人で
実際にゆうとを海に誘った本人でもあるわたしとしては
いろいろ考えさせられるところがありました。


希望の会の趣旨や、遺族の置かれた現状、
そしてそこでどのようにかかわってほしいのかを
明確に伝えられなかったなかった責任はわたしにあり、
その辺を改善する必要があることを強く感じたのです。

もし、ゆうとのはじめての海を直接介助したのが
わたしの友人たちではなく
希望の会の皆さんだったら
その感動は、どれほどの力になったことだろう。

とてもとても残念でなりません。

そこは謙虚に受け止めるとして、
そういうことがあったとしても、あの場が輝いていたことは事実だし
子どもたちが喜んでいて
みんなの笑顔がたくさん見られた。
だから、ほんとうにできてよかった(๑'ᴗ'๑)
たくさんのみなさんの、愛と支援の下に
あの時間が創れたことを
心から感謝しています。


自分に関しても、ドリプラに出た時からそういうことがしたくて
気が付いたらやっているというのは、すごいと思う。


障がいを持つ人は、不自由だけど障がいについての配慮さえすれば、わたしたちと同じただのひとです。
同じように自死遺族も(希望の会は過労死遺族の会ですが、ほとんどが過労自死なので)心の痛みや特殊な事情はあっても
それを持った一人の人としてサポートされ、尊重されれば
普通の人間です。

自死遺族の痛みの場合は重度障がいのように目には見えない。
でもその温かさの裏には
ほんとうにたくさんの抱えている思いがあって、

わたしたちが息を詰め、祈るような気持で
複雑な状況下で育つこどもたちの笑顔や成長を楽しみにしていることや、
わたし自身に支援してくれる人に求めるかかわりを明確に伝える力がついてくれば、
あの場の価値は、もっともっと大きくなることでしょう。

それはダイレクトに
<世界を癒す>ことにつながっていく。

具体的にどうすればいいのかはまだわからないけど、
生きることの深さと本当の愛、そして喜びを
わたしはそんなふうにして、伝えていきたいと思っています~ଘ(੭´ ꒫`)੭


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by terasumonnmoku | 2016-07-26 20:44 | 希望の会 | Comments(0)
東北大薬学部助手過労自死事件の二回目の公判に行ってきました。

今日は、被災者を追い詰めたとされる特任教授と教授、
そして、被災者のお母さまが証人です。

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ガラパゴス島に行ったみたいでした。


被災者は博士課程を途中でやめて助手になったばかり。
当時まだ24歳の若者だったのに、
立て板に水の如く雄弁に語られる言葉の中には
被災者や、ご両親
そして事件に衝撃を受けたであろう学生さんたちの心情をおもんばかる部分が
ひとつもなかった。

人の心を、そして命を犠牲にして得られる<成果>ってなんだろう。
大学は、人を育てるところなのに。

状況証拠しかないので、この裁判がどんな結果に終わるのかはわからない。
けれど、こんなことは長くは続かない。

なぜなら、もう時代は変わっているからです。
わたしたちは変化している。
もう淘汰は始まっている。

終わりつつあるものが
ただ終わっていっているだけなのかも。

関連記事はこちら

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by terasumonnmoku | 2016-06-07 20:59 | 労働問題 | Comments(0)
2007年に起きた東北大薬学部過労自死事件の、裁判の傍聴応援に行ってきました。
はじめての証人喚問(尋問というんでしょうか?)。

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息詰まるような迫力があります。

被災者のかつての先輩や後輩が
原告側、被告側の証人となり、
事件を巡って証言をします。

原告側の証人はもう大学も卒業し
現在はまったく関係のない環境にいらっしゃる方でしたが

被告側の証人は二人とも
現在も大学で働く先生です。

その喚問のほとんどは、事件直後の労災手続きの際に
労基署でつくられた調書と、今回の裁判のために改めて作った
「陳述書」の違いを確認することに費やされました。

よく遺族からの話で、事件の当初は責任を認めていたのに
いざ裁判になると全く違った証言をされた。

という話をそこらじゅうで聞くのですが、目の前でそれを見たのは初めてでした。

かつては断言していたことを
相手も定かではないひとからの伝聞にしたり、事実がなかったことになったり
記憶がなかったり。
事件発生から9年たっているということもあるのでしょうが
ほんとうに苦しそう。

「前川さんの時のように、最初からちゃんと説明してくれていれば、我々も裁判することなんてなかったんですよ。
ほんとうに先生方にはご迷惑おかけしました」
と、原告のお父様がおっしゃっていました。
「自分たちが雇っている人にあんなことをさせるなんて、
そんな人の尊厳を踏みにじるようなことはさせちゃいけない」

ほんとうにそう思います。
あれはつらすぎる。
でも裁判って、そういうものなのでしょう。
みんな生活がある。

裁判の終わりに、勢い余って被告側の皆さんに
あいさつに行ってしまいました。
名と所属を名乗り
「昨年は総長の里見先生にもごあいさつさせていただきました。
過労死をなくす活動をしています。今後ともどうぞよろしくお願いします」

言うだけのことは言いましたが
原告側の支援者が、被告側にあいさつに行くのは
すごくイレギュラーなことだったらしく
相手方の弁護士さんの目つきの鋭さに
足ががくがく震えだし、あいさつに行った瞬間に後悔しました・笑。

馬鹿かもしれない。

でもわたしは本気で、もう誰にも死んでほしくないのです。
被告側のみなさんにも。

死んでほしくないというより、生きてほしい。
胸を張って、自分自身の人生を。
こんなことは悲しすぎるし、もったいなさすぎます。

誰もがみんな、家族にとってはかけがえのない大切な命なのです。

裁判の傍聴に、24歳で亡くなった被災者のお友達の方がたくさん見えていました。
それがとてもうれしかった。

原告側のみなさんに混ぜていただいて
(お父様にごちそうまでしていただいて!)
一緒にお昼ご飯を食べました。
写真はそのメニューです。
裁判所の地下に食堂があるなんて知らなかった!
意外とおいしくてびっくり。

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それにしても裁判は大変です。
でも覚悟を決めたので、ちゃんと最後まで見届けようと思います。
傍聴している間中、夫と亡くなった息子さんがそばにいてくれている気がしました。
二人とも、穏やかな結末を願っているはず。
まず、生きている人間ががんばらないとね(๑'ᴗ'๑)


























by terasumonnmoku | 2016-05-31 21:47 | 労働問題 | Comments(0)

真理セラピスト・らくがきすと・即興ピアニスト+社会活動家(過労自死遺族/東北希望の会代表)幼少時より、生と様々な死から多くのことを学んできました。11年のセラピスト経験があり、仕事ではいのちのすばらしさについての、エナジーーワーク的なセッションやワークをしています。頭を現実的に使いながらメルヘンな世界を実現させていきたい。社会問題、スピリチュアルな仕事や宇宙のこと、日常について書いています。


by terasumonnmoku